アグレッサー部隊が全滅──その報が届いた瞬間、オリビアは怒りを爆発させた。
「……クソッ、クソ! あいつら、何を隠してやがった!! 」
怒鳴り声とともに拳が壁に叩きつけられ、鈍い音が部屋に響く。日本の新型機──F-0部隊の予期せぬ投入。完全に想定を超えた事態だった。
沈黙のなかで、俺は一歩踏み出し問いかけた。
「……作戦は、続行するのか? 」
オリビアは荒い呼吸のまま、しばらく動かなかったが、やがて額に手を当て、壁にもたれながら視線を落とした。そして、ゆっくりと顔を上げると、決意を帯びた瞳で振り返る。
「……続行する。ただし、計画は修正する必要がある」
彼女の目が、部屋の片隅で身を縮めていたタミスに向けられる。
「タミス、君の力が必要。……使ってもらうよ、魔法を」
空気が張り詰めた。タミスは一瞬、息を呑み、目を見開く。
「……私が? 」
オリビアは頷いた。その表情には、迷いも情けもなかった。
「これは演習じゃない。日本の明確な軍事的挑発。このまま黙って見ているわけにはいかない」
その言葉が、機内の空気を一層重たくした。
その沈黙を破ったのは、グリムだった。
「本当に、こいつにやらせるのかい? こいつ、
状況が切迫しているというのに、グリムは不思議なほど落ち着いていた。むしろ、この混乱を楽しんでいるようにも見える。
「僕のほうが適任だと思うけどな。演習の看板にするなら、派手なほうがいいだろ? 」
そう言ってグリムは唇の端を吊り上げ、嘲るように笑った。その目には確信と自負が浮かんでいた。
だが、オリビアはきっぱりと首を振った。
「ダメだ。君の魔法では
その言葉にグリムの表情が一瞬だけ険しくなったが、何も言わずに黙り込んだ。タミスは不安げに俺の袖を掴みながら、視線を下に落としていた。
「タミス、今から指定した位置に魔法を撃ってくれ。それに全てがかかってるんだ」
オスプレイのエンジンがうねりを上げ、ゆっくりとローターが回転を始める。
中には女性兵士が数名、相変わらず男がいない。機内にいる者は全員、緊張した面持ちで座席に座っていた
そんな状況の中、俺の胸に重くのしかかるのは不安だった。
──タミスは魔法を本当に使えるのか?
それ以前に彼女は魔法を使うことそのものに怯えているように見える。
そんな子に、今、この状況のすべてを背負わせていいのか?
「タミス、大丈夫か? 」
俺は小さな声でタミスに問いかけた。タミスは俺を見上げる、目には涙が溜まっている。やはり、恐怖があるのだろう。
「お姉ちゃん……、私にできるのかな……」
その質問に返す答えが見つからない。俺は魔法少女じゃない、だから、彼女たちの考えや気持ちを理解することは不可能だ。『君ならできる』なんて言葉は無責任でしかない。タミスの指揮官は俺だ、いざとなったら俺が……。
「"できるできない"じゃないだろ? やるんだよ」
前に座るグリムが低く、しかし冷徹な声で口を開いた。
「"一生懸命頑張りました、でもできませんでした"そんなの言い訳ですらない。結果がすべてなんだ」
「おい、グリム。その言い方はないだろ! 」
俺は立ち上がり、グリムの胸ぐらを掴んでいた。
間違いなくこの状況で、タミスの前でいう言葉ではないはずだ。
グリムは口を閉じない。むしろ、怒る俺を冷たく笑っているかのようだ。
「じゃあ、レイヴン。お前はなにができるんだ? 今はこいつにすべてがかかってるんだ」
グリムのいう通りだ、俺にはなにもできない──。
「もちろん、僕がやってもいいさ。でも……
作り物──。
グリムが放ったその言葉は、鋭利な刃物のようにタミスの胸を突き刺す。
タミスはうつむいたまま、両手を強く握りしめていた。小さな肩が震えている。
俺はそっとタミスの頭を触った。タミスは少し体を震わせたあとに少しためらいながら俺の方を向く。
「タミス、責任は俺がとる。だから、気にするな」
「お姉ちゃん……」
かすれた声で呟いた彼女の目元に、かすかに涙が浮かんでいた。
「この作戦が終わったら、好きなものをプレゼントしてあげよう。タミス、何が欲しい? 」
プレゼント、その言葉でほんの一瞬タミスの表情は明るくなる。俺はその姿を見てどこか安心した。魔法少女でも子どもらしい一面はあるのだと。
「じゃ、じゃあ私。大きいクマのぬいぐるみが欲しい! 」
「そうか、大きなクマのぬいぐるみだな。覚えておく」
俺はできる限り優しく笑って見せた。きっと笑顔を見せたほうが安心してくれはずだ。俺は優しくタミスの頭を撫でる、サラサラで柔らかな髪の毛の感触が手に伝わる。
『指定のポイントに到着。魔法の実行許可が出ました』
「行こう、タミス。任せた」
オリビアはタミスの両肩を掴み、まっすぐ目を見た。
「君に全てがかかっているんだ。タミス」
オスプレイのハッチが開く。冷たい潮風が機内に流れ込んだ。タミスはゆっくりと前に足を踏み出す。
俺は無意識のうちにタミスの隣に立っていた。
「タミス、怖かったら俺の手を握れ」
そう言うとタミスの小さい手はぎゅっと俺の手を掴んだ。震えている。俺はタミスの顔を見た、目は覚悟に満ちている。
「B──
詠唱が始まる、それと同時に夜明け前のような淡い蒼が広がった。無数の六角水晶のような粒子が空中に浮かび上がる。それはまるで何億光年も先の銀河にある星のように、静かで美しかった。
タミスは手を前に差し出す。呼吸するように粒子は衛星軌道上に瞬時に到達し、天から──巨大な光の柱が落下してきた。
「
それは柱というよりも、巨大な神の剣だった。
詠唱が完了すると、光は海面に突き刺さる。その刹那、地鳴りにも似た衝撃音が半径数キロメートルの空間を裂く。激しい閃光ととも衝撃波がオスプレイを揺らした。肌が焼けるような熱を帯びた水蒸気が空域を覆う。空気の温度が上昇し、吸うたびに肺が痛む。
俺はオスプレイの中から目の前に広がる光景を見る。気づかぬうちにぽつりと声が出た。
「これが魔法か……」
その声は、他人のもののようだった。
地上オペレーションルーム
「……なんだ今のは!? 衛星センサーが一時的に沈黙したぞ!」
スクリーンが一瞬だけ真っ白に染まり、オペレーターたちは声を上げた。
通信、赤外線、レーダー、熱量感知、全ての観測データが数秒間“過負荷”によって消失していた。
状況を理解する暇もなく、次の報告が飛び込んでくる。
「魔法少女T.A.M.I.S、魔法発動完了。……指定海域、敵戦力完全無力化を確認。シミュレーション上、壊滅判定です」
報告を受けた瞬間、指揮官席を含め、オペレーションルームにいる全員が息を飲んだ。
誰一人、声を発する者はいなかった。いや、この海域に展開している全ての艦船の乗員たちも同様だっただろう。
あの小さな少女が、たった一度の詠唱で──
敵艦隊を“消し飛ばした”。
これは演習、あくまでシミュレーションの範囲内だった。だが、設定された敵部隊は実戦想定の数倍の防御力を持ち、通常兵器では飽和攻撃でも損耗率50%に届くかどうかという分析結果が出ていた。
それが、今、一瞬で全滅したのだ。
「──はっきり言って、こんな威力……常識的には“核”しかあり得ない。いや、それすら凌駕しているかもしれん……」
誰かが震える声で呟いた。
魔法。それはかつて“未知の奇跡”とされ、戦争の形を根底から覆した概念。
そして、今、この瞬間──改めてそのことが証明された。
「戦略軍事兵器」としての魔法が、現実に存在する。
それを証明したのは、たった一人の少女だった。