現代戦争における魔法少女の戦略的価値   作:無能メンヘラ

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痛み

 月明かりですら照らすことが許されない暗い部屋の中で、グリムはベッドに腰掛けて床を見つめていた。その行為に意味はない。心から、大切な何かが、音を立てて崩れ落ちたようだった。

 今日はほとんどなにも口にしていない。少し水を飲んだだけだ。水を飲んだ瞬間、不快な異物感があり、水を吐き出そうとしてしまった。不思議と腹は空かない。正確に言うと空いているのだが、食べる気にならなかった。

 眠気はある、だが、今眠るとこのまま朽ち果ててしまいそうな漠然とした恐怖が襲ってくる。

 

 なにをしたいのかがわからない。なぜここにいるのかがわからない。

 

 ドアが開く音が耳に入る。誰かが入ってきた。

 鍵を閉めていなかったようだ。足音はゆっくりとこちらへと向かってくる。

 

「……レイヴンか」

 

 ブロンドの長髪、エメラルドグリーンの瞳、それらがわずかな光で反射してグリムの瞳に映る。女にしては筋肉質な体の輪郭は暗闇の中でもくっきりと見えた。

 普通なら、鬱陶しく思って今すぐにでも部屋から追い出しているだろう。しかし、今はそんな気力もない。

 

「……なにしにきた」

 

 力の無い声でグリムは尋ねる。レイヴンの表情は飼い主を心配する飼い犬に似ていた。

 

「……慰めの言葉ならいらない……」

 

 嘘だ、本当なら優しくされたい、同情してほしい。でも、そんなこと──。

 レイヴンの口角が少し下がる。少しの沈黙のあと口を開いた。

 

「ただ、心配だから様子を見に来た……それだけだ」

 

 グリムはうつむけていた顔を上げてレイヴンの瞳を見つめた。

 彼女の瞳は、鮮やかで深い、ずっと見ていると溺れてしまいそうだった。

 

 もしかしたら、レイヴンなら──自分のことを救ってくれるかも知れない。

 そんな淡い希望をグリムは期待してしまう。

 

「……レイヴン、ひとつ聞いていいか……? 」

 

 グリムは、ずっと自分自身に問いかけていた問いをレイヴンに投げかける。

 返ってくる答えはわかっている。わかっていても、誰かの口からそれを聞きたい。

 

「僕は……魔法少女(僕たち)は、人間なのか? 」

 

 レイヴンの瞳がわずかに差し込んだ月明かりに反射する。視界にうっすらと映るレイヴンの顔は慈愛に満ちていた。

 

「……誰かのことを思って悲しめるなら……人間なんじゃないか? 」

 

 きっと、その言葉は自分を傷つけないように、できる限りの優しさが混じったものだった。

 グリムの渇ききった目がじんわりと熱くなる。

 うつむこうとしてもできなかった。下を向けば涙がこぼれ落ちてしまう。

 

「少し……少しだけ、そばに来てほしい……」

 

 グリムの願いにレイヴンは無言で応じた。レイヴンはゆっくりと、グリムの隣に腰をかけた。

 今は、ひたすらに独りになるのが怖い。この暗闇の中で孤独を感じるのが嫌だった。

 

 1秒、また1秒と時が過ぎていく。次第に願いは膨れ上がり、わがままになっていた。

 

「……レイヴン、少しだけ抱きしめてくれないか……」

 

 こんな子どものようなわがままを受け入れてくれるだろうか? エレクシアならきっと受け入れるだろう。そして、優しく自分のことを抱きしめてくれる。でも、それでは駄目なんだ。空っぽになった心が満たされない。

 

 暖かい感触がグリムの体に伝わる。レイヴンがそっと、グリムを抱きしめていた。

 レイヴンの優しさが、暖かさが液体となって自分の体に染み込んでいくような気がした。

 

「これでいいか? 」

 

 レイヴンの落ち着きのある少し低い声がグリムの心に安らぎを与える。

 心に振っていた雨が少しマシになり、雲の隙間から陽の光が見えた気がした。

 時が永遠と止まるなら、こうやって抱きしめられていたい。

 

「エレクシアの匂いがする……」

 

 きっと、エレクシアもこんなふうにして、レイヴンに抱きしめてもらっていたのだろう。

 ほんの少しの嫉妬と同時に申し訳なさが芽生えた。エレクシアも自分も、レイヴンの優しさに頼ってしまっている。

 

「……っ」

 

 レイヴンは少し顔を歪ませる。

 首元にグリムが噛み付いたからだ。

 

「ちがっ、今のはわざとじゃ……」

 

 身体が……勝手に動いて噛んでいた。自分でも理解し難い感情が込み上げ、気づいたら……。

 

「……嫌、だよな。ご、ごめん」

 

 レイヴンはちらりとグリムの顔を見た後、独り言のように呟いた。

 

「俺は……大丈夫だ」

 

 気遣いの言葉がグリムの心をちくりと刺す。レイヴンからの優しさは不思議と痛い。それでも、その優しさに浸かっていたかった。

 

「もう少し……もう少しだけ……このままでいてくれ」

 

 レイヴンはただ頷き、黙った。

 グリムの心は擦りむいたように痛む、ありとあらゆる感情が傷口から溢れ出しそうになった。




モスクワ発、クレムリン広報局

ロシア連邦政府は、本日付けで新シリア連邦内における治安悪化と過激武装勢力の活動拡大を受け、同地域へロシア軍を派遣する決定を表明する。

新シリア連邦領内では、近月にわたり民間人への攻撃やテロ事件が頻発しており、これらは中東地域の安定を脅かす深刻な事態である。ロシア政府は、国際社会からの要請と常任理事国としての責務に基づき、同地域における停戦監視及び治安回復支援のため、ロシア地上部隊ならびに航空宇宙軍を段階的に展開する。

本派遣の主目的は以下の三点である。
1. 武装勢力による民間人攻撃の抑止
2. 国際テロ組織の拠点化阻止
3. 人道支援ルートの確保および治安維持

ロシアは地域の主権と領土一体性を尊重しつつ、国際社会と協調して安定化を図る所存である。いかなる国家による介入や無責任な武力行使が情勢を悪化させることのないよう、慎重かつ断固とした行動を続けていく。

ロシア連邦政府は、世界の平和と安全に貢献するための努力を惜しまない。新シリア連邦の平和回復こそが、地域全体の未来にとって不可欠である。
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