現代戦争における魔法少女の戦略的価値   作:無能メンヘラ

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このままで

『お兄ちゃん……起きて』

 

 俺は目が覚めると小麦畑のなかに立っていた。日光が小麦に反射し、光が目に入る。思わずして、目を細めてしまう。

 

「……ここは……どこだ? 故郷……なのか? 」

 

 冷え切った体をゆっくりと暖めていく太陽、土の匂い、不思議と心が穏やかになる。

 戦争の音も、痛みも、憎しみも、なにもかもないような……理想の世界。

 雲ひとつない青空を渡り鳥が迷いもなくに飛んでいく。何もかも晴れやかだ。

 

 俺は死んだのか? この景色は死んだ俺が見ている夢なのか?

 

 小麦畑には一筋の道がある。この世界がここを通れと俺に言っているようだ。

 足を一歩踏み出す。なにも起きない。

 

「……」

 

 ただ水が流れていく音、小鳥たちのさえずり、聞こえるのそれだけだ。

 死のような沈黙も冬のような静寂さもない。不思議と孤独も感じない。

 

 小麦畑を抜けると、家がひとつ、佇んでいた。家のドアは開いていて、俺を中へ招き入れようとしている。

 操れられるように家の中に入る。中は明るく、ストーブにくべられた薪が弾ける音だけが静かに響いていた。

 

 少し奥に入ると食卓があり、食事が用意されていた。食事は豪勢なものではなく、少しばかりの肉と野菜が入ったスープと数切れのパン、どちらもまだ温かいようで湯気が立っている。

 俺は食卓に座った。食事は2人分用意されている。この世界にいるのは俺だけじゃないらしい。

 

 なんの変哲もないただの食事がとても魅力的に見えた。それはしばらくの間、戦争で乾き切った人間らしさに水が与えられたような──安心感に近い。

 

 勝手に口をつけていいのかわからない。ただ、この場にいるだけ、それだけで救われた気がした。

 


 

「……ああ」

 

 夜の暗闇の中に差し込む月明かりに目が覚める。頭痛が痛い。無機質なコンクリート製の天井が視界に映ると、現実に引き戻されたのだと実感する。

 隣からはタミスの静かな寝息がする。

 俺は上半身を起こして、部屋を見渡す。記憶が抜け落ちたような感覚が気持ち悪い。思考がモヤがかかったように途切れる。

 

 喉が渇いたな。

 

 できるだけ静かにベッドから降りると、ふらつく足で部屋に備え付けられてあるキッチンへ向かう。

 寝汗を吸った半袖のシャツが肌にまとわりつく感覚は生理的な嫌悪感を抱かせる。

 蛇口をひねって、出てきた水をコップに入れる。ゆっくりと水を口に運んだ。かすかに塩素の匂いがしたが、大して気にならない。

 水が乾いた喉を潤すと、少しばかり気分がマシになる。

 

 ……ケイトが死んだ。それを伝えられたのは、俺とグリム、エレクシアだけだ。

 タミスは2人と比べても幼い。事実を伝えるのはタミスの精神状態に悪影響を及ぼすと判断されたらしい。だから、彼女はまだケイトが生きていると信じている。

 無知は至福という言葉がある。本当のことを知ればタミスは悲しんでしまうだろう。だけど、それはいずれ知るときの悲しみが倍になる。

 結局のところ、俺も軍もタミスをうまく利用するために、都合の悪い事実を隠しているだけだ。

 

 きっと、グリムもエレクシアも平静を保っているように見せて苦しんでいる。

 

 俺は寝ているタミスに気づかれぬように部屋から出た。これといった理由はない、なんとなくだ。

 

「……レイヴン」

 

 部屋から出ると、か細い声がした。エレクシアだ。

 顔は憔悴しきっており、整った顔立ちは今にも崩れそうになっていた。

 

「エレクシア……大丈夫か」

 

 エレクシアは少し唇を噛んだあと、弱々しく微笑んだ。

 

「私は……ごめんなさい……あなたの前では嘘がつけない……」

 

 かすかに上がった口角も降り、エレクシアはうつむく。

 

「やはり……私は、無力なのでしょうか……誰も……助けられない」

 

 俺は彼女に言うべき言葉が見つけられない。慰めの言葉も同情も、今の彼女に対してなんの意味も持たないだろう。もし、俺が神だったら、彼女を救うことができるだろうか。そんなことイエス=キリストすらできないだろう。

 

 そっと、エレクシアの手をとる。彼女の手は冷え切っていた。

 

「……また、あなたの優しさに甘えようとしている……」

 

 エレクシアは手を振り解こうとするが、強く握られた手は思うように離れない。

 

「いいんだ……エレクシア。君の辛さが和らぐなら……甘えていいんだ」

 

 その言葉を聞いた後、エレクシアは俺の手を握りしめた。そのまま、膝を床に突く。

 涙の粒が床を濡らした。

 

「……レイヴン、私は、私はっ……」

 

 俺はそっと、エレクシアを胸元に抱き寄せる。

 

「俺の心臓の音はするか……? 」

 

 エレクシアはわずかに震えながら頷く。

 

「良かった……俺は生きてるんだな。前に俺が爆発に巻き込まれて死にかけたとき──助けてくれたのは、きっと君だろう? 」

 

 エレクシアの両腕が俺の背中に回る。

 

「……はい」

 

「エレクシアのおかげで……今、こうしてここにいて、君と話せている。それだけでいいんだ」

 

 冷たくなっていたエレクシアの心に、また灯りがともったようだった。それは、ロウソク程度の暖かさかも知れない。でも、それで彼女が救われるなら……それでいい。

 

「……もう少しだけ、このままでいてくれますか……? 」

 

 エレクシアの抱きしめる力が少し強くなる。

 

「ああ……エレクシアの好きなだけ、こうしていよう」

 

 レイヴンは微笑んだ。

 そこには同情も慈しみもなかった、あるのは、ただ穏やかな夜の沈黙だけだった。

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