『玖……お前が大人になるまでの面倒を見るのは奏華との約束だ。だから、最低限の金はやる』
『はい、父上、ありがとうございます』
そう言って、男は正座する俺の前に封筒を1つ投げた。中には幾ばくかの現金が入っており、受け取った俺はそれをコートの胸ポケットにしまう。
『必要な時以外、部屋からは出るなよ』
『いっそ、お前が奏華に全く似ていなければ。それならば、割り切ることもできただろうに……』
『私には、奏華さえいればそれで良かったんだ』
不機嫌を隠す気すらない男は、顔を顰めたまま部屋を後にする。冬の寒い中、冷暖房設備のない部屋でコートを着てノートにペンを走らせているのが、初めの記憶。
(これが……忘れていた、私の前世)
『……そう、ペルヴィの前世……凪山 玖が生まれてきた時、母親である凪山 奏華は命を落とした』
『父親である凪山 伯慈は奏華を愛していたけど、それ故にその命を奪って生まれてきた自分の子を憎んでしまったわ』
クリーヴの声が、頭の中でこだまする。彼女は、私が失った記憶を知っているのか。
『行きましょ、ペルヴィ?まだ、記憶を巡る旅は始まったばかりよ』
突如、私の身体を浮遊感が襲う。記憶を見る視点が一人称から三人称へと変わり、そのまま景色が遠くなっていく。
『……痛ッ』
『お前は……!分かっているのか!お前の命は、奏華を代償にして成り立っているんだぞ!それなのに、こんな……!!』
男が左手に握りしめているのは、前世の世界における国内最難関大学、その不合格通知書。そして右手は、俺の頬を思い切り殴りつけた拳。
『……申し訳ありません、父上』
『チッ。確か、別の国立大学には受かっていたな。ならそこに行け。1月目の学費と家賃は出してやるから、ここも出ろ』
『はい、父上、ありがとうございます』
そうして家を出た私は、大学からほど近い位置にあるボロボロのアパートを借りて一人暮らしを始めた。大学とバイト先と自宅、その三箇所を行き来する生活だったが、運良く大学もバイトもない日は好きな所を歩き回れるのだから、高校までと比べれば幾分もマシな生活だった。
『そんな日々の中で、貴方はある存在に出会った』
(……私の人生に、初めて色が着いた日)
大学で必要と言われ、数ヶ月間食事を減らしてバイトを増やし、何とか購入したノートPC。ふと、それまで一度もやったことの無いゲームというものをやってみようと思った。
『──────!!』
選んだのは、オープンワールドのRPGゲーム、「原神」。どんなゲームを遊ぼうかと調べていて、色々なところでオススメされていたからという理由だった。
『そのように私の瞳をじっと見つめるのはやめた方がいい。何を見てしまうか、分からないからね』
私がゲームを始めた時、ちょうど
ゲームを進め、
彼女の
『アベラントには消すことが出来なかった、あまりにも濃い記憶。故に、モヤをかけて、思い出させないよう岩像に封印するしか無かった記憶』
(アルレッキーノとの出会い……それが、私の人生を変えた)
『次が、この憶泡に残された最後の記憶よ』
『───ッ、危ないっっ!!』
そうして見えてきたのは、落ちてくる鉄骨から子供を庇い、死ぬ直前の記憶。今になって思い返しても、突き飛ばすのではなく抱えて走ってやれば死なずに済んだのではないかと思ってしまう。
『そうして、ペルヴィの前世……凪山 玖は命を落とした』
(……後悔はない。未練も……いや、それは少しあるな。もっと、アルレッキーノというキャラクターを愛する時間が欲しかった)
『死んだはずの玖は、死の刹那に耳元で何かが破れるような音を聞き、この世界へと生まれ変わった……ここから先は、■■に説明してもらいましょ?』
3度目の浮遊感。しかし今度は記憶が再生されるのではなく、泡の記憶を追体験し始めた砂浜に意識が戻ってきた。
『結界が解除されたわ。行きましょ、ペルヴィ』
「ああ」
クリーヴの後について砂浜を抜け、再び海に入る。海底にある壁炉の家の方を見てみると、特に変わった様子は無さそうだが……
『……うん、結界はちゃんと消えてるわね。入りましょペルヴィ、■■は中央大ホールで待ってるわ』
壁炉の家の扉に手をかける。お母様との訓練の日々やクリーヴを失った日の思いが呼び起こされ、その扉を開けることを躊躇してししまったが、私の手にクリーヴの手が重ねられ、それに促されるようにして私はその扉を開いた。
「壁炉の家……再び、足を踏み入れることになるとは」
その中は私の記憶そのままで、生まれ変わってから何年もの時間を過ごした場所そのものだった。
「中央大ホール……」
『私の敵を討つために、お母様とペルヴィが戦った場所。■■は、ここにいるわ』
私をこの空間に招いた者。顔も名前も、そもそも人なのかどうかも知らないが、それはこの扉の向こうにいる。
『準備はいい?……それじゃ、彼女に会いに行きましょう』
壁炉の家の扉を開けた時のように、クリーヴと手を重ねて扉を開ける。あの日と同じ、がらんとした大広間。しかし、明確に違う点が1つ。
あの日、お母様が立っていた場所に、不定形の黒いもやが存在している事だ。
(敵連合の黒霧……?いや違う、やつはもっと紫がかっていた、今目の前にいるコレは本当にただ真っ黒だ)
大きさは、ちょうど私と同じくらい。それに近付こうとすると、凄まじい頭痛が私を襲い、それと共に頭の中で声が響き始めた。
「ぐっ……がぁっ……!!」
『たどり着いたな、凪山 玖。生命の簒奪者……私がお前を試してやる。お前がまだ戦えるのか、否……その身体を持っているに相応しいかを』
「貴様は、誰だ……!」
『お前が勝ったら、教えてやる』
黒いもやの形が変わっていく。それは人の形を取り始め、数秒のうちに不定形から完全な人型へと変化した。だがただの人型ではなく、背中に3対6枚の翼を生やし、もやで作られた鎌を両手に1本ずつ持っている。また、人間の目にあたる部分には鋭く赤い光が点っており、その光が真っ直ぐ私の方を見つめていた。
(あれは……赤尖槍の、鎌形態……!私の記憶にアクセス出来るというのなら、知っていても不思議では無いが!)
「【焼尽体躯】、【血装顕現】……クリーヴ、下がっていろ」
『っ、うん』
身体強化と同時に使い慣れた剣を生み出し、戦闘態勢を整える。恐らくこの「往日の海」という場所は私の精神世界なんだろう、現実で意識が途絶える際に装着したままだったブラディトリガーが装備されたままなのはありがたい。
『では……始めようか。【ブラディアーツ】』
「!」
黒い人型が空中に浮き上がり、その翼を更に大きく広げると、6つの羽先に黒い塊が出来ていく。
『【ミサイル】』
「誘導弾……!?」
羽先から黒い塊が放たれると、それは曲がりくねった軌道を描きながら私に向かってくる。1度避けてもすぐに向きを変えて追ってくるため、正面からの迎撃を選択せざるを得なくなったが、そこに奴が突っ込んできた。
『【ストライク】』
正面から高速で飛んでくる黒い塊、背後から鎌を持った敵。危険な状況だが、この状況は既に身に覚えがある。
(合宿中の訓練と同じ構図……なら、その対策も)
「【血技装填】、【血刃衝散】……!」
自分の周りに無数の血弾を展開し、その形を刃に変えて周囲に射出する技。黒い塊を撃ち落としつつ、突撃してくる敵を牽制し、その方へ体を向ける。
『【サイズ・ブーメラン】』
「【飛斬・焔鳥】……!」
血刃で一定の距離が離れた敵は、2本ある鎌の片方を私に投げてくる。それを迎え撃つために放った焔鳥が衝突すると、一瞬の膠着のあと爆発を起こして双方とも消え去った。
巻き起こった赤と黒の混ざった煙からの奇襲を警戒し、紅血風翼での飛行を始めると、予想通り敵は煙の中から真っ直ぐこちらに突っ込んでくる。
「戦い方は、存外雑だな……!」
『【ストリング】』
揃って空中を飛び回り、交差する度に武器をぶつけ合う。相手はその過程で私の足や腕に細い糸を引っ掛けようとしてくるが、慣れていないのか拙い動きであったために回避は容易だった。
(黒いもやを操るのが奴の能力と仮定したとき、その操作精度はかなり高い。だが、もっと根本(的な「戦い方」の部分では圧倒的に私が上だ)
「歪だな、根本的に。【風羽乱刃】」
『まだだ……【ワイドレンジ・ショック】』
翼の一部を刃にして飛ばす私と、黒いもやを衝撃波のように拡散させて迎撃する敵。攻防を重ねるほど、攻防の立場が徐々に逆転していく。
「個性頼りでは!」
『【バインド】、【ミサイル】……!』
敵は拘束具付きのアンカーと先程のミサイルを同時に発射してくる。そのコントロール自体は見事なものだが、発射前後の隙があまりに大きく、着弾する頃には迎撃体制が整っていた。
「能力の制御と戦闘技術の乖離……故に、君は私に勝てない」
決着を付けるべく、突撃姿勢で剣を構え、翼に最高出力で点火する。
「攻撃はいい。だが、守りが弱いな。早期に決着を付けられなかった時点で、貴様の勝ちは無くなった。【血技装填】、【
『【スプレッドレーザー】!』
今回パレ・メルモニアに帰ってきたとき、体育祭を観戦していた子供たちが、「翼を使った派手な技を考えてみた」と言って自慢げに渡してきた1枚の紙。
そこに書かれていたのは、【速斬・赫彗衝】と名付けられた「血で自分の周りに流線型の膜を作った状態で、翼によって得られる推進力を最大化し相手に突撃、そのまま斬撃を放つ」という技だった。
敵が私の迎撃に放った無数の黒い攻撃を膜で弾き、懐に飛び込んだ私はその胴に斬撃を叩き込むと、切り口から黒いもやが吹き出し、敵はその場で倒れた。私は仰向けの敵に剣先を向け、勝利を宣言する。
「私の勝ちだ。話してもらうぞ、貴様の正体を」
『グッ……』
「私に勝ったら教えてやると、貴様は確かにそう言った。これで負けを認めないなら、貴様の体に直接聞いてやるしか───」
『……っ、もうやめて、2人とも!』
一向に口を割ろうとしない敵に対する苛立ちから、その右腕を断ち切ろうと剣を振りかぶった私を、クリーヴが制止する。振り下ろされる寸前で止められた私の剣は地面に当たり、深々と刺さって抜けなくなってしまった。
「……何故止めた、クリーヴ」
『……』
『もう勝負は着いてるわ!なのに何も喋らない■■も悪いけど、だからって弱ってる相手に追い討ちなんて……!』
「だが、私は何としても子供たちの所に戻らなければ!君を無くしてしまった、否が応にも憧れそのものになってしまった私には、もうそれしか……!」
『ペルヴィ、あなた……』
「もういい……私の負けだ、全てを話そう」
私とクリーヴが言い合っていると、黒いもやのの声が聞こえた。先程までの脳内に直接響くような声ではなく、はっきりと口から発された声。
それは右手に持つ鎌を捨てて立ち上がり、目の部分にあたる赤い光が徐々に弱まっていくと、足元からもやが霧散し、その中から確かな形を持った人の足が現れ始めた。
全てのもやが消えたそこに居たのは、病的に白い肌と、赤いバツ印が刻まれた瞳に、全ての色を吸い込んでしまいそうなほど黒い髪。
髪が真っ黒になっただけの、私の生き写しのような存在が、そこにはいた。
「初めまして、ペルヴェーレ・スネージヴィナ。私は
「黒、川……?その苗字は……」
「お察しの通り。あなたと、あの婦警さん───それに、水仙十字会の黒川 怨巳は血縁」
今まで戦ってきた相手は、生まれ変わったこの肉体の持ち主。そして、想像にもしていなかったこの肉体の血縁関係。これらの情報は私の処理能力を優に超えており、先程とは別種の頭痛を覚える。
「これから私が話すのは、1つの個性が生み出したこの世界の歪みの話。あなたは、選択しなければならない。停滞の安寧と、茨道の未来を」
次回、断章最終回。