ランホアの雪のように白い頬が赤黒く染まる。ランホアの顔は予期せぬ苦痛に顔を歪ませ、瞳は大きく揺れる。
「──痛いッ! 」
攻撃が当たった──。レイヴンはそのことに驚きを隠せないでいた。
レイヴンがランホアに攻撃を当てるためには1−(−1)+1秒後、体感にして3秒後の未来を予測する必要がある。今、攻撃が当たったのは、計算を超えた完全なる直感。つまりまぐれ、ほとんど奇跡に近い。
だが、これでレイヴンの攻撃が当たる確率が0ではないことが証明された。つまり、勝機は存在する。
ランホアは頬についた傷を押さえる。深くはない。だが、血肉が空気に晒される痛みは容赦なく神経を刺した。
「……許さない! 絶対にやっつける! 」
金切り声が廃墟の中にこだます。痛がるランホアの幼い叫びを背にしてレイヴンは走り出していた。
ナイフをできるだけコンパクトに振りかざす。最短距離かつ、最大の威力で攻撃を当てなければ勝ち目はない。
ナイフと短剣がかち合い、火花が散った。ランホアの魔法は未だクールタイム、再使用まで残り1秒を切ろうとしていた。レイヴンはそのことを考慮して距離を詰める。
1秒後、引きずり戻されるであろう位置を意識してナイフを突き出す。
──惜しくも、ナイフの刃先はランホアの髪を掠めた。
ランホアは怒りと焦燥を露骨に見せる。
「……どうして! どうしてわかるの! 」
薄々感じていた。この少女は幼い、それゆえか動きは稚拙だ。予想だが、今まで
その一撃に適応さえすれば、こちらにも勝機はある。
──少女の魔法は、
レイヴンはホルスターから、反射的にピストルを抜くと、引き金を引いた。
必然的に時は戻り、銃弾は無力される。──それでいい。
再度、急速に接近し、ナイフを振りかざす。ランホアは時を戻そうと試みるが、魔法はクールタイムだ。レイヴンの狙い通りだった。ランホアは、銃弾を魔法で防いだ後のクールタイムのことを意識していない。それでも、銃弾による攻撃はほとんど回避されるだろう。なら、銃撃により魔法を無力化した後に詰めればいいのだ。
このとき、レイヴンは忘れていた。局所での有利は、大局での有利を意味しないことを。
空気を切り裂く音とともに、一筋の矢が廃墟の隙間から飛び込んでくる。矢はまるで意志を持った生き物のように軌道を変え、レイヴンの右胸をアーマーごと容易く貫いた。
ランホアの目の前で、レイヴンは音をたてて倒れ込む。無線からは、リンリエの冷静な声が聞こえた。
『ランホア、大丈夫か? 』
リンリエの声に、ランホアの体からどっと力抜ける。
「……ありがとうリン姉」
『全く、世話の焼けるやつだ。いまそっちにマスターと回収部隊が向かってる。しばらく警戒を怠るな』
痛みを忘れてランホアはその場で座り込む。不貞腐れたように、短剣で地面をガリガリと引っ掻き始める。その時だった。
急激に背筋から血液が抜ける感覚。思わずして後ろを振り向く。そこには、全身が赤く染まったレイヴンが立っていた。
ランホアの魔法はレイヴンが右胸を撃ち抜かれた時点で、レイヴンを脅威だという認識を排除していた。すなわち、完全にレイヴンの存在は意識外だったのでである。
──殺せる。
そう確信して、ナイフを少女目がけて突き出そうとした。その瞬間だった。
今度は1発の銃弾が、レイヴンの右腕を分断した。
「ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"! 」
それは痛みを誤魔化すための叫びではなかった。言うならば、負け犬の遠吠えに近かった。
残った左手に、できる限りの力を込め握り締め、振り落とす。
そんなことも虚しく、炸裂音とともに十数発の鉛玉がすべてレイヴンを捉える。
「クリア! 」
敵の声が聞こえる。一歩遅かった。すでに、敵の増援は到着していたのだ。
レイヴンはふらつき、廃墟の柱にもたれかかって倒れる。ゆっくりと濁っていく景色の中、目を閉じた。
『目覚めろ』
ふと、誰かの声がして、俺は目を覚ます。目の前には、宇宙飛行士が立っている。宇宙飛行士は腰の後ろで手を組み、こちらを見下ろしている。
「……誰だ」
見渡すと、そこは廃墟の中。目の前にはあの少女がいて、後ろから何人かの兵士が接近してきているように見えた。しかし、それらは不可解なことに時が止まったように動きがない。なによりも、おかしいのは俺と宇宙飛行士以外のすべてが無彩色になっていることだった。
『私の名前はAuren、Auren the
宇宙飛行士が話す言語は、英語でも、中国語でも、この世界のどの言語でもなかった。だが、聞き取れる。なにを言っているのかを脳がわかる。
『このシナリオでは、彼女が悲しんでしまう。それではいけない』
なにを言っているのか、理解が追いつかない。彼女とは一体誰だ。Absoluteとはなんなんだ? この世界の とはどういう意味だ?
宇宙飛行士は悩むような素振りを見せる。
『直接、私が介入するのは気が進まない』
宇宙飛行士の顔はマスクに包まれてよく見えない。声は、とても落ち着きのある男の声のように聞こえた。ただ、同じ人間だとは思えなかった。彼の存在は、人間は放つ空気のそれとは全く違っていた。神の化身、その言葉が宇宙飛行士を表すのに最も適した言葉に思えた。違う、それ以外なかった。
『君は本来、死んでいるはずだった。そのシナリオを彼女が
宇宙飛行士はそっと、手を差し出すと、俺の頭に触れた。
それは、まさしく神の奇跡だった。失われた右腕が、大きく開いた左胸の傷口が再生していく、いや、
『これでいい、あとは……』
宇宙飛行士は俺の傷を直したあと、振り向く。そして、少女に触れようとする。その瞬間だった。
『おっと、どうやらこれ以上の介入は必要ないようだ』
そう言い残すと、宇宙飛行士は姿は水の中に溶けゆく絵の具のように薄くなっていった。
公開可能な情報
アポロ18号計画 報告書
(Classification: TOP SECRET / LEVEL Ω)
発行機関:National Aeronautics and Space Administration(NASA)/ United States Department of Defense(DoD)
文書番号:APOLLO-18/Ω-731973
1. 計画概要
• 計画名称:Apollo 18 Lunar Reconnaissance Mission
• 任務目的:月裏側における異常電磁波パルスの発生源調査、および地表構造物の確認。
• 打ち上げ日:1973年 [REDACTED]
• 管轄機関:NASA、国防総省、中央情報局(CIA)共同管轄
• 任務ステータス:FAILED(機密指定のため公式記録抹消済)
2. クルー情報(記録削除済・内部専用)
• Commander: Jonathan R. Kelly(NASA飛行士)
• Pilot: William “Bill” Hartman(空軍パイロット)
• Scientist: Robert M. Green, Ph.D.(物理学者、民間研究者)
全クルーは帰還後の事故により死亡を確認。公式記録には存在しない。
3. 月面での観測結果
• 着陸地点:月裏側、座標 [REDACTED]
• 発見物:
1. 人工加工を疑われる金属構造体。
2. 構造体内部にて「Auren」と名乗る人物と接触。
- 自称:「 」
- 自称:「 」
- 外見:人類が開発した宇宙服と酷似した形状のものを着用。
3. **冷凍睡眠状態の少女(コードネーム: )を発見。
- 生理的年齢:約12歳
- DNA鑑定:人類と完全一致。ただし未知の遺伝子配列が一部存在。
- Aurenによる説明:「 」
4. ミッション異常および帰還記録
• 着陸48時間後以降、機器障害および通信途絶発生。
• 帰還船内にて不明原因の事故。船体制御不能のまま大気圏突入。
• 1973年 [REDACTED]:太平洋上にて強行着水。回収作業は米海軍が実施。
• 確認結果:
- クルー3名:全員死亡。
- :昏睡状態ながら生存。船内で死亡したクルーに抱かれていた状態で発見。
5. 機密指定および封印措置
• アポロ計画は「予算打ち切りのため17号で終了」と公式発表。18号の存在は徹底的に抹消。
• タミスはArea 51内 特殊研究区画(Ωセクション)に収容。以後、冷戦期を通じて「最高機密対象」として管理。
• CIA内部文書にて は「The Absoluteの器」と分類。
• Aurenに関する証言・記録はすべてLEVEL Ω指定。存在の外部漏洩は国家安全保障条項に基づき厳罰対象とする。
6. 裏付け情報(参考・非公開)
• ソ連側も異常信号を探知。極秘裏に「Luna-25」計画を進行するも失敗。
• [REDACTED] 年、複数の情報源により の存在が確認される。
• 2023年 [REDACTED]:冷凍睡眠状態にあった が自発的に覚醒。
7. 結論
アポロ18号計画は公式には「存在しない」。
本計画の真相は「国家機密の最上位レベル Ω」に指定され、以後の記録は完全に封印する。
記録署名:
[REDACTED]
U.S. Department of Defense / NASA Joint Intelligence Council