2010年ごろ、突如として人智を逸した力、
その少女たちは数々の創作に描かれたヒロインたちになぞられ
魔法少女たちは悪を打ち滅ぼし、世界に平和をもたらす存在──、などにはならなかった。
ウクライナ、ドンバス地方。この地では14年間、政府軍とロシアからの支援を受けた非正規軍による戦争が続いている。
──今から約7時間前、ロシア軍が魔法少女をドンバスに投入したという情報がアメリカから提供された。その魔法少女は中東の戦争で戦車中隊をたった1人で壊滅させている。
その情報を受け、ウクライナ政府は国家親衛隊から緊急対応部隊を選抜し、派遣した。
魔法少女、それは科学では証明不可能な力、『魔法』を使い、敵を瞬く間に一掃する。時にはその魔法で戦場の大局を決めてしまうことさえある。
そんな人智を逸した存在が1人、俺の半径数百メートル以内に潜んでいる。
俺は草むらに伏せていた。雨がゆっくりと降っており視界が悪い。地面にバイポッドを突き立て、スコープで正面の廃墟を覗く。
緊張はしていないと言えば嘘だ。次の瞬間、鉛玉が俺の頭を貫いているかもしれない。その考えが頭によぎるだけでゾッとする。
俺が今、対峙している敵はただの人間ではない。
俺たちは偵察部隊、さっきから無線で味方に通信をしているが、
一度、深呼吸をした。冷静に今の状況を考える。敵の位置は不明、動けば位置がバレて殺される可能性が高い。無線は死んでいる、味方からの支援も絶望的。
俺1人でやるしかない。
問題は位置が不明ということだ。位置がわからない限り狙撃は不可能。なんとしても敵に気づかれる前にこちらが見つけるただそれだけだ。
眼球の上を蟻が這っていく。正直、鬱陶しいがここで動いてしまえば位置がバレる。動くわけにはいかない。何時間過ぎたように感じる、だが実際は20分も経っていないだろう。
薬室に1発、弾薬を装填する。当てるなら頭か胴体。でなければ仕留められない。
浅く呼吸をする。風で草木が揺れる音、その中に目立つ音がひとつ。ビニール袋が押し潰される音だ。2時方向、スコープを動かし見る。そこにはゴミ山の中に隠れた兵士が1人、向こうはこちらに気付いていない。俺の心臓の鼓動が跳ね上がった。
やるなら、今だ。
迷う暇もなくトリガーを引く。1秒にも足りない間に兵士は崩れ落ちる。
息を吐き出す。
足の指を折り曲げて体から力が抜けそうになるのを防いだ。今のは魔法少女じゃない、ただの兵士だ。さっきの狙撃で位置がバレたかもしれない。移動するべきか? 留まるべきか? 脳が答えを出すよりも前に──。
『Сукха』
無線越しに声が聞こえた。仲間の声ではない、少女の声。廃墟の窓から閃光が見えた。
マズルフラッシュ。
右肩に激痛が走り、激しい熱を感じた。
1発の弾丸が俺の肩を貫いた、もし少しでもずれていたら──。
後ろからとてつもない轟音が鳴った。雷が落ちたような衝撃だ。衝撃波が肺の空気を押し出す。
「──ッ! 」
銃口を廃墟に向けてスコープを覗く。クロスヘアが少女の顔をとらえた。そこには青い目をした銀髪の少女が──。
躊躇うな、撃て! 相手より先に!
トリガーを引く。銃の反動が右肩に当たり、傷口が開く感触がした。
撃った弾丸は正確に少女の額を貫く。少女は糸の切れた人形のようにその場に倒れた。
魔法少女が死んだことを確認すると、体から力が抜けてその場に大の字で寝そべった。
後ろを振り返る。地面は抉れ大きなクレーターができていた。どうやら魔法の発動が少し遅れていたらしい。直撃していたら俺は今頃、ミンチだっただろう。
──運が良かった。でも、その運もすべて今ので尽きたようだ。
出血が激しい。意識が遠のく。
「チクショウ、死んだなこれは」
薄れゆく景色の中で、俺は英雄勲章をもらえるのだろうかと考えた。
目を覚ましたら、俺は知らない場所にいた。まず、今生きていることに驚きだ。いや、もしかすれば死んでいてここはあの世なのかもしれない。
一面、白い壁の部屋、四隅にカメラとスピーカーがある。俺は敵に捕まったのか。
正面の鏡に映るのはブロンドの髪でエメラルドグリーンの瞳をした作りもののように整った顔立ちの女。
体に違和感がある。関節、重心のずれ、言いようのない不快さ。すべてが違う感じ。
「ここは……どこだ」
思わず漏れた声、低い男の声ではなかった。それこそ、鏡に映った女の声に違いない。
俺の疑いは確信に変わった。……俺は、女になっている。
自然と過呼吸になる。どういうことだ、どうして女になってるんだ。
「ようやく目覚めたか」
部屋のどこかから低い声が聞こえた。声は淡々と話し始めた。
「私はオリビア。いきなりで困惑していると思うが君には使命がある」
なにを言っているんだ。使命、なんのことだ。
突如として語られる真実に俺は動揺を隠せなかった。オリビアがいうには俺はあの作戦のあと、回収部隊が来て救出された。そこからが問題だ。俺は1週間の間、意識を失っていて、その間にアメリカ軍の施設に移送されたようだ。なぜ、アメリカが俺を……。
「君には、あることをしてもらう。とりあえず部屋からでてこちらに来てくれないか」
扉が開く。俺はどうすればよいのかわからないのでとりあえずオリビアの指示に従うことにした。部屋の外には武装した警備が2人、装備から見るにここは相当、重要な場所のようだ。
歩く時の重心のズレが酷い。意識しないと倒れてしまいそうになる。
言われた部屋に入ると、オリビアがいた。低い声とは違い容姿の良い知的そうな女だった。
「よく来てくれた」
「お前らが勝手に連れてきたんだろ? 答えろ、どうして俺をこんな体にした? 」
俺はオリビアを睨みつける。目が覚めたら女でした、なんて日本のマンガでしか見ない展開だ。ふざけやがって、それに加えて俺に使命があるだと? たまったもんじゃないぞ。
「そんな怒らないでくれ。むしろ、助けてやったのだから感謝してほしいくらいだ」
オリビアは言葉には先ほどから謝罪の意を感じさせなかった。むしろ、自分が高尚な行いでもしているかのように振る舞っている。その感じが俺の苛立ちを増幅させる。
俺の目の前の壁にモニターが出される。その前にオリビアは歩いた。
「君も知っていると思うが、今からおよそ十数年前。世界に突如として魔法という特殊能力が使える人間、魔法少女が現れた」
彼女は俺の顔をじっと見つめる。その様子は授業中、ふざける生徒を見る教師の目だった。
自然と背筋を整えた。
「魔法少女は悪を打ち砕き、平和を世界にもたらす──。そんな存在にはならなかった。彼女たちの登場は戦争の常識を変えた。圧倒的な火力で敵軍を燃やし尽くす者もいれば、傷ついた兵士を癒す者いた。彼女達は人間の姿をした戦略軍事兵器だ」
モニターには過去、現在における魔法少女達の戦果のデータが表示される。
オリビアはそっと俺に近づいた。
「そして君は戦史上、初めて単独で魔法少女を殺害した兵士だ」
彼女は目を輝かせた。俺に希望を見出しているかのような表情だ。
「俺が殺したやつは……なんというか。ショボかったぞ? 魔法少女ってもっとこう……」
「でも殺したという事実は変わらない。そうだろう? 」
俺の目の前に手が差し出される。オリビアの手のひらにはドックタグが置かれてあった。
「君の新しい名前だ」
「気に入らないのかい? これから魔法少女の付き人になる君には相応しい名前だと思うけど? 」
「待て、いまなんて言った」
「そのままの意味だが? 君には魔法少女達のお世話役兼指揮官になってもらう。なにか問題か」
問題しかない、そう口から漏れそうになるのを堪える。魔法少女の世話だと? 少しでも機嫌を損ねたら殺されるんじゃないかそれ。
焦りが顔に出ていたようで、オリビアは小さく笑った。
「不安に思っているようだけど心配はないさ。思ったよりいい子達さ、問題児もいるがね」
「なあ、これって強制なのか? 」
「ああ、もちろん強制だ。逃げるという選択肢はないよ」
オリビアは笑顔でいった。断ったら存在そのものを消される可能性がある。つまり、選択肢は……。
「報酬は用意しているよ。それこそ好き放題使っても100年はなくならない額だ」
報酬、俺にとってはそんなものは重要じゃない。そこに戦う理由、大義があるかだ。
「報酬よりも大切なものがあるって感じだね。これは機密事項だけど教えてあげよう、君が我々の下に付くなら、ウクライナのNATO加盟を認めると大統領は確約してくれた」
俺は細めていた目を大きく見開いた。
──NATOへの加盟、それは大きな意味を示している。ウクライナ、祖国の完全なる独立。ロシアからの内政干渉、武力による圧力、スパイによる工作活動。現状。ウクライナは独立しているとは言えない。
だが、NATOに加盟すればロシアもウクライナに手を出せなくなる。
「それは……信じていいのか? 」
オリビアは釣り針に魚が食いついたと言わんばかりに笑顔になる。
「まだ、口約束の段階だが……、君の判断次第で確実になるさ」
心臓の鼓動が早くなるのがわかる。
「その目は了解したという意味かな? 」
オリビアは計算通りと言わんばかりに笑みを浮かべた。
「わかった。お前らの任務を引き受けてやる」
自然と口角が上がっていくのを感じる。感情がたかぶるのがわかる。
これだ。
これこそが俺が求めていた戦う意義だ。