現代戦争における魔法少女の戦略的価値   作:無能メンヘラ

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神聖な野蛮人

 血に塗れたゼロ・ゴーストはリンリエにゆっくりと、歩み寄る。

 リンリエは必死に魔法を発動しようとするが、どれも不発。詠唱をしても、構えても、矢は空気に溶けるように消える。焦燥が胸を焼いた。

 ──ゼロ・ゴーストの魔法は自己回復、または蘇生系の魔法ではないのか?

 

「……指揮官、下がっといてくれや。こいつァ……うちが()るわ」

 

 その声を聞いた瞬間、肺から空気が抜ける、呼吸が、心拍が不規則になる。リンリエの全細胞は原始的な恐怖を叫ぶ。

 彼女と戦ってはいけない。今の彼女は、生命の根源的脅威、死そのものだと。

 

 ゼロ・ゴーストの足が一歩近づくたびに、空気が凍る、体温が下がる。逃げろと脳が信号を出しても、筋肉が反応しない。

 

「あ、あぁぁぁ! 」

 

 残された闘志のすべてを振り絞り、リンリエは矢を放つ。だが矢は、ゼロ・ゴーストの半径五メートルに入った瞬間、音もなく消滅した。

 

「ゼロ・ゴースト、Tier-4の使用を許可する」

 

 ファントムナイツの声に、ゼロ・ゴーストは目の色を変える。

 

「わかったで指揮官。でも、はよ離れぇや」

 

 一瞬のためらいもなく、ファントムナイツは走り去った。

 

「なあ、お前。リンリエやったよな」

 

 名前を呼ばれた瞬間、リンリエの額から嫌な脂汗が滲み出る。

 ゼロ・ゴーストの血に濡れた唇が、不気味な笑みを浮かべた。

 

「この前、無詠唱で魔法使ってたやん? あれうちもやってみようと思ってな」

 

 ──無詠唱での魔法の発動。

 それは()()()()()()()()()()()()()()()()()に等しい。幾千億分の一、それ以上に低い確率だ。

 しかし、神はいたずらにも、奇跡をゼロ・ゴーストに与える。

 

 ──I Am That I Am(私こそ私であり), All Thing Are One Of Me(全ては私の一部である), All Who Harm Me Will Vanish(私を害する者は全て消えろ)

  

God Savage(神聖な野蛮人)

 

 世界が暗転する。

 あたり一面が陽を落としたかのように、どす黒く染まっていく。──範囲魔法。

 魔法の中で最も行使難易度が高く、そして、限られた選ばれた者のなかの選ばれた者しか使えない、最上位魔法。その上、それを無詠唱で──。

 

 リンリエの手から強制的に、弓と矢が剥奪される。床に転がるナイフ、柱に固定されたライフル、それら全ても虚空へと吸い込まれていく。

 

 ──武装の強制解除、それがこの範囲魔法の効果か?

 

「お前……うちの魔法が回復系やと思っとるやろ? 」

 

 その問いに、リンリエは嫌な考えがよぎる。もしや、ゼロ・ゴーストの回復能力は……。

 ゼロ・ゴーストは舌を突き出して、血にまみれた笑みを浮かべた。

 

「ハズレやで、うちの回復能力はうち自身の機能や。言いたいこと……わかるよな? 」

 

 ──機能?

 もし、それが彼女の肉体そのものの特性だとしたら?

 つまり、彼女は何度でも蘇る。死を前提とした肉体。

 

 この魔法の効果は武装の剥奪。しかし、生来の機能までは消せないなら?

 結果として、リンリエは「無限に再生する敵」と素手で殴り合うしかない。

 

 範囲魔法は敵を強制的に自分の有利な条件の場に引きずり込む。対処法は2つ──範囲魔法の使用者を殺害するか、範囲外に出るか。つまり、Fight-Or-Flight(闘争か逃走)

 現実的に考えて、リンリエは後者を選ばざる得ない。だが、選択肢を嘲笑うかの条件がこの魔法には存在していた。

 

 ──それはこの範囲魔法の外に使用者の意思以外で出た者は無条件で全ての能力及び武装を剥奪される、というものだ。

 

 リンリエの脳は、説明されずともその理を理解していた。

 いや、“理解させられた”のだ。

 

 今ここにあるのは、魔法も武器もない、拳のみの純粋な殴り合い。

 

「チート野郎がッ! 」

 

 リンリエは怒号を吐く。この範囲魔法に閉じ込めた時点でゼロ・ゴーストは勝ち確、反則技だ。

 無理やり外に出れば、リンリエは魔法能力を失う。その時点で敗北としたのと同義だ。しかし、この場で戦えば勝機はない。違う、最初からリンリエの勝利は存在していない。

 

「さあ、やろうや。それとも……MMAは嫌いか? 」

 

 ゼロ・ゴーストが笑いながら構える。

 リンリエは舌打ちし、体勢を整えた。

 

 ──諦めるな。勝利の女神は、最後まで立つ者にしか微笑まない。

 

 自分にそう言い聞かせ、彼女は拳を振り抜いた。

 ゼロ・ゴーストの額を狙ったその一撃を、相手は身体の重心を左に傾けて、紙一重でかわす。

 

「ああ、めっちゃ楽しいわ! 」

 

 甲高い声と同時に、下方から突き上げるようなアッパーがリンリエの顎を撃ち抜いた。頭蓋が揺れ、視界が縦に弾む。地面と空が一瞬で入れ替わり、重心が狂う。

 それでも、彼女は意識を足へと集中させ、反射的に地面を蹴った

 

「──ッ! 」

 

 掠れた声が漏れ、半ば本能のままに拳を突き出す。視界はぼやけ、ゼロ・ゴーストの輪郭すら霞んで見えたが──拳が確かに額に触れた感触を覚えた。

 

「〜ッ! あ"あ、効いたで今のはァ! 」

 

 ゼロ・ゴーストの表情が歪み、次の瞬間、右足が垂直に跳ね上がる。

 凄まじい勢いで振り下ろされたかかとを、リンリエは両腕を交差させて受け止めた。骨の軋む音が内側から響く。だが、ゼロ・ゴーストの右手が僅かに開いた瞬間を見逃さなかった。

 リンリエはその人差し指と中指を掴み取り、逆方向へ力を込める。関節が嫌な音を立てて折れた。

 

「ぐっ! 」

 

 ゼロ・ゴーストが苦痛に顔を歪め、一歩、後退する。

 リンリエは即座に踏み込み、迷いなく拳をみぞおちに叩き込んだ。鈍い衝撃が伝わり、相手の体がくの字に折れる。

 

 ……なぜだ? なぜ再生させない?

 まさか……この範囲魔法の効果は、武装や魔法の解除だけじゃない……?

 

 脳裏で電光のように閃く。

 生物特性の強制解除。

 つまり、この空間では「再生」すら封じられている。ゼロ・ゴーストがどれだけ望んでも、その力は発動できない。

 

 あの言葉は、ただの嘘。ブラフだ。リンリエは確信する。

 

 したがって、リンリエにも勝利が存在する。

 

 リンリエの唇がわずかに吊り上がる。心臓の鼓動が速くなる。

 状況は逆転した。

 自分にも、勝機がある。確かな“勝利の形”が見えた。

 

「……気づいたか」

 

 ゼロ・ゴーストが低く呟く。その声に、恐れよりも高揚が勝る。

 リンリエは一度だけ深呼吸をし、視線をまっすぐに向けた。

 勝てる──。

 勝利の女神は、確かに自分に微笑んでいる──。




公開可能な情報『ゼロ・ゴーストの装備について』

軍装 旧日本陸軍・九八式軍衣を模倣した黒色詰襟コート。布地は防弾・防炎加工が施された特殊繊維。肩章および制帽に「17」の血錆色刻印。所属・階級を示すものではなく、象徴的意味を持つつ。

帽章 制帽は歪曲形状を呈し、中央部に黒地白色の崩壊菊花紋を装着。明確な国家・組織標識ではなく、個体シンボルとしての性格が強い。

顔貌 下顔面を白布製の防毒マスク様布で覆う。音声はくぐもっている。双眸は琥珀色に赤血管が浮かび、夜間発光性を有す。極めて威圧的。

毛髪
白銀に近い灰色。長髪で整然としているが、毛先に焼損痕あり。

上肢
左腕に包帯を多重に巻き付けており、内部に再生痕・義肢接合の兆候を確認。袖口の縫い取りは血痕様の赤色刺繍。

下肢
膝下丈の黒スカート型軍服。裾部は裂損し、長期戦闘による損耗が見られる。

靴類
編上式黒革ブーツ。踵部に鋭利な金属スパイク加工。
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