前方で、鼓膜を裂くような轟音が爆ぜた。爆風が瓦礫を吹き飛ばし、砂塵が装甲車の窓を叩きつける。──戦車がやられた。
無線からは兵士の泣き叫ぶような声が飛び込んでくる。
『畜生ッ! 弾が当たらない! 全部、
断末魔のような声と銃声の連打が重なり、次の瞬間、無線はノイズに塗りつぶされた。
沈黙。
装甲車の中に残されたのは、押し殺した呼吸音と、心臓の鼓動だけだった。
敵はただの兵士ではない。そう理解するのに、これ以上の説明は不要だった。
魔法少女が戦場を駆け巡り、次々と米軍部隊を蹂躙する。
廃墟と化したビルの屋上から、その光景を見下ろしながら、リファは低く呟いた。
「……圧倒的だな」
瞬きをした瞬間、視界が揺らぎ、気づけば目の前にランホアが立っていた。無邪気な笑みを浮かべ、血に濡れた手をこちらへ突き出す。
「マスター! あのおっきいの倒したよ! 褒めて!! 」
ランホアが指差す方を見ると、真っ二つに切断された米軍のM1戦車の残骸が炎と煙を吐き出していた。
リファはランホアの笑顔を見るたびに、また胸が締め付けられる痛みを覚える。
「すごいな。……頭を撫でてあげようか」
リファはランホアの頭に手を伸ばし、撫でた。ランホアは子供らしくぎゅっと目をつむり、嬉しそうに頬を染める。
『指揮官、あまりランホアを甘やかさないでください。まだ、戦いは終わってません』
無線から無機質な少女の声が響く。リンリエだ。
「……少しくらいは許してくれ。リンリエ」
無線越しに、リンリエのため息が聞こえた。
『わかりましたよ、指揮官。ですが、油断は命取りです。まだ気を緩めないでくださいね』
「了解した」
リファは返答をしつつ、ランホアの瞳を覗き込む。その無垢で曇りない光が、逆に彼女の良心を突き刺す。
「ランホア、まだ、悪者がいるんだ。だから、倒してきてくれないか? 」
「マスターはその悪者きらい? 」
明るく透き通った瞳がまっすぐに問いかけてくる。リファは一瞬、喉が詰まり、言葉を失った。だが、すぐに表情を固くして答える。
「あ、ああ……嫌いだ」
「じゃあ、あたしも嫌い! 絶対やっつけるね!! 」
ランホアは笑顔のまま、瓦礫だらけの屋上を蹴り、軽やかに宙を舞う。次の瞬間、彼女の姿は煙と炎の向こうへと溶けて消えた。
──地獄のような戦場に、無垢な天使の足音だけが響き渡る。
装甲車の窓越しに、まるでスプラッタ映画のような光景が広がっていた。瞬きするたびに、兵士が無惨に両断されていく。
「マズいね……これは」
沈黙する車内にケイトの声が重く響く。
「どうする、ケイト」
「そんなの、逃げるか、戦うかの二択だろ?」
軽口のようでいて、その声音には僅かな震えが混じっていた。グリムは鼻で笑いながらも、顔には明確な緊張の色を浮かべている。
俺は迷う。外に出るのは自殺行為だ。しかし、戦車ですら斬り伏せられるなら、この装甲車に閉じこもっていても同じこと──。
その刹那、轟音とともに車体が激しく揺れた。
装甲ガラスが軽々と砕け散り、一本の黒光りする矢が操縦席を貫通している。
「クソ! やられた……!」
操縦席は瞬時に血に染まり、そこに座っていた兵士は矢に眼を射抜かれ、声すらあげられぬまま崩れ落ちていた。
「出るぞ! 僕についてこい!」
グリムが叫び、装甲車のドアを蹴破って飛び出す。直後、車載の発煙弾が自動で作動し、濃いスモークが周囲を覆った。これで敵の視界を数秒でも奪えるはずだ。
俺はタミスを抱き寄せる。
「お姉ちゃん……?」
小さな声が震え、目には涙がにじんでいる。
「大丈夫だ、怖くない。お姉ちゃんがいるからな」
全員が装甲車を離れた瞬間、背後で鋼鉄の悲鳴が上がった。振り返ると、装甲車が真っ二つに切り裂かれていく。
「見つけた! 悪者!」
明るい少女の声が戦場に不気味に響き渡った。声のほうを向くと、そこには翡翠色の長髪を揺らす少女が立っていた。幼さの残る笑顔を浮かべ、その手には鮮血に濡れた短剣が握られている。
「お前が魔法少女か!」
グリムが声を荒げ、睨みつける。だが少女は無邪気な瞳でこちらを指差した。
「いち、に……ごにん! 全部やっつければ、マスターに褒めてもらえる!!」
その声は戦場にはあまりにも不釣り合いな、純粋な歓喜に満ちていた。
少女は嬉々として跳ね回る。その動きは獣の跳躍に似て、常識を逸脱していた。痺れを切らしたケイトがライフルを構え、引き金を絞る。
5.56ミリの弾丸が連射され、唸りを上げて少女に殺到する──。
だが次の瞬間、弾丸は跡形もなく「消えた」。いや、正確には存在したはずの時間そのものが、切り取られたかのように無かったことにされた。
「な、なにが起こった!?」
ケイトが驚愕の声を漏らす。対照的に少女は頬を膨らませ、地団駄を踏んで怒りをあらわにした。
「もうっ! やっつけようとしたのに邪魔しないで!」
「ケイト、下がれ! こいつは僕がやる!」
グリムが躊躇なく飛びかかる。しかし──次の瞬間、彼の体はまるで時間を巻き戻されたかのように、元いた位置へと引き戻されていた。
そこに残ったのは、翡翠の髪を揺らし無邪気に笑う少女の姿。彼女はまるで遊びの延長のように戦場を弄んでいた。
「
詠唱と同時に、少女の姿は掻き消える。空気がひずみ、残像だけが揺らめいた。
次の瞬間には、グリムの目の前へと出現していた。
「まずはひとり!」
ランホアの短剣が稲妻のように突き出された。
投稿が遅れてしまい、本当に申し訳ありません。