バスクに恋をした女 作:スミ
その日は、いやに暑かった。数週間ほど前から、制服は夏服となる半袖タイプに代わり、うだるような日差しをモビルスーツのコクピットに乗り込んでエアコンに縋ってやり過ごすのが、トリントン基地MS中隊の猛暑のやり過ごし方だった。ただし、その場合は戦闘訓練が並行しているのが常である。
『パワードジムはどうだ、アレン中尉!』
『悪くはねえ。大雑把だが、パワフルだな』
『だよなあっ!ここまでじゃじゃ馬とは!』
スラスター推力を全開にして、実に六機ものジムとザクIIF2から距離を離す、二機の新造ジム。
跳躍と、それに伴った高出力ブースタの噴射は、それまでの基準とは大きくかけ離れた威力を見せている。
それはジム改の強化プランとして提示された、スラスター強化案。トリントン基地のメカニックマンらが独自改修・試験していたジム出力試験型とミックスさせた、真なる意味でのパワードジムである。これは更に、アナハイムから貸与されたバックパックを装備したものだ。
パワードジムの利点は、何よりその高い機動性に伴う防御性能や操作性など複数の要件を、高水準で満たしている事にある。
ただし、テスターパイロット二人が言うには大雑把・じゃじゃ馬という評価のようだが。
『速い!……いや、ザクIIが重すぎるのか? いずれにせよ、パワーアップしたジムとじゃ比較にもならない……』
ウラキ少尉が、アレンのパワードジムに懸命に食らいつきつつも呟いた。その後続となるキース少尉は、脚を止めてMMP-78に装填されたペイント弾を速射する。
『あのバックパックは、ジムにゃ重すぎるよな。ザクにならお似合いだぜ、きっと!』
半ばからかいに近い言葉を吐いたキースを回収し、追跡を続けるカークス隊。
僅差ではあるものの、ウラキやキースに比べて戦術単位の指揮経験を持つラバン・カークス少尉が隊長と定められたカークス隊は、現在パワードジムを操るテスターチームに対するアグレッサー部隊を任命されていた。
同じく合同訓練を受けているセス・ブラウナー少尉率いるブラウナー隊との協働によって、テスターとなるディック・アレン中尉とバウム・フェン中尉のデュオを相手取っている。
『コウ、キース、フォーメーション・スリーで行くぜ!』
『了解!』
『えぇ?着いてくのがやっとなんだぜ?』
ザクIIの小隊が離れていくのを、もうひとつの小隊が見送りながら編成を整えた。
『グリン、フランシス、奴らだけじゃ全滅する。連中に合わせて挟撃を仕掛けるぞ』
『いつでも行けます!』
『同じく!』
ブラウナー隊は墜落したコロニーの跡地に進んでいく敵味方の僅かに後方を進んでいた。
ジム改を与えられたセス、フランシスに比べて、ザクIIF2を与えられたグリンは殊更調子が良さそうに見えた。
「張り切ってるな」
観測車両から各員の言葉と状況を俯瞰しているオデロ大尉の隣席に、バニング大尉が座った。車両に入ってきて早々、カークスの小隊指揮を聞いたことに触発されたのだろう。
「おう。連中、お偉方が見てるからって、調子づいてやがる」
「まあ、若いのが勢い良く暴れる分には見てて面白いがな。ちょっと借りるぞ」
バニングは、オデロの前にあった通信機に触れ、口元まで持っていく。
「アレン中尉、手加減をしてやれ。新兵共が泣くぞ」
『泣かせばいいでしょう。それに俺だって、例の新型に乗ってみたい気持ちもありますからね』
「お前、パワードジムを受領しといてもう新しい恋人が欲しいのか」
新型、新造艦。度々出てくる言葉からは、今回の模擬戦に対する並々ならぬ熱意を、各員から感じさせた。それに関わる事が至上の名誉とでも言うようだった。特にパイロットが言う新型、しかもバニングの言葉通り、パワードジムを既に受け取っているはずの人間が言うほどに魅力的なそれが、今回の模擬戦闘訓練の白熱具合に拍車をかけていた。
『少しぐらいは、ありますよ。……おっと!』
『よそ見なんか!』
キースの怒鳴り声と共にマシンガンの射撃音が響いてくる。アレン機はそれを上手くいなして、距離を更に取る。カークスらがそれを追いかけていくが、まばらな銃声が聞こえるばかりになった。どうやら膠着状態に陥ったようだ。
『コウ、右に回れるか!?』
『やってみる! …うわっ!?』
コロニーの残骸内部に隠れたパワードジムからの射撃は散発的ながらも、どうやってかカークス隊の位置を認識出来ているようだった。アレンの腕の賜物か、三対一でも上手く立ち回れるような、繊細な把握能力の成せる技だろう。
『くそっ、見られてる!もう一機のパワードジムは!?』
移動しようとしたところにマシンガンを撃ち込まれ、ウラキは出るに出られなくなった。だが共に行動していたはずのパワードジムの片割れからの銃声がせず、一機から撃たれているだけであることに気付いたウラキは、一番俯瞰できる位置に立っているキースに聞いた。
『わからない!こっちからじゃ見えないぜ!』
『迂回してるのか…?ともかく、アレン中尉を先に叩こう!ら一斉射撃をかけてくれ!』
ウラキの指示によって、三機からの射撃がアレン機を牽制する。アレンは同時攻撃による弾幕を嫌い、咄嗟にコロニー内部に姿を隠してしまう。
その間に接近できると踏んで、カークスはザクマシンガンの速射とコロニー残骸への跳躍移動を並行した。ウラキはそれに続き、キースは彼らが近づけるまでの支援に徹した。
彼らは…正確には彼らに限らずだが、事前に作戦を決めていた。どの状況に応じて、どのように動くか…
この場合では、カークスの提案した部隊配置として、索敵に特化させたフォーメーション・ワン、乱戦時に互いをカバーする布陣となるフォーメーション・ツー、そして発見した敵機を追撃するためのフォーメーション・スリーの三つが採用されていた。
特にフォーメーション・スリーは、機動射撃が得意であるウラキとカークスで前衛を務め、その援護として狙撃能力に優れるキースを据える包囲と必殺の陣形である。
その為に、アレンも単機では手を焼いているのが現状である。彼らとて訓練しか経験のない新兵だが、さりとて訓練であれば十全にこなす。何より、ウラキは与えられたMSに対する理解を深めるのが早い才能の持ち主でもある。
『やるねえ、偉くなったもんだ』
残骸内部から僅かに覗く穴から、コロニー内に侵入してきた二機のザクIIの姿を捉えるアレン。コロニーは、アレンがバウムと事前に取り決めていた最終撤退地点であり、何発もの牽制射撃によってカークス隊に悟らせないようにしていたものの、追い詰められている証左であった。
『バウム、どこにいる?』
『ブラウナー隊を相手してる。どうした?』
『思ったよりやられた。最後の撤退エリアまで追い込まれちまってる』
『合流するか?』
『そうだな……乱戦を取ったら数で負ける。その前にお前の方か俺の方、どっちかを強襲殲滅する形でやるぞ』
僅かに思案するが、アレンの決意は固まった。バウムに意志を伝え、足止めの為にコロニーの脆弱な地点に射撃を加え、一部の壁を崩落させた。それらの一部は、ザクII二機の周辺を埋めつくし、また、脆くなっていた部位を諸共落盤させる。
『まずい!』
『キース、敵が近い!援護くれ!』
『やってみるけどさあ!』
物陰から飛び出したアレン機を捉えたキースが、マシンガンを向け掃射するが、数発がシールドを掠るものの撃破判定には至らない。
『くっそお、もう少しなのに!』
悔しいとばかりの恨み節に乗せて、更に射撃を加えるものの、今度は有効弾はおろか至近弾さえ発生しなかった。そもそも、遮蔽から身を晒した隙も僅かだったために、カークス隊がコロニー内部で自由に身動きを取れるようになるほんの数瞬の間に、アレンの姿は消えていた。
『ブラウナー、聞こえるか!?』
『聞こえてるぞ』
『アレン中尉のパワードジムがいねえ。そっちを優先して叩くつもりかもしれねえ!』
『マジかよ、わかった。合流できるか?』
『すぐ行く!…コウ、立てるか?』
『ああ……手を貸してくれ、挟まってる』
動かないウラキ機の胴体を、二機が引っ張った。
ブルパップ・マシンガンの銃声が連なって砂漠に響いた。交戦距離はペイント弾がブレ始めるギリギリの遠さであるが、撃ち合いというよりは軸を逸らして弾に当たらないための、射撃位置移動を兼ねた機動戦闘といったところだろう。
『聞いた通りだ、パワードジムは二機集まってくる。さっさとバウム中尉を仕留めるぞ!』
『はい!』
跳び、撃ち、着地する。やる事といえば単純にそれらだけなのだが、手足のように動かせても同じサイズの動くものは撃っても当てられないのが人間である。それが、操縦に若干の反応速度遅延が適用されるモビルスーツであれば尚更だった。
『グリン、横から抑えろ!俺とフランシスで正面を固める!』
『了解!』
側面にグリンのザクIIが跳び出し、跳躍機動を繰り返しながらマシンガンを撃ち続ける。射撃は精確だが、やはり遠方に位置する人型兵器が相手では、命中精度には難があるものだ。
牽制の効果を狙ったものだが、さほど気にも留めない様子で、バウム機はブルパップ・マシンガンを向かってくるセスとフランシスの機に向け掃射した。
『速すぎる!』
『当たらなけりゃ良い!』
バウムには、そのセリフを吐くだけの、モビルスーツに関する操縦技術の習熟の深さがあった。
少なくとも軍には、バーニアの勢いに任せた挙動など取らない、繊細に機体を動かす精密動作能力を買われているのだ。
空中で、移動ベクトルが変わったような変則機動を見せ、射線を逸らして逃げる。
『あっ、待てっ!!』
『グリン、深追いするな!』
単独で先行されると援護が難しくなる。それを嫌って、正面から弾幕を張っていたフランシスらも追撃をかけるが、警告を聞き入れるのが遅かった先行していたグリンのザクIIが、胴体部にピンポイントでペイント弾を受けた。それは、胸部コクピット部への直撃……すなわちパイロットの死を意味した。
『やられた!?』
『グリン少尉、膝を着いてエンジンを切れ』
『く……了解』
監督者であるオデロ大尉からの撃破判定が成される。グリン機はそのまま一切の反応を返さず、沈黙した事を告げていた。
『……で、どうします?』
『格上機のアグレッサー相手に2on2だ、せめてお前のパワードがあればな』
落ち着いた様子で、逃げていくバウムのパワードジムを追いかけながら、セスは呟いた。後期生産型ジムよりも全面的に強化されているジム改とはいえ、現時点でほぼ専用のバックパックを与えられ、アブソーバや制御系面でもジム改より明確に上のパワードジムが相手では、分が悪かった。
『あれはオデッサに送られたじゃないですか。ほら、リカウ伍長に見送られて』
『ああ、そうだったな。……あー、クソ。あれがありゃ、まだ機動性で互角に立てるのに』
跳躍し、追跡を繰り返しながら、バウム機からの反撃から身を隠すためにクレーターへと隠れる。ブルパップ・マシンガンをリロードし、古いやり方に倣う。
片方が援護し、もう片方が移動する。それが済めば、次は援護していた側が動き、移動していた側が援護をする。分隊最小人数で行える、最大級に安全な移動方法であり、味方の移動を援助することで敵を着実に追い詰めていけるやり方だ。
次なる遮蔽物に潜り込むべくセスがマシンガンを撃ち続けながら姿勢を下げ、フランシスの援護もあってどうにかクレーター内部に入った。そのタイミングで弾を撃ち切ったらしく、マガジンの自動排出がなされた。
予備弾倉を取り付け、頭部をチラリと覗かせると、スラスターを噴かせて背を向け離れていくパワードジムが見えた。
『よし、リロード完了。フランシス、行けるか?』
『もちろん!』
『OK、合流前にやるぞ!』
現状一機が落とされており、そのうえで性能が上の機体に数を揃えられると、パイロットの腕次第ではあるが、基本的に勝ち目は薄い。勝ちの目を掴むには、数で有利なこのタイミングで攻めるしかなかった。
『当たれ!』
ジャンプをスラスターでブーストしての跳躍。モビルスーツである以上、どのような機体でも推力は保証されているものである。
しかしパワードジム、特にバックパックによる高推力のジャンプは、ジム改を簡単に引き離してしまう。
追いかけながらのマシンガン速射も、当たらなかった。
さらに間の悪いことに、フランシスらから見てパワードジムの奥側に、もう一機の機体が見えた。
『まずいぜ』
合流された……そう思う間もなく、アレン機を後部から攻撃する機があった。識別信号は、ウラキ少尉のザクIIF2だ。
『間に合った!』
『ウラキ少尉か、そっちの隊は生きてるのか!?』
『全員揃ってます!』
そこから僅かに遅れて、もう二機のザクがパワードジムに斉射を加えた。
身を捩ってどうにか避けるが、それでもシールドに多数被弾し、シールドの無力化判定を受けたバウムは盾を捨てなければならなかった。しかし一斉射撃をかけたカークス隊のマシンガンの弾倉も同じく尽きてしまう。
その隙を突かれてバックパックを使ったハイジャンプからの低空強襲をしかけたバウム機にキース機が撃ち抜かれ、戦闘不能判定を貰った。
『うわーっ!』
電源がシャットダウンし、キース機は沈黙する。その間に弾倉交換を済ませたウラキとカークスは、着地点を予想してマシンガンを連射するが、空中でのバーニア制御で落下点をずらされ、空を切った。
『キース!』
ウラキが叫ぶが、撃破判定を下されていることに遅れて気付いた。
『キース少尉、小隊行動の基本がなってないな!』
小隊全員が一斉に弾切れしたのを敵に悟られては攻め込む格好の隙だと言っているのだ。それを分からないほど、ウラキとキースは馬鹿ではなかったし、カークスもその言わんとするところは分かっていた。
しかし、とフランシスは眉をしかめた。
高性能機の二機編成。それだけで三倍の数の小隊をこうまで抑えられるものかと考えてしまう。機動射撃によって互いの弾が当たらない状況が続く中、だが相手は着実にこちらのアグレッサー部隊を仕留めつつある。
本来であればマシンガンの射撃は、連射による軌道がわかりやすく、着弾点の修正も容易い。避ける敵への命中も苦ではないはずなのだ。
しかしながら、機動力が明確に強化されているジムを相手するのでは、奇襲や待ち伏せなどの先手を取れる戦術で仕留められなければ、パイロットの技量次第だが、こうまで追い詰められる。
そして、数の利が活かせなくなってくると、各個撃破という手段を取られ始めてくる。
今は二機のパワードジムを、二機のジム改と二機のザクIIF2、四機で挟み込んでいる形だが、その片方にだけ集中すれば、もう片方には背中を晒す形になるが、一方を同数で攻撃することができる。
アレンとバウムの組むテスターチームが狙える勝ち筋はそれだけだった。
『来た!』
『耐えろ!挟めりゃ勝ちだ!』
人は、背中に視線を向けることは出来ない。挟み込めばそのまま挟撃をかけて終いだ。
…しかし。
マシンガンの銃口は、当てられまいとして機動射撃を続けているはずの、そのパイロットの目が捉えていた。視線の先が装填されたペイント弾の弾頭さえ見透かせそうな程に。
『……なっ!?』
トリントン。
一年戦争の開戦初期、俗に一週間戦争と呼称される戦闘の折、ジオン側の作戦によってコロニー群を墜落させられ、その生活基盤に重大な致命的損傷を受けた、オーストラリアに位置する軍事基地である。
そのコロニーの落ちた地という特異性から、旧ジオン公国の独立に懸けた思いと、首魁ザビ家の独裁の異常性に注目するにはまたとないスポットであるが、一転して戦略上の価値は限りなく低い。
しかしながら、戦略的価値が無いに等しいにも関わらず、モビルスーツのパイロットという、遊ばせておけない人材を基地に招集する理由。それは、ある一隻の艦船にあった。
正確には、その艦に積載されたモビルスーツのためなのだが。
「ああ、惜しかった」
「まったくな。作戦負けってところか」
「お前ら、おかげで上から要求されたデータは取れたらしい。俺達はこれを司令に提出してくるから、今日のところは休んでおけ。キース!グリン!お前らは
「は、はい……!」
「む……ぐぐ……!」
健闘した、とバウム中尉に励まされたフランシスは、腕立て伏せをするキースらを尻目にジープの後部座席に座り、食堂で購入したスムージーを啜っていた。ストローからイチゴのフレーバーが口に広がる度に、勝つまでは行かずともバウムを撃破判定まで追い込めてよかった、と思った。
結局、戦闘訓練はアグレッサーチームの敗北で幕を下ろした。
しかし、最後まで生き残ったウラキ少尉とフランシスの協力でバウム機を撃破できている。ただしその後、アレン機に各個撃破されて訓練終了の運びとなったが。
そうして早期離脱したキース少尉とグリン少尉は、格納庫脇スペースで、オデロ及びバニング両大尉の監視の下、百回の腕立て伏せをやらされる事になったのである。
ズズッ、とスムージーが底を尽きそうなので、ドリンクホルダーに置いてドライバー席に乗っているウラキ少尉に、フランシスは聞く。
「そういえば、昨日から来てたあの船。なんでこんな僻地に来たんでしょうね」
「ああ、ペガサス級のことか。フランシス少尉はあれの搭載機見てないんだっけ?」
そう言われて、考えを数巡させたところで、そういえば船だけ見て中身は見なかったな、と思い至った。ウラキの口からそのペガサス級の寄港理由が語られることは無い。しかしながら艦載機が何なのかを覗いたウラキは、それがなんだったのかをだけフランシスに明かした。
「あれ、中身はガンダムタイプだよ。しかも二機!」
「へえ……あれの中に、ガンダムが?」
フランシスには寝耳に水だった。ガンダムといえば、十三独立艦隊フラッグシップの艦載機にして、一年戦争勝利の立役者となったジムの基礎でありながら、一年戦争後半の主要な戦闘全てに勝利を与えたという最強のモビルスーツ。
試験機であるため、量産品が配備され終わった現状では後継機を作る理由も無いはずのものだった。だから軍縮が分かりやすい昨今の情勢においては、ガンダムを作る理由というのは存在しないはずだ。
「な、見に行かないか?」
「ガンダムを?」
「もちろん!どういう用途なのかは一回見て何となくわかったけど、改めて見たいからさ」
「じゃあ…あれが終わったら行きましょうか」
九十をカウントし始めたキースたちの罰ゲームを見遣って、フランシスはスムージーの最後のひと口を吸った。
二両のジープが基地内を走行していた。乗っている人物は言わずもがな、目的地もジープのライトが差す先を見れば瞭然である。特に、フランシスの隣に座るカークスに至っては、ウラキと同じように興奮が抑えきれない様子だった。
その様子を目にして、フランシスはにこりと含み笑いを零した。
…この数ヶ月間、緻密な操縦訓練を続けていたオデロ・オニールの小隊とサウス・バニングの小隊だが、フランシス・アーツにパイロットとして以外の…いわゆる人間的魅力を覚える者は、ほとんどいなかった。
いるにはいたが、休暇に街へ繰り出しては
そういった点では、異性に対して見た目から抱くイメージよりも誠実だったこともあってか、フランシスの恋愛相手はラバン・カークス少尉であった。しかも、まだ続いている。
両小隊長からも軍規を逸脱しない範囲であれば好きにしていいという許可を貰っているので、休みの日は街のバーで安酒を交わしたりと、退屈のしない日々を送っていた。
フランシスからすればキースも顔が良い男ではあったが、如何せん目移りしやすい性格が仇、である。
「フラン、今回のガンダムってどんなんだろうな」
カークスが気軽に聞く。フランシスは僅かに首を傾げ、答えをいくつか捻出した後、最も当たり障りのない、無難なものを声に出した。
「今世代最強のMS?」
「いや、そうだけどさ。戦闘機で言いやあマルチロール機とか、攻撃機とか。あるだろ? その新型ガンダムとやらの強みをさ」
モビルスーツにおいて、いやモビルスーツに限らずとも、兵士や兵器には役割があるものである。
「ラバンは知りたい?」
「もちろんだろ!あわよくば俺も乗ってみたいな」
確かに、ガンダムと言えば全連邦軍人にとっては勝利と栄光の象徴、ジオン公国軍残党にとっては酷く苦渋を舐めさせられた相手。それへのあこがれは、連邦軍の人間なら強く抱くものだ。
「私も乗りたい。ウラキ少尉、テストパイロットってもう決まっているんですか?」
「え? いや…うーんと、確かニナさんはまだ決まってない、みたいなこと言ってたな」
「ニナさん?」
「うん。アナハイムからの人で、ガンダムを設計したって言っていた。あのガンダムは凄いよ、本当に。見ればみんな驚くぞ」
あのモビルスーツオタクのウラキがそう言うのだ。それを聞いた、まだガンダムを見ていない者は、その未知のモビルスーツへの期待に強く胸を膨らませていた。
そして、彼らの眼前に、ペガサス級強襲揚陸艦『アルビオン』は迫っていた。
ジープで内部に乗りつけた一行は、その格納エリアに凛然と佇む二機のガンダムの雄姿に、思わず息を零さずにはいられなかった。
一機は、一年戦争時代に活躍したガンダムの正統進化と言うべきフォルムであるが、一方のガンダムは、何よりその重厚なシールドと、胴・脚部にかけての重装甲が目立つ、重々しく見るものを圧倒する威圧感を放っている。
一方の武装はビームライフルとサーベル、頭部に穴が空いていることからバルカンポッドも装備しているだろう。
もう一方もサーベルは装備しているが、その手に持っているバズーカは、連邦軍機が装備するどのバズーカの弾種にも適合しない、独自の規格品だった。
「すげえ……」
「ガンダムが二機か!バウムのやつめ、見たら腰を抜かすぞ」
カークスは感嘆の声を漏らすばかりで、セスも元同僚へ当てつけてはいるものの、ガンダム達から目が離せずにいた。この中でガンダムへの憧れがいっとう強いのは、セス少尉だった。
「お、噂をすれば、だぜ。おーい!ニナさーーん!!」
キースが大声を上げて、足場の上にいる女性に声を届かせた。その後ろにいる、がたいの良い女性エンジニアにもそれは聞こえていたらしく、後ろから顔を覗かせた彼女を見た途端、いっ!と不味いものでも見たかのようなリアクションを取る。
「あなた、また来たの?」
リフトで下に降りてくる、ニナと呼ばれている女性と、エンジニア。キースはニナのことを見てにやつく一方、エンジニアの方を見ると少し固まっている。
「や……やあニナさん。モ、モーラも」
「あらキース、またデートの誘い?」
「いっ、いやいや、違うよ!今日はコウとかみんなを連れて、ガンダムを見学に来ただけさ。なあコウ?」
「え?ああ、うん」
「コウ!適当に答えんなよ!」
いつの間にかガンダムの足元まで歩いていたウラキは、装甲板にトンと触れてみたり、撫でてみたりして、装甲材を確かめている様子だ。すっかり夢中になっているウラキを置いて、残ったメンバーはガンダムの魅力をフルで感じ取るには動いているのを見るのが一番だと考えていた。
「それで、テスターは誰にするかお決まりで?」
セスが礼儀正しく尋ねた。
「いえ……でも、先日のパワードジムのバックパック試験ではありがとう。お陰で、私のガンダムはもっと完璧に近づけます」
「それなら、礼はアレン中尉とバウム中尉にお願いします。我々は対局の相手としては力不足でしたでしょうし」
セスの愛想笑いも、その直後に向いたガンダムへの目線には霞んだ。
「しかし、すごいマシンだ。これに乗れるなら、パイロット冥利に尽きるでしょうね」
「ありがとう。もちろん、ガンダム試作一号機のテストパイロットに関しては、この子の性能をフルで発揮できる方に託そうと思っていますので」
それは、暗にこの場にいる少尉連中に務まるかは怪しいと言っているようなものだった。剣呑な雰囲気が場に流れ、特にそういった嫌味な物言いを嫌うカークスはニナを目の敵にするように強く睨みつけた。
「あーあ!ガンダムは俺らじゃ乗れねえってさ!帰ろうぜ!」
「あ……ちょっと、カークス少尉!」
不貞腐れてジープの運転席に乗るカークスを追いかけて、グリンとフランシスが後ろの座席に飛び乗った。それ以外は誰も着いてこないのを見て、カークスはジープを発車させてアルビオンから飛び出した。
「……まあ、気持ちは分からなくもねえけどさ」
ニナをチラリと見遣ってから、セスは艦から去っていくカークス等を見届けてボソリと呟いた。あまり人を馬鹿にするような人間ではないだろうことは、少し言葉を交わして何となくわかったものの、特定のものが絡むと意固地になるきらいがあるのだろう。
ニナに関しては、恐らくそのトリガーがガンダムであるだろうことも、察しは着いた。
「まっ、叶わねえことにいつまでも拘っててもしかたねえ。帰ろうぜキース少尉」
「あ……うん。おーい、コウ!もう帰ろうぜ!」
「あー、俺はもう少し見学したいから……先行っててくれよ」
「これだよ……」
それを聞いたキースは、セスに顔を見合わせてやれやれ、と言ったふうに肩を竦める。MSオタクであるのは両小隊メンバーともに既知の事実なので、ウラキのために歩いて寮まで帰ることにした。
ニナも、装甲板をペタペタと触ることに関しては嫌な顔を隠さないものの、モビルスーツの出来には自信があるのか次々とコンセプトやら何やらを探っていくウラキ本人には、少しばかり警戒心を解いていた。
だが、策謀は既に渦巻いており、トリントンにもその影は迫っていた。
「止まれ!」
夜。日も沈んで、月明かりばかりが大地を照らす頃。
基地入口を見張る守衛に、一台のジープが止められる。僅かに緑がかった、濃紺の髪色の、技師のような格好をした男だった。
軍人の装いではなかったが、守衛にはその男に見覚えがあったようだ。怪しい者を止める険しい顔つきが、みるみるうちに知り合いと顔を合わせるような穏やかな表情に変わった。
「どうもオービルさん。どうでした、夕日は?」
「いやあ、最高でした!」
「そうですか!ここは日の出も綺麗ですよ」
渡された身分証明証を確認しながら、守衛は雑談を続けた。
「なら、明日は早起きをして見に行ってみますよ」
オービルと呼ばれた男の返しに、守衛は笑って手を挙げ、守衛室の中の同僚に遮断機を上げて通すよう指示する。遮断機が持ち上がり、ジープが通れるようになると、オービルは笑顔を湛えて守衛に挨拶をした。
「どうも」
そうして一台のジープはアルビオンに近付いていった。オービルは笑顔を消し、鋭い目つきでトリントン基地に鎮座する強襲揚陸艦アルビオンを見据え、一言放った。
「……大佐、もう大丈夫です」
ジープのヘッドライトの他には僅かな光源しか存在せず、特に荷台などは暗すぎてほとんど何も見えない。
だが目を凝らしてみれば、膨らんだ濃緑色の布、カバー、そういったものが見える。それはもぞもぞと動き、やがて中身が顕になった。連邦軍士官の服装を崩さず、白髪を後ろに結った、精悍な顔つきの軍人だ。
おかしな点を挙げるとすれば、士官服は少佐階級のものであるにも関わらず、オービルは大佐と呼んだことである。
「呆気ないな」
「地球の基地など、どこもこんなものです」
「呆れる…緩み切っている」
大佐は、どうでもいい守衛のことなど気にも留めず、アルビオン内にある一機のモビルスーツを奪取する事を考えていた。潜入するにも、奪ったあとの目を眩ませるにも、とにかく陽の光は厄介になる。
だから作戦決行時刻は夜間に定め、できる限り人目につかない手段を選んだ。
オービルは、アナハイムから派遣されていたニナ・パープルトンの助手、ガンダム試作機のメカニックマンである。それがどうしてガンダム強奪を目論む輩と行動を共にしているのか。
目的は既に明白だった。
アルビオンの手前で大佐は降り、オービルは何食わぬ顔でアルビオン内部へと戻っていった。
大佐はアルビオンのMS収容区画に足を踏み入れる。そこで目にしたのは、誰かしらと雑談をしていたのだろう、尉官の男と民間人の女がちょうど別れるところだった。
女はリフトを昇って視界から外れるが、尉官の方は大佐へ向かって歩いてきていた。
大佐はガンダムをちらりと見遣りながら、尉官に向けて敬礼をする。尉官もまた、同じように敬礼を返し、立ち止まる。
ガンダム。
特に、開発コード・サイサリスの名を与えられたガンダム試作2号機の仕様は、オービルからもたらされた情報で把握しているし、それを元に
「良いモビルスーツだな」
ガンダム…よりも、そのガンダムに搭載されたバズーカに目が吸い寄せられる。それを見てようやく、雌伏の時が終わるのだとガンダムが告げているようで、簡単の声が漏れ出た。
それを尉官も聞いていたようで、同調するように話しかけてきた。
「自分もそう思います」
「君、このバズーカには、弾頭は搭載されているかね?」
「はっ、されていると思いますが……」
「素晴らしい……では、試してみるとしよう」
「……えっ?」
機体コクピットに繋がる昇降機に大佐は乗った。まだ動かす予定のないモビルスーツへの搭乗という異常な事態である。何よりその少佐階級の服を着た男は、尉官に見覚えはない。本来なら止めるべきだったろう。
しかしながら、尉官にとっては直属の上官のさらに二つ上の階級相手だ。止めるか決めあぐねていた所に、気付いた民間人の女の絶叫が響いた。
「ちょっと、あなた何をやっているの!?」
本格的な試験は翌日以降の予定のはずの機体に、兵士が乗ろうとしている。それは命令違反にも等しい行いだった。
「待ってください、少佐!貴方は……!?」
「気付くのが遅い!」
尉官が拳銃を抜く。明らかに異常事態だったからだ。だが大佐からの先制射撃に、その場にしゃがみ込んで物陰に逃げるしかなかった。拳銃弾の跳弾とはいえ、頭にでも当たれば即死の危険性は高い。自己防衛の手段に、頭を抱えて相手の弾切れを待つしか無かった。
「ウラキ少尉!あの人を止めて!!」
「クソッ……動くな!重大な軍規違反ですよ!!」
「貴様も士官ならあらゆる状況を想定しろということだ。このガンダムは頂いていく、ジオン再興の礎のために!」
「ジオン……だって!?」
民間人が緊急事態を告げるブザーを鳴らし、警報をアルビオン中に知らせた。しかし大佐の言う通り、もう既に遅かった。ガンダム試作2号機は、緑に輝くビーム・サーベルを引き抜き、アルビオンの装甲を内部から溶断していく。格納庫から直接外に出る手段は、アルビオン自身のダメコンシステムによって遮断されているが、サーベルで出入口を直接作ってしまえば、そんなものは関係なかった。
「いやぁっ……私のガンダムが……!」
ウラキは周囲に何か、使えるものは無いかと血眼になって探した。対モビルスーツ携行ミサイル……俗に言うAMSMなんかがあればなお良かった。
しかし、そもそもが艦内まで入り込まれたモビルスーツへの対策など想定していない都合、そんなものが転がっている訳もなく。
ウラキの視界に最後に入ってきたのは、その隣で立つガンダム試作1号機『ゼフィランサス』だった。
これしかない。
コウ・ウラキの決意は固かった。
フランシス・アーツ
トリントン基地に赴任してから半年が過ぎ、19歳の誕生日を迎えている。相変わらず最年少であるが、恋愛に興味が無い訳ではなく、アタックの激しかったキースと付き合う事にしたものの、反りが合わず破局。現在はラバン・カークスと恋愛関係にある。
バウム・フェン
赴任して半年間の間に、複合試験に合格し中尉に昇進。
地球連邦軍兵器
アルビオン
一年戦争時において伝説的な活躍を残した、ペガサス級強襲揚陸艦ホワイトベースの姉妹艦。設計そのものは一年戦争時代のものながら、武装を粒子砲に統一した新鋭艦である。0083年、オデッサ本部からガンダムに関連する任務を受け、トリントン基地に駐留する事となった。
(主人公をティターンズに入れる為なので多少のオリジナル展開は)許して…