ペルヴェーレを含む、4人の壁炉の家からの転院者を迎え入れた孤児院パレ・メルモニアでは、盛大な歓迎会が行われていた。所狭しと……と言うほどでは無いが全員が満足するに足る量の食事が並べられており、子供たちはその食事に喜びながら、新しい4人の友達と交流している。
リネとリネットの兄妹は得意のマジックを披露して注目を集め、フレミネはお手製のペンギン型小型からくり【ペールス】を持っていたことで主に可愛いもの好きの子供たちから人気を集めていた。
一方ペルヴェーレは、子供たちの中でも一回り歳が上ということもあってかあまり子供たちから接触されることはなく、たまに話しかけに来たと思えば瞳の中の赤黒い×印を不気味がっているのか、早々に離れていった。
「子供たちは……正直だな……」
「うーん……多分、子供たちが離れていってるのは君が思ってるのと違う理由だと思うんだけどな……はい、これ」
水上はアップルサイダーが入ったグラスを両手に持ちながらペルヴェーレに話しかけ、その片方を手渡す。
「いただこう」
受け取ったグラスを口に運び、傾ける。淡い酸味の混じった甘い液体が、炭酸特有のぱちぱちとした感触と共に喉を通っていくのを感じると、ペルヴェーレは中身が半分ほどになったグラスを口から離し、テーブルの上に置いた。
「……リネ達は、ここでも上手くやっていけそうだ」
「僕としては、君にもそうであって欲しいんだけど……高校入学の時にここを出るっていうのは、本気かい?」
現在の季節は冬で、ペルヴェーレは中学2年生。高校受験を真剣に考える時期だが、既に進学先は雄英に決めており、進学と同時に孤児院を出ることも決めていた。
「ここから雄英なら、通えない距離でもないだろう?ならここに留まっていても……」
「普通の高校ならそれでもいいだろう。だがヒーロー養成学校となれば、登校はともかく帰ってくる時間が不安定になることは想像に難くないのでな。それが原因で、ここにいる子供たちの生活リズムを乱してしまうのは忍びない」
「そうかい。そこまで考えてくれているなら、僕から引き止めることはないね」
ほんの一瞬寂しいような表情になった水上だったが、右手のグラスから琥珀色の液体を飲み干すとすぐに明るい表情に戻った。
「よし!そうと決まれば、僕は全力で君を支えるよ!何かあれば、すぐに相談してくれたまえ!」
「……感謝する」
そんなやり取りのあと、もう少し何か口にしようと思い、料理が並べられたテーブルに目を落とすペルヴェーレ。一切れだけ残っているオレンジケーキに目をつけ、それを取ろうと横のトングに手をつけようとしたところで、1人の少女と手が重なる。
「あぅ……ど、どうぞ……」
「いや、君が取るといい。私は……そうだな」
トングから手を引いたペルヴェーレは、少し離れた所にあるカップのミントゼリーを取り、水上のいる方に戻る。少女は戸惑った様子を見せながらもオレンジケーキを取り、子供たちが集まって話している方に歩いていった。
「意外と優しい所もあるじゃないか」
「意外と、とは心外だな。向こうで子供たちには優しく接していたのだが」
ミントゼリーを一口食べると、優しい甘みとミントの香りが口の中に広がっていき、飲み込んでなおミント特有の清涼感が主張を続けている。
「いい味だ」
「甘いもの好きなんだね」
「向こうでは年に一度のオレンジ収穫が数少ない娯楽だったのでな」
ミントゼリーの最後の一口を飲み込むと、半分ほど残っていたアップルサイダーを再び手に取って飲み始める。グラスの中身が空になりそれをテーブルに置いたところで、先程オレンジケーキを譲った少女がペルヴェーレの方に近付いてきた。
「あ、あの……これ、どうぞ!」
彼女が差し出した皿の上には、先程の状態から更に半分になったケーキが乗っている。
「私に?いいのか?」
「はいっ……」
「……そうか、ありがとう」
ケーキの乗った皿を受け取ったペルヴェーレは軽く微笑み、少女の頭を軽く撫でながら感謝の言葉を言う。撫でられた少女の頬と耳は、かーっという音が聞こえてきそうなほど紅潮し、ペルヴェーレが頭から手を離すと小走りで去っていってしまった。
「……水上院長、やはり私は怖がられているのか?ともすれば、今の対応は……」
「あー、うん、そういうことかい」
どうやって説明すればいいやら、とでも言いたげな表情の水上と、怖がられていることにほんの少しだけ凹みながらオレンジケーキを食べるペルヴェーレ。そうしているうちに時間は経ち、歓迎会もお開きの時間となった。
ペルヴェーレは食事の準備、会場設営などを受け持っていた施設の職員や水上に改めて礼を告げ、部屋割りが決まるまでと宛てがわれた仮眠室に入っていった。
(…………眠れない)
[壁炉の家]で使っていたものと同じ位のサイズの布団に入りこんだペルヴェーレは、中々眠れずにいた。転生して以来、一人で眠るのは実に数年ぶりであり、一抹の寂しさを感じているというのもある。しかしそれ以上に大きいのは、『自分が眠っている間に、また何か大切なものが失われてしまうのではないか』という不安と、クリーヴを失ったと知った時から芽生え、心の奥底でぐらぐらと煮え立つドス黒い感情。それらがペルヴェーレの脳を活性化させ、結果未だに眠気すらない状態を生み出していた。
「……はぁ」
ため息をつきながら布団から起き上がるペルヴェーレ。水でも飲もうかと思い部屋を出ると、給湯室の方に入っていく人影が見えた。
(暗くてよく見えなかったが誰だ?子供たちの誰かか、職員、或いは……不審人物。しかし、だとすれば何故給湯室に?)
警戒を強めたペルヴェーレは人差し指の爪で自身の親指を切りつけ、流れ出た血で短剣を作り出した。それを隠しつつ、給湯室に忍び寄る。すると聞こえてきたのは……
「ふんふんふーふふんふふーん♪」
(鼻歌?この声は……)
「水上院長?」
「うわぁっ!?だっ、だだだだ誰っ!?」
がしゃーん!と音を立て、尻もちをついてしまう水上。ペルヴェーレは手を貸そうと慌てて駆け寄り、「私です。申し訳ない、驚かせた」と右手を差し出したが、1つ忘れていたことがあった。
それは、血液硬化によって生み出した短剣を元に戻したことで自身の右手が血塗れになっていたこと。水上からしてみれば、夜中に背後から話しかけられ、更に血にまみれた手を差し出されたという状況になる。夜中の暗がりでそのような事になれば、荒事に縁のなかった水上は……
「きゅう……」
当然キャパオーバーになり、気を失ってしまうのだった。
「院長!……あ」
自分の右手が水上の気絶の原因ということに気付いたペルヴェーレは、水道で血を洗い流し手を拭うと、水上を抱えて仮眠室に戻った。
「んぅ……はっ!こ、ここは……」
「仮眠室だ」
「その声、ペルヴェーレかい……?」
「ああ。すまない、私のせいで驚かせた」
布団から起き上がった水上は、窓際に立って空を眺めるペルヴェーレに近付いていく。
「ねえ、さっきの手は……?」
「私の個性だ。血を操り、発熱・硬化させたり、相手の体に潜り込んだ血液を経由して体力を奪う個性。眠れなかったので外に出たところ給湯室に向かう人影があり、不審人物の侵入と思ったため臨戦態勢をとったが……杞憂だった」
「血を……まさか、君は」
そう言った水上は、咄嗟にペルヴェーレの右手をとり、それをじっと見つめる。
「やっぱり、傷ができてるじゃないか!もう、ちょっと待ってて!」
慌てて部屋を出た水上は、救急箱を携えて戻ってくるとペルヴェーレの傷を手当した。
「ふう、これでよし!」
「すまない、無駄な手間をかけさせた」
「いいさ、これくらい。個性の無断使用も……まあ、今回は大目に見よう。それより」
なんの偶然か、仮眠室にはペルヴェーレとクリーヴの部屋にあったものと同じような窓際のソファがあり、水上はそこに座るとペルヴェーレに隣に座るよう促す。
「いま眠れないって言ったのは、単に環境が変わったからかい?」
「そうだな。何れ慣れる、水上院長が気にかけることでは無い」
「そうかい?……はあ、出会って1日とはいえ、もう少し信頼してくれてもいいのに」
「何の、話だ?私は別に――」
「だって、嘘だろう?眠れない理由」
ペルヴェーレの肩が跳ねる。
「……まさか、水上院長の個性は」
「いいや、個性は関係ないよ?けど僕には分かる。君が眠れない理由は、自責と不安。そして、それすら上回るほどの強烈な怨嗟の感情」
「それ、は」
全てを見透かされているような感覚に襲われ、呼吸が荒くなるペルヴェーレ。水上は明らかに様子がおかしくなった彼女を抱き寄せ、落ち着いて深呼吸するように促す。
「落ち着いて、ペルヴェーレ。ここには君を害するものはない。もし僕のことが信用できないなら、君の個性で僕に剣を突き立ててもいい」
「ッ!」
その言葉を聞いたペルヴェーレは、反射的に右手を水上の首に充てた。個性の発動こそしていないものの、まだ塞がっていない傷口からは、いつでも刃を生み出せる状態である。
「逃げないのか」
「必要ないからね」
「……」
1拍置いて、ペルヴェーレはその手を下ろす。
「すまない、私は……」
「いいんだよ。君の心を暴き、そうするように促したのは僕だ。……ほら、上を向いてごらん」
窓から差し込む月明かりが2人を照らす。その灯りに、ペルヴェーレはクリーヴとの約束を想起した。
『いつか大きくなってここを出たら、あなたと2人で色んなところに行ってみたい!』
『ペルヴィ!あなたと2人なら、きっとどんなところでも怖くないわ!』
『だから、2人でいっしょにいるの。ペルヴィは私がいなくても大丈夫かもしれないけど……』
月明かりの夜、窓辺で交わされた幼子の誓い。果たされる機会を永遠に失ったそれを思い起こしたペルヴェーレは、胸が締め付けられるような感覚に襲われると共に、あの日と同じように澄み渡り、それでいて壁炉の家からとは違って見える夜空から目を離せなくなった。
「壁炉の家とは違う空……クリーヴと共に見たかった景色……君にも、見えているのだろうか」
そう呟くと、先程までとあまり変わらない表情で、しかし確かに曇りが晴れた雰囲気をもって水上の方を向いた。
「水上院長」
「なんだい?」
「もう、大丈夫です。心配をかけました」
「それならよかった。それじゃ、僕は自分の部屋に戻るからね。ちゃんと寝るんだよ?」
「はい」
「それじゃ、おやすみ」
水上は安心したような表情をすると、手を振って部屋を後にする。それを見送ったペルヴェーレはそのまま布団に入り、瞼を閉じた。
(クリーヴ。君との約束は、果たせなくなってしまった。だが、それでも私は前に進もう―――私たちのように分かたれる哀しみを、もう誰にも背負わせないために)
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