第1幕:『俺』の終わりと『私』の始まり
一瞬の出来事だった。
一瞬の気の迷いだった。
俺を知っているやつがこのことを知れば、「あいつはそんなことをするやつじゃない」と口を揃えて言うだろう。
悪人ではないが、取り立てて善人というわけでもない。それが、自他ともに認める俺という人間だ。
「あ、これ、死―――」
わからない。なぜ自分がこんな行動に出たのか。
もう何ヶ月も作業が行われている工事現場を、いつものように歩いていたとき。頭上でガタンと轟音がなり、次第に太くて長い影が大きくなっていく。
『―――ッ、危ないっっ!!』
影を作っていたモノの真下には、小さな子供が1人。それに気付いた俺は、反射的にその子供の元に走り、突き飛ばしていた。もう少し丁寧に助けてやるべきだっただろうか、抱きかかえて走れば俺も助かっただろうか、次第に時間の流れが遅くなっていくように感じて、ついそんなことを考えてしまう。
だが、そんな思考はもう無駄なものでしかなく。重く、冷たいモノが俺を押し潰していく。その刹那、
バリッ……
何かが破れる音が、聞こえた。しかし、その音の正体に至るよりも早く、俺の思考は、永遠に閉ざされることになった。
「……ま……あさま……お母さま!!」
こえが、きこえる。
「あら、これは……ああ、可哀想に、こんな雨の日に捨てられるだなんて」
「お母さま、この子も新しい家族になるの?」
さむい。つめたい。けど、あたたかい。あたたかいのは、みぎて?にぎられている?
「ええ、そうね。」
だれかが、おれをみている。
「あなたも、今日から私たちの家族になるのよ!」
「あなたには、新しい名前をあげる」
だれなんだ……?おれは……
「そんなことよりお母さま、この子を早く温めてあげないと!このままだと、こごえてしまうわ!」
「そうね。家に帰りましょうか。私たちの家……壁炉の家に。」
目が覚める。目が、覚める?俺は死んだはず。だが現実として、俺の意識は再び現世に浮かび上がって……
「……俺、生きて……」
すぐに起き上がろうとした。鉄骨に押しつぶされて生きているというだけでも不思議で仕方ないが、体が痛むどころか病院で体のどこかが拘束されていたり、管に繋がれている感覚すらないのは不思議で仕方がなかったから。まさか、全て夢だった?だとしたらとんだ悪夢だが。
「……は?」
そして、起き上がった俺はすぐにひとつの違和感に気付いた。視点が低い、明らかに。というより、手足が短いのだ。元々身長はそれなりに高いはずだったが……
「子供に、なってる……?」
手足の形、長さ、その全てが子供の、それもかなり幼い者のそれであった。なぜ?なぜ?なぜ?わからない、なにも。思考が乱れ、定まらなくなっていく中で、部屋に置かれた鏡を見つけた。
「…………なん、で?」
鏡に映ったのは、明らかに俺では無い者の姿。少し黒髪が混ざった白い髪、赤い×印が刻まれた黒い瞳、そして何より、どう見ても少女にしか見えない顔。
くらくらする。俺の体はどうなっているんだ?なぜ子供に、女になっている?というかそもそも、なぜ俺は生きている?死ぬ寸前に聞こえたあの音は?あの2つの声は?ここはどこだ?足元が崩れていく感覚と共に、立っていることすら困難になり、へたりこんでしまう。その時……
「あっ、目が覚めたのね!ダメよ、まだおとなしくしてなきゃ!今お母さまを呼んでくるわね!」
「きみは……」
「私?私はクリーヴ!とにかくおとなしく、ちゃんと寝ててね!お話は元気になってから!」
「あ、ああ……うん」
赤い髪の少女……クリーヴは俺を再び布団に寝かせると、走って行ってしまった。ふと、彼女の声に聞き覚えがあることに気がついた。確か、俺が1度死んで、ここで目を覚ますまでの間僅かに聞こえた声……あの2つの声の片方だ。
「目が覚めたのね。すぐに起き上がってたとも聞いたし、思ったより元気そうで良かったわ」
クリーヴが走り去ってから、すぐに現れた赤い髪の女性はそう俺に話しかけた。
「あの、あなたは……?」
「私はクルセビナ・スネージヴィナ。あなたの『お母様』よ。あなたは今日から、私たちの家族になるの」
「お母様?家族?」
あのときの声のもう片方――クルセビナと名乗る女性は、そのまま言葉を続ける。その声色はとても優しく、心地よく……しかして、どこかに冷たさを孕んでいるように感じられた。
「そうよ。だから、新しい家族になるあなたに、最初のプレゼント……あなたに名前をあげる」
「名前?俺の名前は――」
「いいえ、あなたは私たちの家族で、私はあなたの『お母様』なんだから、あなたの名前は私がつけるのよ」
「え……?」
「あなたの名前は……ペルヴェーレ。ペルヴェーレ・スネージヴィナ。」
「ペルヴェーレ……」
「ええ、そうよペルヴェーレ。ようこそ、私たちの家……