時は流れ、中学三年生の冬頃。高校受験の時期を迎えた私は、あの日紫澄さんから勧められた学校……雄英高校の入試を受けるべく、その門の前に立っていた。
雄英高校。他に類を見ないほどの広い敷地と最新鋭の設備を備えた、「ヒーローを育てるための学校」。カリキュラムはヒーロー科、普通科、経営科、サポート科の4つに分割されており、どの科も高い入試倍率があるものの、その中でもヒーロー科の倍率は桁違いに高い。
孤児院パレ・メルモニアに引き取られた日から、ずっとこの日の為に準備をしてきた。入試範囲を頭に叩き込み、空いた時間は壁炉の家で教わってきた剣術の訓練に費やした。
(……とはいえ、流石に緊張するな)
前世の記憶の中でも、特にモヤがかかっているのが高校受験から大学入学までの記憶だ。細々した記憶が消えていくなかで、消えはしないのにモヤがかかって思い出せない記憶。そのこともあり、私にとって初めてでは無いはずの高校受検という行為が他者と同じく初めての経験となっている。
(凄まじい人数……入試倍率300倍超は伊達ではないということか)
人混みの中、誘導に従って試験会場に向かう。受け始めた試験は国内最高峰の名に違わぬものだったが何とか切り抜け、次に実技試験の説明を行うための会場に案内された。
しばらくその場で待っていると、実技試験の説明が始まる。今壇上にいるのは、プロヒーローの[プレゼント・マイク]。壁炉の家で長く暮らしていた影響で世俗に疎く、その事を心配した水上院長に勧められて受験勉強の息抜きに聴いていたラジオ番組のメインパーソナリティで、かなりの知名度を持ったヒーローだ。
受験という場には少々合わないハイテンションで試験内容の説明をしていて、その内容をまとめるとこうだ。広大な試験場内部に放たれた得点ロボットを破壊し、その合計得点で合否を判定。得点ロボットは1pt,2pt,3ptの3種類がいて、得点が高いほど配置数が少なく、頑丈。また、試験終了が近づくと0ptのお邪魔ロボが試験場に現れ、それは破壊しても得点にならないとのこと。
(成程。限られたポイントを奪い合う形式、となると重要なのは他の受験生よりも早くロボットを見つけるためのスピードと索敵能力、そして見つけたロボットを確実に破壊するパワー……全て、問題なし)
試験内容の説明が終わると、受験生は複数のグループに分けられ、バスで各試験会場に送られた。
《実技試験会場》
(広いとは思っていたが、校内の移動にバスが必要な程とは)
バスを降りて試験会場に入り、開始地点で戦闘の用意をする。事前の要項で持ち込みが許可されていたため、フレミネやパレ・メルモニアの保健員との共同で作成した、ボタンで用途を選択し、手首のリングからトリガーを抜くことで用途に応じて最適な量の血を吸い取る右手用の軍手[ブラディトリガー]を装着する。
(フレミネと保健員には感謝しなければ……今日の帰りに何か土産を用意するか)
指の付け根のあたりにある5つのボタンのうち、人差し指のもの……片手用長直剣を選び、手首のトリガーを引き抜く。手の甲あたりに一瞬痛みが走ると、吸い取られた血がトリガーを引き抜いたあとのリングに溜まっていき、剣を作るのに十分な量になった。
「【
掛け声と同時にリング内に溜まった血が放出される。個性を使ってそれを剣の形に成形し、戦闘準備を整えたところで……
『はい、スタート』
「!」
不意打ちのような開始の合図が響く。受験生の大半は呆気にとられていたが、私を含めた受験生の数人はその合図と共に駆け出していた。
(実戦ではカウントダウンなどない、か。しかし、受験からこれとはな……!)
他の受験者と被らないようにルートを取り、試験会場を走る。すると程なくして得点ロボットに遭遇した。
「目標発見!ブッ殺ス!」
「1ptロボットか……ヤァッ!」
得点ロボットに向けて剣を振ると、ロボットは一撃で機能を停止。剣の切れ味と剣術に問題が無いことを確信し、別の得点ロボットを探し始める。
順調に得点ロボットを破壊し、試験開始から7分が経った頃―――地響きとともに、巨大な影が落ちてくる。
「なんっ……あれは……!?」
試験内容の説明の際、プレゼント・マイクが言っていた、試験後半のタイミングで出現する0ptのお邪魔ロボット……あの巨大ロボットがそれなんだろう。
(なんという大きさ……!どうする、合格ラインのポイントを稼げているかは怪しいが、ここは逃げに徹しつつ着実にポイントを増やしていくのが得策か)
アレを無視して得点稼ぎできるとは思えず、回避を第一優先に据えて行動することを決めたその時……
「うっ……いっ、たぁ……」
瓦礫の巻き添えとなった受験生が、目に入った。
瞬間、逃走に入っていたスイッチが戦闘に切り替わる。
「【
他者に付与した血償の勅令を経由してスタミナを奪い、血液に変換する私の個性。しかし、機械相手では奪うスタミナが存在しないため造血によって完成する個性を十分に扱うことができない。言うなれば対人特化である私の個性でその他の相手とも戦うために閃いた、シンプルな答え。
自らに勅令を付与し回収することで、自らのスタミナを血液に変換する。勅令による熱の痛みと強烈な疲労感を代償に、2分間の高速造血が可能になる切り札。それを惜しみなく切り、瓦礫の巻き添えになった受験生のもとに向かう。
「そこの受験生、無事か?今瓦礫を退かす」
ブラディトリガーの薬指のボタンを押し、トリガーを引き抜く。割り当てられた装備はハンマー、斬撃が効かない相手への対策として用意したものだったが、偶然それが役に立った。
「【血装顕現】……ふんっ!」
ハンマーを横薙に振るい、瓦礫を一掃する。
「ありがと、助かった……!」
「礼には及ばない。立てるか?」
「だい、じょうぶ……うん、立てる」
「そうか。なら、なるべく離れているといい」
親指、人差し指、薬指のボタンを同時に押し、トリガーを引く。3つの針が同時に吸血を初め、リングの中で圧縮された血液が光を放ち始めた。
「【
手首のリングから、圧縮された血の弾丸10発が周囲に展開される。
「目標、巨大ロボット右腕関節部。【
狙いを定めて放った弾丸は着弾点で爆発し、狙い通りに右腕を破壊した。その衝撃で巨大ロボットは体勢を崩し、その場で停止する。私はこの好機を逃すまいと、続いて人差し指、中指、薬指のボタンを押してトリガーを抜いた。
「また動き出さない保証もない……確実に機能を停止させる。【血技装填】」
右手のハンマーを剣に成形し、両手で構える。リングに装填され不定形のもやとなった血液を剣に纏わせると、次第に刀身が赤黒い光を放ち始め、10秒ほどで充填された血液全てが剣の光に変換された。
(こういう技を考えていた時、子供たちが名前を付けたがっていたな。フッ……その名前を借りるとするか)
「暁を此処に……【
剣を振るうと同時に、纏った光が炎の鳥となって放たれる。その一太刀は巨大ロボットの上半身と下半身を見事に切り離し、狙い通り機能停止させることに成功した。それと同時に――
『試験、終了ーーーーーッッッ!!!』
終了の合図が鳴り響く。
「……っ!終了、か……」
その瞬間、【自刻勅印】の反動……スタミナ切れによる強烈な疲労感が私に襲いかかり、その場で膝をついてしまった。
「はぁっ、はぁっ……先程の、受験生は……」
瓦礫の巻き添えになっていた受験生の安否を確かめようとしたが、疲労によるふらつきが激しかったため、右手に握っている剣を杖に成形し、それを支えにして立ち上がる。するとすぐに、その受験生が瓦礫にもたれかかっているのを見つけ、そちらに歩いていく。
「大丈夫か……?痛みは、どうだ……?」
「大丈夫……って程じゃないけど、まあ。アンタこそ大丈夫?すごいフラフラしてるけど」
「ああ、問題ない……個性の反動で、体力を持っていかれただけだ……」
「……ならいいけど。ありがとね、アンタのおかげで助かったよ。ウチ、耳郎響香。アンタの名前は?」
「私か?……ペルヴェーレ・スネージヴィナ」
「ペル……もしかして外国生まれだったりする?」
「いや、そういう訳ではないが……」
受験生……耳郎響香と会話を交わしていると、コツコツと杖を付く音と共に、白衣を着た小柄なお婆さんが歩いてくるのを見つけた。
「はぁいお疲れ様お疲れ様〜はいはいグミだよ、グミお食べ」
(……グミを配る、白衣の老婆?)
「リカバリーガール……あの人、雄英高校の看護教諭だよ」
「なるほど、看護教諭か……なら、君が瓦礫に巻き込まれた時の傷は、彼女に任せられるな……」
「えっ……?ちょっと、ペルヴェーレさん!?」
「疲れた……少し、寝る……」
残った僅かな意識で手に持った杖を椅子の形に変えそこに座ると、私はそのまま意識を完全に手放した。
《一週間後、パレ・メルモニア》
「ペルヴェーレ、ここにいる?」
誰もいない和室の中心で正座し、【自刻勅印】に代わる身体強化術を思索していると、水上院長の声が聞こえ、すぐに集中を解き襖を開ける。
「また瞑想かい?」
「ああ。入試が終わったあと、私は自分の個性で動けなくなった……仮に合格だったとしても、このままではいられない」
「うんうん、何であれ、夢に向かって真っ直ぐなのはいいことだ!……さて、そんな君に届け物が来ているよ」
「届け物?」
そう言って水上院長が手渡してきたのは、何やら重量感のある小包。その小包には、[雄英高校]の文字があり、時期的にもこれが合否判定の通知だということがすぐにわかった。
「合否判定の通知か……振奈院長、少し1人にさせてもらっても?」
「うん、わかったよ。それじゃ、確認が終わったら教えてね」
和室の電気を点け、襖を閉める。再び正座になって合否通知と思しきその封を切ると、中から出てきたのは……謎の円盤だった。
「これは……合否通知書では無かったのか?」
何らかの装置であることくらいしか分からず、後でフレミネに見せようかと思いながら円盤を畳の上に置く。すると円盤が光り始め、その中心から映像が浮かび上がってきた。
『私が投影されたァッッッ!!!』
「なっ……これは、面妖な……」
いや、それより。この映像に写っているのは、日本NO.1ヒーローのオールマイト。壁炉の家在籍時の私ですら知っているような、生ける伝説。その男が、雄英から送られてきた映像に写っている……?
『ハハッ!私が現れてさぞ驚いていることだろう!実は来年から私も雄英の教師になることが決まってね!』
「NO.1が雄英の教師に?……国内最高峰なら、それもアリということか」
『さて、早速だが君の合格発表だ!まずは筆記!こちらは文句なしの合格ライン!』
(筆記は自己採点で問題なかった。当然の結果だが、問題は……)
『続いて実技試験!得点の発表の前に、この試験のもう1つの審査基準について説明しよう!』
「もう1つの基準?」
『それは、いかにして他の受験生よりも多くの仮想敵を倒すかというこの試験の中で、どれだけ人を救けたか!そう、救助Pだ!』
『例え敵Pを稼げなかったとしても、試験会場で何よりもヒーローとして正しいことをした受験生を排斥するヒーロー科が、あってたまるかってことさ!!』
『その上で君の成績は……敵P、38P!救助P、60P!合計98P……ぶっちぎりの首席合格だ!!』
「首席……!?」
『敵Pも去ることながら、君は0ptロボットの出現に対し一度は逃げの手を取ったが、瓦礫の巻き添えになった受験生を見て即座に救助の判断をし、その後は見事に脅威を排除して見せた!誰も異を唱える者はいなかったよ!!』
『さあ、来いよペルヴェーレ少女!ここが君の、ヒーローアカデミアだ!!』
映像が終わると同時に、受験終了から張り詰めていた全身の緊張が解ける。
「……そうか、私は、合格したのか」
それは、紛れもなく理想への第一歩。自らの力で、人々が自分の大切なものを失うことの無い世を作るという壮大な夢の、初めの1歩だった。
ブラディトリガーの見た目は、キルラ〇ルの主人公がつけている赤い軍手(?)の指の付け根の部分に、四角い銀色のボタンが着いたものを想像していただけると。