月光る夜   作:案院運

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がんばる


ロズワール邸8

 村へと続く街道には、穏やかな風が吹いていた。

 

 頭上には雲一つない青空が広がり、道の両脇では背の低い草花が風に揺れている。

 

 そんな、どこまでも平和な景色の中。

 

「――なあ、エリス」

 

「あ?」

 

「お前ってさ、なんでそんなに余裕あんの?」

 

 唐突な質問に、エリス・フォン・フェンウィックは面倒くさそうに眉を寄せた。

 

「なんだよ、藪から棒に」

 

「いや、前から思ってたんだけどさ。お前って何があっても動じねえじゃん?」

 

「そうか?」

 

「そうだよ! 普通もうちょい悩んだり、焦ったり、こう……あるだろ!」

 

「んなもん、悩んでどうにかなるなら悩むわ」

 

「……そりゃそうなんだけどさ」

 

 スバルは頭を掻いた。

 

 この男と話していると、どうにも調子が狂う。

 

 自分が必死になって考えていることを、エリスは実にあっさりと片付けてしまうのだ。

 

「ま、俺は運がいいからな」

 

「……運?」

 

「ああ」

 

 エリスは当然のように頷いた。

 

「生まれてこの方、運が悪かったことがねえ」

 

「……は?」

 

「だから、大抵のことはなんとかなる」

 

「いやいやいや! それはさすがに楽観的すぎねえ!?」

 

「事実だから仕方ねえだろ」

 

 鼻を鳴らすエリス。

 

 その態度には、冗談を言っている様子など微塵もない。

 

「……なんだよ、それ」

 

 スバルは苦笑した。

 

 運が悪かったことがない。

 

 そんな人間が、本当にいるのだろうか。

 

 少なくとも。

 

 自分とは、正反対だ。

 

 何度も死んで。

 

 何度もやり直して。

 

 それでも、何が正解なのかわからない。

 

 そんな自分とは。

 

「エリス様は、昔から不思議と物事が上手く運ぶお方ですから」

 

 少し前を歩いていたレムが、振り返って微笑んだ。

 

「以前も、屋敷の近くで突然雨が降り出したことがあったのですが……」

 

「ああ、あったな」

 

「エリス様が外へ出られた頃には、ちょうど雨が止んでいたんです」

 

「……マジで?」

 

「はい。偶然だとは思いますが」

 

「偶然も実力のうちだろ」

 

「運も実力のうち、じゃねえの!?」

 

「似たようなもんだ」

 

「全然違うわ!」

 

 スバルが突っ込むと、エリスは愉快そうに笑った。

 

 その笑顔を見て、スバルもつられて笑う。

 

 ――運がいい、か。

 

 強くて。

 

 周囲から信頼されていて。

 

 そのうえ、運までいい。

 

 まったく。

 

 どこまで恵まれているのだろう。

 

 けれど。

 

 不思議と、嫌いにはなれなかった。

 

     ◇◇◇

 

 村が見えてきたのは、それからしばらく歩いた頃だった。

 

 小さな家々。

 

 畑仕事に精を出す村人たち。

 

 そして、広場から聞こえてくる子供たちの声。

 

「おっ! 着いた着いた!」

 

 スバルは大きく伸びをした。

 

「いやー、やっぱり村ってのはいいねえ! なんつーか、こう、のどかで!」

 

「スバルくんは村がお好きなんですね」

 

「そりゃあもう! 都会の喧騒から離れたスローライフ! 憧れますなぁ!」

 

「何言ってんだお前」

 

 エリスが呆れたように呟く。

 

 そのときだった。

 

「あっ!!」

 

 広場の方から、甲高い声が響いた。

 

「エリス兄ちゃんだ!!」

 

「ほんとだ!」

 

「エリス兄ちゃーん!!」

 

 次の瞬間。

 

 子供たちが、一斉に駆け寄ってきた。

 

「うおっ!?」

 

 スバルが思わず身を引く。

 

 その横で、エリスは面倒くさそうに眉を寄せた。

 

「……げっ」

 

「エリス兄ちゃん! 遊ぼ!」

 

「ねえねえ! 今日は何してくれるの!?」

 

「また魔法見せて!」

 

「うるせえな、お前ら!」

 

 エリスは大きな声を上げた。

 

「一度に喋んな! 耳が腐る!」

 

「えー!」

 

「けちー!」

 

「最悪の騎士ー!」

 

「誰が教えた、その呼び方!」

 

 子供たちは、きゃっきゃと笑った。

 

 スバルは、その光景を呆然と眺めていた。

 

「……お前、めちゃくちゃ人気者じゃん」

 

「あ? どこがだよ」

 

「いや、どう見ても!」

 

 子供たちはエリスの服を引っ張り、腕にしがみつき、好き勝手に騒いでいる。

 

 エリスは文句を言いながらも、振り払おうとはしなかった。

 

「ったく……おい、そこのチビ」

 

「なにー?」

 

「走るなら足元見ろ。さっきから転びかけてんぞ」

 

「はーい!」

 

「返事だけは一丁前だな」

 

 そう言いながら、エリスは子供の頭を軽く小突いた。

 

 その子は、嬉しそうに笑った。

 

「……なんつーか」

 

 スバルは苦笑した。

 

「お前って、ほんと不思議な奴だよな」

 

「何がだよ」

 

「口悪いのに、なんでこんな好かれてんの?」

 

「知るか」

 

「知るかって!」

 

 エリスは肩をすくめた。

 

「勝手に寄ってくんだよ、こいつら」

 

「……へえ」

 

 スバルは、子供たちへ視線を向けた。

 

 そこには、疑いのない笑顔があった。

 

 エリスを怖がる様子など、まるでない。

 

 むしろ。

 

 この男が何を言おうと、絶対に自分たちを傷つけないと信じている。

 

 そんな顔だった。

 

 ――すげえな。

 

 また、そう思ってしまった。

 

 けれど。

 

「――あ! スバル兄ちゃんもいる!」

 

「ほんとだ!」

 

「スバル兄ちゃーん!」

 

「うおっ!?」

 

 今度はスバルの方へ、子供たちが駆け寄ってきた。

 

「今日も遊んで!」

 

「変な顔してー!」

 

「変な顔ってなんだよ! 俺の十八番はもっと高尚な芸なんですけど!?」

 

「やってやって!」

 

「しゃーねえなぁ! 特別サービスだ!」

 

 スバルは両手を顔に当て、思い切り頬を引っ張った。

 

「うにょーん!」

 

「きゃははは!」

 

「変なのー!」

 

「ひでえ!」

 

 子供たちの笑い声が、広場に響く。

 

 スバルも笑った。

 

 そうだ。

 

 自分だって、ここでは歓迎されている。

 

 エリスだけではない。

 

 自分のことを覚えてくれている子供たちも、確かにいる。

 

 ただ。

 

 ――覚えてくれてるのは、今の俺だけなんだよな。

 

 ふと、そんな考えが頭をよぎる。

 

 以前、同じように遊んだ子供たち。

 

 交わした言葉。

 

 向けられた笑顔。

 

 それらの中には、もう誰の記憶にも残っていないものがある。

 

 スバルは、その思考を振り払うように笑った。

 

「よーし! 今日のナツキ・スバルは一味違うぜ!」

 

     ◇◇◇

 

「――それでは、レムは買い出しを済ませてまいりますね」

 

 広場の端で、レムが二人へ声をかけた。

 

「おう! 頼んだぜ、レムりん!」

 

「エリス様も、あまり無茶なことはなさらないでくださいね」

 

「あ? 俺が何するってんだよ」

 

「以前、子供たちに魔法を見せようとして、広場の地面を少し壊されたことがありましたので」

 

「……あれはちょっと力加減間違えただけだろ」

 

「そうでしたね」

 

 レムはにっこりと微笑んだ。

 

「ですので、今回はお気をつけください」

 

「……へいへい」

 

 珍しくエリスが素直に引き下がった。

 

 その様子を見て、スバルは吹き出した。

 

「ぶはっ! お前、レムりんには弱いのな!」

 

「うるせえ。お前も一緒に吹っ飛ばすぞ」

 

「暴力反対!」

 

 レムは小さく笑い、村の商店へと歩いていった。

 

 その背中を見送ったスバルは、ふと表情を引き締める。

 

 ――さて。

 

 ここからだ。

 

 遊びに来たわけではない。

 

 自分がここへ来たのには、理由がある。

 

 呪い。

 

 もし本当に、自分の死に呪術が関わっているのなら。

 

 何か、手掛かりがあるはずだ。

 

 誰かに触れられたのか。

 

 何かを渡されたのか。

 

 それとも、まったく別の方法なのか。

 

 わからない。

 

 何もわからないからこそ、調べなければならない。

 

「……おい、スバル」

 

「ん?」

 

 エリスがこちらを見ていた。

 

「何ぼーっとしてんだよ」

 

「……いや、ちょっと考え事」

 

「ふーん」

 

 エリスはそれ以上追及しなかった。

 

 代わりに、子供たちへ向き直る。

 

「おい、お前ら!」

 

「なにー?」

 

「遊びてえんだろ? だったら、あっちの広場まで競走だ!」

 

「やったー!」

 

「エリス兄ちゃんも走って!」

 

「馬鹿か。俺が本気出したら勝負になんねえだろ」

 

「ずるーい!」

 

「うるせえ! ほら、行け!」

 

 子供たちは歓声を上げながら駆け出していく。

 

 エリスは、その後ろをゆっくり歩き始めた。

 

 そして、スバルへ顎をしゃくる。

 

「ほら、お前も来いよ」

 

「……ああ!」

 

 スバルは頷いた。

 

 調査は必要だ。

 

 けれど、焦ったところで答えが見つかるわけではない。

 

 まずは、村の様子を見て回ろう。

 

 そう考えながら、子供たちの後を追った。

 

     ◇◇◇

 

 それからしばらく。

 

 村の広場には、賑やかな声が響き続けていた。

 

「スバル兄ちゃん! こっち!」

 

「待て待て! そんな一気に引っ張んなって!」

 

「エリス兄ちゃん! 魔法!」

 

「またかよ。お前ら飽きねえな」

 

「見たい見たい!」

 

「ったく……しゃあねえな」

 

 エリスは面倒くさそうに右手を上げた。

 

 その指先に、小さな光が灯る。

 

「おおっ!」

 

 子供たちが目を輝かせた。

 

 光はゆっくりと宙へ浮かび上がり、いくつもの小さな粒へと分かれていく。

 

 まるで、昼間の空に星が現れたかのようだった。

 

「すごーい!」

 

「きれーい!」

 

「へえ……」

 

 スバルも思わず見入った。

 

 エリスの魔法を見る機会は、これまでにもあった。

 

 だが、こうして子供たちを喜ばせるために使っている姿は、どこか新鮮だった。

 

「……お前、こういうこともできんのな」

 

「あ? 俺をなんだと思ってんだよ」

 

「いや、もっとこう、ドカーン! バコーン! みたいなのが専門かと」

 

「間違っちゃいねえな」

 

「否定しねえのかよ!」

 

 エリスは鼻で笑った。

 

「これくらい、誰でもできんだろ」

 

「できねえよ!」

 

 スバルが即座に突っ込む。

 

 そのとき。

 

「――あ!」

 

 子供の一人が、何かを思い出したように声を上げた。

 

「そうだ! スバル兄ちゃん!」

 

「ん?」

 

「わんちゃん、見せてあげる!」

 

「……犬?」

 

「うん! すっごくかわいいの!」

 

 少女は嬉しそうに頷いた。

 

 その足元から、別の子供が顔を出す。

 

「ちっちゃいんだよ!」

 

「黒いの!」

 

「おとなしいの!」

 

 口々に説明する子供たち。

 

 スバルは小さく首を傾げた。

 

「へえ。村で飼ってんの?」

 

「ううん! 最近いるの!」

 

「……最近?」

 

 その言葉に、スバルはわずかに反応した。

 

 最近。

 

 それは、いつからだろう。

 

 自分が屋敷へ来た頃か。

 

 それとも、もっと前からか。

 

「どこにいんの、その犬?」

 

「あっち!」

 

 少女が指差したのは、広場の外れ。

 

 家々の陰になった、小さな路地だった。

 

「……ふーん」

 

 スバルは、そちらへ視線を向けた。

 

 何かが引っかかった。

 

 けれど。

 

 それが何なのかは、まだわからない。

 

「……おい、スバル」

 

 背後から、エリスの声がした。

 

「何してんだ?」

 

「ああ、いや。犬がいるんだってさ」

 

「犬?」

 

「おう。ちょっと見てこようかなって」

 

「ふーん」

 

 エリスは興味なさそうに頷いた。

 

 そして、当然のように歩き出す。

 

「じゃ、行くぞ」

 

「……お前も来んの?」

 

「あ?」

 

 エリスは振り返った。

 

「お前、俺が何しにここまで来たと思ってんだよ」

 

「……あ」

 

「ったく。何回言わせんだ」

 

 エリスは呆れたように頭を掻いた。

 

「そばにいるって約束しただろうが」

 

「…………」

 

 スバルは、思わず笑った。

 

「……そうだったな」

 

「忘れんなよ、馬鹿」

 

「へいへい!」

 

 子供たちに手を引かれながら、二人は路地へと向かう。

 

 その先に。

 

 小さな黒い犬がいた。

 

 丸い瞳。

 

 短い足。

 

 ふわふわとした毛並み。

 

 子供たちが夢中になるのも、無理はない。

 

「……おお」

 

 スバルは思わず声を漏らした。

 

「かわいいじゃねえか」

 

「でしょー!」

 

 少女が嬉しそうに笑う。

 

 犬は、こちらを見上げていた。

 

 じっと。

 

 まるで、何かを待っているかのように。

 

「……ん?」

 

 スバルは小さく首を傾げた。

 

 その視線が、妙に気になった。

 

 けれど。

 

「ほら、スバル兄ちゃん!」

 

 少女に背中を押され、スバルは犬の前へしゃがみ込む。

 

「よーしよし。怖くないぞー」

 

 そっと手を伸ばす。

 

 犬は、しばらくその手を見つめていた。

 

 そして。

 

 ――かぷっ。

 

「いってぇ!?」

 

 突然。

 

 小さな牙が、スバルの手に食い込んだ。

 

「うおっ!? 噛みやがった!」

 

 慌てて手を引っ込める。

 

 犬はすぐに口を離し、何事もなかったかのように尻尾を振っていた。

 

「……なんだよ、こいつ!」

 

「えー! わんちゃん、そんなことしないのに!」

 

 少女が驚いたように声を上げる。

 

「スバル兄ちゃん、嫌われた?」

 

「ちょっと待て! 俺、犬にまで嫌われんの!?」

 

 子供たちが笑った。

 

 その隣で。

 

「……ぷっ」

 

 エリスが吹き出した。

 

「ははははっ!」

 

「おい! 笑うな!」

 

「いや、お前……犬にまで舐められてんのかよ!」

 

「うるせえ! ちょっと油断しただけだ!」

 

「ははっ! 傑作だな!」

 

 エリスは腹を抱えて笑っている。

 

 スバルはむっとした顔で、噛まれた手を見下ろした。

 

 小さな傷。

 

 血が、ほんの少しだけ滲んでいた。

 

「……ったく」

 

 大した傷ではない。

 

 少なくとも、今すぐどうこうなるようなものではなさそうだった。

 

 けれど。

 

 ――なんだ?

 

 妙な胸騒ぎがした。

 

 理由はわからない。

 

 ただ。

 

 この小さな傷を、見過ごしてはいけないような。

 

 そんな気がした。

 

「……おい、スバル」

 

 エリスが笑いを収め、こちらへ歩いてきた。

 

「手、見せろ」

 

「……ん?」

 

「噛まれたんだろ」

 

「ああ、まあ……」

 

 スバルが右手を差し出す。

 

 エリスは傷を一瞥した。

 

「……浅いな」

 

「だろ? 大したことねえって」

 

「だからって放っとくなよ。あとでレムに洗ってもらえ」

 

「……お前、意外と細けえのな」

 

「あ?」

 

「いや、なんでもありません!」

 

 エリスは鼻を鳴らした。

 

 そして、犬へ視線を向ける。

 

「おい、駄犬」

 

「わふっ!」

 

「次噛んだら承知しねえぞ」

 

「わん!」

 

「……お前、犬と会話してんの?」

 

「うるせえ」

 

 子供たちが、また笑った。

 

 犬も、何事もなかったかのように尻尾を振っている。

 

 そこには。

 

 何の異変も見当たらなかった。

 

 少なくとも。

 

 その場にいた誰の目にも。

 

     ◇◇◇

 

 それから少しして。

 

 レムが買い出しを終え、広場へと戻ってきた。

 

「お待たせいたしました」

 

「おっ! レムりん、おかえり!」

 

「ただいま戻りました、スバルくん」

 

 レムは微笑み、エリスへ視線を向ける。

 

「エリス様も、ありがとうございました」

 

「あ? 何がだよ」

 

「子供たちのお相手をしてくださったのでしょう?」

 

「勝手に寄ってきただけだ」

 

「ふふっ。そうですね」

 

 レムは小さく笑った。

 

 そのとき。

 

「あ、そうだ。レムりん」

 

「はい?」

 

「ちょっと犬に噛まれちゃってさ」

 

「……犬に?」

 

 レムの表情が、わずかに変わった。

 

「お怪我は?」

 

「いや、大したことねえよ。ほら」

 

 スバルは右手を見せた。

 

 レムは傷を確認すると、小さく息を吐く。

 

「……浅い傷ですね」

 

「だろ?」

 

「ですが、念のため洗っておきましょう」

 

「了解!」

 

 レムは持っていた水筒の水で傷を洗い、清潔な布を取り出した。

 

 手際よく処置を終えると、スバルへ微笑む。

 

「これで大丈夫だと思いますが、屋敷へ戻ってからも様子を見てくださいね」

 

「おう! ありがとな!」

 

 スバルは笑って答えた。

 

 けれど。

 

 その視線は、無意識に路地の方へ向いていた。

 

 あの犬。

 

 小さな黒い犬。

 

 何の変哲もない、ただの子犬。

 

 そう見えた。

 

 けれど。

 

 ――なんか、気になるんだよな。

 

 スバルは、小さく眉を寄せた。

 

 呪い。

 

 その言葉が、頭の片隅をよぎる。

 

 まさか。

 

 いや。

 

 まだ、何もわからない。

 

 決めつけるには、あまりにも情報が足りなかった。

 

「――おい、スバル!」

 

 エリスの声が響いた。

 

「帰るぞ!」

 

「あ、ああ!」

 

 顔を上げる。

 

 エリスは既に歩き出していた。

 

 その隣には、レム。

 

 そして、村の子供たちが手を振っている。

 

「エリス兄ちゃん! また来てねー!」

 

「スバル兄ちゃんもー!」

 

「おう! またなー!」

 

 スバルは大きく手を振り返した。

 

 エリスは片手をひらひらと振る。

 

「ったく、騒がしいガキどもだ」

 

 そう言いながら。

 

 その口元には、わずかな笑みが浮かんでいた。

 

 スバルは、その横顔を見つめる。

 

 強くて。

 

 運がよくて。

 

 誰からも頼られる男。

 

 そんな男が、今は自分の隣を歩いている。

 

 ――大丈夫。

 

 そう思いたかった。

 

 今度こそ。

 

 何かが変わると。

 

 そう信じたかった。

 

 けれど。

 

 右手に残る小さな噛み痕だけが。

 

 いつまでも、妙に気になっていた。




挿絵とかあった方がええかな
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