飛行場──巨大な格納庫の中は、金属の軋む音と油の匂いに満ちていた。
リファとランホアは、わずかに震える照明の下で、静かに時を待っている。
戦況は壊滅状態、もはや継戦は不可能、隙を見て逃げるしかない。
そのときだった。
リファの手のひらの中の端末が淡く震える。
表示されたデータの中に、ひとつの生体反応が──途切れていた。
……リンリエ。
胸の奥が、冷たい刃で抉られるように痛む。
まさか……そんなはずはない。
けれど、理性はすでに理解していた。
「マスター! 」
無邪気な声が、張り詰めた空気を破る。
ランホアが駆け寄り、手を差し出してくる。
その小さな掌の上には、透明な包みに包まれた飴玉。
「ねぇ見て! あの人がくれたの! 」
指差す先には、PMCの兵士が一人、壁際で銃を整備している。
リファはその兵士を見据えたまま、何も言えなかった。
胸の奥で、嫌な予感が泡のように膨らむ。
「……マスター? 」
浮かばない顔をしているリファを見て、ランホアは首をかしげる。
リファははっとして、取り繕うように誤魔化した。
「ああ、いや。なんでもない。……ランホア、準備はできているか? 」
「うん! 」
その返事に、リファは微笑みを作り、そっとランホアの頬に触れた。
冷えた指先が、わずかに震えている。
自分の焦燥を押し殺すように、彼女は小さく息を吐いた。
──曇った炸裂音。
空気が弾け、金属音が重なる。
ランホアが指差した兵士は、頭を撃ち抜かれ、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「誰だ! 」
リファが叫ぶより早く、物陰から影が現れる。
ブロンドの長髪、目つきが鋭く尖った女。おそらく彼女l1人ではない、足音からして4人はいる。
……ありえない。あいつは、ランホアが殺したはずだ。
「あたしに任せて、マスター! 」
ランホアは一歩前に出た。
瞳の奥が淡い金光を帯び、時の刻印が浮かぶ。
その笑みは、幼くも勇ましい。
「あたしが、やっつける! 」
小さな足が床を蹴り、金属の反響が格納庫に鳴り響いた。
光の軌跡を描きながら、ランホアは戦場へと飛び出していく
錆びた金属と砂塵の混ざる空気を裂いて、ランホアがレイヴンへと肉薄する。
小さな身体に似合わぬ跳躍──軽やかで、残像が残るほどの速さだった。
レイヴンは焦らない。死の淵に立たされた経験からくる冷静さが指先に宿っている。
ライフルを構え引き金を絞る。
銃声が格納庫に響き渡る。火花が散り、弾丸はランホアのすぐ脇を掠めた。
最初から当てる気などない。ただ──数秒の時間を稼げれば、それでいい。
ランホアが踏み込み、レイヴンとの距離がわずかに詰まる。
その瞬間、レイヴンの声が響いた。
「──グリム! 」
声と同時に、影が動く。格納庫の鉄柱の影から、グリムが疾風のように飛び出した。
外套が翻り、グリムの赫く染まった手が光を発する。
ランホアの魔法は自動的に展開しかけたが、すぐに異変を感じ取る。
──狙いが、自分ではない。
グリムは地面に手を置き、短く詠唱を呟く。
《
低く唸るような音とともに、床が紅蓮色に染まる。
次の瞬間、金属が溶解し、空気が焼ける匂いが広がった。
足元の鋼板が崩れ、ランホアの身体が一瞬浮いたかと思うと──
「きゃっ──!」
小さな悲鳴とともに、彼女の姿が穴の中に消えた。
火花と熱風が舞い上がり、ランホアの残した光の残滓が空中でゆらめく。
「……後は任せろ。レイヴン」
グリムは低く呟き、炎の穴へと身を投げた。
熱に煽られた外套が宙を裂き、燃え上がる赤光の中へと吸い込まれていく。
静寂。
わずかに焦げた風が吹き抜け、レイヴンは息を整えた。
引き金にかけた指先がわずかに震える。
──地上に残ったのは、硝煙と焦げた鉄の匂いだけだった。
乾いた炸裂音が耳を撃つ。
瞬間、肩口を灼けるような衝撃が走る。弾丸が掠めたらしい。幸い、アーマーが裂けただけで血は出ていない。だが、この距離でのブルパップ式ライフルの威力は脅威だ。まともに食らえば、一撃で終わる。
視界の先に立つのは黒髪の女。鋭い目つき、躊躇のない射撃姿勢。あの魔法少女たちを率いていた指揮官のような存在。
──あいつを殺せば、戦況は動く。
俺はベルトからスモークグレネードを抜き、床を滑らせるように転がした。
数秒後、音を立てて白煙が立ち上る。煙はすぐに空間を飲み込み、敵の視界を奪っていく。
俺はライフルに取り付けられた
その赤点へ狙いを定め、呼吸を殺し、引き金を引く。
サプレッサー越しの濁った破裂音。
弾丸は敵の肩を掠め、壁に火花を散らせて跳ねた。命中はしなかったが、敵の動きが一瞬止まる。
すぐに奴は遮蔽物へと滑り込み、姿を消した。
……やはり、一筋縄ではいかないか。
遮蔽物に隠れつつ、接近して仕留める。おそらく、それが最適解。なら、スモークが展開されているうちに──。
俺は走り出す。ブーツが音をたてながら鉄床を叩く。遮蔽物から遮蔽物へ、息を潜めて移動。
距離はおよそ二十メートル。
白煙の密度が薄れ、視界の輪郭が少しずつ戻っていく。タイムリミットが迫る
……どこだ? 奴はどこに行った?
予定の位置に影はない。焦燥が背筋を走る。
耳を澄ませた瞬間──。
──1発の炸裂音。
腹部に鉄槌のような衝撃。体が仰け反る。
撃たれた。
反射的に近くの鉄柱へ飛び込み、身を隠す。
アーマーの腹部に弾丸が突き刺さり、金属音を立てて止まっていた。
あと数ミリずれていたら、臓器を貫通していた。
汗が背中を流れる。完全に射線を切ったと思い込んでいた。──油断した。
息を整え、ゆっくりと鉄柱の陰からリーンして覗く。
視界の端、鉄柱の裏側で何かが動いた。微かな物音。
「……そこか」
俺はピンを抜き、無言でグレネードを放り込む。
金属音が床を転がり、数秒の静寂が訪れる。
グレネードが炸裂した。
鉄と炎が飛び散り、爆風が床を叩く。白煙と熱風の中、敵影が吹き飛ぶのが見えた。
「……やったか?」
慎重に身を乗り出したその瞬間、閃光。
弾丸が鉄柱を貫き、火花を散らす。反射的に体を引き戻す。
──まだ生きている。
敵はグレネードの爆風をギリギリで回避していた。
やはり只者ではない。動きが速い。
再びスモークの中で気配を探る。
互いに息を潜め、狙撃の機会を伺っている。
床に散らばった薬莢を踏む音、金属が擦れるわずかな響き。
──そこだ。
俺は身を翻して飛び出し、敵も同時に姿を現した。
互いにライフルを構え、反射的に引き金を引く。
「ッ! 」
乾いた銃声が重なり、火花が散る。
次の瞬間、俺のライフルが手の中で悲鳴を上げた。
敵弾が命中し、ボルトごと吹き飛ぶ。
同時に、敵の銃も砕けた音がした。銃身が裂け、金属片が宙を舞う。
互いに一瞬、動きを止める。
壊れた銃を見つめ、わずかに息を呑んだ。
スモークの向こう、黒髪の女も俺と同じく武器を失っている。
視線がぶつかる。言葉もなく、ただ静かな闘志だけが火花を散らす。
──次は、徒手か。
ライフルを捨て、腰のホルスターに手を伸ばす。
女もまた、ナイフを抜いた。
残響のように、さっきまでの銃声が耳に残っている。
更新が遅れてしまい申し訳ありません。