私が死んで、生まれ変わってから1ヶ月ほど経ち、体の調子が整ってきたころ。私は、自分の今の姿についてを思い出した。
『
生まれ変わる前の私が、最も好きだったキャラクター。私の姿は、彼女の幼少期そのままだった。しかし、彼女が[何のキャラクターだったのか]、[彼女が登場した作品のこと]は、不思議な程に思い出せない。彼女のキャラクター像やその力のことは思い出せたのに、それ以外のことは何も……まるで、[彼女が登場した作品のこと]に関する記憶から、アルレッキーノのことだけを抜き出して思い出しているかのように。ただ、そのことを思い出した時、意味もなく一人称を『私』に変えた。
「あっ、ペルヴィ!あのね、お庭のトマトをとるから、お母さまが手伝ってほしいって!」
「クリーヴ?ああ、今行く」
赤髪の少女……クリーヴは、この世界で私の最初の友人になった。転生と性転換、さらに幼児化といった様々な原因で不安定になっていた私に寄り添い、励ましてくれた彼女の存在は、まだ1ヶ月ほどの付き合いとはいえ今の私にとってかけがえのないものになっていた。
「お母さま!ペルヴィを連れてきたわ!」
「ありがとう、クリーヴ。ペルヴェーレ、あっちのベンチの上に軍手が置いてあるから、それをつけたらトマトの収穫を手伝ってちょうだい?」
「はい、お母様」
クルセビナ・スネージヴィナ……『お母様』は、私にこの世界のことを教えてくれた。元の世界との最も大きな相違点は、【個性】と呼ばれる異能の存在だろう。
少し昔に、中国で謎の光る赤子が産まれた。個性という力の源泉となったその赤子の誕生から、世界中で個性を持つ人間が増え始め、現代では地球人口の約八割が個性を持っているのだそう。また、秩序維持や安全の観点から公の場での個性使用は原則として禁止らしい。
そして、個性を私利私欲のために使い人々の安全を脅かす者を[
「お母様、終わりました」
「ええ、ありがとうペルヴェーレ。カゴと軍手はそこに置いておいて……いつも通り、ホールに行っていなさい」
「……わかりました」
この[壁炉の家]は、普通の孤児院(少なくとも、元いた世界の孤児院)からは考えられないような事がひとつある。
「やああぁぁぁっっ!!」
「うわぁっ!?くっ、えぇいっ!」
戦闘訓練。
[壁炉の家]にいる子供全員に課せられた義務。毎日午後4時から3時間の間、模造剣や盾、ナックルガードなどを装備して他の子供達と無差別に戦うというもの。
訓練開始前、全員に紙風船が4つ配られ、それを身体中の好きなところに貼り付ける。その紙風船が全て割られた子供から脱落していくという仕組みだ。紙風船が全て割られた子供は、訓練場となっているホールから退出し、庭で自分が選んだ武器の鍛錬を行う。その訓練の中で、私は……
「ふっ……!」
「うわっ!?や、やられた……っ」
模造剣を右手に持ち、子供たちの紙風船を次々に割っていく。前世で何か武術を嗜んでいた訳ではないし、肉体年齢もこの中の平均から見たら低い方だが……それでも、我武者羅に武器を振るう子供たちの攻撃を避け自らの武器を突き立てるのは、そう難しいことではなかった。生まれ変わったこの肉体は、思った以上に私の思い通り動いてくれている。
「今日も勝ち残ったのはペルヴェーレね。訓練に参加し始めて2週間ちょっとのあなたが4連勝するのも凄い事だけど、それ以上に……あなた達は、自分が情けないと思わないの?」
「……お母様」
「ご、ごめんなさいお母様……!」
冷たい目をしたお母様が、敗北した子供たちを叱責する。訓練の後、誰が勝ってもお母様は負けた子供たちに厳しい言葉を投げかける。
「ペルヴェーレ、もうあなたがこの訓練に参加する意味はないわね。明日からは私が直接見てあげるわ、明日から訓練の時間は2番の教室にいらっしゃい」
「わかりました、お母様」
私は、この人が……お母様が、苦手だ。
「おかえりなさい、ペルヴィ!」
「……まだ眠っていなかったのか、クリーヴ」
浴場で汗を流し、自分とクリーヴに宛てがわれた部屋に戻ると、まだクリーヴは寝ておらず、窓を眺めながら私が帰ってくるのを待っているようだった。[壁炉の家]では戦闘訓練の出来に応じて部屋が変わり、大半の子供たちは大部屋で雑魚寝をしているが、成績上位者には2〜4人用の部屋が与えられる。
クリーヴの戦闘訓練の成績はお世辞にも良いとは言えず、本来2人部屋が与えられることは無いのだが、私が無理を言って相部屋にしてもらった。知らない人間と2人部屋というのがそもそも好ましくないし、何より今の私にとってはクリーヴが唯一の心の拠り所だったから。
「やっぱりすごいのね、ペルヴィは!私なんて、いつも始めのほうで負けちゃうのに……」
「人には、必ず得手不得手がある。私はただ、偶然戦うのが得意だったというだけで……それより、今日は怪我をしたりしていないか?」
「ペルヴィってば、ときどきむずかしい話しかたをするわね。大丈夫よ、私の個性はショック吸収、みんなには負けちゃうけど、丈夫さには自信あるんだから!」
クリーヴは窓のすぐ横に置いてある長椅子に座り、私も隣に座るよう促す。クリーヴの隣に座ると私は力が抜けてしまい、彼女の肩に頭を乗せるようもたれかかってしまうと、彼女は一瞬私の方を向いて微笑みかけ、空を眺めながら言った。
「ペルヴィ、私ね、夢があるの」
「夢?」
「いつか大きくなってここを出たら、あなたと2人で色んなところに行ってみたい!」
私の方に顔を向け、優しい笑顔で言葉を続ける。
「私は生まれたころから壁炉の家にいて、外のことはほとんど分かんないの。ここの外は、ここよりもやさしいのか、それともきびしいのか。けどね、ペルヴィ!あなたと2人なら、きっとどんなところでも怖くないわ!」
「クリーヴ……」
「だから、2人でいっしょにいるの。ペルヴィは私がいなくても大丈夫かもしれないけど……」
「そんなことは、ない」
「え?」
「私には、クリーヴが必要だ。これまでも、これからも、きみと2人で……」
クリーヴの体温が伝わってくるにつれ、訓練の疲れが表面化し、心地よい眠気が徐々に私の意識を塗りつぶしていく。
「クリーヴ……もしも私が、ペルヴェーレじゃなかったら……別の人間だったら、それでも君は……」
削がれていく意識の中で、自分がとんでもないことを口走っていることを感じる。クリーヴは、少し困ったような表情を浮かべた。しかし、すぐに元の優しい表情に戻って、言葉を紡ぐ。
「うーん、ペルヴィが言っていることはよくわかんないけど……私は、あなたがあなただから、ずっといっしょにいたいと思ったの!友だちになりたいって!」
「……優しいな、クリーヴは……そして、温かい……すぅ……」
「ペルヴィ?……寝ちゃったの?もう、しょうがないわね、お布団まで運んであげるわ!」
ああ、ずっと、こんな時間が続けばいいのに。