現代戦争における魔法少女の戦略的価値   作:無能メンヘラ

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死の内側

 ゼロ・ゴーストの魔法、《God Savage(神聖な野蛮人)》には、ひとつだけ致命的な欠点があった。

 それは──発動者自身の意思ではこの魔法を解除できないということだ。この魔法を終わらせる唯一の条件は、範囲内に存在する人間の半数の()()()()の停止。

 すなわち、どちらか一方は死ななければ、世界は再び動き出さない。

 

 現在、範囲魔法内にいる人間は、ゼロ・ゴーストとリンリエの2人。強者生存、勝者はひとりのみ、敗者は消える。

 

 リンリエの脳裏には、夜の静寂の中で見たリファの瞳がよみがえる。

 あのまっすぐな眼差し、揺らがぬ意思──。

 

 ……ここで……死ぬわけにはいかない。マスターは命をかけて、私に新しい人生を与えようとしてくれている。だから、私はそれに──応えなければならない。魔法少女としてではなく、ただのひとりの少女としての人生を──。

 

「なんや? 考えごとはよくないで」

 

 ゼロ・ゴーストの拳が、音よりも早く迫る。

 鈍い衝撃がリンリエの頬を打ち抜き、奥歯が折れた。

 世界が揺れ、血の味が広がる。

 

 ……油断した。

 

 リンリエは吐き出した歯を見つめる。

 それが床に弾んで鳴らしたカランという音が、次の戦いのゴングを告げた

 

「第2ラウンドや! 」

 

 ゼロ・ゴーストが咆哮と共に突っ込んでくる。

 その一撃は空気を裂き、避け損ねれば即死の威力。

 しかしリンリエは地を蹴り、紙一重で身をひねってかわす。

 反撃の流れでゼロ・ゴーストの懐に入り込み、襟を掴んで投げ飛ばした。

 黒い軍服が宙を裂き、地面に叩きつけられる。

 

「柔道か? それとカンフーってやつかいな! 」

 

 ──この魔法内で敵を殺害する手段は、撲殺か絞殺の2択。

 武器も魔法も存在しない。

 血と肉のみが己の存在証明。

 

 そして、両者の選択は奇しくも同じだった。

 

 ──動きを止めて締め殺す(動きを止めて締め殺す)

 

 リンリエは倒れ込んだゼロ・ゴーストの上に馬乗りになり、両手でその首を掴む。

 息を殺し、渾身の力で締め上げる。

 骨が軋む音が、掌の中で小さく鳴った。

 

 だが、ゼロ・ゴーストの表情に恐怖はない。

 むしろ——愉悦。

 その瞳は、苦痛ではなく「快楽」で光っていた。

 

「……ほんま、楽しいわ」

 

 次の瞬間、リンリエの手に焼けつく痛み。

 ゼロ・ゴーストが、爪を突き立ててきたのだ。

 反射的に力が緩み、リンリエの動きが止まる。

 

 ゼロ・ゴーストはその一瞬を逃さなかった。

 彼女はリンリエの後頭部を鷲掴みにし、自らの額に向かって——

 頭突きを叩きつけた

 ゼロ・ゴーストは両手で体を支えながら、回し蹴りを見舞う。蹴りはリンリエの肋に当たり、骨が折れる鈍い感触が伝わる。

 

 あまりの痛みにリンリエの動きは硬直する。ゼロ・ゴーストは大きな一歩でリンリエに接近して、リンリエの喉元に噛みついた。リンリエは、眼前のゼロ・ゴーストの頭を横殴りする。

 

「あーあ、噛み殺そうと思うたのに……失敗したわ」

 

 喉元の肉が噛みちぎられ、血が吹き出る。

 

 リンリエは考える。単純な殴り合いの実力はゼロ・ゴーストの方が上だ。このまま殴り合っても、負けるのは目に見えている。なら──。

 

 強く地面を蹴り、リズムをとりながら、ゼロ・ゴーストに殴りかかる。

 相手のリズムをこちらのリズムで上書きする。それが最善手。

 

 動くんだ! 相手よりも先に! 

 

 地面を踏み付けて、飛び出す勢いと慣性を拳に掛けて殴り込む。ゼロ・ゴーストは避けることなく、堂々とその一撃を喰らった。

 

「……いいわ。この感覚……」

 

 ゼロ・ゴーストの目の前にはっきりと現れる死の輪郭。この感覚を味わうことは2度(ふたど)とないだろう。ひとつ、またひとつと死の内側に追いやられるたびに、心臓は高鳴り、心躍る。

 

 ゼロ・ゴーストは通常の魔法少女ではない。彼女のは魔法少女を殺すために生み出された悪意。彼女の存在意義は殺戮そのもの。恐怖や不安などといった感情は一切存在しない、心にあるのは戦うこと、命を奪うことへの喜び。

 

「ああ、今ならわかる気がするわ……うちの……暴力の形が」

 

 表情を恍惚とさせ、呟く。

 

「リンリエ……ありがとう。愛してるで」

 

 突き出されたリンリエの拳、その人差し指と中指をゼロ・ゴーストは噛みちぎった。

 

「これで……おそろいやなぁ」

 

 ゼロ・ゴーストはへし折れた指をリンリエの目の前でヒラヒラさせる。

 狂気、まさにその言葉そのものを体現した存在だった。

 

「……ああ、クソ! クソ! 」

 

 こんなところで死んでたまるか!

 リンリエは頭を掻きむしる。恐怖、苛立ち、焦り、ありとあらゆる感情がリンリエを駆り立てる。視界が安定しない、先ほどからずっと終わらない回転を続けているように気持ちが悪い。傷口に空気が滲みて痛い。こんな狂った奴に殺されるのが怖い。──死にたくない。

 やめろ、余計なことを考えるな。感情がぶれる。恐怖を燃やせ、憎しみを力に変えろ。相手のリズムに飲み込まれるな。

 

 ゼロ・ゴーストの不愉快な笑みがゼロ・ゴーストの視界を埋める。鋭い一撃が額を切り裂く。

 

「うっ! 」

 

 神経にうまく命令が伝わらない。脊髄が反射反応を起こさない。──死にたくない。

 

 ──死にたくない、死にたくない、死にたくない。

 

 呼吸が乱れる。肺胞が空気を受け入れない。

 

 違う! 私は──死にたくないから戦っているんじゃない! 私は──!

 

「──私は生きる! 生きてもう一度! もう一度! 」

 

 マスターに、リファに会いたい。ランホアを優しく抱きしめたい。3人一緒に、生きるんだ!

 

 ランホアは残った力を全て拳に込めて、大きく振りかぶって、拳を放つ。

 

「──ッ! 」

 

 文字にすら書き表せない叫びをあげる。拳は完全に、ゼロ・ゴーストの不意を突き、額を捉えた。

 

 鈍い音が響く──。

 

「うちの勝ちや」

 

 ゼロ・ゴーストは倒れなかった。そのまま前に詰めて、リンリエを薙ぎ倒し、首を掴み、地面に押し付ける。

 

「さあ、気持ちよく()こうや! 」

 

 首を絞める力は次第に強まっていく。リンリエはそれと同時に吐き気が込み上げ、視界が白く濁っていく。どうにかして、手を引き剥がそうと、ゼロ・ゴーストを叩くがびくともしない。

 

「ああ、今のお前……すごくカワイイ」

 

 首の骨が鈍く音をたてていく。足の、手の感覚がゆっくりと溶けていく。まぶたが痙攣を起こし、うまく開かない。

 

 リンリエのまぶたの裏に映ったのはリファとランホアの姿。

 

「……ごめ……ん……な……さ」

 

 言葉は最後まで紡がれず、途切れていった。

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