僕のヒーローアカデミア:紅き月の狂宴   作:Dr.Sin

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第3幕:瞳が映す灰燼

あの日の夜から、丁度6年。わたしが13歳になった日の朝。いつも私の方が先に起きているのに、今日はクリーヴから先に起きていたのか、布団の中には私1人しかいない。体を起こし、瞼を擦りながら目を開けると、妙な感覚に襲われた。

 

「……クリーヴ?」

 

部屋の中の物が明らかに少ない。まず目に入ったのは、ほぼ空になった本棚。この世界について知るために必要な本だけ読んでいた私とは違い、彼女は本を読むのが好きで、色々な本を手に入れていた。それがほぼ無くなっている。次に衣装棚。通っている中学校の制服や院内用の服など、中に残っているのは私の服だけだった。

 

「クリーヴ……?クリーヴっ!!」

 

視界が狭くなり、私が生まれ変わって初めて目が覚めたあの時以上に冷静さを失っていく自分を感じる。次の瞬間には部屋を飛び出し、お母様の元に走っていた。

 

「お母様っ!!」

 

「ペルヴェーレ……そろそろ来る頃だと思っていたわ」

 

私が扉を乱暴に開けお母様に詰め寄ると、お母様は冷静な様子でそう言った。

 

「クリーヴなら壁炉の家を出たわ。」

 

「ここを出たって……」

 

「クリーヴの引き取り手が見つかったのよ。あなたへの伝言も預かってるわ。『あなたと一緒にいることが出来てよかったわ。また会う日まで元気でね!』」

 

「そん、な……」

 

「こうも言っていたわよ。『あなたと顔を合わせてお別れの挨拶をしようとも思ったけど、あなたと話していたら、きっと離れるのが耐えられなくなってしまうから、あなたに直接さようならは言えないわ』ですって。」

 

「クリーヴ……っ!」

 

昨日まではいつも通り他愛ない話をしていたクリーヴが、もういない。これから先も2人で、ずっと一緒にいると思っていたクリーヴが。

 

胸が苦しい。もう会えない……ことは無いのだろうけど、今までのようにずっと2人でいることはできないという事実が、私の心に重くのしかかる。

 

「悲しいのは分かるわ、ペルヴェーレ。けどね、それでもあなたは前に進まなければならないのよ。壁炉の家の一員として……そして、次代の王の一人として」

 

[次代の王]。戦闘訓練で突出した成績を記録し、それを理由に「お母様」から特別な訓練を受けている子供たち。メンバーは私を含めて4人、その中で私は唯一個性が発現していない。診断を受けた時、確かに個性が存在することは分かっているが、未だにその詳細が分からないのだ。

 

「あなたは次代の王の中で唯一個性が発現していない。けれどその戦う力は壁炉の家の子供たちの中で頂点に立てるほどのものがあるわ。あとは、相応しい個性だけ」

 

お母様は歪んだ笑みを浮かべ、私の顔に触れる。

 

「あなたは全てを蹴落とし、この家の……この世界の王になれる」

 

「さあ、もう行きなさい、ペルヴェーレ」

 

お母様に促され、部屋を出る。私は胸中に渦巻く悲しみを無理矢理押さえ込んで、訓練室に向かうことにした。訓練をしている間なら、余計なことは考えなくて済むから。

 

《訓練室》

 

「ふっ……!はぁっ!」

 

無心で剣を振るう。何度も繰り返し既に体に染み付いた剣の型を、自らの心を鎮ませるために。

 

「こんな朝早くから鍛錬ですか?性が出ますね、ペルヴェーレさん」

 

「ペルヴェーレさん、何かあった?」

 

「……リネに、リネットか」

 

リネ。私と同じ次代の王の1人で、私より2年後に入ってきたにも関わらず、個性込みとはいえお母様から私と同格の力を持つと認められた子供。妹のリネットは次代の王でこそ無いものの、汎用性に富んだ強力な個性を持っている。

 

「いや、なんてことは無い。ただ……同室の友人が、ここを去ってしまっただけだ」

 

「同室の友人……もしかして、クリーヴさん?」

 

「確かに、ペルヴェーレさんはクリーヴさんと仲が良かった。私たちから見たら、フレミネがいなくなるみたいなこと」

 

「それは……なんと言えばいいのか」

 

「いや、いい。予想外の出来事ではあったが、全くの想定外だったという訳でもない。ただあまりに突然過ぎたのでな」

 

改めて状況を口に出した自身の顔が陰っていくのを感じる。すると、私の話を聞いていたリネットが訝しげな顔をして、口を開いた。

 

「……昨日の訓練が終わったあと、私はクリーヴさんと話した。その時、クリーヴさんは『お庭のオレンジがいい感じなの。ペルヴィにも手伝ってもらって、明日から収穫かしら?』と言っていた。もうここを出ていく人が、次の日の事を考えているのは少し変」

 

「…………何?」

 

どういうことだ?もしリネットが言っていることが本当なら、クリーグは自分が壁炉の家を出ることを昨日の段階では知らなかったということになる。

 

……思えば、この件に関しては不審点が幾つかある。

 

まず、昨日までクリーヴに変わった様子がなかったこと。彼女は隠し事が出来るような性格では無いから、仮に自分がここを出ていくことを私に隠しておくつもりだったとしても、私に気付かれないようにするのは不可能に近いだろう。

 

そして、昨日までは私とクリーヴ2人分の物が置いてあった部屋から、一夜のうちに彼女の物だけが全て持ち出されているということ。それも、寝ているとはいえ私に気付かれることなくだ。

 

「それに、最近はここから出る人がかなり増えてる」

 

「確かに……僕たちが入ってきた時と比べれば、かなりの人数が減っている。引き取り手が見つかることはいいことだと思うけど」

 

ここまでの思考や彼らの言葉が、私の中でパズルピースのような形を取り始める。しかし、このパズルが組み上がるにはまだピースが足りない。

 

(今夜、お母様に聞かなければならない事があるようだ)

 

 

 

 

夜の帳が降り、子供たちが寝静まった頃。私は1人、お母様の私室に向かっていた。

 

(場合によっては、この場で……)

 

腰に携えた剣の鞘を持つ手に力が入る。考えているうちにお母様の私室まで辿り着いた私は、その扉を叩こうとした瞬間、中から話し声が聞こえてくることに気付いた。

 

(電話か?いったい誰と……)

 

そっと扉に耳をあてる。思ったよりも薄かったその扉は、お母様とその相手との会話を鮮明に伝えてくれた。

 

「ええ、それでは明日、また新たな個性……クロストリックの子供をお送り致しますわ」

 

『うん、よろしく頼むよ。いやぁ、それにしても助かったよ。あのショック吸収の個性は』

 

(は…………?)

 

「礼には及びませんわ。落ちこぼれのあの子が、最後の最後であなた様の役に立てたんですもの」

 

『死んだ自分の娘に対して、随分ドライじゃないか』

 

「まさか。アレは言わば咲く前から枯れた花。美しく咲くこともなく、その場にいるだけでほかの花に与えられるべき養分を吸い取る雑草にも等しい存在。」

 

『ハハッ、そうかい』

 

「では、次も手筈通りに。あなたに子供を送ったあとは、その痕跡を全て私の個性で……」

 

未完成のパズルに、ピースが嵌っていく。クリーヴをはじめとした次々に減っていく子供たち、去った子供たちは皆痕跡すら残さないこと、そしてその子供たちの中で少なくとも私が知っている者は皆……戦闘向きの優秀な個性を持っていたこと。

 

(この、女は……生かしてはおけない。生かしておいてはいけない)

 

鞘から剣を抜き、扉を蹴破る。その勢いのまま跳躍し、音に反応してこちらを向いたお母様に向けて剣を振り下ろした。

 

「クリーヴの仇ッ……」

 

「っ!ペルヴェーレ……!?」

 

「ここで討つ!!」

 

振り下ろした剣は咄嗟に身を引いたお母様に躱され、その手元の携帯端末を破壊することしか出来なかった。

 

「そう、聞いていたのね。それなら……ッ!」

 

お母様が手元の紙束をばら撒くと、それらが突然発火し、お母様の姿を隠す。

 

(個性か!)

 

燃え上がる炎に、本能が一瞬身を引かせる。その瞬間、炎の中から2本の短剣が飛来し、うち1本が私の左腕に突き刺さった。

 

「ぐっ……!」

 

脳内を満たすアドレナリンが、突き刺さる短剣の痛みを誤魔化してくれる。構わず鎮まりつつある炎の方に駆けていくと、すでにそこにお母様の姿はなく、その後ろにあった窓が空いていた。

 

(逃げられた……?いや、まだ遠くには行けていないはず。それにこの窓の先は……)

 

左腕に刺さる短剣はそのままに、窓から部屋を出てその先に向かう。そこは、子供たちの戦闘訓練に使われている場所……中央大ホールだ。

 

 

《中央大ホール》

 

 

ホールの入口から中に入ると、その中心地に私と同じく剣を持ったお母様が立っていた。

 

「育ちの悪い花は早く切るべきだった……そうした方が、ほかの花はより美しく咲く」

 

「ッ!!」

 

「お前もそう思うだろう――ペルヴェーレ」

 

「貴様ッッ!!」

 

剣を構えて重心を前にかけ、一息で踏み込む。

 

「純真と善意、素敵な品格だ……しかし、何の役にも立たない!」

 

私の全霊をかけた一撃は、いとも容易く受け止められた。

 

「貴様は!」

 

何度もお母様に切りかかるが、その尽くが防がれ、躱され、受け止められる。しかし、反撃はしてこない。まるで私に力の差は歴然であると、私では勝てないと、そう言い聞かせているようにも感じられた。

 

「今のあなたでは私に勝てない、分かるでしょう?」

 

「黙れ!貴様は、貴様だけはこの手でッ!!」

 

前世を含めても経験したことの無い怒りの感情が私を支配し、奴にはまだ勝てないと、ここは剣を引くべきだと叫ぶ私の中の理性の部分が塗りつぶされていく。

 

「自分にも扱いきれないほどの怒りに飲み込まれているわね。感情は判断と刃を鈍らせると教えたはず」

 

「くっ……」

 

次第にお母様の行動が防御から攻撃に移り変ってくる。力で負けている相手からの攻撃に対して、片手を失った状態の私には防ぐことすら困難だった。

 

「しまっ……かはっ!」

 

剣を受け止めきれずに吹き飛ばされ、体が壁に打ち付けられる。衝撃で左腕に刺さっていたナイフが抜けてそこから血が流れ出ると同時に、左腕から焼けるような痛みを感じ始めた。

 

(ここまで、なのか……クリーヴ、私は……)

 

「枯れ木でも鎖は鎖。縛られた鳥は、永遠に空を飛べない!」

 

徐々に体から力が抜け始め、頭が下を向く。そうして見えた、左腕から流れ出る血の先に、一輪の花があった。

 

(あれは……クリーヴが、好きだった花……)

 

ルミドゥースベル。クリーヴは毎年、この花の種を花壇に蒔いたり、部屋の中の植木鉢で大事に育てたりしていた。花言葉は『離別』『再会への誓い』。

 

(もう一度君に会いたい、クリーヴ……それさえ叶うなら、私は他に何も……)

 

脳裏によぎるのは、彼女の笑顔。私にとってかけがえのなかった、私が失ってしまったもの。

 

(だが、それはもう叶わない。1度こぼれ落ちてしまったものは、もう手に収まることはない)

 

再び、剣を持つ手に力が入る。

 

(なら、今の私がすべきことは……私のような、大切なものを失ったときの思いを、もう誰にもさせないこと)

 

あの時、謎の男と電話していたお母様の口から出た[クロストリック]という個性は、リネットの個性だ。もしここで私が負けてしまったら、リネは大切な妹を失ってしまう。私のように、大切なものを失う思いをしてしまう。

 

――そうは、させない。

 

「……貴様には、負けられない」

 

「まだ起き上がるか、ペルヴェーレ……ッ!?」

 

左腕を流れる血が次第に固まって形を成していく。それは、血で出来た剣。私は、直感的にこれが私の個性であること、そしてこの個性の真髄はこれではないことを理解した。

 

「ハァッ!」

 

私が立ち上がったこと、そして私の個性が覚醒したことに狼狽えるお母様に、2つの剣で切りかかる。実剣の方は受け止められたがお母様の体勢を崩すことに成功、その隙に血の剣を下から振り上げ、お母様の体に傷を付けた。

 

「私に……当てた!?」

 

「【万象灰帰】」

 

血の剣の硬質化を解除し、お母様の傷口に私の血を当てる。個性に目覚めた瞬間に理解した、この個性の真髄。

 

「これは……ッ!?ぐッ、アァっ!!熱いッ!か、体の、中がッ……!!」

 

『血償の勅令』。私の血液を一定以上浴びたり、体内に私の血が入り込んだ者、そして私が手で触れた者には、その体に黒い印が刻まれ、その印は私が回収までの間刻まれた者に体内が焼けるような痛みを与え続ける。

 

「これがッ……あなたの、個性ッ!」

 

勅令の印が与える痛みに耐えかねたのか、お母様はその場で倒れ伏し、膝立ちの姿勢で私を睨みつけている。

 

「【勅令結印】」

 

右手の剣を捨て、そのまま開いた右手をお母様の方に向ける。お母様の体の周りに赤いもやが立ち込め、それは直ぐに私の右手に吸収されていった。

 

(痛みがひいた……?しかしなんだ、この疲労感は……!)

 

お母様につけた印の回収。それはただ痛みの元を取り除くのではなく、回収と同時に対象者の体力(スタミナ)を奪うことができ、そうして奪ったものは、私の中で血液に変換される。

 

「ペルヴェーレ……!お前の、その姿は……!」

 

体内で溜めきれなくなった血液が左腕の傷口から溢れ出し、私の周囲で棘のようなオブジェクトと化した。その姿を見て立ち上がったお母様は、狂気と取れるほどの笑みを浮かべていた。

 

「……素晴らしい!素晴らしい力だ、ペルヴェーレ!やはり私の目に、狂いは無かった!!」

 

「何を……」

 

「お前には、あの男を超えて王となる力がある!私に従いなさい、ペルヴェーレ!お母様である私が、王の座へと導いてやろう!!」

 

狂気の笑みと、喜色に溢れた声。お母様は、私という力を用いて果たしたい目的があるのだろう。だが、それは私の中に芽生えた信念とはきっと相容れない。

 

故に私は、決意を持った眼差しでお母様の目を見据え、言葉を紡ぐ。

 

「お母様」

 

「ッ!!」

 

溢れ出した血液の結晶化を解き、再び液体になった血を一点に集め、収束する。

 

「ま、待て!私はまだ……!」

 

 

「―――貴方には無理だ」

 

収束し熱を帯びた血液はやがて赤い光となって手に収まり、私はその光をお母様に向けて放とうとした。

 

「あ、あぁ、私は―――」

 

その瞬間、お母様の顔にヒビが入る。それはやがて身体中に伝播していき、全身に広がったころ、その間から赤白い光が漏れ始めた。

 

(何だ、何が起きている……?)

 

「ペルヴェーレ……!私は、あなたを王の座に……!!」

 

お母様に入ったヒビから漏れ出る光がその輝きを増し、次の瞬間、お母様の体が爆発した。

 

「なっ……!?」

 

手の中に収まっている光を捨て、爆発の方に駆け寄る。

 

「お母様!」

 

爆発の煙の中に飛び込むと、その中心地には横になっている人影がひとつあった。

 

「……っ……ぁ……」

 

まだ生きている。しかし、全身がひび割れ黒く焦げたその姿は、何もしなければすぐにでもお母様の命が絶えるということを何よりも雄弁に示していた。

 

「お母様……」

 

お母様に対して抱いた殺意も、先程まで放とうとしていた光がお母様の命を奪いうるものであることも、否定しない。目の前にいる死にかけの女は、私のかけがえのない人の仇であり、憎むべき悪だ。しかし、既に死にかけている人間にとどめを刺すことでこの怨嗟を晴らすことが出来るとは思えなかった。

 

その時、中央大ホールの扉が開く音がした。そちらの方に目を見やると、弓を構えたリネがそこに立っていた。

 

「ペルヴェーレ、さん?今の爆発音は――」

 

「リネ。こちらを見ず、直ぐに警察と救急に連絡しなさい」

 

「へ?まさか今の爆発に誰か巻き込まれて」

 

「早く!」

 

「は、はい!」

 

程なくして警察と救急が到着し、お母様は救急車に収容され、搬送されていった。そして私は……

 

「――県警の李央 節士だ。この件について、署で詳しく話を聞かせてもらいたいんだが……構わんね?」

 

「分かりました」

 

(お母様。あなたの事を、生涯許しはしない。しかし間違いなくあなたは、この世界において私のお母様だった。だから……)

 

もし、また会うことがあったら。その時は、あなたのすべてを聞かせてもらう。あなたの成したかったことと、あなたの後ろにいるもの。文字どおり全てを。

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