月光る夜   作:案院運

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いろいろふなれでごめんなさい


白鯨討伐
王選


 

SIDE スバル

 

 平和とは、素晴らしいものである。

 

 朝起きても死んでいない。

 

 飯を食っても死なない。

 

 廊下を歩いても死なない。

 

 そして何より、夜になれば普通に眠れる。

 

 なんと素晴らしい。

 

 人類はもっと、この当たり前の幸福に感謝するべきではなかろうか。

 

「――というわけで、俺は今、猛烈に感動している!」

 

「朝から何を騒いでいるの、バルス」

 

「おはようございます、ラムさん! 本日も素晴らしい毒舌ですね!」

 

「褒めても何も出ないわよ」

 

 ロズワール邸。

 

 魔獣騒動から数日。

 

 俺ことナツキ・スバルは、ようやく平穏な日常を取り戻していた。

 

 ……いや、本当に。

 

 長かった。

 

 長すぎた。

 

 どれだけ長かったかって?

 

 そいつは、ちょっと口では説明できない。

 

 まあ、とにかく。

 

 俺は生きている。

 

 それだけで、今日はいい日だ。

 

「スバルくん、おはようございます」

 

「――おおっ! レムりん!」

 

 振り返れば、青髪の天使が立っていた。

 

 いや、天使というのは比喩ではない。

 

 実際、今の俺には後光が見える。

 

「おはよう、レム! 今日も可愛いな!」

 

「……ふふ。ありがとうございます」

 

 レムが微笑む。

 

 ……ああ。

 

 いい。

 

 非常にいい。

 

 以前のような刺々しい警戒は、もうほとんど感じられない。

 

 もちろん、完全に打ち解けたわけではないだろう。

 

 それでも。

 

 俺の言葉に、こうして笑ってくれる。

 

 それが、どうしようもなく嬉しかった。

 

「……ところで、スバルくん」

 

「ん?」

 

「エリス様を見かけませんでしたか?」

 

「…………」

 

 出た。

 

 エリス。

 

 エリス・フォン・フェンウィック。

 

 銀青色の髪を持つ、顔面偏差値の暴力。

 

 性格は傍若無人。

 

 態度は横柄。

 

 口も悪い。

 

 だというのに。

 

 なぜか、誰からも頼りにされる男。

 

「……いや、見てねえけど」

 

「そうですか。朝食のお時間なのですが……」

 

「……あいつなら、まだ寝てんじゃね?」

 

「……なるほど」

 

 レムは納得したように頷いた。

 

「では、禁書庫でしょうか」

 

「……なんで寝てる場所が禁書庫なんだよ」

 

「エリス様は、よくベアトリス様のお部屋でお休みになっていますから」

 

「…………」

 

 待て。

 

 なんだその情報。

 

 初耳なんですけど。

 

「……あいつ、ベア子の部屋で寝てんの?」

 

「はい」

 

「……普通に?」

 

「はい」

 

「……怒られねえの?」

 

「……?」

 

 レムが不思議そうに首を傾げる。

 

「ベアトリス様は、エリス様にはお優しいですから」

 

「…………」

 

 俺は天井を仰いだ。

 

 ……なんでだよ。

 

 俺が禁書庫に入ったら、まず罵倒から始まるぞ。

 

 下手すりゃ追い出される。

 

 なのに。

 

 あいつは、そこで寝てる?

 

 しかも許されてる?

 

「……世界って、不公平だな」

 

「……スバルくん?」

 

「いや、なんでもねえ」

 

 俺は遠い目をした。

 

 ……まあ、いい。

 

 考えたら負けだ。

 

     ◇◇◇

 

SIDE エリス

 

「……おい、ベティー」

 

「……何かしら」

 

「朝飯、まだか?」

 

「……知らないのよ」

 

 禁書庫。

 

 いつもの椅子。

 

 いつもの紅茶。

 

 そして。

 

 俺の膝の上には、いつもの金髪少女。

 

「……腹減ったな」

 

「……だったら食堂へ行けばいいかしら」

 

「面倒くせえ」

 

「……まったく」

 

 ベティーが呆れたように息を吐く。

 

 だが、膝から降りる気配はない。

 

 俺は紅茶を飲んだ。

 

 うん。

 

 今日も美味い。

 

「……そういや」

 

「……何かしら」

 

「そろそろ王都に戻らなきゃならねえんだったか?」

 

 ベティーの手が止まった。

 

「……王都?」

 

「ああ。リアの王選絡みでな」

 

「…………」

 

 ベティーは、少しだけ眉を寄せた。

 

「……また、面倒なことに首を突っ込むつもりなのかしら」

 

「俺はリアの騎士だからな」

 

「……知っているのよ」

 

「だったら聞くなよ」

 

「……お前は、本当に」

 

 ベティーは、小さく息を吐いた。

 

「……少しは、自分の立場を考えるべきかしら」

 

「考えてるぞ」

 

「……嘘なのよ」

 

「失礼な」

 

 俺は笑った。

 

 すると。

 

「――エリス!!」

 

 扉が勢いよく開いた。

 

 黒髪の少年。

 

 スバルだ。

 

「……朝っぱらからうるせえな」

 

「お前、やっぱりここにいたのかよ!」

 

「あ?」

 

「しかも普通にベア子を膝に乗せてるし!」

 

「……それがどうした」

 

「どうしたじゃねえよ! なんで俺と待遇が違うんだよ!」

 

 ベティーが、露骨に顔をしかめた。

 

「……当然かしら」

 

「当然!?」

 

「……お前とエリスを一緒にしないでほしいのよ」

 

「辛辣すぎる!!」

 

 俺は笑った。

 

「まあ、日頃の行いじゃねえの?」

 

「お前にだけは言われたくねえ!!」

 

「ははは!」

 

 実に賑やかな朝だった。

 

     ◇◇◇

 

 朝食後。

 

 俺はリアに呼び出された。

 

 場所は、屋敷の応接室。

 

 そこには、ロズワールとラムもいた。

 

「……エリー」

 

「あ?」

 

「ちょっと、お話があるの」

 

「おう」

 

 俺は椅子に腰を下ろした。

 

 リアが、少しだけ緊張した様子でこちらを見る。

 

「……王都から、連絡があったの」

 

「……ほう」

 

「王選に関する集まりが、近いうちに開かれるんだって」

 

 なるほど。

 

 ようやくか。

 

「……それで、私も王都へ行かなきゃいけなくて」

 

「当然だろ」

 

「……うん」

 

 リアは頷いた。

 

「……エリーも、一緒に来てくれる?」

 

 俺は思わず笑った。

 

「何言ってんだ」

 

「……え?」

 

「行くに決まってんだろ」

 

 リアの顔が、ぱっと明るくなった。

 

「……ほんと?」

 

「ああ」

 

 俺は肩をすくめた。

 

「お前の騎士が、お前置いてどこ行くんだよ」

 

「……えへへ」

 

 リアが嬉しそうに笑う。

 

 ……まったく。

 

 そんなに心配することかね。

 

「いやぁ〜、実に頼もしいねぇ、エリスくん」

 

 ロズワールが、いつもの調子で口を開いた。

 

「ただぁ〜、一つだけお願いがあるんだよねぇ」

 

「……あ?」

 

「王都ではぁ〜、くれぐれも騒ぎを起こさないでほしいんだよぉ」

 

「…………」

 

 俺はロズワールを見た。

 

「……お前、俺を何だと思ってんだ?」

 

「最悪の騎士、かなぁ〜?」

 

「……おい」

 

 ラムが、淡々と口を開く。

 

「エリス様。残念ながら、世間の評価は概ねその通りかと」

 

「……ラムまで言うか」

 

「事実ですので」

 

 リアが慌てて手を振った。

 

「で、でも! エリーはすごく優しいし、ちゃんと考えてくれてるから!」

 

「……リア」

 

「……な、なに?」

 

「お前まで庇う必要ねえよ」

 

「……え?」

 

「俺が好きでやってることだしな」

 

 俺は笑った。

 

「嫌われたところで、別に困らねえ」

 

 ロズワールが、細い目をさらに細めた。

 

「……本当に、君らしいねぇ」

 

「褒め言葉として受け取っとくわ」

 

     ◇◇◇

 

SIDE スバル

 

「――王都!?」

 

 俺は思わず叫んだ。

 

「マジで!?」

 

「……うん」

 

 エミリアたんが頷く。

 

「近いうちに、王都へ行くことになったの」

 

「……おおお!」

 

 王都。

 

 王都である。

 

 この世界に来て、最初に放り出された場所。

 

 あの賑やかな街。

 

 果物屋のおっちゃん。

 

 盗品蔵。

 

 そして、エミリアたんと出会った場所。

 

「……いいねえ!」

 

 俺は笑った。

 

「久しぶりに行きてえな!」

 

「……スバルも?」

 

「そりゃもう!」

 

 俺は胸を張った。

 

「王都には、色々と思い出があるからな!」

 

 ……まあ。

 

 楽しい思い出ばかりじゃないけど。

 

 そこは、それ。

 

「……でも」

 

 エミリアたんが、少し困ったように眉を下げた。

 

「今回は、遊びに行くわけじゃないの」

 

「……ん?」

 

「王選に関する、大切な集まりがあるから」

 

「……王選?」

 

「……うん」

 

 エミリアたんは頷いた。

 

「私が、王様になるための」

 

 その言葉に。

 

 俺は、少しだけ息を呑んだ。

 

 ……そうか。

 

 そうだった。

 

 エミリアたんは、王様を目指してるんだ。

 

 普段は屋敷で一緒に飯を食って、笑って、話して。

 

 つい忘れそうになるけど。

 

 彼女は、俺とは違う世界にいる。

 

 ……そして。

 

「――おい、スバル」

 

 声がした。

 

 振り返る。

 

 エリスが、廊下の向こうから歩いてきた。

 

「……エリス?」

 

「何ぼさっとしてんだ」

 

「……いや、王都の話を聞いてさ」

 

「ああ」

 

 エリスは頷いた。

 

「俺も行くぞ」

 

「……だよな」

 

「当然だろ」

 

 そう言って。

 

 あいつは、何でもないように笑った。

 

 ……当然。

 

 そう。

 

 当然なのだ。

 

 エリスは、エミリアたんの騎士だから。

 

 彼女の隣に立つことが、許されている。

 

 いや。

 

 許されているどころか。

 

 それが、あいつの役目なのだ。

 

「……そっか」

 

 俺は笑った。

 

「……頼もしいな」

 

「だろ?」

 

「自分で言うな!」

 

 エリスが笑う。

 

 俺も笑った。

 

 ……けど。

 

 胸の奥に。

 

 ほんの少しだけ。

 

 何かが、引っかかった。

 

     ◇◇◇

 

SIDE エリス

 

 王都へ向かう日が決まった。

 

 数日後。

 

 屋敷は、朝から慌ただしかった。

 

 荷物をまとめるラム。

 

 馬車の準備をするレム。

 

 リアは、何やら難しい顔で書類を読んでいる。

 

 そして。

 

「――エリス様」

 

「あ?」

 

 ラムが、俺へ一通の封書を差し出した。

 

「……王都より、お手紙です」

 

「……誰からだ?」

 

「差出人は、近衛騎士団となっております」

 

「…………」

 

 俺は封書を受け取った。

 

 封蝋。

 

 紋章。

 

 見慣れたものだ。

 

「……面倒くせえな」

 

 封を切る。

 

 中身を読む。

 

 そして。

 

「……はっ」

 

 思わず笑った。

 

「……エリス様?」

 

「いや、何でもねえ」

 

 俺は手紙を畳んだ。

 

 内容は、簡単だった。

 

 王都への帰還に際し、近衛騎士団本部へ出頭すること。

 

 加えて。

 

 王選に関する式典においては、騎士としての品位を保つこと。

 

 ……だとよ。

 

「……相変わらず、堅苦しい連中だ」

 

 俺は手紙を懐へしまった。

 

 すると。

 

「――エリー!」

 

 リアが、廊下の向こうから駆け寄ってきた。

 

「……どうした?」

 

「王都へ行く準備、できた?」

 

「ああ」

 

「……ほんと?」

 

「おう」

 

 俺は笑った。

 

「いつでも行けるぞ」

 

 リアが、嬉しそうに微笑む。

 

「……よかった」

 

 その笑顔を見て。

 

 俺は、ふと思った。

 

 ……さて。

 

 久しぶりの王都だ。

 

 騎士団。

 

 貴族。

 

 王選候補者。

 

 そして。

 

 面倒な連中が、山ほどいる。

 

「……はは」

 

 俺は笑った。

 

「……楽しみだな」

 

 リアが、不思議そうに首を傾げた。

 

「……エリー?」

 

「いや」

 

 俺は肩をすくめた。

 

「何でもねえよ」

 

 そうして。

 

 俺たちは、再び王都へ向かうことになった。

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