「……っ!?」
院長と共にベッドに入った私は、ものの数分で眠りに落ちた。その意識を覚まさせたのは、朝日の輝きではなく轟音と振動。振奈院長も目が覚めたようで、起き上がると同時に私の腕にしがみついてきた。
「なっ、なにっ!?いまの……!」
(少し近い廃倉庫の方向……事故でも起きたのか?有毒ガスか何かが発生した可能性もあるが、もし
「院長。子供たちを連れて安全な所……工房へ」
パレ・メルモニアにおいて、最も頑丈な建物は間違いなく工房だ。何せ、使われなくなった物置をほぼ一から改装した建物で、中で何が起きても外に危害が及ばぬよう過剰なほどの補強が行われている。
「ペ、ペルヴェーレは?」
「衝撃の方向に何が起きたか確かめに行きます。それによって、今後の動き方を変えなくてはいけません」
「そんな!危ないよ!」
「万が一飛来物などがあっても、私なら対処できます。子供たちを守るためですから」
「子供たちを……?」
「はい。衝撃の状況が分かれば、今後どのように対処すればいいかが分かります。敵犯罪の可能性もあるので、子供たちを収容したあとは工房の扉を決して開けないように」
「君が戻ってきた時は……」
「では、これを」
職場体験の時に頂いたインカムと事務所端末、そのうちインカムの方を院長に渡す。
「そのインカムをつけていてください。戻ってきた時は、それに連絡を入れます」
「わかった……絶対、無事で帰ってきてね!」
「そのつもりです」
持っていた服の中でも比較的動きやすいものに着替え、フレミネがメンテナンスしてくれたブラディトリガーを装備し、ポケットに端末を忍ばせた私は、子供たちに工房に向かうよう伝えながら外に出た。
「あれは……確か、今年デビューしたヒーローの」
外に出て真っ先に目撃したのは、巨大化した女性の背中。たしか今年デビューしたマウントレディというヒーローで、見た目とやってることの派手さで子供たちもそれなりに好いていたはずだ。
(事故か敵か、まだ判断がつかないな)
「もう少し近付い、て……」
情報を集めるべく前に動き、マウントレディを見る角度が変わった瞬間、その手に脳無が握られているのが見えた。
(脳無……!?まさか、敵連合関連の……!ダメだ、万が一脳無がここに狙いを定めたら、工房の壁でも耐えきれない……!)
工房の壁は確かに頑丈だが、脳無が相手となると話は別。無差別破壊を命じられた脳無がここに狙いを定めるという最悪の未来を想像した私は、偵察のために紅血風翼で空に飛び上がった。
「あの廃倉庫が敵連合に襲われたのか、あるいは奴らの関連施設なのか……」
廃倉庫の方に目を向けると、マウントレディの他にも有力なヒーローが集まっているのが見え、さらに、複数の脳無が警察やヒーローによって捕縛されているのも確認できた。
(動いていないとなると、あの脳無らは指示を何も受けていない?となると、脳無の格納庫的な場所にヒーローが先制攻撃を仕掛けたと見るのが妥当か)
爆豪殿が拉致され、下手に連合を刺激できないこのタイミングで強襲をかけたというのなら、恐らく彼の身柄は保護されている。もしこのまま何も無ければ、私も安心して子供たちの所に向かえるのだが……
BAGOOOOOOON!!!!!!!
「ッ!?」
巨大な爆発音とともに黒煙が上がる。現場のヒーロー達が吹き飛ばされ、こちらまでその衝撃が伝わり、パレ・メルモニアの外壁に背中から叩きつけられる。翼のおかげでダメージは少なく、すぐにもう一度飛び上がった瞬間……
ぞわり
黒煙の中から見える人影が1つ。現れた全身黒ずくめに怪しいマスクを付けた人物の姿を目で見た瞬間、背筋をムカデが這うような感覚が私を襲った。悪意だの、殺意だの、そんなちゃちなものではなく、根源的な恐怖を呼び起こされるような強烈な不快感。
(あれは……敵連合の戦力などではない。むしろその逆、敵連合が奴にとっての手駒。奴が親玉……!)
USJで初めて接触したとき、そして合宿所襲撃のとき、そのどちらでも敵からの悪意は感じ取れた。しかし、黒ずくめの敵から発せられるそれは文字通り次元が違う。あの時向けられた悪意と、初めて脳無を見た時に感じた不快感、その2つを何十倍にも大きくして煮詰めたような感覚に、私は飛んだまま動けなくなってしまった。
更に、その敵を視認してから数秒と経たないうちに、奴の周囲の空間から黒い泥のようなものが吹き出してくる。その中から現れたのは、私が何度も学校で見た特徴的なトゲトゲの髪。敵連合に拉致された、爆豪殿の姿だった。
(ワープの個性……!黒霧とは系統が違う、奴の個性は先程の衝撃波では無いのか……!?まさか、脳無のように複数の個性を……!)
爆豪殿の出現に合わせて、同じような黒い泥が幾つも吹き出し始める。中から現れたのは死柄木や黒霧、合宿所襲撃の時に目にした敵だった。
(敵連合……!どうする、ヒーロー達が吹き飛ばされる程の敵、私が何とかできる事態ではない……!しかし、もし奴がここで暴れ出すような事があれば、子供たちは!)
お母様と戦った時のように、私の本能が引くべきだと言っている。しかし、私の後ろには子供たちが避難している工房とパレ・メルモニアが。自らを奮い立たせ、トリガーを抜いて剣を生み出そうとしたその瞬間、私の横を高速で何かが横切った。それは真っ直ぐあの敵のもとに向かっていき、そして正面から衝突する。そこに居たのは、誰もが知るNo.1ヒーロー……オールマイトの姿だった。
「全てを返してもらうぞ、
「また僕を殺すか、オールマイト!」
強大な力の衝突による衝撃波は、先程あの男が放ったそれと同じように私の方まで届いてきた。また吹き飛ばされ叩きつけられるようなことがないよう、今度は翼を上手く使って姿勢を整え、浮遊状態を維持。
(翼の制御が、格段に上達している……!こんな時に知りたくはなかったが……!)
たった2日間で終わってしまった合宿、しかしその成果は確実に現れている。煙が薄くなりその中が見えてくると、オールマイトに正面から突撃されたにも関わらずあの敵は無傷で立っており、更に奴が片手で放った衝撃波は逆にオールマイトを複数のビルごと吹き飛ばしてしまった。
(オールマイトを片手で……!?あんなものがこちらに向けられたら……!いや、今回は運が良かっただけ、あんな威力を易々と出せるのならいずれ確実にこちらの方向にも撃ってくる……!)
もし、あれがこちらに放たれたら。子供たちを誰が守れる?あの敵の力は強大で、それなのにオールマイトは爆豪殿を気遣いながらの戦闘で全力を出せていない。更にこの現場にいるヒーローは既に破壊されたビルの中にいた人々の救出に割かれているためか、まだ被害を受けていない場所の防衛まで手が回っていない。私の背中にいる子供たちを守れるのは……
「【自刻勅印・融】、姿勢制御アンカー射出……!」
自刻勅印による高速造血を行い、増えた血を使い翼と足裏から支え棒を放つ。地面に深く突き刺さったそれによって私の体は空中で固定された。
(血焔境界ではダメだ、簡単に破られる……全ての血を使って、未完成の受け流し技を使うしかない……!)
手からトリガーを外し、鋭利に尖らせた羽根で両手に深く傷を付ける。いつ攻撃が来てもいいように、大量の血を放出しながら手を前に伸ばした。
「パレ・メルモニアは、絶対に守り抜く……!」
《No Side/廃倉庫》
(オールマイト……!AFOが邪魔して、かっちゃんを助けられないんだ!その隙に連合は、かっちゃん諸共逃走しようとしている!)
爆豪を救出すべく発信機を辿って行き、脳無格納庫にたどり着いた緑谷ら5人。裏路地に入り、壁裏にいたおかげでAFOが放った衝撃波に吹き飛ばされずに済んだものの、その威力を目の当たりにしたことで完全に萎縮してしまっていた。
さらに、AFOとオールマイトの実力はほぼ拮抗しており、爆豪を初めとした周囲の環境に気を使って戦わなければならないオールマイトは不利を強いられている。
「今行くぞぉぉぉぐわぁッ!?」
「させないさ……その為に僕がいる!」
(オールマイトとかっちゃんが、こんなにピンチに……なのに……!)
『資格未取得者が保護管理者の許可なく個性で危害を加えたこと、これは立派な規則違反だワン』
『俺だって悔しい。だが、これは感情で動いていい話じゃない』
『ルールを破ると言うのなら、その行為は敵のソレと同じなのよ』
『君たちが敵と相対し傷を負った時、誰が責任を取ると思う?』
『なんでよりにも寄って君たちなんだ……なんで俺と同じ過ちを犯そうとしている!?』
緑谷の頭に、ヒーロー殺しの1件の際に警察官から告げられた言葉が反響する。他の者たちも、病室でのクラスメイトの言葉、病院前で飯田が放った心配を思い起こし、自らの無力さ、そして今の状況の危険さを改めて認識した。
(僕らは……僕らは、戦うことが許されない!せめて隙が!どこか、一瞬でいい、かっちゃんを助け出せる道は無いか!?かっちゃんが助かれば、オールマイトも存分に力を……!どこだ、そのルートはどこに……!?)
彼らは、戦うことが許されない今の自分にもできることを考える。緑谷はこの状況を好転させるために爆豪の救出を必須とし、その方法を思索していたとき、先程オールマイトが現れた時のことを思い起こした。
(……隙!)
「飯田くん、みんな!」
「駄目だぞ、緑谷くん!」
「違うんだよ、あるんだよ!決して戦闘行為にはならない、僕らはここから去れる、それでもかっちゃんを救い出せる方法が!」
「!」
緑谷は、戦闘せず、かつ自分たちが離脱することも出来る策を思いついたと言う。それが成功するのであれば、この状況を一手で覆せる可能性すらあるその提案。ここにいる者たちの視線が、一気に緑谷に注がれた。
「言ってみてくれ」
「でもこれは、かっちゃん次第でもあって……この策だと多分、僕じゃ成功しない。だから切島くん、君が成功率を上げるカギだ!」
轟が緑谷に作戦の概要を問う。問われた彼は前置きとして、作戦の実行に際し切島が重要だと言った。突然自分が重要だと言われた切島の目は点になったが、驚く間もなく緑谷の口から作戦が話された。
(俺がこの場にいるからオールマイトが戦い辛え!クッソォ……!)
敵から物理的な接触を受けないよう、距離を取りつつ戦う爆豪。圧縮の個性を持つコンプレスに触られたらそれで敗北な上に、他の者にしても拘束されれば負けという状況の中で、必死にもがいている。
(……ッ!?)
突如、瓦礫となった廃倉庫の外壁が崩れ、その向こうから爆豪からすればよく見覚えのある赤いトゲ頭を中心としたが3人の男が現れた。
『作戦はこうだ!僕の個性と飯田くんのレシプロで、まず推進力!そして切島くんの硬化で、壁をぶち抜く!』
さらに、その穴から発射台のような形をした氷の壁が伸び、その上を3人が勢いよく滑走している。
『開けた瞬間すぐさま、轟くんの氷結で、道を形成して欲しい!なるべく高く飛べるよう!敵は僕らに気付いてない!いままで敵に散々出し抜かれてきたけど、今僕らがそれをできる立場にあるんだ!』
彼らが氷の滑走路を飛び立つと同時に氷塊が崩れ、誰も手出し出来ないほどの高さの場所に3人の男が打ち出された。そしてその中から、赤い漢が手を伸ばす。
「来ぉい!」
『僕じゃダメだ、轟くんでも飯田くんでも八百万さんでも!入学してから今まで、かっちゃんと対等な関係を築いてきた、友達の呼び掛けなら!きっと!!』
「ッ!!」
BOOOM!!!!
敵連合と爆豪、それら全ての視線が飛び上がった者たちに注がれ、さらにその中から自らを呼ぶ声がすると気付いた爆豪。それに呼応し、高出力の爆発で飛び上がった彼は、空を舞う彼らの中から伸ばされた手を、その手で掴み返した。
「……バカかよ」
「思った通り、あっちに釘付け……逃げるぞ!」
「はい!」
それに合わせ、完全に意識がこちらに向いていないことを確認した轟と八百万もこの場を離脱する。敵側は磁力の個性を持つマグネが反発を利用して飛んだ彼らを追撃しようと試みるも、射出したコンプレスが最後の力を振り絞ったマウントレディによって阻止された。更にヒーロー側の増援として現れたグラントリノによってトガと死柄木を除いた残る連合の意識が落とされ、ここに爆豪とその救出隊5名の完全離脱が成ったのである。
(保須の経験を経て、まさか現場に来ていたとは、10代……!)
「しかし情けないことに、これで!心置きなく貴様を倒せる!オール・フォー・ワン!!」
「こっちもあと2人、終わらせる!」
「やられたな……一手で綺麗に形勢逆転だ」
AFO側からすれば、オールマイトに対して全力を出せないようにする枷の1つだった爆豪が奪われ、更に連合の大半が意識を失った状況は先程までの有利が考えられないほどの不利状況。
「個性強制発動、【磁力】!」
故にAFOは、死柄木と彼が作り出した敵連合を逃がすことを選択した。指から伸ばした黒い棘を倒れるマグネに突き刺し、その身体を弄って個性の磁力を強制的に発動させる。同じく意識が落とされ、マグネのように個性を強制発動させられた黒霧のゲート、そこに立つトガヒミコを中心に敵連合が次々に引き寄せられていく。
「ぐっ……ダメだ、先生!その体じゃ、アンタ……ダメだ!!」
AFOの体が深刻な傷を負ったままであることを知る死柄木は、磁力によってゲートに引き寄せられながらもAFOの身を按じる言葉とともに手を伸ばす。だが2人の距離は縮まるどころか益々離れていき、やがて死柄木も他の連合メンバーのようにゲートに吸い込まれていった。
「弔。君は戦い続けろ……!【転送】+【衝撃反転】!」
ゲートが消え、連合が離脱したことを確認したAFO。その身に向かうオールマイトの拳を、泥のワープで自らの前に転送したグラントリノを盾に防ぎ、さらに衝撃反転の個性を使って逆にオールマイトへダメージを与えた。
「僕はただ弔を助けに来ただけだが……戦うというのなら受けて立つよ。何せ僕はお前が憎い!かつてその拳で僕の仲間を潰し回り、お前は平和の象徴と謳われた!僕らの犠牲の上に立つ景色……さぞやいい眺めだろう!」
「DETROIT……SMASH!!!!」
再びAFOに拳を放つオールマイト。盾にされたグラントリノを泥から引き抜き、直撃したかに見えたその拳は、衝撃反転によってオールマイト自身にはね返ってくる。しかしその拳を受けたAFOも全くの無傷とはいかず、衝撃反転の個性が今の一撃で機能を停止した。
「強引に打ち消したか……心置きなく戦わせないよ!ヒーローは多いよなぁ、守るものが!」
「黙れ……!」
「……ッ」
「貴様はそうやって人を弄ぶ……!壊し、奪い、付け入り支配する!日々暮らす方々を!理不尽が嘲り笑う!私はそれが……!!」
AFOの懐に飛び込むオールマイトが、そのスピードに反応が追いつかなかったAFOの腕を掴む。
「許せないぃぃぃっっっ!!!!」
腕を掴まれ、隙だらけになったその顔面に思い切り拳が叩き込まれた。不気味な黒いマスクが割られ、マウントポジションを取られるAFO。だが同時に、明らかに戦闘のものではない煙がオールマイトの体から上がり始めると共に、その顔の半分が痩せぎすのまるで骸骨のようなものになっていた。
「俊典……!活動限界が……!」
活動限界。以前AFOとの戦いで重症を負ったオールマイトは、全盛期の力を失うと同時に一日の中で僅かな時間しかヒーロー活動を出来ない体に追い込まれていた。USJでの脳無戦を経てさらに短くなったその活動可能時間は、無情にも今過ぎ去ったのである。
「どうした……いやに感情的じゃないか、オールマイト。そんなセリフを前にも聞いたなぁ……
そして、それを嘲るかのように、拳の下から声が発せられた。オールマイトの拳を正面から受けたにもかかわらず、未だ健在であったAFOの、挑発とも取れる言葉であった。
次回、第5章最終回。