僕のヒーローアカデミア:紅き月の狂宴   作:Dr.Sin

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断章:往日に響く追憶の歌
第1幕:■■の海


 

 

意識が沈んでいく。

 

 

血を流しすぎた。職場体験の時、敵からの電撃を受けてなお戦闘を続行し、勝利と同時に気を失ったときと同じ感覚。林間合宿で原型はできたものの、まだ完成には至らなかった技を実践投入した結果がこれか。

 

だが悔いはない。子供たちや振奈院長……パレ・メルモニアの皆を守るためだったのだ。

 

 

深い海に沈んでいくような感覚とともに、またも頭の中に声が響いた。

 

『君は本来、ここにきてはいけない存在だ。しかし、救助訓練の一件、心躁 人使による洗脳、職場体験の一件、そして今回……もはや、許容できる範囲ではなくなった。再び目覚めたいのならば、私の下にたどり着け』

 

声は再び遠ざかる。声の下に向かえと言いながら、この場所は何なのか、そして声はどこにいるのかなどは何も告げてくれなかった。

 

(まだ私にはやることがある……少なくとも、子供たちの安全を確認しなくては、死んでも死に切れん)

 

 

意を決して目を開けるとそこに広がっていたのは、どこまでも視界を埋め尽くす深い青と、灰色の動植物。

 

 

まさかの、海。

 

 

(確かに深い海に沈むような感覚だとは思ったが……!)

 

 

自分が海の底に沈んでいるということを理解した瞬間、急激に息が苦しくなってくる。これまでずっとここにいたのに無事である以上呼吸関連での危険はないはずだが、それでも自分がいま呼吸できない状態にあるということを自覚すると、息苦しいという感覚を持たずにはいられなかった。

 

 

『落ち着いて、ペルヴィ?ほら、ゆーっくり息を整えるの』

 

 

(この、声は……)

 

 

先ほどと同じく、脳内に響く声。しかし、今回の声にはどこか聞き覚えがあり、先ほどのような冷たさを感じない。むしろ暖かく、安心を感じるほど。声の導きのままに呼吸を整えると、今いる場所でも地上と同じように呼吸できるということに気付いた。

 

 

(なんだったんだ、今の声は……暖かくて、しかも私は、この声を聴いたことがある?)

 

 

すると、私の目の前が突然光りだす。夕焼けに似た暖かい光が広がっていき思わず目を手でふさぐと、次第に光が収まっていき、その光の中心から一つの人影が見えてくる。その中心から現れたのは……あまりにも、懐かしい姿。もう会えないと思っていた、たった一人の親友。

 

 

『久しぶりね、ペルヴィ!あなたにまた会えて嬉しいわ!』

 

「───クリー、ヴ?」

 

『ふふっ、他の誰に見えるの?』

 

 

クリーヴ・スネージヴィナが、そこに浮かんでいた。もう会えないはずの親友。その命を奪われ、肉体を弄ばれた、私にとっての後悔の象徴。海中を漂う幼い半透明の彼女は、私に慈しみの視線を向けている。

 

 

「どうして、君が」

 

『それはね、ここが記憶の廃棄場だから。あなたと■、そして■■。三つの意識すべてに共通して存在している記憶が、私とお母さまだけだからよ』

 

 

先ほどまでと同じように、クリーヴの声は脳内に直接響いてくる。だが、彼女の言葉の一部はまるでもやがかかったかのように頭の中で痞え、それを理解することができない。

 

 

「ここが、何だって?うまく聞こえないんだ、クリーヴ……」

 

『そう……きっと■■が邪魔してるのね。それじゃあ、彼女に会いに行きましょうか。本当は二人を会わせたくないんだけど、彼女がそれを望んでいるから……』

 

 

そう言ったクリーヴは、この海の底にあった水中洞窟、そのより深いほうに潜っていく。他にどうすることもできず彼女の後ろについていくと、海の青色はどんどん濃くなっていき、やがて完全に真っ暗になってしまった。唯一、彼女の体から放たれる淡い光だけが私の道しるべだ。

 

 

「クリーヴ、私たちはどこに向かっているんだ?」

 

『この場所をこの場所足らしめている人のところ。そろそろ見えてくるわ』

 

 

変わらず彼女のあとに続いて泳ぐ。すると、ずっと奥のほうに彼女から放たれるものとは違う光が見えはじめ、それは瞬く間に広がっていき、視界は先ほどまでから一転して真っ白に染まった。

 

 

 

『ここが、■■のいるところ……往日の海よ』

 

クリーヴに導かれ辿り着いたのは、先程までと同じような海。上を見れば天井があり、光が差し込んでいる様子もないのに明るい、異質な場所。海藻や魚、果てはヤドカリなど、独自の生態系を構築しているようにも見えるが、それらは現実に存在するものとは似て非なる生き物だ。

 

 

『あの子たちは、原海アベラント。ここを消化するために必要な子たちよ』

 

「消化……?それは、どういう───」

 

『これ以上は、きっと私が言ってもさっきみたいに聞き取れないわ。あそこに、大きな建物があるの、わかる?』

 

 

彼女が指さした方向には、確かに大きな建造物があった。それも、ひどく見覚えのある建物が。

 

 

壁炉の家(ハウス・オブ・ハース)……?」

 

『そう。アレが、■■の住処。彼女はあそこに閉じこもって、アベラントたちを管理しているの』

 

 

この世界に生まれ変わって初めて足を踏み入れた場所、壁炉の家。なぜアレが海中にあるのかは分からないが、私がここにいる原因がそこに居るというのなら彼処に向かわない理由は無い。

 

 

『まだダメよ、ペルヴィ?あそこには結界が貼られているの。入るには、その結界を破る必要があるわ』

 

「結界……?それを解除するには、どうすれば」

 

『この海には、分解者アベラントともう1つ、[風化せぬ往日の石像]というモノがいるわ。彼が結界の守護者としての役割を担っているの』

 

「それを倒せばいいのか」

 

『そういうことになるわ。けど……』

 

 

「その石像はどこにいるんだ?私は早く戻らなければ……!」

 

『落ち着いて、ペルヴィ!』

 

 

クリーヴの小さな手のひらが、私の頬をペチンとはたく。痛みは全くなかったが、彼女から手をあげられたという事実が私の混乱する頭を一気に冷静にさせた。

 

 

「……すまない、取り乱した」

 

『よっぽど子供たちが心配なのね?』

 

「ああ、今の私に残された、唯一の守るべきものだ」

 

『そう……それじゃ、石像のところに案内するわ』

 

 

そう言ってこの海のまた深いところに泳いでいくクリーヴ。泳ぎだす直前のクリーヴの顔が何となく寂しそうに見えたのは、私の気のせいではないだろう。

 

 

 

『あの洞穴が見える?あそこが、石像の住処よ』

 

彼女が指さした先には、確かに一つの洞穴がある。その入り口には幕が張っているように見え、その奥には砂浜のようなロケーションが見受けられた。

 

『あそこはこの海から隔絶された空間。入口の幕から向こうは、陸上と同じような空間になっているわ』

 

「そうか、わかった。クリーヴは安全なところで……」

 

『私も行く』

 

「……わかった」

 

 

私とクリーヴは、横に並んでその洞穴に向かう。そこにたどり着き幕を抜けると、先ほどクリーヴが言ったようにそこは陸上と変わらない状態の砂浜だった。そして気付いたのは、海の中から陸に上がったにもかかわらず、体が全く濡れていないこと。不思議に思っていると、クリーヴが遠くの岩の塊に指をさした。

 

 

『あれが石像よ。今は眠っているみたいだけど、近付けば目を覚ますわ』

 

「ただの岩の塊に見えるが、アレが?」

 

 

クリーヴのことを疑っている訳では無いが、ここから見た限りではただの岩であり、少々訝しみながら接近していく。大きさが目測で測れるくらいの距離に近付き、それが大体私の1.5倍くらいの高さであることが分かると同時に、その岩の塊がボロボロと崩れ始め、やがて人のような形を成していく。

 

 

「……!仕掛けてくる、か……?」

 

 

最初に形になったのは脚部で、石像と言うからにはゲームで出てくるようなゴテついた物が現れるのかと思っていたが、その形は普通の人間のものと同じに見える。

 

次に腕と胴。こちらも普通の人間のそれに見えるが裸体を模したものという訳でもなく、服を着た……それも、サラリーマンのスーツのような格好であり、それを見た私はえも言われぬ既視感を感じていた。

 

 

(なんだ、この姿……私は、これを知っている……?)

 

 

最後に、頭部。明らかに今世で見たことがない顔なのに、私はこの顔を知っている。期待外れの失敗作を見るような目と、滅多なことでは開かれない口。

 

 

 

「……父、上……?」

 

 

 

今世において、存在せども1度たりとて目にした事の無い「父親」。しかし私の口からは、この石像がソレであるという言葉が飛び出してきた。

 

 

「……身体()のでは無い。あまりにも似ていなさすぎる……」

 

 

男の見た目をしたこの石像は、何から何まで私の身体とは違いすぎる。親子であるなら、何処かしら似通った場所があるはずなのに。にも関わらず、これを「父親」として認識したのなら、それが意味することは1つ。

 

 

「そうか……この石像の姿は、精神()の父親のものか」

 

 

「おまえは……■、か?」

 

「っ!?」

 

 

突然石像の口が開き、そこから音……否、声が発せられる。それを認識したと同時に私の足は無意識に後退りし、更に全身から汗が噴き出してくる。

 

 

「1人を殺して産まれ……また1人を殺して蘇った……」

 

「な、にを……!」

 

 

親指を噛んで傷をつけ、吹き出た血をハンマーの形に成形する。石像の頭を目掛けて振り下ろしたそれは、傷1つつけることも出来ず弾き返された。

 

 

「忌むべき子……ここで死ね」

 

 

崩れた岩を剣の形に変えた石像が、その刀身に炎を纏わせ私に切りかかってくる。間一髪で避けられたが、その太刀筋と炎は、また別の既視感を私に感じさせた。

 

 

「その力、剣の振り……お母様(クルセビナ)の!」

 

「罪の精算……お前の命を……!」

 

 

石像とは思えない機敏な動きで斬撃を繰り出してくる相手に、防戦一方になってしまう。攻撃を避け、できた隙に反撃を行っても相手には傷ひとつ無く、後ろに下がっていった末に私の背中は岩壁に辿り着いた。

 

 

「最早逃げ場はなし……償いを……」

 

「償い?何の話だ……!」

 

「…………死ね」

 

「ッ、【模造・風嵐斧】、【紅血風翼】!」

 

 

燃え上がる剣を振り上げた石像。その姿に飛霄殿との訓練を思い出した私は、高い質量を持った武器である斧を生み出し、正面からその攻撃を受け止める。石像に対して圧倒的に膂力で劣る私の体は後ろに押し込まれ、紅血風翼で前に進む力を増してもその状況は変わらなかった。

 

 

「受け入れろ……お前は、死ななければならない……!」

 

「受け入れ難いな、私は、子供たちを守らなければならない。【焼尽体躯】!」

 

 

身体強化を全開にし、石像本体ではなく手に持った剣を弾き飛ばすように斧を振るう。狙い通りとは行かなかったものの、振り下ろす場所を私の体からすこし横にズラすことができ、剣が地面に突き刺さった隙を突いて私は石像の後ろを取った。

 

 

「貴様が言う罪だの、償いだの、そんなものに私は覚えがない」

 

「■!お前の存在自体が……!」

 

 

中々剣が抜けなかったのか、それを捨てて殴りかかってくる石像。剣と比べるとそのリーチは段違いに短く、心得がないのかその動きはあまりにも雑だった。

 

 

「【血焔斬】」

 

 

拳を避け、再び石像の背後を取った瞬間、肩と胴を繋げている部分に斧を振り下ろす。他と比べて脆かった接続部分はこの一撃で切り離され、同時に衝撃で体勢を崩した石像の横っ腹に斧を叩き込み、石像をその場に倒れ伏させた。

 

 

「■……!」

 

「終わりだ。【血焔斬】」

 

 

倒れ伏した石像の残った四肢全てを切り落とす。首以外の全てが胴体から離れ、自ら動くことすら叶わなくなった石像は、変わらずその冷たい目線と理解できない言葉を私に投げかけている。

 

 

「償いを……お前の命を……生きていてはいけない……!」

 

「……首を落とせば、倒したことになるか?」

 

 

人の形をした石像の、首を直接叩き切るというのはあまり気持ちのいいものではない。しかし、この石像を倒さなければこの空間の主の元には向かえないらしいので、私は躊躇なく斧をその首に振り下ろした。

 

石像の首はそのまま吹き飛び、胴だけになった石像は徐々にその形を崩していく。切り落とした四肢と首も同様で、形を失ったそれは砂浜に同化していく。石像の全てが崩れ落ちたとき、そこには私の頭と同じくらいの大きさがある1つの泡が残されていた。

 

 

「これは……」

 

『それは【憶泡(おくほう)】。その石像を動かしていた、記憶の塊よ』

 

 

私が泡に手を伸ばすと、それは自分から私のほうに飛んできた。手の中に納まったそれをよく見てみると、遠くからは透明に見えた泡の中身は濁っており、更にその奥にはどこかの家のような光景が浮かび上がっている。

 

 

『その中の記憶を取り戻すことが、結界を通り抜ける条件……けど』

 

「この中の記憶が何であろうと、子供たちや院長の無事を確認するためなら……」

 

 

決意を固めた瞬間、手の中に納まっていた泡が私の顔に向けて飛んでくる。私の頭が完全に泡に包まれたとき、その中に集積された記憶が私の頭の中に流れ込んできた。

 

 

 

 

『いいか、お前を産むために奏華は……お前の母親は死んだ。そのことを忘れるな、(きゅう)

 

『はい……父上』

 

 






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