演習で起きた出来事は、あまりにも多く、あまりにも衝撃的だった。
米空軍のF-22とF-35が、日本の新型第6世代戦闘機F-0〈零戦〉に敗北した──この事実は、アメリカの大手軍事系メディアによって「パールハーバー以来、史上最悪の屈辱的敗北」として大々的に報じられた。
さらに、日本機による中国軍機への撃墜未遂は、著名なジャーナリストによって「21世紀において最も第三次世界大戦に近づいた瞬間」と評された。
しかし、これらをも凌ぎ、世界を震撼させた出来事があった。
──タミスの魔法である。
彼女が放った魔法は半径5キロメートルを瞬時に爆炎で覆い尽くし、演習シミュレーション上では中国海軍の艦隊をほぼ壊滅させた。
それは単なる兵器の威力ではない。たった一人の人間が、軍隊という巨大な武力を正面から圧倒し、ねじ伏せることができる──そんな漫画や伝説の中でしか語られなかった光景が、現実のものとなったのだ。
しかも、それを成し遂げたのは、まだ一人の少女に過ぎない存在だった。
「お姉ちゃん、クレープ食べたい! 」
そんな少女が、今、人が溢れる竹下通りでクレープを欲しがっている。
この無邪気な声を聞いて、あの演習の残烈な光景を想像できるものがどれだけいるだろうか。
「いいぞ。でも、結構並ばないといけないな」
「お姉ちゃんと一緒なら待てるよ! 」
笑顔のタミスを見ていると、自然と口元が緩む。
魔法少女であったとしても人並みの幸福を味わってもいいはずだ。
だからこそ、この休暇の間だけは、タミスにはできるだけ笑顔でいてほしい。それは、もしかすると俺の自己満足かもしれない。
「なあ、タミス」
「どうしたのお姉ちゃん? 」
俺はずっとタミスに聞きたいことがあった。きっとそれは、これから一緒に生きていく上で避けて通れない質問だ。
俺は足を止め、タミスの横顔を見る。そこには何も知らない子どものように笑顔のタミスの姿があった。
"作り物ってどういう意味なんだ? "
その言葉が喉につかえて、息とともに消えていった。
「……いやなんでもない」
「……? 」
結局、タミスにはなにも聞けなかった。いや、聞くのが怖かった。それを聞いて、タミスが傷つく姿を見るのが怖かった。
「お客様、注文はなににしますか? 」
現実に引き戻すように、店員の声が耳に入った。
一瞬、胸に張り付いていた緊張が解けていくのを感じる。
「ああ、えっと。タミス、なにがいい? 」
「えっとね……。これがいい! 」
タミスが指を刺したのは苺がたくさん乗ったクレープだった。
思わず笑ってしまう。戦場では何もかも消しとばしてしまう魔法少女が、今はただ甘い苺に目を輝かせている。
「じゃあ、このストロベリーと、俺はブルーベリーをください」
「かしこまりました。少々お待ちくださいね」
注文を終えると、タミスが待ちきれないように足を揺らしていた。
やがて手渡されたクレープを差し出すと、彼女が子犬のように目を輝かせて、両手で受け取った。
「落とすなよ」
「うんっ! 」
タミスは小さな口を精一杯広げて、苺とクリームを頬張る。
その瞬間、顔いっぱいに咲いた笑顔を見て、俺は心の奥がふっと温かくなるのを感じた。──この子も、自分と同じ人間なんだ。ただ笑って、甘いものを食べて、それで幸せになれる。
「お姉ちゃん! 」
「ん? どうした? 」
「ほっぺにクリームついてるよ」
思わず顔が赤くなるのがわかる。年下の子に指摘されるなんて、情けないやら恥ずかしいやら。
「とってあげるからしゃがんで」
言われるがまま腰を落とすと、タミスの碧く透き通った瞳が真正面から俺の目をはっきり覗く。
その瞳に映り込む自分の顔を見て、言葉を失う。
「とれたよ! 」
「……」
「どうしたの……?」
タミスの瞳を見ていると、現実感が溶けて遠のいていくような、不思議な感覚に包まれる。
──もしかすると、俺は……。
「ごめんな、少しぼーっとしてたみたいだ。他になにか食べたいものあるか? 」
「じゃあ……あのカラフルなの食べたい! 」
タミスが指を刺したのは、虹色の綿菓子だった。
ふわふわと風に揺れる綿菓子は、まるで彼女の夢そのもののように思えた。
俺の胸にまた、言葉にできない想いが込み上げてきた。
「タミス……それ食べ終わったらさ。約束のプレゼント、買いに行こうか 」
俺がいうと、タミスは目をぱちくりさせてから、大きな声を上げた。
「大きなクマのぬいぐるみ! 」
「そうだな」
タミスは椅子から飛び降り、勢いよく俺に抱きついてきた。
彼女の細い腕がぎゅっと俺の体に回され、その温もりが胸に直接伝わってくる。
「お姉ちゃん大好き! 」
あまりに真っ直ぐな言葉に、胸の奥が締め付けられる思いになる。
──そのときだった。
『お兄ちゃん大好きだよ! 』
キーンと耳の奥まで響く耳鳴りとともに、一瞬、知らない少女の笑顔が視界に焼きついた。
ほんの少しの間だったのに、残像が網膜にこびりついて離れない。
だが次の瞬間には、現実にタミスの小さな体が腕の中にいることを確認し、意識は強引に引き戻された。
俺は自然とタミスのことを抱き返していた。……この子を、絶対に守らなければいけない。そんな思いが強くなる。
「お二人さん、なにイチャイチャしてるんだ? 」
聞き覚えのある嫌な声だ。俺は思わず顔をしかめた。ゆっくりと声がしたほうをむく。
案の定そこには、ニヤニヤと口角を吊り上げたグリムがいた。
「グリム、あまり困らせたらいけませんよ」
彼女の隣にはエレクシアが控えていて、困ったように眉を下げながら諌める声をかける。
エレクシアの真面目さと、グリムの軽薄さ。その対比に、俺は心の中でため息をつく。
「僕は今、気分がいい。お前らの買い物に付き合ってやるよ」
相変わらず上から目線な物言いだ。喉まで文句が出かかったが、ここで余計なひと言を言って気分を害したら、せっかくの穏やかな時間が台無しになる。俺は飲み込んだ。
「欲しいのはクマのぬいぐるみだろ? それなら、あそこの雑貨屋で見かけたぞ」
「ほんと! 」
タミスがぱっと表情を輝かせ、期待に満ちた目でグリムを見上げる。その仕草に、普段は皮肉ばかりの彼女の顔にわずかな笑みが浮かんだ。
「本当さ。僕が嘘をつくとでも思うかい? 」
「グリムお姉ちゃん、ありがとう! 」
小さな体で全力で感謝を伝えるタミス。グリムは肩をすくめてみせたが、どこか嬉しそうに口角を上げる。
「僕にもっと感謝してくれてもいいんだぞ? 」
からかうような口調だが、その表情は満更でもない。
……演習の時は、タミスに対して厳しい態度をとっていたグリムだが、根は意外と優しいのかもしれない。俺は心のどこかでそう感じた。