ではどうぞ
SIDE エリス
――パァンッ!
乾いた破裂音が、森に響いた。
飛びかかってきた黒い獣が、悲鳴を上げる間もなく地面へ叩きつけられる。
「……ったく。空気の読めねえ連中だな」
鞭を引き戻しながら、俺は背後へ視線を向けた。
木の根元に腰を下ろしたレム。
その前にしゃがみ込むスバル。
二人とも、まだ口を開いていない。
まあ、無理もないか。
片や魔女の臭いを纏った少年。
片や、その臭いを何よりも憎む鬼族の少女。
おまけに、つい十五分ほど前には本気で殺し合いになりかけていた。
そんな二人が、そう簡単に腹を割って話せるわけもない。
「……スバルくん」
先に口を開いたのは、レムだった。
「……先ほどは、申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げる。
「レムは、あなたを……」
「……あー、待った待った!」
スバルが慌てて両手を振った。
「謝罪はちょっと後回し! 先に俺の話を聞いてほしいんだ」
「……お話、ですか?」
「ああ」
スバルは一度、大きく息を吸った。
「……俺から、魔女の臭いがするんだよな?」
レムの肩が、ぴくりと震えた。
「…………はい」
返事までに、少し時間がかかった。
「……スバルくんからは、魔女の残り香がします」
「……そっか」
「それも……普通では考えられないほど、強いものです」
レムの視線が、スバルの顔へ向く。
先ほどまでの敵意こそないものの、その瞳には明らかな警戒が残っていた。
「……どうして、そのような臭いがするのですか?」
「……それなんだけどさ」
スバルが頭を掻いた。
「正直、俺にもよくわかんねえんだ」
「…………」
「ただ……多分、俺、魔女に呪われてるんだと思う」
レムの表情が強張った。
「……魔女に?」
「ああ。詳しいことは言えねえし、俺自身わかんねえことだらけなんだけど……」
スバルは、自分の胸元を握った。
「……少なくとも、俺が好きでこんな臭いをつけてるわけじゃねえんだ」
沈黙。
森の奥で、獣の唸り声が響く。
俺はそちらへ鞭を振った。
――パァンッ!
木陰から飛び出しかけた魔獣が、横っ面を打ち抜かれて吹き飛ぶ。
……よし。
続けろ。
「……それを、レムに信じろと?」
レムの声は硬かった。
「……そうなるな」
「……申し訳ありませんが、簡単には信じられません」
「……だよなぁ」
スバルが苦笑した。
「俺でも怪しいと思うもん」
「…………」
「でもさ、レム」
そこで、スバルの声が変わった。
「俺、村の子供たちを助けたかったんだ」
レムが顔を上げる。
「……それは……」
「別に、誰かに褒めてもらいたかったわけじゃねえ。あいつらが危ないって聞いたら、放っとけなかった」
スバルは笑った。
「……まあ、結果的にはエリスに助けてもらっちまったけどな」
「おい、そこは素直に感謝しろよ」
「してるわ!」
即座に返ってきた。
俺は笑った。
レムも、ほんの僅かに目を丸くする。
「……それに」
スバルは続けた。
「今日だって、レムを助けたくて来たんだ」
「…………」
「怖かったぜ? マジで」
その言葉に、嘘はなかった。
「さっきだって、足が震えて動かなかった。エリスがいなかったら、俺、絶対に近づけなかったと思う」
スバルは、自分の手を見た。
「……でも、助けたかったんだよ」
レムは何も言わない。
「だからさ」
スバルは顔を上げた。
「俺が何者なのか、今すぐ信じてくれなくてもいい」
そして。
「……ただ、俺がレムを助けたかったってことだけは、信じてほしい」
しばらく。
本当に、しばらく。
レムは黙っていた。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「……レムは」
その声は、小さかった。
「……スバルくんのことを、まだ完全には信用できません」
「……おう」
「魔女の臭いは……レムにとって、とても恐ろしいものです」
スバルは頷いた。
「……うん」
「……ですが」
レムは、自分の額に手を当てた。
先ほどまで、角が生えていた場所。
「……あなたがレムを助けてくれたことは、覚えています」
スバルが目を見開く。
「……途中から、少しだけ」
レムは俯いた。
「……剣を持って近づいてくるあなたが見えました」
「…………」
「……怖がっていたのに」
レムの声が震えた。
「……それでも、逃げなかった」
スバルは何も言わなかった。
「……どうして、そこまでしてくださったのですか?」
「……どうしてって」
スバルは困ったように笑った。
「……レムが困ってたから、かな」
「…………」
「俺、そういうの放っとけねえんだよ」
レムの瞳が揺れる。
俺は、そっと息を吐いた。
……まあ。
悪くねえ答えだ。
◇◇◇
「……さて」
二人の会話が一段落したところで、俺は振り返った。
「そろそろいいか?」
「……あ、悪いエリス!」
「構わねえよ」
俺は森の奥を見た。
先ほどから、魔獣の気配が増えている。
こいつら、どうやら俺たちを逃がすつもりはないらしい。
もっとも。
逃げるつもりもないんだが。
「レム、身体は動くか?」
「……はい。まだ少し重いですが、問題ありません」
「無理はすんなよ。角はもう出すな」
「……承知しました」
レムが立ち上がる。
足元が僅かにふらついた。
俺は眉を寄せる。
「おい」
「……申し訳ありません」
「謝れって言ってんじゃねえよ」
俺はレムの肩を軽く叩いた。
「一人で全部やろうとすんな」
「…………」
「お前が一人で何とかしなきゃならねえ理由なんざ、どこにもねえだろ」
レムが顔を上げる。
「ラムも心配してたぞ」
「……姉様が?」
「ああ。珍しく声が震えてた」
「…………」
レムは俯いた。
「……レムは、また姉様に……」
「だから」
俺は言葉を遮った。
「迷惑かけたとか、そういう話じゃねえって」
「…………」
「心配してくれる奴がいるなら、頼りゃいいだろ」
レムは何も言わなかった。
ただ。
小さく、頷いた。
「……はい」
その声は、先ほどより少しだけ柔らかかった。
「……ありがとうございます、エリス様」
「おう」
俺は笑った。
「で、スバル」
「……ん?」
「まだやれるか?」
「あたりまえだろ?」
「その傷で?」
「男にはやらなきゃいけない時があるんだよ」
「だろうな」
俺は頷いた。
「じゃあ、単独行動は禁止だ」
「……おう」
「俺が前に出る。レムはスバルの護衛。お前は俺たちの目が届く場所から動くな」
「……なるほど」
「魔獣が集まったら、俺が片付ける」
レムが口を開いた。
「……エリス様」
「あ?」
「……レムも、戦えます」
「知ってるよ」
「……ですが、スバルくんの護衛だけでは……」
「不満か?」
「……いえ」
俺は笑った。
「だったら頼むぜ」
「…………」
「お前が守ってくれりゃ、俺は好きに暴れられる」
レムは少し驚いたように目を見開いた。
そして。
「……はい」
小さく頷いた。
「……お任せください」
「よし」
俺はスバルを見る。
「で、囮役さんよ」
「……おう」
「怖くなったら遠慮なく言えよ」
「……へ?」
「無理して死なれちゃ困るんでな」
スバルは、少しだけ笑った。
「……わかってるって」
俺は肩をすくめる。
「なら、始めるか」
◇◇◇
森の奥へ進むにつれ、空気が変わった。
獣の臭い。
湿った土。
そして、無数の気配。
「……うわ」
スバルが顔を引きつらせた。
「……多くね?」
「多いな」
「……どんくらい?」
「数えるのも面倒なくらい」
「……帰っていい?」
「駄目」
「即答!?」
俺は笑った。
木々の隙間。
茂みの奥。
枝の上。
そこかしこに、赤い瞳が浮かび上がる。
魔獣。
魔獣。
魔獣。
なるほど。
随分と溜め込んでやがる。
「……スバルくん」
レムがモーニングスターを構えた。
「レムの後ろへ」
「……お、おう」
スバルが一歩下がる。
その瞬間。
魔獣たちが、一斉に動いた。
「――来るぞ!」
俺は地面を蹴った。
――パァンッ!!
鞭が唸る。
先頭の魔獣が吹き飛び、その背後にいた二匹を巻き込んだ。
続けざまに、左手を振るう。
「――ミーニャ」
魔獣が砕け散る
「――ギャッ!?」
魔法でやられたのをみて動きを止めた獣へ、鞭が走る。
一匹。
二匹。
三匹。
次々と、地面へ沈んでいく。
「……すっげえ」
スバルの呟きが聞こえた。
だが。
「スバルくん!」
「――っ!?」
横合いから、魔獣が飛び出した。
俺の攻撃を避け、木々の間を抜けてきた一匹。
狙いは、スバル。
「――させません!」
レムの鉄球が唸った。
――ゴッ!!
魔獣の身体が、横から叩き潰される。
「……っぶねえ!」
「スバルくん、下がってください!」
「……おう!」
レムが前へ出る。
その背後で、スバルが必死に周囲を見渡した。
「……右! レム、右から来る!」
「――はい!」
鉄球が弧を描く。
飛びかかってきた魔獣を、真正面から迎え撃った。
……ほう。
悪くねえな。
スバルは戦えない。
だが、目は動いている。
自分に向かってくる魔獣の位置を、必死に伝えていた。
そしてレムも、それに応えている。
「……いいじゃねえか」
俺は笑った。
「だったら、こっちも派手にいくか」
鞭を引き戻す。
マナを巡らせる。
陰と陽。
二つの属性が、俺の周囲で絡み合った。
黒い影が地面を走り、白い光が鞭へ宿る。
「――さあ」
俺は笑った。
「どっからでも来いよ」
◇◇◇
戦いは、しばらく続いた。
魔獣の数は多かった。
だが、数だけだ。
俺が前を潰し、レムがスバルを守る。
スバルは周囲を見て、危険を知らせる。
単純な役割分担。
それが、思いのほか上手く噛み合っていた。
「――エリス! 奥の木!」
「あ?」
「上! 上だ!」
見上げる。
太い枝の上に、ひときわ大きな魔獣がいた。
他の連中より、一回りは大きい。
そいつが、こちらを見下ろしていた。
「……なるほど」
俺は口元を吊り上げた。
「お前が親玉か?」
魔獣が唸った。
その直後。
周囲の獣たちが、一斉にスバルへ殺到した。
「――っ!?」
スバルが息を呑む。
「レム!」
「はい!」
鉄球が唸る。
だが、数が多い。
前方から三匹。
左右から二匹ずつ。
さらに、背後。
「……ちっ」
俺は地面を蹴った。
「――伏せろ!」
「――っ!」
スバルとレムが身を屈める。
その頭上を、鞭が通り抜けた。
白い光を帯びた鞭が、円を描く。
――パァァンッ!!
空気が弾けた。
周囲の魔獣が、まとめて吹き飛ぶ。
「……うおおお!?」
スバルが頭を抱えた。
「ちょっ、エリス!? 今の俺らも巻き込まれてねえ!?」
「巻き込んでねえだろ」
「いや、めっちゃ怖かったんですけど!?」
「生きてるなら問題ねえ」
「問題あるわ!!」
俺は笑った。
そして。
木の上の魔獣へ視線を戻す。
「……さて」
そいつは、まだ逃げていなかった。
いや。
逃げる気がないらしい。
口元から涎を垂らし、こちらを睨みつけている。
「……いいねえ」
俺は鞭を構えた。
「少しは楽しませてくれよ」
魔獣が跳んだ。
巨体に似合わぬ速度。
鋭い爪が、俺の顔面へ迫る。
「――遅え」
半歩、身体をずらす。
爪が頬の横を通り抜ける。
同時に、鞭を振るった。
――パァンッ!
魔獣の胴体を打ち抜く。
だが。
「……ほう?」
そいつは空中で身体を捻り、着地した。
なかなか頑丈だ。
他の連中とは、少し違うらしい。
「……面白え」
俺は笑った。
魔獣が吠える。
再び、突進。
俺は鞭を振るう。
今度は、避けられた。
……へえ。
学習してやがる。
「……いいじゃねえか」
俺は左手を上げた。
足元から、影が伸びる。
魔獣が跳ぶ。
影を避けた。
だが。
「そっちは囮だ」
頭上に、白い光が灯った。
「ジワルド」
陽魔法。
閃光が、魔獣の視界を奪う。
「――ギャッ!?」
その一瞬。
俺は踏み込んだ。
「――終わりだ」
鞭が唸る。
――パァンッ!!
魔獣の身体が、地面へ叩きつけられた。
土煙が舞う。
しばらくして。
動かなくなった。
「……ふぅ」
俺は鞭を引き戻した。
「まあまあだったな」
◇◇◇
「……終わった?」
スバルが、恐る恐る顔を上げた。
「まだだ」
「……え?」
俺は森の奥を見た。
気配が、まだ残っている。
「……何匹か逃げた」
「……マジかよ」
「ああ。だが、遠くには行ってねえ」
俺は通信具を取り出した。
「……ベティー」
石が淡く光る。
『……何かしら』
「スバルの呪いについて確認したい」
『……呪い?』
「昨日噛まれた魔獣の件だ。何匹もいたんだろ?」
『……そうなのよ』
「今、森で魔獣を片付けてる。残りがいるかどうか、屋敷に戻ったら確認してくれ」
『……当然かしら。あの男を連れて帰ってくるのよ』
「おう」
『……それから』
「あ?」
『……お前も、無茶をしないことかしら』
俺は笑った。
「わかってるよ」
『……絶対にわかってないのよ!』
通信が切れた。
「……相変わらずだな」
俺は肩をすくめた。
「……エリス」
スバルがこちらを見る。
「……俺、まだ囮やった方がいい?」
「……そうだな」
俺は頷いた。
「ただし、もう少しだけだ」
レムが前へ出る。
「……スバルくんは、レムがお守りします」
スバルが目を丸くした。
「……レム?」
「……まだ、すべてを信じられたわけではありません」
レムは、真っ直ぐにスバルを見た。
「……ですが」
その瞳に、先ほどまでの敵意はなかった。
「……あなたがレムを助けてくださったことは、事実です」
「…………」
「……ですから、今度はレムが」
モーニングスターを握り直す。
「……スバルくんを、お守りします」
スバルは、しばらく黙っていた。
そして。
「……おう!」
嬉しそうに笑った。
「頼りにしてるぜ、レム!」
「……はい」
レムも、ほんの少しだけ笑った。
俺は二人を見て、口元を緩める。
「……よし」
鞭を肩に担いだ。
「じゃあ、残りを片付けに行くか」
◇◇◇
その後の戦いは、長くなかった。
スバルの臭いに引き寄せられた魔獣が、次々と姿を現す。
レムが守り、俺が倒す。
逃げようとした連中は、陰魔法で足を止めた。
木の上へ逃れたものは、鞭で叩き落とす。
地面に潜ろうとしたものは、影で引きずり出す。
そして。
最後の一匹。
「――そこだ」
鞭が、木の陰へ走った。
――パァンッ!
短い悲鳴。
魔獣が地面へ倒れる。
俺は周囲を見渡した。
気配は、ない。
「……ふぅ」
鞭を巻き取り、腰へ戻す。
「これで終わりかね」
「……マジ?」
スバルが顔を上げた。
「ああ。少なくとも、この辺りに残ってる奴はいねえ」
「……やった……?」
「屋敷でベティーに確認してもらうまでは、確定じゃねえけどな」
俺は笑った。
「まあ、ひとまず終了だ」
スバルは、しばらく固まっていた。
そして。
「……っしゃあああああ!!」
両手を突き上げた。
「生きてる! 俺、生きてるぞおおお!!」
「うるせえ」
「いいだろ別に!!」
俺は笑った。
レムも、そんなスバルを見て小さく微笑んだ。
◇◇◇
帰り道。
スバルは、さすがに限界だったらしい。
「……エリス」
「あ?」
「……足、動かねえ」
「知ってた」
「……知ってたなら助けろよ」
「しょうがねえな」
俺はスバルの腕を肩へ回した。
「ほら、歩け」
「……おう」
レムが反対側へ回る。
「……スバルくん、こちらもお使いください」
「……レム?」
「……お怪我をされていますから」
「……お、おう」
スバルが、少し照れたように笑った。
「……ありがとな」
「……いえ」
レムは、小さく首を振った。
「……こちらこそ、ありがとうございました」
スバルの足が止まる。
「……え?」
「……レムを、助けてくださって」
「…………」
スバルは、しばらく何も言わなかった。
そして。
「……どういたしまして」
少しだけ、声を震わせて笑った。
◇◇◇
ロズワール邸へ戻ったのは、日が傾き始めた頃だった。
「――エリー!!」
玄関の扉が開く。
銀髪の少女が、こちらへ駆け寄ってきた。
「おう、リア」
「……よかった……!」
リアは俺の腕を掴んだ。
「……みんな、無事?」
「ああ。全員生きてる」
「……本当に?」
「本当だって」
俺は笑った。
「ほら、見りゃわかるだろ」
リアは、スバルとレムを見た。
「……スバル! レム!」
「……ただいま、エミリアたん」
「……ただいま戻りました、エミリア様」
リアの顔が、ぱっと明るくなる。
「……おかえり!」
その声を聞いて。
スバルは、少しだけ目を細めた。
◇◇◇
「――レム!」
廊下の奥から、赤髪の少女が現れた。
「……姉様」
レムが顔を上げる。
ラムは、早足で近づいてきた。
「……無事だったのね」
「……はい」
「……馬鹿な妹」
「……申し訳ありません」
「……本当に」
ラムは、レムの額へ手を伸ばした。
角のあった場所。
そこへ、そっと触れる。
「……無事で、よかった」
「……姉様……」
レムの瞳に、涙が浮かんだ。
「……ごめんなさい……」
「……謝るくらいなら、次からは一人で行動しないことね」
「……はい」
ラムは、小さく息を吐いた。
そして。
俺へ視線を向ける。
「……エリス様」
「あ?」
「……ありがとうございました」
俺は肩をすくめた。
「礼ならスバルに言ってやれ」
「……バルスに?」
「ああ。レムの角を叩いて、鬼化を解いたのはこいつだ」
ラムが目を見開いた。
スバルは、慌てて手を振る。
「い、いや! 俺一人じゃ絶対無理だったし!」
「それでも、お前がやったことだろ」
「…………」
ラムは、しばらくスバルを見つめた。
そして。
「……そう」
小さく頷く。
「……ありがとう、バルス」
「…………」
スバルが固まった。
「……え?」
「……何度も言わせないでちょうだい」
「……いや、今ラムが俺に礼を……?」
「……聞こえなかったなら結構よ」
「聞こえた! 聞こえたから!」
俺は笑った。
「よかったな、スバル」
「……おう!」
◇◇◇
「……で?」
禁書庫。
俺の膝の上に座ったベアトリスが、スバルを睨んでいた。
「……また随分と無茶をしたものかしら」
「……面目ねえ」
「……まったくなのよ」
ベアトリスは、スバルの腕へ手を伸ばした。
淡い光が灯る。
しばらくして。
「…………」
ベアトリスの眉が動いた。
「……どうだ?」
俺が尋ねる。
ベアトリスは、ふんと鼻を鳴らした。
「……呪いの繋がりは、すべて消えているかしら」
「……マジ!?」
スバルが身を乗り出した。
「……本当か!?」
「……ベティーが嘘をつくと思っているのかしら?」
「……いや、そういうわけじゃ!」
「……少なくとも、今のお前に残っている魔獣の呪いはないのよ」
スバルは、しばらく固まっていた。
そして。
「……っしゃあああああ!!」
両手を突き上げた。
「生き延びたああああ!!」
「うるさいかしら!!」
ベアトリスが怒鳴る。
俺は笑った。
「よかったじゃねえか」
「……おう!」
スバルが笑った。
「……ありがとな、エリス!」
「おう」
「……マジで、ありがとな!」
「わかったわかった」
俺は、ベアトリスの頭を撫でた。
「ベティーもありがとな」
「……っ!」
ベアトリスが顔を赤くする。
「……べ、別にお前のためにやったわけじゃないかしら!」
「そうかよ」
「……もう!」
相変わらずだ。
◇◇◇
その日の夕食は、いつもより少しだけ賑やかだった。
リアが笑い。
ラムが皮肉を言い。
レムが料理を運び。
スバルが騒ぐ。
ロズワールは、相変わらず妙な調子で喋っていた。
俺は椅子に座り、目の前の料理へ手を伸ばす。
「……エリス様」
「あ?」
レムが、俺の隣に立っていた。
「……本日は、本当にありがとうございました」
「……またかよ」
「……はい」
レムは、小さく笑った。
「……何度でも、お礼を申し上げたいので」
「……大袈裟だな」
俺は肩をすくめる。
「次からは、ちゃんと頼れよ」
「……はい」
レムは頷いた。
そして。
「……スバルくんにも、改めてお礼を」
そう言って、スバルの方へ向かっていく。
俺は、その背中を見送った。
……まあ。
いいんじゃねえの。
◇◇◇
SIDE スバル
――終わった。
そう思った瞬間。
全身から、力が抜けた。
村の子供たちは、全員助かった。
レムも、無事だった。
魔獣も倒した。
呪いも消えた。
そして。
俺は、生きている。
「……はは」
笑いが漏れた。
……長かった。
本当に、長かった。
何度も。
何度も。
死んで。
失って。
やり直して。
ようやく。
ようやく、ここまで来た。
「……スバルくん」
声がした。
顔を上げる。
そこには、青髪の少女が立っていた。
「……レム?」
「……少し、よろしいでしょうか」
「……おう」
レムは、俺の前に立った。
そして。
深々と、頭を下げた。
「……ありがとうございました」
「…………」
「……レムを、助けてくださって」
胸の奥が、熱くなった。
「……いや」
俺は、頭を掻いた。
「……俺一人じゃ、何もできなかったよ」
「……それでも」
レムは顔を上げた。
「……スバルくんが、来てくださったことが嬉しかったです」
「…………」
「……まだ、わからないことはあります」
レムは、少しだけ俯いた。
「……ですが、レムは」
そして。
小さく、微笑んだ。
「……スバルくんのことを、もっと知りたいと思いました」
……ああ。
やべえ。
泣きそうだ。
「……おう」
俺は、必死に笑った。
「……任せとけ」
その時。
「――スバル!」
エミリアたんの声が聞こえた。
「……エミリアたん?」
「もう! ちゃんとご飯食べなきゃ駄目でしょ!」
「……あ、はい!」
俺は慌てて席へ戻る。
その途中。
ふと、視線を向けた。
食卓の向こう。
エリスが、リアと笑いながら話している。
ラムが何かを報告し。
ベア子が隣で文句を言い。
レムも、自然とそちらへ視線を向ける。
……すげえな。
あいつは。
何もしていないようで。
誰かが困れば、当たり前みたいに手を伸ばす。
そして。
助けられた奴らは、それを覚えている。
今日も。
明日も。
その先も。
……俺とは、違う。
俺がどれだけ頑張っても。
どれだけ誰かを助けても。
死んじまえば、全部なかったことになる。
誰も覚えていない。
俺だけが、覚えている。
……でも。
「……スバルくん?」
隣から、声がした。
レムだった。
「……どうかしましたか?」
「……いや」
俺は笑った。
「……なんでもねえよ」
今は。
今だけは。
ちゃんと、残っている。
俺が助けたことも。
レムが笑ってくれたことも。
全部。
ちゃんと、ここにある。
「……よし!」
俺は両手を叩いた。
「今日は食うぞー!」
「……もう、スバルったら!」
エミリアたんが笑う。
レムも、小さく微笑んだ。
そして。
「――おい、スバル!」
エリスが、向こうから声をかけてきた。
「飯冷めるぞ!」
「……わかってるって!」
俺は笑った。
「……今行くよ!」
そうして。
俺たちの、長い一日が終わった。
コメント来てたの気づかなかった
ありがとうございます