現代戦争における魔法少女の戦略的価値   作:無能メンヘラ

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更新が遅れてしまい申し訳ありません。


ファミリー

 ブロンクスでは人を殺そうと、物を盗んでも、誰も咎めない。なにをしても自由にだった。

 ニューヨークという大都市の輝きに隠された影──そのよどみが凝縮した場所。それがブロンクスだった。

 

「まただ。人が焼け死んでやがる……」

 

 市警も一応存在してはいたが、ほとんど機能していない状態。そのおかげで僕が焼き殺したやつは、大抵、不審死として処理された。

 そうして、毎日のように、盗みを繰り返し、その日暮らしを続けていたある日のこと。生ゴミの悪臭が漂う路地裏を歩いていたときだ、耳にかすかな音が届いた。

 

「……誰だ? 」

 

 ゴミを漁る音。ホームレスだと思った。だが、そこにいたのは予想とは違い、小さい子どもだった。まだ、10歳にも満たないであろう、痩せ細った2人組。

 

「おい、お前ら。なんでゴミなんて漁ってるんだ? 」

 

 1人が振り返る。頬は痩せこけており、身なりはボロボロ、見るからに孤児だ。

 

「……お腹が……空いたから」

 

「親はどうした? 」

 

「……いない。病気で……死んだ」

 

 病気か、薬物か、あるいは殺されたのか。理由はどうでもいい。親を失った子どもがゴミ漁りの果てに餓死するなんて、この街では珍しくもなかった。誰も気にしないし、知ろうともしない。ただの風景だ。

 僕も、最初は見捨てるつもりだった。けれど──。

 

「そんな残飯、旨くないだろ。……ついてきな。少しはマシなもん食わせてやる」

 

 昔の自分を見ているようで、背を向けられなかった。

 子ども2人は目をイエス=キリストを見るかのように目を輝かせて、僕を見た。

 

「本当……? 」

 

「ああ、本当さ。僕は嘘は嫌いだからね」

 

 ブロンクスには廃墟になった集合住宅がいくつもあり、ギャングやホームレスの住処になっている。僕もその一つに住み着いていた。電気もガスもなかったが、雨風をしのぐには十分だ。

 

「お前ら、名前は? 」

 

「名前……リナ、それとアーサー」

 

 その日を境に、僕には守るものができた。

 

「グリムお姉ちゃん! 見て、お絵描きしたの。これがお姉ちゃんでね。これとこれが私とアーサー! 」

 

「……ありがとう。リナは絵を描くのが上手だね」

 

「えへへ。そうでしょ! リナね、画家になりたいんだ! 」

 

 僕はリナの頭を撫でる。リナは嬉しそうに目をぎゅっと閉じで口角を上げた。

 

「リナなら絶対になれるさ」

 

 人を殺す理由、生きる理由も、自分のためだけじゃなくなった。2人のためにできることは全部してあげたかった。

 

 いつも通り盗みを働いていた日のことだった。運が悪いことに、警察の巡回が予想よりも早く、逃げ場はほとんどなかった。

 

「お前、ここに隠れろ」

 

 黒い肌の太い手が、僕を無理やり部屋の奥へ引きずり込む。心臓は鼓動を速め、息が荒くなる。部屋の中には、ドレッドヘアの黒人の女と、坊主頭の黒人の男が立っていた。二人の存在には、生活者の匂いではなく、どこか“規格外の何か”が漂っている。男の手には、連射できるように改造が施されたグロックが握られていて、光沢のある銃身が、薄暗い部屋の中で僅かに光を反射する。

 

「──私たちがいて、よかったな」

 

 女がそう言った。声は落ち着いていて、しかしどこか力がある。僕は思わずその声に耳を傾ける。

 

「……誰だ。どうして助けた?」

 

 疑念と警戒が入り混じり、僕は彼女を睨みつけた。今にも魔法を使い、焼き尽くしてしまおうかと頭をよぎる。

 

「ふん、そんなこと聞くのは野暮だよ」

 

 女は薄く笑い、ためらいなく僕の頭をぐしゃりと撫でる。その感触に、心の奥が少しだけ緩むのを感じた。男はそれに不満があるらしく、歯を鳴らして文句を口にする。

 

「せっかく助けてやったのに、感じの悪いガキだな」

 

「……助けろなんて言ってない」

 

「あ? この場面でなに言ってんだ、クソガキ」

 

 男はグロックの銃口を僕の額に押し当てた。冷たい金属の感触に、背筋がぞくりと震える。しかし、女の手がさっと入り、それを制する。

 

「やめなよ、カイ。子ども相手にそれは情けない」

 

「ああ、わかったよ、マギー姐。やめる」

 

 カイはバツの悪そうな表情で銃をポケットに戻す。目に浮かぶ苛立ちと諦めが混じった複雑な表情が、かえって生々しい。

 

「おい、クソガキ。マギー姐の優しさに感謝しろよ」

 

 僕は視線を逸らした。マギーと呼ばれる女の瞳は、こちらの心の奥底をまるごと覗き込んでくるようで、背筋が冷たくなる。

 

「あんた……名前は?」

 

 マギーの声は軽やかだが、その響きには試すような鋭さが混じっていた。

 

「……グリム」

 

 本当は言うつもりなんてなかったのに、反射的に口が動いてしまった。自分でも驚くほど自然に、名前が零れ落ちた。

 

「グリムか、いい名だね。君に、ひとつ提案がある」

 

 提案? 頭が戸惑いを覚えた瞬間、彼女の口から次の言葉が滑り出る。

 

「私たちの()()()()()にならないか?」

 

 その言葉に、背後に立つカイが思わずマギーを見やった。信じられない、という顔。口を開きかけては飲み込み、結局は押し黙る。

 

「ファミリーって……なんだよ?」

 

 問い返す僕に、マギーは小さく笑い、両手を広げてみせる。

 

「そのままさ。安心しな、飯と寝床は保証する。もちろん、ただじゃない。ファミリーになったら仕事をしてもらう。ただそれだけさ」

 

「仕事……って?」

 

 答えたのはカイだった。肩をすくめ、ため息を吐きながら言った。

 

「簡単だ。荷物運び、見張り……他にも手伝い次第だな。腕が立つなら、もっと()()()な役も任せてやる」

 

 僕は思わず拳を握り締める。外の世界で独りで生き抜くか、それとも群れの中で身を置くか。危険はどちらにもある。だが、彼らは『飯』と『寝床』、そしてなにより『金』を約束した。金さえあれば──リナとアーサーを学校に通わせてやれる。

 

「……わかった。ファミリーになる。その代わり──子ども二人の面倒を見てくれ」

 

 マギーは意外そうに目を細め、すぐに楽しげに口笛を吹いた。そして指を鳴らす。

 

「交渉成立だ。よし、新しい家に案内しようじゃないか」

 


 

 車の座席は古びていて、エンジンの震えが背中まで伝わってくる。揺れるシートに身を預けながら、僕は考えていた。こいつらはただのギャングだ。だが、利用できる。金も相当あるはずだ。頃合いを見て、いずれは──。

 

「お姉ちゃん、どこに行くの?」

 

 隣で無邪気に問いかけてきたアーサーの瞳が、不安と期待の入り混じった光を宿して僕を見つめていた。答えに詰まり、言葉を探す。正直に言えば恐れさせる。嘘を言えば裏切ることになる。喉の奥に苦い塊が詰まり、僕は唇を噛んだ。

 

「──新しい家さ」

 

 

 助手席に座るマギーが、陽気に笑いながら答える。その言葉を聞いた途端、リナとアーサーは目を輝かせ、声を弾ませた。

 

「ほんとうに!? 」

 

「ふっ、かわいいおチビたちだ」

 

 ハンドルを握るカイが、まんざらでもない顔で呟く。無骨なその声に、どこ下手くそな優しさが滲んだ響きがあった。

 

 車はゆっくりと止まる。到着した場所を窓から覗き込んだ瞬間、僕は思わず息を呑む。そこに広がっていたのは、まるで貴族が住むような大きな屋敷だった。サウスブロンクスの瓦礫とスラムに慣れた目には、異様なほどの異質さだ。

 

「すごい大きい!」

 

 リナとアーサーが歓声をあげる。

 

「ついてきな」

 

 マギーに促され、屋敷の中へ足を踏み入れる。玄関を抜けると、豪奢な広間が広がっていた。だが装飾の美しさよりも目を引いたのは、壁際に乱雑に積まれた銃火器と、麻袋に詰め込まれたドラッグの山だった。金と暴力と死の匂いが、この場所を支配している。

 

「二人とも、今日から加わる新しいファミリーを紹介するよ。──グリムとリナ、それにアーサーだ」

 

 マギーが手を叩きながら声を響かせる。その視線の先、広間の奥には二人の男がいた。

 

 一人は白髪混じりの髪をきちんと撫でつけ、丸眼鏡をかけた、どこか気の弱そうな中年の男。

 もう一人は金髪に鋭い顔立ち、左目に走る大きな傷跡がそのまま彼の過去を物語っている無口な男。

 

「グリム、あっちのメガネはトム。元教師だ。もう一人の無愛想なのはクリス。元海兵隊だ」

 

 カイが後ろから僕に耳打ちする。

 

「トムはな、化学教師だったんだがフェンタニルを合成してクビになった。クリスのほうはアフガンでタリバンを100人殺した化け物だ。……イカれてるだろ?」

 

 クリスと目が合った。その瞳は感情を剥ぎ取られ、ただ戦場の残滓だけを映しているようだった。修羅──その言葉が脳裏に浮かび、離れなかった。

 一方で、トムは眼鏡の奥から笑顔を向けてくる。だがそれはどこか不自然で、皮膚に貼りつけた仮面のように見える。

 

「よろしく、グリムちゃん」

 

 抑揚のない声と、作り物めいた笑顔。

 クリスはただ沈黙を守り、視線すら動かさない。二人の狂気の形はあまりに違うが、同じく常軌を逸している。

 

「肩が上がってるよグリム。なにも緊張しなくていいんだ、私たちはファミリーだからな」

 

 マギーの手がふわりと僕の頭を触れる。()()()()()、その言葉が僕の胸を不思議と暖かくした。

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