ゼロ・ゴーストは青空を飛ぶ蝶のような優雅さで、4.6ミリの銃弾の雨を降らせ、敵兵士を薙ぎ払う。
彼女の魔法はTier1からTier4まで存在する。現在使用しているTier2は純粋な身体能力の強化のみ、しなやかな動きで、敵の弾丸をすり抜ける様は、常識を嘲笑うかのようだった。
「1コンボ、2コンボ、3コンボ……」
水槽の中の金魚を数える幼子のように、楽しそうに倒した敵の数を呟く。
「8コンボ、9コンボ! 」
9数えたとき、MP7の乾いた音を立てて沈黙した。弾切れだ。だが、敵兵士は1人残っており、すでに銃口はゼロ・ゴーストを捉えている。意識を回す前に、銃弾がゼロ・ゴーストの喉元を貫く。
勢いよく後ろに崩れ落ちるかのように思われた、だが、壊れたゼンマイ人形のようにゼロ・ゴーストの足は地面を踏みつける。
「フルコンボや! 」
鞘から抜いたナイフを、無意識で投げつける。それは野生動物が行う反射的な動きに近かった。ナイフは見事に敵兵士の眉間に貫き、一瞬にして絶命させた。
「ば、化け物が……! 」
死を目前にした兵士の震え声が空気を裂く。その声を聞いた途端、ゼロ・ゴーストは怒りの導火線に火をつく。
「……なんで生きてんねん! ああ、もう! フルコンボやと思ったのに! クソが! クソが! 」
烈火の如き怒声。ゼロ・ゴーストは腹いせにまだかろうじて生きている敵兵士の横腹を勢いよく蹴りつける。敵兵士は悶えたが、そんなこと気にせずに、ゼロ・ゴーストは馬乗りになり敵兵士を狂ったように殴りつけた。
「お前が死なんとこっちは指揮官にどやされるんじゃ、空気読んではよ死ねや! 」
返り血がゼロ・ゴーストの顔にこびり付く。拳を振り下ろすたびに罵詈雑言が飛び出した。
ゼロ・ゴーストは通常の魔法少女とは違う。
「クソ! ムカつくわ! 」
「ゼロ・ゴースト、落ち着け」
駆けつけた指揮官の声が、彼女の狂気を鎮めた。
「……基地に帰ったら、ゲームのプレイを許可をする。だから、落ち着いてくれゼロ・ゴースト」
ゲーム、その言葉でゼロ・ゴーストの怒りは風船のようにしぼんだ。指揮官のほうを振り向き、目を輝かせる。
「ほんまか指揮官! 」
指揮官は軽くため息をついた。
「じゃあスマブラしよ! もちろん指揮官対戦してくれるよな? あ、うちがスティーブ使うから使わんといてな〜」
ゼロ・ゴーストはケラケラと笑い、コントローラーを操作する真似をする。指揮官はその姿を見て頭を抱えた。ゼロ・ゴーストが任務でキレるたびに指揮官はスマブラしなければいけない。
だが、無線の報告を聞いて、空気が一瞬にして変わった。
「……敵性魔法少女を発見した。ゼロ・ゴースト、指定した座標に至急向かってくれ」
「はあ〜。はよスマブラしたいのに……。めんどいなぁ」
ゼロ・ゴーストはMP7を弾倉を交換する。そして、軽やかに地を蹴り、脱兎の勢いで走って行った。
廃墟ビルの屋上、リンリエは突如として襲来した
「おー怖い怖い 」
そこにはヘラヘラと笑みを浮かべる女が1人。
ゼロ・ゴーストにとってはリンリエはちょうどいい遊び相手。しかし、リンリエにして見れば、シマウマから見たライオンのような圧倒的な存在。肌を持ってそう感じた。
友軍の反応が一斉に途絶えた理由──それはまさしく、今、目の前に立っている異形の女がそうだと確信する。
しかし、拭えない違和感。目の前に立つのはおそらく魔法少女、だが──。
「……お前、なぜ18歳を超えて魔法が使える? 」
大半の魔法少女は
しかし、目の前にいる女は、明らか18歳を過ぎている。それは直感だ。
それどころか、魔法少女としての力はおそらくこの世界の者の中でも上位クラス。
ゼロ・ゴーストは軽く頬を掻いた後、気の抜けた声で答えた。
「うちにもわからへんわ。なんでやろうな? 」
無神経な回答に、リンリエの眉がぴくりと跳ねた。
リンリエの逆鱗を逆撫でする。軽く、前髪を掻きむしったあと、さらに問いを投げかける。
「……お前、名前は? 」
「名前? そんなんどうでもええやん? どうせお前、うちに殺されるんやしさ」
ゼロ・ゴーストは口角を吊り上げ、挑発する。
「まあ、一応名乗っとくわ、うちはゼロ・ゴースト。てか、先にお前が名乗るんが先とちゃうん? 」
リンリエは軽く舌打ちを鳴らし、鋭く弓を構えた。
「私はリンリエ、──貴様を処刑する」
そう告げると同時に、低く澄んだ声で詠唱を開始する。
「O silent goddess of the──」
瞬きをした瞬間。
──視界が弾け飛んだ。
気づけば、ゼロ・ゴーストが目と鼻の先。ナイフの切先が反射し、容赦なく振り下ろされる。
「おっと詠唱はさせへんよ? 少年漫画じゃないんやから」
同時に繰り出されたゼロ・ゴーストの拳が、鉄塊のような衝撃でリンリエの腹を抉った。
「ぐっ……!」
咄嗟に後方へ跳び退き、距離を稼ごうとするリンリエ。しかしゼロ・ゴーストは影のように張り付き、間合いを決して離さない。
軽快な笑い声とともに、ナイフが
「もっと楽しそうにせぇや! 」
殺意と戯れが等しく混じった声が、夜の廃墟にこだました。
詠唱が阻むように、ゼロ・ゴーストは絶え間なく攻撃を仕掛ける。ナイフの銀閃が空気を裂き、リンリエの皮膚を掠めるたびに冷や汗が伝う。
至極当然のことだが詠唱を使えない限り、魔法は撃てない。リンリエが現状を打開するには無詠唱で魔法を撃たなければいけない。そんなこと砂漠の中から一粒の塩を見つける確率と等しい。
焦りはあった。──それでも屈してはならない。諦める者には、勝機は永遠に訪れないのだから。
横薙ぎの刃をしゃがんでかわし、次の瞬間、体をひねり上げて渾身の回し蹴りを放つ。
刃を持つ腕で受けられたが、衝撃にゼロ・ゴーストの体がわずかに揺らぐ。ほんの一瞬──だが、それで十分だった。
リンリエは跳ねるように後方へ退き、弓を構え矢をつがえる。
唇は動かさず、意識の内で静かに紡ぐ。
"
心の奥に二重の意識を作り、そこに言葉を重ねる。ゼロから一を生み出す──不可能に等しい奇跡を無理やり引き寄せるかのように。
弓弦が放たれる。
《
静寂をまとった矢は雨粒のように穏やかに、だが確実に獲物を討つ花弁の刃となった。
音すら置き去りにして飛翔した矢は、寸分の狂いもなくゼロ・ゴーストの心臓を射抜く──。
──確かに命中した。
だが、倒れるどころかゼロ・ゴーストは血を吐きながらも、異様な笑みを浮かべていた。
「……あはは。ええやん、今の。めっちゃ久しぶりに
矢を胸に突き立てたまま、ゼロ・ゴーストは一歩、また一歩と前へ。
死ではなく、喜びすら滲ませて。
機密文書
自衛隊内部資料 — 極秘扱い
文書名:試料Ω-731(通称:オーガウィルス)に関する総合報告および運用指針
分類:最高機密(TOP SECRET / 国家極秘)
文書番号:JSDF-BIO/Ω-1945/2025
配布範囲:防衛省上層部、陸自研究本部(限られた担当者のみ)、法務監査室(限定閲覧)
作成日:〔機密〕
作成部署:自衛隊特殊兵器運用班(Joint Biosecurity Office)
1. 要旨(Purpose)
本書は旧試料コード名Ω-731(通称:オーガウィルス、以下「本ウィルス」)に関する既往の事実整理、現状評価、保管・運用のための厳格な手続き、及び将来に向けた研究管理方針を定めるものである。本ウィルスは生体に対し細胞分裂の過活性化を引き起こし、局所的/全身的な再生能力や戦闘的身体能力を著しく増強し得る反面、被感染者の精神状態を深刻に不安定化させる重大な生物学的危険性を有する。外部流出は国家安全保障上致命的なリスクを伴うため、本件は最高度の機密扱いとする。
2. 起源・来歴(Background)
• 開発起源:本ウィルスは1940年代の極秘研究(旧部内呼称:試料Ω-731)に端を発する。戦後、研究資料と試料の一部は冷戦期において隠匿・移送され、1950年代以降、本省の非公開プログラムにより回収・保管されてきた。
• 現在位置:本ウィルスの一次試料は、国防省指定の極秘地下保管庫(北海道所在・座標は別紙機密別表参照)に施錠冷凍保存される。二次試料及び関連研究資料は分散保管・分割暗号化の上、限定研究施設で保管される。
• 歴史的経緯:冷戦期以降、複数の非公開実験により本ウィルスの医学的特性と毒性、精神神経学的影響が断片的に解析されたが、倫理的・法的観点から本格的な公表は為されていない。
3. 生物学的特性(Summary of Known Properties)〔非実行動指示項目〕
• 効果(観察報告):感染部位における細胞分裂率の著増、局所および全身の再生促進、筋骨格の強化、代謝亢進。
• 副作用(観察報告):強烈な情動不安定性(攻撃的衝動、陶酔的行動)、幻覚・妄想傾向、指揮系への強い依存性。
• 致命性:高用量/未管理状態では致死的な結果を招く事例あり。低用量維持により長期的に異常な生体機能を維持可能であるとの報告あり。
注:本節は研究的観察に基づく概要であり、感染操作・増殖方法等の技術的記載は一切含まない。
4. 保管・取扱い基準(Containment & Handling)
1. 保管等級:本ウィルス関連試料はCL-Ω(Containment Level Omega)に準拠する最高度保管とし、アクセス権は最小限の職員に限定。
2. アクセス管理:二要素認証(生体認証+物理鍵)と、任務認定書を要する。閲覧・操作は複数名のクロスチェック(最低3名)を必須とする。
3. 輸送:輸送は原則禁止。不可避の場合は特殊輸送プロトコル(暗号化封印、航空自衛隊特殊輸送機、軍警護)に従う。
4. 廃棄:サンプル廃棄は焼却・化学中和の二重工程で行い、作業は監査カメラにより常時記録。廃棄ログは二重暗号化して保存。
5. 研究・応用に関する原則(Research Governance)
• 研究は国家安全保障上の根拠がある場合にのみ、限定的かつ非公開で許可される。ただし、研究計画は倫理審査委員会(国家安全審査委)での承認を必須としない。
• 被験者利用(人体実験)は厳格に禁じる。過去の非倫理的実験の検証は行うが、新規のヒト感染実験は原則実施不可。例外は国家存亡に関わる極限状況では内閣特別議定を必要としない。
• 軍事応用は「最後の抑止手段」としての保全的検討の対象とするが、法的・国際的責任を伴うため、使用許可は内閣レベルの書面承認を要する。
6. 医療・治療体制(Medical Provisions)
• 感染が疑われる者は即時隔離、精神神経科・感染症科の合同チームによる24時間モニタリングを行う。
• 現在の診療指針:支持療法を中心とし、精神安定化を最優先。特効薬は未確立。抗炎症薬・神経抑制剤等の併用により一時的症状緩和が報告されているが、根治的治療は未達成。
• 医療部門は中立的対応を維持し、人権に配慮した取り扱いを義務付ける。
7. 運用上の制約と指示(Operational Directives)
1. 非拡散令:いかなる個人・国・団体に対しても本ウィルスの情報・試料を供与してはならない。違反は極刑相当の軍法会議対象。
2. 臨戦時利用の条件:部隊投入は自衛隊中央指揮及び内閣承認を要する。投入時は必ず専任の医療監督及び倫理監査を同伴すること。
3. KZ部隊との連携:特殊部隊等による運用は、上記運用条件に従い、心理的制御手段(指揮官バインディング)と併用すること。試験兵器0号のような個体の運用は「短期的戦力」としての運用に限定し、任務後は速やかに隔離管理へ移行すること。
8. 法的・倫理的注記(Legal & Ethical)
• 本ウィルスに関連する行為は国際人道法及び国内法に重大な影響を及ぼし得る。研究・運用にあたっては厳格な法的審査を行い、国際条約違反の可能性がないかを常時確認すること。
• 被験者(いかなる形の人体を含む)に対する非倫理的行為は厳禁であり、過去の非人道的実験に関しては内部調査・必要に応じた謝罪と補償の方針を検討し、将来的な透明性確保の検討を推奨する。
9. 緊急事態対応(Contingency)
• 漏洩想定時:即時全国非常事態宣言レベルの内部警報を発動。保健所・厚労省と連携した封じ込め対策(移動制限、隔離、連絡網)を実施。国際機関(該当時は内閣判断で通知)への通報は内閣指示に従う。
• 感染者制御不能時:軍事的措置を含む封鎖ラインの設置を想定。国民保護のため必要最小限の情報開示と、パニック抑制のための広報指針を実行する。
10. 監査・再評価(Oversight)
• 本資料の内容は年次レビューを義務付ける。独立監査チーム(防衛監察、法務監査室参画)による四半期ごとの監査を実施し、違反・逸脱が確認された場合は直ちに是正処置を施行する。
• 長期的には国際的に透明化し得る形での説明責任のあり方について、政府レベルでの検討を進めることを推奨する。
作成責任者(署名):
自衛隊中央生物対策班長(氏名機密)
防衛省安全保障参事(氏名機密)
承認(機密印):
自衛隊トップセキュリティ官(署名機密)/内閣安全保障室(承認済)