魔法少女と付き人、それは互いの運命を共有し、惹かれ合う存在。
付き人は、魔法少女の生命が過剰に魔法によって消費されないように制限をかけるリミッターでもある。
魔法少女は付き人が死亡、もしくは瀕死状態に陥った場合──魔法少女はその制限を失い、その魔法の原型、『禁術魔法』の行使が可能となる。
──なぜ、あの少女がここにいる? まさか……グリムが。
ランホアの短剣には、まだ温かい血がべっとりとこびりついていた。赤黒い滴が地面へと落ち、乾いた音を立てる。
「……あなたが……マスターを殺したの? 」
掠れた声。
ランホアが振り返る。涙に濡れた瞳は、悲しみと殺意が混じり合い、濁った光を放っていた。
唇を噛み締め、震える手で短剣を構える姿は、痛ましいほど幼い。
「……」
レイヴンは言葉を飲み込んだ。
胸の奥にわずかな躊躇いが生まれる。だが、それを即座に押し殺す。
冷酷になれ。同情をするな。これは任務だ。敵を討て──そう自分に言い聞かせる。
彼は両拳を握り、深く息を吐き、構えを取った。
対するランホアは、倒れた女の亡骸のそばで動かない。
その背に、哀しみの影が落ちていた。
「……どうして、どうして殺したの? 」
幼さから来る、単純な問い。
レイヴンは残酷で、容赦のない答えを感情を殺した声で返す。
「敵だから殺した……ただ、それだけだ」
短い沈黙。
ランホアの小さな手が、震えながら短剣を握りしめる。
そして──その震えは怒りに変わった。
「……許さない。あたしの、あたしのマスターを!! 」
静かに構えを取る。
その動作は、雨粒が花弁を打ち落とすような儚さを帯びていた。
そして──。
──
《
禁術魔法の無詠唱発動。
本来あり得ない行為。それを成し遂げたのは、ランホアの感情が限界を超えていたからだった。
ランホアの禁術魔法──それは半径10メートルの範囲で起こる1秒先の未来を確定させる。ただそれだけの単純なもの。
レイヴンの臓腑を短剣が貫く。
それはまるで、最初から決まっていた物語の筋書きのようにいとも容易く──必然のように。
「許さない! 許さない! 絶対にあなたを殺す! 」
焼けるような痛みの中、レイヴンは拳を振り上げた。
しかし、それもランホアによって
ランホアは膝を落とし、レイヴンの殴打を避ける。
そして、鋭い軌跡を描きながら短剣を振り抜いた。
刃が足首を切り裂く。
体勢を崩したレイヴンは背中から床に倒れ、呼吸が詰まる。
すぐさま、ランホアの短剣が喉元へと突きつけられた。
氷のような刃先の冷たさが、肌に触れる。
「……あなたを殺しても……マスターは帰ってこない……」
その言葉が、胸の奥を突き刺す。
敵であっても、誰かにとっては大切な存在。
そんなことわかっている。わかっていても、同情してしまう。そんな自分の甘さが嫌になる。
1秒先、レイヴンが死ぬ未来は確定されなかった。──外部からの力によって。
「──レイヴン! 」
血まみれのグリムがランホアに肉薄する。
ランホアはグリムの手が自身に迫ると、後ろの飛んで距離をとる。
「……グリム、生きていたのか! 」
「勝手に僕のことを殺すな、元気だよ」
そう言ったグリムも負傷していた。手には短剣で刺された痕、止血されているが大体にも傷がある。
「あいつをやるぞ……今、ここで」
グリムの言葉にレイヴンは拳を握りしめる。
幸い、短剣の刺突は致命傷を避けていた。だが出血は止まらない。
残された時間は──数分。
「……グリム。俺が死ぬ気で隙を敵の作る。そしたら魔法を撃ち込んでくれ、それしか勝ち目はない」
「ああ、わかったよ……」
血の味が口に広がる。
けれどその目には、まだ戦う光が宿っていた。
レイヴンとグリムは、二手に同時に駆け出す。
2つの影が、風を裂いて左右からランホアを包囲する。
狙いは単純──逃げ場を潰すこと。
だが、ランホアが描く未来には、そんな手も通じない。視界の先では、すでに結果が決まっていた。1秒先の
グリムが先に踏み込む。
砂を蹴り上げ、重いブーツが地面を叩いた瞬間、掌が空を切る。
その軌跡すら読まれていた。ランホアは風のように身を傾け、わずかに首を逸らすだけで、その一撃を紙一重で避ける。
すぐさま、逆方向からレイヴンが突進した。
拳が閃光のように走る──が、ランホアの短剣がその軌道を“先読み”していた。
刃が空気を裂き、レイヴンの左手の甲を浅く裂く。
金属音と共に、鮮血が散る。
ほんの一瞬の斬撃が、時間そのものを切り取ったかのようだった。
……魔法が、変わった?
レイヴンの眉がわずかに動く。
グリムも同じ疑問を抱いていた。
彼女の魔法は、時を巻き戻す力のはず──だが、今は違う。
この戦場では、一秒たりとも戻っていない。
寸前の攻撃もすべて、敵に見透かされているような違和感。
「未来が見えているのか……? 」
グリムが低い声で呟く。
その言葉で、レイヴンは脳内で爆ぜた。
まさか、そんなこと可能なのか? いや、逆に考えろ、時を戻すことができる魔法を応用すれば、未来を視ることができてもおかしくはない。それなら──。
レイヴンはグリムのほうをチラリと見た。彼女の顔には焦りが目立つ。未来が視ることができるが真実なら、攻撃など無意味だ。どんな戦略も、どんな奇襲も、すべて「起こる前に」見透かされる。
……はたして、本当にそうだろうか?
その問いが、静かにレイヴンの投げられた。