新シリア連邦での戦闘では、多国籍軍はいまだに制空権を制圧できていない。理由は明確だ、ロシア軍との軍事衝突。ロシア軍が投入した新型戦闘機は多国籍軍の機体を上回る性能を有し、戦局を完全に支配していた。
そして現在、ほとんどの航空部隊は首都攻略作戦のために出払っている。
それによりレイヴンたち、空軍基地攻撃部隊は航空支援が期待できない状態で作戦の遂行を強いられていた。
俺は遮蔽物に向かって走り続ける。少しでも動きを止めれば1秒後には銃弾が脳天を貫いているだろう。
敵の機関銃陣地は絶えずに鉛玉を吐き続けており、友軍を容赦なく薙ぎ払っていた。
地面に捨てられたように横たわり、必死に助けを乞うものたちの悲痛な叫び声。撃たれたことも気づかずに必死に負傷者の治療をする衛生兵。死体に足を引っ掛け転び、容赦なく撃ち殺される者。
耳鳴りが響き続ける。死の残響が伝播し、それがまた兵士を殺す。1秒、その1秒が人の生死を判別していた。
弾丸が顔を掠めるたびに、斃れていく自分の姿が反射的に脳裏を遮る。恐怖と興奮が交互に脳を蹂躙していった。
「クソ! 敵の攻撃が激しい! 航空支援はないのか!! 」
誰の口からか怒号のような叫びが飛び散る。
俺は確信した、今目の前に広がる光景が長い間人間が行ってきた戦争の本当の姿だと。これが人間を数百年間に渡って殺し続けてきた暴力なのだと。
数メートル後ろから来た激しい熱波が俺を襲う。迫撃砲が着弾した、後ろを走っていた兵士が子どもに蹴飛ばされたゴムの人形のように飛んでいく。
『……通……が……悪い……ジャミング……受けて』
入り乱れていた無線がノイズを立てて途切れる。
「動け! 動かないと死──」
目の前を走っていた兵士の頭が霧散する。飛び散った血が目に入った。
「ああ、クソ!! 」
俺は思わず声を漏らす。近くにあった遮蔽物に滑り込み、身をかがめる。
「レイヴン! どうする!? これじゃ近づけないぞ! 」
グリムが、大きく開いた瞳孔でこちらを見る。
無闇にここから出たら撃たれて死ぬ、しかし、この場に留まれば迫撃砲が着弾するかもしれない。
「戦車を盾にして前進する! それしかない! 」
キャタピラの音が聞こえる、少し離れた位置に戦車がいるだろう。この機を逃すわけにはいかない。
「5秒だ! 5秒数えたら走って戦車の後ろにつく! いいな! 」
銃声でかき消されぬように声を張り上げる。
「5! 」
荒れた心臓の音がはっきりと耳に響く。
「4! 」
グリムの舌打ちの音が届く。
「3! 」
指先がじんわりと熱くなる。
「2! 」
足に力を入れて地面を蹴り付ける。
「1! 走れ!! 」
戦車が遮蔽物の横を通り過ぎようとしたとき、俺たちは走り出した。
──炸裂音。
身を潜めていた遮蔽物が迫撃砲によって完全に破壊された。
もし1秒でも遅れていたら今頃ミンチになっていただろう。
戦車の後ろに小判鮫のように張り付いた。戦車には機銃による集中砲火が浴びせられているが、そんなことビクともせずに戦車は前進し続ける。
「ドローンだ! 撃ち落とせ!! 」
戦車に随伴していた歩兵が紛糾する。空気を切り裂く音と共に自爆ドローンが数機、羽虫のように飛んできていた。
歩兵がEMPランチャーを撃つと、ドローンの動きは不規則になりフラフラと落ちていく。
戦車は砲塔を回転させると、機銃陣地に砲弾を撃ち込む。粉塵が舞い、視界が遮られる。
「突入しろ! 」
戦車がバンカーの上を轢き潰し、基地へと食い入る。それと同時に歩兵も侵入していく。
「着いてこい! グリム! 」
俺は防弾盾を展開した。今しかない、今、突入できなければジリ貧だ。
グリムは俺の後ろにピッタリとくっつくと、背中を叩き合図をする。
粉塵の中を通り抜けた瞬間、防護盾に衝撃が走る。敵の反撃だ。
「突っ込むぞ! 」
俺は踏み込み、マズルフラッシュが見えたところへ突撃する。鈍い音とともに敵に激突した。俺は盾で敵を殴りつける。アラミドでできたシールドは敵の頭蓋を容易に砕く。
「核弾頭を探せ! 」
別地点から突入してきた兵士の声が聞こえる。
もしも、敵が核弾頭を起動させたら、一瞬にして周囲に展開する部隊は壊滅するだろう。それだけは避けねばならない。
米軍の化学部隊の兵士が携行している検知器が、甲高い電子音を立てながら空気中の粒子を解析する。兵士は震える手でセンサーを振り、何度も表示を確認した。
「……おい、核の反応がないぞ! 」
兵士は叫ぶ。一瞬、時間の流れが何かに遮られて、世界から音が消えた。
「……は? 」
誰かの魔の抜けた声が静寂な空気を震わせる。
そんなはずはない、この基地が作戦目標にされた理由。それはーー核弾頭の存在だ。それが、ない?
あり得ない。
「測定ミスだろ! もう一度確認しろ!! 」
怒鳴り声が飛ぶ。だが、返ってきたのは同じ結果だった。
「……いや、違う……間違いない……核物質の反応が、完全に消えている……! 」
その言葉は、銃声より重く、空気を押し潰した…
俺には首筋にナイフの刃を突きつけられたような悪寒が走った。
首都、ダマスカスには3万人という大規模な多国籍軍が展開していた。
多国籍軍参加国は13カ国、まさに西側の
21世紀史上最大規模の軍事作戦。
ロシア軍との軍事衝突。
ありとあらゆる要素が兵士たちの士気を極限まで高めていた。
自分たちの弾丸ひとつが世界を変えうるかもしれないのだ。
2日間に渡る爆撃、幾重にも計算された作戦計画、敵の戦力を大幅に上回る物量と技術。
どちらか勝つと聞かれれば子どもでも答えられるほど明白だった。
兵士たちの引き金にかかる指に、緊張はほとんどなかった。
爆撃によって跡形もなく破壊された市街を押し潰しながら戦車は前進し、兵士たちはそれに着いて進む。
包囲網は徐々に狭まり、円は静かに収束していく。
敵は逃げ場を失い、やがて中心に追い詰められて殲滅される。
それがこの戦争の筋書きーーのはずだった。
奇妙なほどに、抵抗が弱い。
散発的な銃撃はある。
だが、それは
防衛戦は脆く、拠点や陣地はあっさりと放棄されている。
まるでーー
最初から、ここに守る価値などなかったように。
「なにかがおかしい……」
誰かが小さく呟く…
その違和感は、殺気と興奮の中に溶けていく。
「敵は瓦解している! このまま押し切るぞ! 」
指揮官の命令が、すべてを塗りつぶす。
兵士たちは再び前を向き進み始める。疑問を抱く余地など、最初から与えられてなかった。
自分たちが銃口を向ける方が悪であり、自分たちが絶対的に正義であるという自負は慢心へと変貌していた。