それは戦争と呼ぶにはあまりにも一方的だった。
F/A-18に護衛されたA-10が、PMCの輸送機をまるで紙飛行機のように引き裂いていく。空は火線で覆われ、地上では爆炎が大地を焼いた。米軍は圧倒的な物量で敵を包囲し、まるで落とした砂糖に群がる蟻の群れのように、獲物を逃さなかった
飛行場を見下ろすエントランス。その高台からリンリエは、炎に包まれていく友軍の姿を見つめていた。胸を締めつけるような罪悪感が込み上げる。これから自分は仲間を見捨て、逃げるのだと。
せめて──一人でも多く祖国に帰ってほしい。その想いだけを胸に、リンリエは弓を構え、矢をつがえ、空を裂いて放った。
だが、何かがおかしい。
敵軍の魔法少女の姿がどこにも見えない。首都での戦いでは五人が確認されていたのに、その一人すらいない。……隠している? それとも──。
そのとき、肌を刺すような気配が走った。隠そうとしても滲み出る、純粋すぎる殺意。
「誰だ! 」
咄嗟に振り向き、矢を向ける。
違う、これはゼロ・ゴーストではない。彼女のような邪悪な殺意ではない、混じり気のない純度100パーセントの殺意。
返答はない。
直後、薄く濁った炸裂音が響く。
弾丸がリンリエの肩に掠めた。激しい熱で皮膚が焼かれ、そこに存在した血液は一瞬にして蒸発し、焦げた臭いが立ち上る。
瞬時に敵の位置を計算し、矢を放つ。命中はしないだろう。しかし、
だが、怯まない。
2時方向から、かすかに動作する音、柱の裏、明らかに先ほどより接近されている。
「仕留める! 」
《
激しい光と共に、矢が柱を貫く。
しかし次の瞬間、視界を覆う白煙──スモークだ。
敵は視界を奪い、攻撃を無力化、遠距離から仕留める。それが敵の算段だろう。したがって、熱源探知ゴーグルを持っている可能性が高い。
それなら、敵は熱源探知ゴーグルでこちらの位置を捕捉している。ならば取るべき行動は一つ。遮蔽物に隠れ、煙が晴れるのを待つ。
リンリエが近くにある柱に向かって駆け出そうとした、その瞬間──。
──スタングレネード!
閃光が舞い散り、リンリエの視界は白く染まる。耳には不協和音がこだます。
数十分の1秒、リンリエの思考は硬直する。8時方向、先ほどとは反対の位置から、何らかの尖った物体が気体を裂いて飛来する。
「くっ! 」
リンリエは後ろに倒れ、それを回避する。わずか数センチ、リンリエの目の寸前を横切ったのはナイフだった。
明らかな不自然、なぜ、ライフルを使わない? 熱源探知ゴーグルがあるなら、そんなことをしなくとも仕留められるはず。
……違和感。ナイフが目の前を過ぎた後、なにかが反射した。それは細い、目を凝らして見なければ見えない糸のようなもの……ワイヤー。
そんなことを思考する間もなく、1発の弾丸が、リンリエの耳元の横を過ぎ去る。
白煙が消え、視界が晴れる。2時方向の柱から、わずかに銃口がこちらを覗いていた。
……おかしい。そこは、矢が貫いた。なぜ、そこにいる、仕留めきれなかったのか?
違う、あの時、投げられたナイフ、それに結び付けられたワイヤー、放たれた弾丸。
あの柱の裏には
したがって導き出される答えは8時方向。
「どこだ……どこに──! 」
──衝撃、視界が揺れる。
目の前に突如として現れた、黒い影。その影はリンリエの手を蹴り上げる。
衝撃。視界が揺れる。
黒い影が突如、目前に現れた。リンリエの手を蹴り上げ、弓を弾き飛ばす。
影は素早く膝をつき、足を絡めてリンリエを倒そうとした。だが、リンリエも反射的に影の腕を掴み、体重を預けて転倒を回避。その勢いで、左足を叩き込む。
あの銃弾、おそらく投げられたナイフに結び付けられたワイヤーがライフルのトリガーを引き放たれた。そんなことをこの数秒にできる人間など、この世にいるのか──?
「貴様、何者だ! 」
影は黒いヘルメット、アーマーを装備した兵士だった。顔がバラクラバで隠され、胸には17と日の丸が掲げられてある。
こいつは、魔法少女でもなんでもない、ただの人間。しかし、異常だ。こいつがいるだけで、空気が刃のように尖る。
「……お前、
化け物、その単語に影は反応する。
「化け物? ……ゼロ・ゴーストのことか? 」
「……ああ、そいつだ」
「それがどうした」
その言葉は疑問ではなかった。なにも答える気はないと言っているかのようだった。
「あれは……! 魔法少女でもなんでもない、
「……利用するものは利用する必然的な理由だ」
影の答えは感情的なものが一切として混ざっていない。機械的な冷酷さそのもの。
リンリエは激昂する。拳を握りしめ、柱を殴る。鈍い音が響いた。
「お前、名前は? 」
バラクラバからこちらを覗く目の瞳孔が細く光る。
「
「コールサインか、それとも化け物を守る騎士という意味か? 笑えないな」
「……そうだな」
ファントムナイツはそう呟くと、蹴飛ばされた石ころような、不規則で予測不能な動き。その軌道は確実にリンリエに迫ってくる。
魔法は大きく分けて二種類の体系がある。
一つは"素材"としての魔法、もう一つは"調理された料理”としての魔法。
タミスやグリムのように、直接的に放つ魔法は前者──素材。
一方でリンリエの魔法は、弓という器を介して発動する後者──完成された料理だ。
ゆえに、弓を失った今のリンリエにとって魔法行使はほぼ不可能。
選択肢はただひとつ。拳による、近接戦闘。
ファントムナイツはそれを理解していた。
銃火器も弓も、遠距離を制するための同質の武器。ならば、弓を封じ、肉薄すれば優位に立てる。
ファントムナイツはそう読んでいる──が、そこにひとつ、致命的な誤算があった。
リンリエが魔法を放つために必要なのは「弓」そのものではない。
“矢”があれば、それで充分だったのだ。
リンリエは一本の矢を握りしめ、その矢尻に魔法を注ぎ込む。
距離をとり、小声で詠唱する。
《
狙いは相手の意識外の位置、首や頭は警戒されている。確実に、そして、死に直結する位置──大腿。
リンリエはファトムナイツの拳をしゃがんで避け、その体勢のまま大腿に矢を突き刺す。
ファントムナイツは退くように思われた、だが──。
狙うのは頭でも心臓でもない。
意識の死角──防御の盲点。
確実に致命へと至る一点、太腿の動脈。
リンリエは飛び込む拳をしゃがんで避け、その体勢のまま矢を突き立てた。
肉を裂く感触とともに、魔法が爆ぜる。
ファントムナイツがわずかに身を引いたかと思われた──が。
「──
咆哮とともに放たれた拳が、リンリエの額を撃ち抜く。
衝撃で脳が揺れ、視界が弾け飛んだ。
それでも本能で、次の一撃を肘で受け流し、後方へ跳ぶ。
「最近のカップ麺は3分じゃないからな」
苦痛の色すらない声。
ファントムナイツの口調には、皮肉とも冷笑ともつかぬ余裕が滲む。
「クソ! 」
弓さえあれば──たった一撃で葬り去ることができる。もしくは、3分間、相手に止血させる隙を与えず攻め続ける。それがリンリエにとっての勝利への最低条件。リンリエが選んだのは前者、弓を使い確実にファントムナイツを殺す。その選択は間違いだった。
その弓は、ファントムナイツの背後に転がっていた。
彼はそれを理解している。だからこそ、リンリエに弓へ近づく隙を与えぬよう、容赦なく攻撃を重ねてくる。
攻撃のリズムは、一見不規則のようで機械的に一定、ならばそのリズムを乗っとればいい。
そんなこと、わかっている!
リンリエの心の中が叫ぶ。だが感情は武器にならない。彼女は低い姿勢から相手の下段の一撃をいなし、回し蹴りを叩き込む。自らが前に出るから相手は離れるのだ。ならば逆に、相手のリズムに合わせて距離を刻み、相手の有利を削いでいけばいい。
一歩、また一歩──リンリエはファントムナイツを弓へと誘い込むように距離を詰めた。そして来た。
弓とファントムナイツの距離が半径三メートルに収まった瞬間、相手の重心が右に傾いた。リンリエはすかさず左へ滑り込み、片手で弓を掴み取る。立ち上がる動作と同時に矢を番え、口元で詠唱を紡いだ。
「
《
魔法は立ち上がり、矢に力が満ちる──その刹那、発動が寸断された。存在が、音もなく、消えるように途切れたのだ。
「お前──、うちのゲーム相手殺そうとしとるんちゃうぞコラ」
吐き捨てるような、聞き覚えのある声音が耳を裂く。胸の奥から冷たい血の気が引くような恐怖が襲う。リンリエは反射的に振り返った。
そこに立っていたのは、血を纏ったゼロ・ゴーストだった。
彼女の瞳には禍々しい静謐が宿っている。──まるでそれそのものが彼女の一部であるかのように。