「さて、どこから話そうか……いや、その前に1つ謝罪したい。君のことを生命の簒奪者などと呼んだ件、謝罪する」
「っ」
「勝利のために君自身の罪ではないことで揺さぶりをかけ、動揺を誘うなど、するべきことではなかった」
「……頭を上げろ。謝罪よりも、諸々の説明が必要だ」
黒い髪の私……黒川 凶花が、私に向けて頭を下げる。それに対して私は、頭を上げ、説明を始めるよう言った。
「……わかった。では、1人の男の個性の話から始めよう」
「男の名は、
「男は、その個性を使って様々な世界を覗き見ることを趣味とし、特に「原神」の世界と「崩壊:スターレイル」の世界を好んで観測していた」
「……待て、その2つは私の転生前の世界におけるただのゲームではないのか?」
「ああ。君が元いた世界では単なるゲームだったが、無数に存在する世界の中にはその2つと全く同じ世界が存在している」
衝撃の事実を知らされた私は、頭痛が酷くなるような感覚を覚えた。前世におけるゲームの世界が、実在していたとは。
「そして、いつものように2つの世界を観測していた彼に、ある転機が訪れる。何年にも渡る長期間の個性行使により、その個性が伸びた……一方的に覗き見るだけだったその「窓」を、覗き見られる側から観測できるようになってしまったんだ」
「といっても、誰も彼もが見れる訳ではない。強大な力を持つ、所謂上位存在と言われるような者が、その窓の存在を知覚できるようになった程度だった」
「そして、その存在を知覚した2つの上位存在が、その窓からこちらの世界を覗き込んでしまう」
「原神の世界、死の執政『ロノヴァ』は、数多の手段を持って死を遠ざけ、永遠を生き世界への君臨を目論む巨悪を見た」
「スターレイルの世界、存護の
「その2つの視線が窓を通してこちらの世界に向けられた時、その強大な力によって窓が異常な反応を見せる」
「観測するだけの「窓」が、世界を繋げる「門」となってしまった。それは、開いてから情報の奔流によって渡が命を落とすまでの一瞬の間に双方の世界から多くの情報を流れ込ませ、この世界に生きる人々の在り方を歪めてしまった」
「在り方を……?」
「そう。この世界に本来存在するはずのない、原神の世界やスターレイルの世界に生きる人々の情報が流れ込んだ結果、それらの情報と最も近い性質を持った人々が、その姿や性質を向こう側の世界のものに変えられてしまったんだ」
「……例え話の方が伝わりやすいか。君が慕う、パレ・メルモニアの院長「水上 振奈」は、元からあの姿だったのでは無い」
「院長が?何を言って───」
「彼女の精神性は、原神の世界における「フリーナ・ドゥ・フォンテーヌ」に非常に近しいものだった。故に、世界から流れ込んだ情報によってその姿や口調をフリーナと同一のものにされた」
「彼女だけではない。リネやリネット、フレミネ、マーヴィカヒーロー事務所や星穹ヒーロー事務所の面々もその影響を受けている。……そこにいる、クリーヴもな」
「クリーヴも……?」
振奈院長、クリーヴ、そして私が関わってきた多くの人々が、世界に生じた歪みの産物である。それ自体もショックな事実ではあるが、それ以上に疑問なのは、何故彼女がそれを知っているのかということ。
「燼中歌をはじめ、原神やスターレイルに関わる記憶はとうに消してしまったから、思い出せないとは思うが」
「……っ、そうだ、私の記憶をなぜ消している!?」
しかし、記憶を消したという凶花の言葉で、私は自分の記憶が彼女に消されていということを思い出し、先程抱いた疑問のことなど忘れ、自分の記憶のことを彼女に問う。
「……君の前世、凪山 玖としての記憶を残しておくべきではないと判断したから」
「何故……!」
「この世界で私に代わって生きていく君にとって、前世の記憶が足枷になってしまうと思ったからだ」
「足枷だと?」
「……幸せに生きて欲しかったんだ。諦めて、命を捨ててしまった私の身体を使って生きる君に」
「命を捨てた?私は、君の体を乗っ取って生き返ったはずでは───」
「違うよ。私はあの日、生きることを諦めた。そして、身体の死よりも先に精神が死んでしまったから、空いた隙間に君の精神が入り込むことができた」
石像の「1人を殺して産まれ、また1人を殺して蘇った」という発言と、先程の彼女による「生命の簒奪者」という言葉の2つから、私は凶花の体を何らかの手段で乗っ取って生まれ変わったと予想していた。
しかし、徐々に口調が崩れ始めた彼女はそれを否定する。
「どうして君が、孤児院……壁炉の家で目覚めたと思う?」
「っ」
「それは、私が捨てられた子供だから」
「私はね、4歳になるまで目を開けられなかったんだ。理由は分からないし、個性由来でも、それ以外で体に何か異常があった訳でもない」
「そして初めて目を開けた私を見た両親は、この赤黒いバツ印が刻まれた瞳をとても恐ろしがったの」
「「4年間も目を開けなかった子の目が、こんな恐ろしいものだなんて」、「あなたにも私にも、こんな目が生まれる理由はないのに」……散々なことを言った果てに、2人は私を段ボールに詰めて壁炉の家の前に置き去りにした」
「身体はまだ生きられたけど、両親から捨てられたということに、
「そして私は、あなたに私の身体をあげることにした。彷徨うあなたの精神を捕まえて、一緒に私の身体の中に入り、主導権をあなたが握るように、私の精神を体の奥底に封じ込めたわ」
「そうして生まれたのが、この往日の海。私の心と、あなたの前世の記憶で構成された記憶の廃棄場」
「それと、私の記憶を消すことに、なんの関係が」
「理由は2つあるわ。1つは、あなたに肉体の主導権を渡す過程で、私があなたの前世の記憶を全て見たこと。今世でも捨て子という立場を押し付けられるあなたの中に、前世の記憶という苦しみまで背負わせたくなかったという、私のエゴ」
「もう1つは、世界の歪みに巻き込まれてこの世界に渡ってきた貴方の精神を取り込んだ時、歪みを通して余りに多くの情報が私たちの脳内に保存されてしまったこと。執政と星神、それに関わる多くの情報は、1人の脳では抱え込みきれない」
「つまり、君が言うこの世界の歪みを、君自身が認知しているのは……」
「情報を持っていたのは、私ではなくあなた。それを私が取り込んで、必要なものと消せなかったものだけをこの往日の海に保存していた、ということよ」
凶花の話を纏めると、恐らくこうだ。
鍵谷 渡が個性で原神・スターレイルの世界を観測する
↓
個性の成長で向こう側からこの世界を見れるようになり、それぞれ執政・星神がこちらの世界に視線を向ける
↓
その視線によるエネルギーで世界に歪みが生じ、2つの世界からの情報がこの世界に流れ込む
↓
歪みに死んだ
↓
その精神を諦めから死を受け入れた凶花が見つけ、自身の肉体に収容する
↓
収容の過程で凶花はこの世界の歪みと原因を知り、その情報共々私の過去を封印するためにこの往日の海を作り出した
私なりの纏めを話すと、彼女は概ねその通りだと頷き、それに「あなたの肉体や個性が
「それじゃあ、最初の問いに戻るわ。停滞の安寧と、茨道の未来……あなたは、どちらを選ぶ?」
「停滞の安寧は……このまま、この往日の海で、私やクリーヴと過ごすこと。外の世界におけるあなたの肉体は、個性由来の赤い結晶によって頑丈に守られているわ。余程の力をかけられない限り、外部から破られることはないでしょう」
「茨道の未来は……ここを離れ、意識を取り戻し、外の世界を生きること。外の世界であなたが幸せになれるとは思えないから、私としては前者をおすすめしたいのだけど」
「なっ……」
「あなた自身がさっき言ったでしょう?クリーヴを失った自分には、もう子供たちしかいないって。けど、ここにはそのクリーヴがいるのよ」
「それに、あなたがヒーローを志したのは憧れでも夢想でもなく、贖罪と使命感。ヒーローになるという目標を達しても、あなたは決して幸せになれない」
「ねぇ、もう十分じゃない?あなたはもう十分苦しんだわ、もう楽になっても───」
私と同じ模様のついた目が、真っ直ぐ私を見つめる。その目に決して悪意はなく、伝わってくるのは憐憫に近しい感情だった。しかし、私の答えは1つしかない。
「……私は、後者を選ぼう。理由が何であれ、私はこの世界に、力を持って生まれた。力を持つ者として、子供たちや院長……無辜の民を守ることは使命だ。それに、この世界で私が安寧を得ることなどない」
たとえ茨の道であったとしても、力ある者として、その義務を果たさなければ。それともうひとつ、ここが私と凶花の精神世界である以上、存在するはずのない異物……クリーヴは、少なくとも本物ではない。それならば、ここで得られる安寧など所詮かりそめに過ぎないのだ。
「クリーヴ、今ここにいる君は、凶花が私の記憶から生み出した存在だな?」
『っ……!』
「……そうだよ。君をここに留めるために、君の記憶からクリーヴを生み出し、ここまで一緒に歩ませた。君は彼女への未練を断ち切れてはいないから、逆にその未練を深くしようと思った」
やはり、そうか。このクリーヴは本物ではなく、私の記憶から作り出された
「……クリーヴ。私は君の心が、西風の果てに渡れたと信じている。……だから、さようならだ」
『そう……私は未練になっても、鎖にはなれないのね……よかった……じゃあね、ペルヴィ!』
そう言ったクリーヴの身体が、足先から徐々に光となっていく。私は膝を付き、抱擁を交わすと、彼女はこの腕の中で光となって消えていった。
「……最後に、聞きたいことがある」
「何?」
「歪みから流れ込んだ情報によって、一部の人間の性質が変化したことを、他に知るものは居るのか?」
「……いないよ、それは断言できる。この世界に起こったのは、正確に言えば「上書き」ではなく「置換」だ。本人はもちろん、その周囲にいる者も、元からそうだったと認識している」
「そうか、わかった。もう聞くことはない、私をここから出してくれるか?」
「私からも、1つ聞いていい?」
「何だ」
「あなたは、ここから出て、現実に帰ったこと、後悔しない?」
「……未来のことなど、分からない。だが、ここで停滞を選んだら、確実に後悔することになる」
「確実に後悔する、か……うん、わかった。それじゃあ、これでお別れだね」
彼女がそう言うと、壁炉の家がクリーヴと同じような光になって消え始める……否、壁炉の家だけではない。往日の海そのものが、光になり始めていた。
「なっ、これは……!」
「往日の海は、今日この時を持って消滅する。あなたの記憶がこれ以上消えることはないし、あなたが意識を失った時代わりに私が出ていくこともなくなる」
「まさか」
「察しがいいね。そう、私自身も、ここで消えるわ。往日の海全てを私の中に飲み込んで、最後に私自身も消え去る」
彼女がそう告げると、私の体が宙に浮き始める。往日の海が遠くなっていき、視界や意識もどんどん白んでいく。このまま意識が現実に浮上していくのかと思った矢先、私の脳内に声が響き始めた。
『最後に、私がここで磨いた力をあげる。それと引き換えに、「この世界の人々の1部は置換された存在である」という記憶を消させてもらうわ』
『この世界で生きていくなら、不要なノイズを持っているべきではないもの。それじゃあ、今度こそお別れよ、凪山 玖……いいえ、ペルヴェーレ・スネージヴィナ。あなたがこの生で幸せを得られることを、こころの底から祈っているわ』
今度こそ、私の意識が遠くなっていく。往日の海が光となっていく光景と、微笑みを浮かべる凶花の姿が見えたのを最後に、私の意識と視界は白く染まりきった。
───声が、聞こえる。全身が型にはまったように固くなっている中で、私の名前を呼ぶ声が。
───目を覚ませ。私は、