俺はオリビアに呼び出され、基地内部の一室へと足を踏み入れていた。
正面の扉の前に立つと、まるで誰も存在しないかのような不気味な静寂が漂っている。冷えきった鉄製のドアノブは汗ばんだ掌に吸い付き、嫌な感触だけを残した。
ゆっくりと回して扉を押し開ける。
「来たね……レイヴン」
中は無機質な灰色の壁と蛍光灯の白い光に照らされ、取り調べ室のような張り詰めた空気が満ちていた。天井の四隅には監視カメラ。逃げ道はないと言わんばかりだ。
「そこに座ってくれ……いくつか聞きたいことがあるだけだ」
椅子を指し示すオリビアの視線は氷のように冷たく、心の奥まで針で突き刺すようだった。俺は慎重に腰を下ろし、固唾を飲む。
「ナイルダンの首都での戦闘の際、衛星が異常なシグナルを検出した。なにか心当たりはあるか? レイヴン」
この質問をするということは、俺が知っていることになにかしらの問題があるのだろう。だが、それがいまいちわからない。……もしや、俺が死にかけたときに現れた宇宙飛行士ことか?
「その顔、なにか知っているようだね」
オリビアは前髪を払って、机の上へ一枚のスケッチを滑らせた。そこに描かれていたのは、紛れもなくあの宇宙服の男。
「この人物に出会った……そうだろう? 」
言い訳を探すより早く、オリビアが問いを畳み掛ける。
「知っていることを全部話してくれ」
嫌な汗が背筋をツーっと流れた。中世の異端審問がどのようなものだったかわからない。だが、今の状況はそれに近いように感じる。どうやら、あの宇宙飛行士のことを俺が知っているのが不味いらしい。
「……その宇宙飛行士はーー
オリビアの目は大きく開かれる。そして、潰れた文字のように小さくブツブツとなにか呟く。
「やはり……あのシグナルの原因はAurenか……? なぜレイヴンに接触したんだ? やはりーー」
俺には意味がわからない。自分の知らないところで勝手に話が進み、ただ不穏さだけが膨らんでいく。
「レイヴン……君は魔法少女の原理についてどこまで知っている? 」
先ほどの話から途切れた質問が飛んでくる。
魔法少女について知っていること、魔法少女の魔法の源は彼女たちの命、それが原因で魔法少女の大半が18歳を迎えると死ぬ。
あの人民解放軍の女から教えられたことを洗いざらい話した。
「そうか……じゃあ、付き人という言葉を知っているか」
俺は首を横に振る。
「……付き人は魔法少女にとっての魔法が暴走しないための制御装置だ。付き人が死ぬか瀕死になると魔法の制限がなくなり、禁術魔法と呼ばれるその魔法の原型が使えるようになる。君とグリムが倒した少女を覚えているか? 君が人民解放軍の女を殺したあと魔法が変質しただろう? 」
オリビアは前髪をいじりながら、俺を横目で見る。
すべて知っていたような口振り。俺は唇を噛んだ。
「な、なあ、オリビア……。本当に魔法少女は18歳までしか生きられないのか? それじゃあ彼女達はどうなるんだーー? 」
タミスやグリム、エレクシアのことが浮かぶ。
オリビアは俺の言葉を聞くと、呆れたように返した。
「レイヴン……君の言いたいことはわかる。でも、魔法少女の魔法のほとんどは最初から戦うかそれを支援することを前提としているんだ。魔法少女になった時点で死ぬまで戦い続けるのが運命なんだよ」
刹那、堪えきれない感情が込み上げた。
残された短い命を国家のために消耗させられ続けるなんて理不尽だ。到底、許されることではない。
「ーーそんなの! 大人の都合で殺されてるために生きているわけじゃないだろ、彼女達の命をなんだとーー! 」
「レイヴン……その手はなんだ? 」
俺は椅子を蹴って立ち上がり、机に拳を叩きつけた。鈍く響く音。
気づけばオリビアの胸倉を掴んでいた。怒りで震える手。視界が赤く染まる。
それでもオリビアは微動だにせず冷笑を浮かべる。
「君も大人だろ? レイヴン。心のどこかではわかっているはずだ、理想など幻想に過ぎないとーー」
その言葉は酷く冷たく、現実の残酷さが人の形をしているように見えた。
「もういい、この話はここで終わりだ」
彼女が指先をひらりと上げた瞬間、部屋の通気口から白い霧が噴出する。
「ーーッ! 」
力が抜け、膝が床を打った。肺が焼けるように痛い。
嘲るように覗き込むオリビアの目だけが鮮明だった。
「君も魔法少女と同じだ。死ぬまで利用させてもらうよ」
「……っ、やめ……」
俺は立ち上がろうと、手を支えにして起きあがろうとする。しかし、そんなこと許されるはずもなく、横腹に誰かからの蹴りが入った。
次第に視界は白いモヤがかかり、輪郭がぼやけていく。
「まだ聞こえているなら……ひとついいことを教えよう。君の前に現れた宇宙飛行士ーーAurenはタミスの だ」
そこから先は音にならなかった。
崩れ落ちる俺の周りに、防護服を着た兵士たちが無言で集まる。
「レイヴンを記憶洗浄しろ。……彼女は少し知りすぎだ」
オリビアは地面に意識を失ったレイヴンの耳元に語りかける。
「やはり君は……
音もなく意識が途切れた。
米国政府公式声明
United States Government – Official Statement
ワシントンD.C.
新シリア連邦(NSF)のテロ支援国家指定および多国籍軍派遣について
本日、米国政府は、新シリア連邦(NSF)が国際的な安全保障に対する重大な脅威であり、核兵器を含む大量破壊兵器の取得・保持・拡散を積極的に支援しているとの確立した情報に基づき、同国を「テロ支援国家(State Sponsor of Terrorism)」に正式に指定する。
本決定は以下の事実に基づくものである:
1. ロシア領内より流出した核弾頭2基を、NSFが武装組織と共謀して取得したこと
2. 同国が地域過激派勢力および外国人戦闘員の訓練、資金供与、作戦支援を継続していること
3. NSF政権指導部が国際法を軽視し、周辺諸国への攻撃を示唆する発言を繰り返していること
これらの行為は国際社会が長年にわたり努力してきた中東地域の安定を著しく損ない、米国および同盟国、並びに民間人に対する直接的な脅威であると判断する。
多国籍軍(Coalition Joint Task Force)派遣の決定
米国大統領は、国家安全保障会議(NSC)および国防総省の勧告を受け、以下の措置を直ちに実施することを承認した。
1. 多国籍軍の編成と派遣
米国は同盟国およびパートナー国と連携し、“Coalition Joint Task Force – Resolution Shield(CJTF-RS)”と呼称される多国籍軍を編成する。
多国籍軍は以下の目的で行動する:
• NSFが保持する核弾頭の発見・無力化・回収
• テロ組織および武装勢力の指揮系統の排除
• 民間人保護および人道的危機への即応
• 地域の安定化と国際法秩序の回復
2. 国連との協力体制
米国は本件を国連安全保障理事会に正式提起し、国際社会と協調して行動する意志を明確にする。
既にNATO、EU、アラブ連盟、ASEAN諸国からも支持の声が寄せられており、多国籍軍は国際的な正統性と広範な支援のもとに行動する。
3. NSF指導部に対する最終警告
米国は新シリア連邦に対し、次の事項を即時に履行することを強く要求する:
• 核弾頭を含むすべての大量破壊兵器の無条件引き渡し
• テロ組織への支援活動の完全停止
• 武装勢力および外国人戦闘員の排除
• 国際査察団の受け入れ
これらが履行されない場合、多国籍軍は「必要なあらゆる措置」を講じる準備がある。
結語
米国は国際社会と共に、新シリア連邦による核兵器保持という重大な挑戦に立ち向かう。
我々は地域の平和と安定、そして無辜の民間人の安全を守るため、断固たる行動を取る。
米国は、暴力と恐怖を輸出する国家に未来はないと確信している。
世界は今、共に立ち上がり、これ以上の悲劇を防がなければならない。
The United States will act.
And we will not falter.