現代戦争における魔法少女の戦略的価値   作:無能メンヘラ

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生きろ

「逃げろ! ポリ公だ!」

 

 僕が叫ぶや否や、カイは猛獣のような声を上げ、アクセルを床まで踏み込んだ。車体が唸りを上げ、路地裏から表通りへと飛び出す。

 

「飛ばすぜぇッ!」

 

 車はまるで弾丸のように加速し、赤いテールランプの軌跡を残しながら、無数の通行車の合間を縫うように突き進む。サイレンの甲高い音が背後から響き、パトカーの赤色灯が乱反射する。まるで現実がGTAの一場面にすり替わったみたいだった。

 

 僕は窓から上半身を突き出し、風を切る冷たさを頬に受けながら、警察車両に向かって舌を突き出し、中指を立てる。

 

「これでも食らいやがれ!」

 

 スプレー缶を振りかざし、そこに魔法を込めて投げつけた。次の瞬間、缶は火を噴き、赤い煙を撒き散らしながら爆ぜた。炎と轟音がパトカーの行く手を塞ぎ、視界を奪う。ブレーキ音と怒号が後方に響き渡った。

 

「ハハハ! イカしてるぜグリム! お前、まるでマーベルのヒーローじゃねぇか!」

 

 カイがハンドルを握りながら笑う。口元は獰猛だが、どこか誇らしげだった。

 

「すごいだろ! あいつらの顔見たか? ポリ公ども、マジで腰抜かしてやがった!」

 

 僕も笑った。笑うしかなかった。確かにやっていることは最悪だ。強盗、薬の取引、そして今は警察とのカーチェイス。正義とは真逆だと頭では分かっている。けれど、それでも──この瞬間だけは胸の奥が熱くなる。

 

 ファミリーと一緒にいる時間は、何よりも楽しかった。笑って、叫んで、生きている実感があった。

 あの頃の僕は、本気で信じていたのだ。これが自分の人生の「正しい方向」だと。

 

 アジトの庭で、ファミリーと夜の静寂の中、街を照らすニューヨークのビル街を眺めながら夢を語り合うのが、僕は好きだった。

 酒臭い笑い声とタバコの煙が漂う中、いつものようにカイが口を開く。

 

「俺は世界一のラッパーになりてぇ。エミネムやJ・コールを超えるような奴に」

 

 マギーが片肘をつきながら、わざとらしく鼻で笑った。

 

「お前は音痴だから無理だな、カイ」

 

「フッ、まあ見とけよ。3年後には俺の曲でビルボードが埋まるからな」

 

 カイは胸を張り、ビルの灯りを背にしてポーズを決める。その姿はどう見ても冗談半分だったが、本人は本気で信じているように見えた。僕も思わず笑ってしまう。

 

 そんなとき、リナとアーサーが庭に駆け込んできた。両手にはノートと鉛筆を抱えていて、息を弾ませながら僕のもとに飛びつく。

 

「お姉ちゃん! 聞いて! トムがね、勉強を教えてくれたんだ!」

 

「足し算も掛け算もできるようになったんだよ!」アーサーが誇らしげに胸を張る。

 

 アーサーは目を輝かせてノートを開いた。そこには稚拙ながらも丁寧に書かれた文字と数字が並んでいた。

 

「すごいでしょ? 僕ね、大きくなったらお医者さんになりたい! だって、トム先生みたいに頭が良くなりたいんだ!」

 

 アーサーは嬉しそうに声を弾ませる。その笑顔は、ブロンクスの路地裏で生ゴミを漁っていたときとは別人のようだった。

 

「お医者さんか……立派だな」

 

 僕はその頭を撫でながら、胸の奥が熱くなるのを感じた。

 トムは少し照れくさそうに眼鏡を直しながら、遠くを見て小さく呟いた。

 

「……子どもに勉強を教えるくらいしか、俺には取り柄がないからな」

 

 その声はどこか沈んでいたが、リナとアーサーにとっては十分すぎるほど大切な時間だった。

 

 銃とドラッグに囲まれたこの場所で、子どもたちが夢を語れる──そのことが、僕にはその奇跡が永遠のように思えた。

 


 

 永遠なんて存在しない。そんなこと、とっくにわかっていた。

 

「グリム、ドクターペッパー買ってきてくれ! 俺とマギー姐、それとトムの分もだ」

 

 運転席でカイが10ドル札と1ドル札をひらひらさせる。僕はうなずき、それを受け取って車を降りた。夜の街は湿った空気をまとい、遠くでサイレンが鳴っている。

 

「グリム!」

 

 背中に声が飛ぶ。振り返ると、助手席のマギーが窓から顔を出し、サムズアップしていた。

 

「前みたいにコークを買うなよ!」

 

「……わかってるよ」

 

 小さく笑って答え、僕はスーパーへ入る。店内の冷房の冷たさが、外の蒸した空気とあまりに違いすぎて心臓に刺さるようだった。会計を済ませ、4本のドクターペッパーを詰めたビニール袋を抱えて外に出る。ずしりとした重みが腕に伝わる。マギーはこれを飲んでいるときだけ、いつも少し子供のように楽しそうになる。

 

 その車が視界に入ったときだった。街灯の明かりに照らされて、見知らぬ男が車体の横に立っていた。

 

 嫌な予感が背筋を走る。

 

 次の瞬間、男は無造作にポケットへ手を突っ込み、黒光りする拳銃を取り出した。

 

「やめろ──!」

 

 叫ぶより早く、銃口が車内へ向けられる。

 乾いた炸裂音が夜を引き裂いた。甲高い音は雨粒がアスファルトを叩くように連続し、硝煙の匂いが一気に広がる。

 

 ビニール袋が手から滑り落ち、アスファルトに転がったドクターペッパーの缶が鈍い音を立てて跳ねた。頭が真っ白になる。

 

 車の窓ガラスが粉々に砕け散り、中から誰かの短い悲鳴が漏れる。

 

「カイ! マギー! 」

 

 気づけば僕は走っていた。足がもつれるほど速く、無意識に。車のドアに駆け寄り、倒れ込むように手をかける。男は僕に気づくと拳銃を持ったまま走って逃げていく。

 

 追いかけるか? それとも──。

 

 考える猶予はなかった。胸の中で何かが切れ、全身に冷たい刃が走った。

 

「マギー! 」

 

 僕は車の窓越しに中をのぞき込む。マギーは目を半ば閉じ、口元に血を伝わせながら、掠れた声で僕に言った。

 

「グリム……愛してるぞ……」

 

 震える細い手が、ゆっくりと僕の頭を撫でる。温かさと冷たさが同時に襲った。

 

「嘘だ! こんなの、嫌だよ!」

 

 叫んでも、時間は戻らない。マギーの唇が微かに動いたきり、あとは静寂だけが残った。カイも、トムも、既に意識を失っている。車内には血の匂いがどんよりと垂れ込めていた。

 

 遠くで急行のサイレンが鳴り、街灯の黄色い輪郭がゆらめく。警察が到着し、僕は捕まえられ、無造作にアジトへと連れ戻された。戻ると、クリスの目が僕を一瞥し、何かを察したのか言葉をふさぐ。

 

「グリム、マギー達は……」

 

 クリスは無言のままアジトの倉庫へと消え、重たい扉が軋んで閉まる。しばらくして彼は、大量の銃火器を抱えて現れた。短い沈黙の後、クリスはバイクに跨りゆっくりとアクセルを煽る。鉄の機械音が低く唸る。

 

「どうするつもりだ、クリス! 」

 

 僕は叫んだ。クリスは振り向きもせず、ただ一つ、冷たく言った。

 

「報復だ」

 

 その夜、街は眠らなかった。僕らが向かった先は、マギーたちを襲った奴の巣窟──敵対するギャングの拠点だった。月は薄く、路地は雨で濡れて鏡のように光っている。

 

 僕はひたすら敵を燃やした。魔法を使って、マギーを、カイを、ファミリーを殺した奴の仲間をひとりひとり、燃やしていった。

 

 騒ぎを聞きつけて駆けつけた警察に逮捕された僕は、法のもとで裁かれることになった。

 30人近く殺したんだ、死刑になって当然だった。だけど──。

 

「グリムくん、君の力は世界を変える力だ。ここで死ぬには惜しい」

 

 1人の女が面会に訪れた。──オリビアという名で、軍の高官だった。

 彼女は媚びた笑みを浮かべ、まるでオークションにかけられた品を品定めするかのように僕を見下ろした。

 

 オリビアがなにしたかはわからない。だが結果として、僕は無罪になった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()代わりにだ。

 

「クリス! どうしてあの女の条件を飲んだんだ! 」

 

 僕は鉄格子越しにクリスに声を張り上げて問い詰める。いつもどんなときにも笑わないクリスの笑顔を見たのは、そのときだった。

 

「グリム……、お前は……生きろ」




【ニューヨーク・タイムズ 速報】
退役軍人によるギャング大量殺害事件 サウスブロンクスで30人超死亡

 ニューヨーク市警は本日未明、サウスブロンクス地区で発生した大規模な銃撃事件について、元米海兵隊員のクリストファー・“クリス”・H(年齢非公表)を容疑者として逮捕したと発表した。

 警察の発表によれば、事件は昨夜遅くに発生。現場は複数のギャングが抗争を繰り広げていた建物周辺で、銃声と爆発音が長時間にわたり響き渡った。目撃者の証言によると、クリス容疑者は自動小銃や爆発物を用いて組織的にギャングの拠点を襲撃し、短時間のうちに少なくとも32名の構成員を射殺、あるいは焼死させたという。

 クリス容疑者はアフガニスタンや中東での従軍経験を持ち、退役後は消息を絶っていた。軍関係者の間では「極めて高い戦闘能力を有する危険人物」として警戒されていた人物である。
 市警の捜査官は「軍で培われた戦術と武器の扱いが、ギャングに対して圧倒的な破壊力を発揮した」と語った。

 事件の背景には、容疑者が関わっていたとされる小規模ギャングの壊滅があるとみられている。先日、容疑者の仲間とされる複数名が銃撃により死亡しており、警察は復讐を動機とする計画的犯行の可能性が高いと見ている。

 ニューヨーク市長は「市民社会において、私刑は決して許されない」と強調しつつも、市内で頻発するギャング犯罪に市民から不安の声が上がっていたこともあり、事件は複雑な反応を呼んでいる。

 現在、クリス容疑者は警察に身柄を拘束されており、司法省が連邦レベルでの起訴を検討している。
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