SIDE エリス
王都ルグニカの城門が、ゆっくりと遠ざかっていく。
石畳を叩く車輪の音。規則正しく響く馬の蹄。窓の外では、王都の賑やかな街並みが少しずつ姿を変え、やがて街道沿いの草原へと移り変わっていった。
王選会議が終わった。
もっとも、終わったというだけで、何もかもが片付いたわけじゃない。
むしろ面倒事は増えた気さえする。
「……あー、かったりぃ」
俺は馬車の座席に深く腰掛け、両腕を頭の後ろで組んだ。
「エリー、お行儀悪いよ」
「誰も見てねえだろ」
「私が見てるよ?」
「じゃあ見なかったことにしろ」
「もうっ」
向かいに座るリアが頬を膨らませる。
その仕草に思わず笑いそうになったが、どうにもいつもの調子とは違った。
無理もない。
昨日、あれだけのことがあったんだからな。
王選会議。
スバルの暴走。
ユリウスとの決闘。
そして、リアとスバルの喧嘩。
思い返すだけでも、なかなか濃い一日だった。
……ったく。
あの馬鹿も、少しは加減ってもんを覚えりゃいいのによ。
「……エリー」
「あ?」
顔を上げると、リアがこちらを見ていた。
紫紺の瞳には、どこか迷いが浮かんでいる。
「……スバル、本当に大丈夫かな」
「さあな」
「……そっか」
リアは小さく俯いた。
俺は窓の外へ視線を向ける。
王都の城壁は、もう随分と小さくなっていた。
「まあ、怪我の方は心配いらねえだろ。フェリスが診てるんだ」
「……うん」
「それにレムも残ってる。あいつが一緒なら、スバルもそうそう無茶はできねえだろ」
「……そうだといいんだけど」
リアは膝の上で手を握り締めた。
……まったく。
こいつは本当に、他人のことばっかりだ。
「リア」
「なあに?」
「お前、まだ自分が悪かったと思ってんのか?」
「……少しだけ」
「はぁ……」
俺は盛大にため息を吐いた。
「昨日も言っただろ。お前は間違ったこと言ってねえって」
「……でも、スバルはすごく傷ついてたから」
「そりゃそうだろ」
「……え?」
リアが顔を上げる。
俺は肩を竦めた。
「喧嘩したんだから、傷つくことぐらいあるだろ。お前だって傷ついたんじゃねえのか?」
「…………」
「なのに、なんでお前だけが悪かったことにしようとしてんだよ」
リアは答えなかった。
ただ、膝の上でぎゅっと手を握る。
「……スバルは、私のために頑張ってくれたの」
「ああ」
「それは、ちゃんとわかってるつもりなの」
「なら、それでいいじゃねえか」
「……でも」
「でもじゃねえよ」
俺は少しだけ身を乗り出した。
「リア。お前はスバルに感謝してる。けど、勝手なことをされて腹も立った。両方本当なんだろ?」
「……うん」
「なら、それでいい」
俺は口元を歪めた。
「誰かを大事に思ってるからって、そいつの全部を許さなきゃいけねえわけじゃない。お前の気持ちだって、お前のもんだろ」
リアは目を見開いた。
そして、ゆっくりと頷く。
「……うん。ありがとう、エリー」
「おう」
俺は満足げに背もたれへ体を預けた。
すると。
「……まったく」
隣から、小さな声が聞こえた。
「エリスは、本当に甘いのよ」
「……あ?」
振り向けば、ベティーが腕を組んでいた。
その顔には、いかにも不満そうな表情が浮かんでいる。
「王城でも散々言ったけど、あの人間は反省が足りないかしら」
「まだ怒ってんのか、お前」
「当然なのよ!」
ベティーは勢いよくこちらを向いた。
「エリスがあれだけ心配してやったのに、あの人間は最後まで意地を張っていたのよ! まったく、理解できないかしら!」
「まあ、そう言ってやるな」
「どうしてなのよ!」
「……あいつにも、あいつなりの事情があんだろ」
「…………」
ベティーは黙り込んだ。
そして、少しだけ声を落とす。
「……それでも、エリスにあんなことを言っていい理由にはならないのよ」
……ああ。
そうだな。
確かに、あの言葉は少しだけ胸に引っかかっている。
――エリスみたいな奴には、俺の気持ちなんかわかんねえ。
……その通りだ。
俺はスバルじゃない。
あいつが何を考えて、何を恐れているのか。
全部理解できるわけじゃない。
だからといって。
友達であることまで、やめるつもりはない。
「……ベティー」
「何かしら」
「こっち来い」
「……?」
俺は片腕を広げた。
ベティーは一瞬きょとんとしたが、すぐに顔を赤くする。
「な、なんなのよ、突然!」
「いいから」
「……まったく、仕方ないかしら」
そう言いながら、ベティーは素直に俺の膝へ移動してきた。
俺はその頭を軽く撫でる。
「お前が俺のために怒ってくれたのは、嬉しかったぜ」
「…………っ」
「けど、もういい。俺は別に気にしてねえから」
「……エリス」
「それに、あいつが帰ってきた時まで怒ってたら、気まずいだろ?」
ベティーはしばらく黙っていた。
そして、小さくため息を吐く。
「……本当に、エリスは甘いのよ」
「ははっ。そうかもな」
「……でも」
「あ?」
「……そういうところも、嫌いじゃないかしら」
……ん?
俺は首を傾げた。
「そりゃよかった」
「…………」
ベティーが何故か不満そうに俺を睨んできた。
「……本当に、鈍感な男なのよ」
「なんでだよ」
理不尽である。
俺が眉を寄せると、向かい側から小さな笑い声が聞こえた。
「……ふふっ」
リアだった。
「ベティー、エリーのこと大好きだもんね」
「なっ……!?」
ベティーの顔が一瞬で真っ赤になった。
「ち、違うのよ! ベティーは別に、そんな……!」
「そうなの?」
「そ、そうかしら!」
……おいおい。
顔真っ赤じゃねえか。
俺は思わず笑った。
「ははっ! そんな必死に否定しなくてもいいだろ」
「エリスは黙っているのよ!!」
「なんで俺まで怒られんだよ!」
馬車の中に笑い声が響いた。
ほんの少しだけ。
重かった空気が、軽くなった気がした。
◇◇◇
王都を離れて数時間。
馬車は街道を進み、広大な草原を横切っていた。
窓の外には、どこまでも続く緑。
遠くには山々が連なり、空には白い雲がゆっくりと流れている。
平和な景色だ。
少なくとも、今のところは。
「……エリー」
「ん?」
「ちょっと聞いてもいい?」
リアがこちらを見ていた。
「おう。なんだ」
「……エリーは、どうして騎士になったの?」
……ん?
随分と唐突な質問だな。
俺は少しだけ眉を上げた。
「なんだよ、いきなり」
「……王選会議で、スバルが騎士を名乗ったでしょ?」
「ああ」
「それで、考えちゃったの。騎士って、どういう人のことを言うのかなって」
……なるほど。
俺は腕を組んだ。
騎士、ねえ。
面倒臭え話だ。
「……さあな」
「えっ?」
「俺にもよくわかんねえよ」
リアが目を丸くする。
「……エリー、騎士なのに?」
「騎士だからって、何でも知ってるわけじゃねえだろ」
俺は鼻で笑った。
「ユリウスに聞けば、立派な答えが返ってくるだろうけどな」
「……ユリウスさん?」
「ああ。あいつは騎士の鑑みてえな奴だからな」
俺は肩を竦めた。
「礼儀正しくて、真面目で、馬鹿みたいに誇り高い。ああいうのを騎士って言うんだろ」
「……じゃあ、エリーは?」
「俺?」
俺は少しだけ考えた。
そして、笑う。
「俺は俺だろ」
「……え?」
「騎士だからどうこうじゃねえよ。俺が守りてえと思った奴を守る。それだけだ」
リアは黙ってこちらを見つめていた。
俺は続ける。
「別に、立派な理由なんざねえ。俺が気に入らねえことは気に入らねえし、助けてえ奴は助ける」
「…………」
「それが騎士らしくねえって言われても、知ったこっちゃねえよ」
リアはしばらく黙っていた。
そして、小さく笑う。
「……エリーらしいね」
「だろ?」
俺は得意げに笑った。
すると。
「……本当に、傍若無人な男なのよ」
膝の上から声がした。
「うるせえ、ベティー」
「事実なのよ」
「お前も大概だろ」
「ベティーはエリスと違って、ちゃんとしているかしら」
「どの口が言うんだよ」
「この口なのよ!」
ベティーが頬を膨らませる。
俺は思わず吹き出した。
リアも笑った。
……ああ。
こういう時間は、悪くない。
◇◇◇
夕暮れ。
馬車はようやくロズワール領へと差し掛かった。
見慣れた森。
見慣れた道。
そして、遠くに見える小さな村。
アーラム村。
俺は窓の外を眺めながら、軽く伸びをした。
「……やっと帰ってきたか」
「……うん」
リアが小さく頷く。
その表情には、ようやく安堵が浮かんでいた。
「……やっぱり、帰ってくると落ち着くね」
「まあな」
俺は鼻を鳴らした。
王都は嫌いじゃない。
美味い飯もあるし、面白い奴らもいる。
ユリウスやラインハルトと顔を合わせるのも、悪くない。
だが。
あの堅苦しい空気だけは、どうにも性に合わない。
……まったく。
騎士ってのは、どうしてああ面倒臭いんだろうな。
「……エリス」
膝の上のベティーが、小さく呟いた。
「あ?」
「……屋敷に戻ったら、禁書庫に来るかしら?」
「ん? なんだよ、急に」
「……別に。久しぶりに、少し確認したい術式があるだけなのよ」
「俺を巻き込む気か?」
「契約者なのだから、当然かしら」
「横暴な精霊様だな、おい」
「エリスにだけは言われたくないのよ」
俺は思わず笑った。
……まったく。
どうやら、帰ってからも退屈はしなさそうだ。
◇◇◇
ロズワール邸。
その大きな門が、ゆっくりと開かれた。
馬車が敷地内へと入り、玄関前で停車する。
俺は真っ先に馬車を降りた。
「……ふぅ」
大きく伸びをする。
長時間の移動は、どうにも肩が凝る。
続いて、リアが降りてきた。
最後に、ベティー。
……いや。
ベティーは降りてこなかった。
「……おい、ベティー」
「……何かしら」
「降りねえのか?」
「……エリスが抱っこするのよ」
「……は?」
俺は思わず目を瞬かせた。
「お前、自分で歩けるだろ」
「……疲れたのよ」
「精霊が?」
「精霊だって疲れるのよ!」
……そういうもんなのか?
俺は少しだけ首を傾げた。
だが、まあ。
別に大したことでもない。
「……ったく。仕方ねえな」
俺はベティーを抱き上げた。
すると。
「……ふふん」
何故か、ベティーが得意げな顔をした。
……なんだこいつ。
まあ、いいか。
「――お帰りなさいませ、エミリア様。エリス様」
玄関前。
そこには、見慣れた桃色の髪の少女が立っていた。
ラム。
ロズワール邸に仕える双子のメイドの姉だ。
「おう、ただいま」
「ただいま、ラム」
リアが微笑む。
ラムは丁寧に頭を下げた。
「長旅、お疲れ様でした」
「おう。留守番ご苦労さん」
俺が笑うと、ラムは何食わぬ顔で俺の格好を眺めた。
「……相変わらず、だらしない格好ですね、エリス様」
「あ?」
「王都へ行かれたのですから、少しは騎士らしい格好を覚えてこられるかと思っていましたが」
「はっ。残念だったな」
「ええ。本当に残念です」
……こいつ。
相変わらず、いい性格してやがる。
俺は鼻を鳴らした。
「お前も相変わらず口が悪いな、ラム」
「エリス様ほどではありません」
「言うじゃねえか」
「事実ですので」
俺は思わず笑った。
……ああ。
帰ってきたって感じがするな。
ラムは一度、馬車の方へ視線を向けた。
「……ところで、バルスとレムは王都に残られたのですね」
「ああ。スバルの奴がちょっと怪我してな。レムが付き添ってる」
「……そうですか」
ラムは小さく頷いた。
その表情はいつもと変わらない。
だが、ほんの一瞬だけ、眉が動いた。
「……レムに余計な苦労を掛けていなければいいのですが」
「ははっ! そりゃ無理な相談だろ」
「……否定できないのが腹立たしいですね」
ラムは小さくため息を吐いた。
俺は思わず笑う。
「まあ、心配すんな。フェリスも診てるし、レムが一緒なら大丈夫だろ」
「……そうですね」
ラムは静かに頷いた。
「レムなら、きっと上手くやるでしょう」
その声には、妹への確かな信頼が滲んでいた。
俺はベティーを抱え直し、屋敷の中へと足を踏み入れようとした。
その時、ふと気づく。
「……そういや、ロズワールは?」
いつもなら、あの妙な喋り方の道化師が出迎えに来てもおかしくない。
だが、姿が見えない。
「ロズワール様でしたら、急用でお出かけになられました」
「急用?」
「はい。聖域へ向かわれたとのことです」
「……聖域?」
聞き慣れない言葉に、俺は眉を上げた。
「なんだそりゃ」
「ロズワール様が管理されている、領内の特別な場所です。詳しいことはラムの口からは申し上げられません」
「ふーん」
俺は肩を竦めた。
「まあ、あいつのことだ。どうせろくでもねえ用事だろ」
「エリス様。ロズワール様への侮辱はお控えください」
「はっ! 本人の前でも言ってやるよ」
「……でしょうね」
ラムは呆れたようにため息を吐いた。
その隣で、リアが少しだけ不安そうな顔をする。
「……ロズワール、いつ帰ってくるのかな?」
「帰還の日程については、まだ伺っておりません」
「……そっか」
リアが小さく頷く。
俺はそんな彼女の頭を、ぽんと軽く叩いた。
「心配すんな。あいつがいなくても、屋敷がどうにかなるわけじゃねえだろ」
「……うん。そうだね」
「それに」
俺は腕の中のベティーへ視線を落とした。
「俺とベティーがいるんだぜ?」
「……当然なのよ」
ベティーが得意げに胸を張った。
「ロズワールがいなくとも、ベティーとエリスがいれば問題ないかしら」
「ははっ! 頼もしいじゃねえか!」
俺が笑うと、リアもつられるように微笑んだ。
……まあ、実際のところ。
あの道化師が何を企んでいるのかなんざ、俺の知ったことじゃない。
何か用があるなら、帰ってきた時に聞けばいい。
今はただ、長旅の疲れを癒やしたかった。
◇◇◇
夜。
夕食を終えた俺は、自室へ戻ろうと廊下を歩いていた。
長旅の疲れもある。今日はさっさと寝るつもりだった。
――そのはずだったんだが。
「エリス」
「あ?」
背後から聞こえた声に振り返る。
そこには、分厚い本を両腕で抱えたベティーが立っていた。
「ちょうどよかったかしら。少し手伝ってほしいことがあるのよ」
「断る」
「まだ何も言ってないのよ!?」
「お前がその顔してる時は、大抵ろくでもねえことだ」
「失礼極まりないかしら!」
ベティーが頬を膨らませる。
俺は鼻で笑い、その横を通り過ぎようとした。
すると。
ぐいっ。
上着の裾が引っ張られた。
「……おい」
「……ちょっとだけなのよ」
振り返ると、ベティーがこちらを見上げていた。
さっきまでの威勢はどこへやら。
その小さな指は、俺の上着をしっかりと掴んでいる。
「…………」
……ったく。
「三十分だぞ」
「……!」
「それ以上は付き合わねえからな」
「ふ、ふん! 最初からそのつもりかしら!」
……絶対嘘だろ。
◇◇◇
「……で?」
禁書庫。
俺は椅子に腰掛け、目の前に積み上げられた本を眺めていた。
「これをどうしろって?」
「そこの術式を読んでほしいのよ」
「自分で読めばいいだろ」
「ベティーは別の術式を確認しているのよ。手分けした方が早いかしら」
「……なるほどな」
俺は適当に一冊を開いた。
古びた紙面には、細かな文字と複雑な魔法陣が描かれている。
……ふむ。
「これ、術式の接続がおかしくねえか?」
「……え?」
「ほら、ここだよ。こっちの流れと干渉してる」
指先で図形の一部を示す。
ベティーは俺の隣へ寄ってきて、じっと本を覗き込んだ。
「……確かに、妙なのよ」
「だろ?」
「でも、それならこちらの記述と矛盾するかしら」
ベティーが別の頁を開く。
そこには、似たような魔法陣が描かれていた。
「……あー、なるほどな」
俺は顎に手を当てた。
「こっちは魔力の流れを分散させてるのか」
「そうなのよ。問題は、その分散先かしら」
「……だったら、ここを変えりゃいいんじゃねえか?」
俺は魔法陣の一部を指差した。
ベティーはしばらく黙っていた。
そして。
「……エリス」
「あ?」
「……天才なのよ?」
「今さら気づいたのか?」
「調子に乗るんじゃないかしら!」
「褒めたのはお前だろ!」
……まったく。
理不尽な精霊様だ。
だが、ベティーの目は先ほどまでとは違っていた。
興味深そうに術式を眺め、何やらぶつぶつと呟いている。
……ああ。
こいつ、完全に研究に夢中になってやがる。
「……ベティー」
「何かしら」
「三十分経ったぞ」
「……もう少しなのよ」
「おい」
「あと少しだけかしら!」
「……ったく」
俺は盛大にため息を吐いた。
……まあ、いいか。
どうせ明日は、特に予定もねえ。
俺は再び本へ視線を落とした。
それから、どれほど時間が経っただろうか。
机の上には、書き殴られた紙が何枚も積み重なっていた。
ベティーは何度も本を開き直し、俺はその横から好き勝手に口を挟む。
時折、意見が食い違って言い合いになった。
その度にベティーが頬を膨らませ、俺が笑う。
……なんだかんだ、悪くねえ時間だった。
「……ふぁ……」
不意に、小さな欠伸が聞こえた。
顔を上げると、ベティーが目を擦っていた。
「……おい、眠いんじゃねえのか?」
「……眠くないのよ」
「いや、どう見ても眠そうだろ」
「……ベティーは、まだ……」
そこまで言って。
こてん。
ベティーの頭が、俺の肩に寄りかかった。
「……おい?」
返事はない。
規則正しい寝息だけが聞こえてくる。
……寝やがった。
俺は思わず苦笑した。
「……ったく。人を散々付き合わせといて、先に寝るとはな」
俺は静かに本を閉じた。
起こそうかとも思ったが、やめておく。
……まあ、今日はこいつも疲れただろうしな。
俺はベティーを抱き上げ、いつもの椅子へ深く腰掛け直した。
小さな体が、自然と俺の胸元へ寄り添ってくる。
「……ん……エリス……」
寝言か。
「……おう。ここにいるぜ」
小さく答えると、ベティーは安心したように表情を緩めた。
……まったく。
普段は偉そうなくせに、こういう時だけ素直なんだからな。
俺は片手でベティーを支えながら、もう片方の手で机の上の紙を取った。
さっきまで二人で考えていた術式。
まだ完成には程遠い。
だが、なかなか面白いものになりそうだった。
「……さて」
俺は小さく笑った。
「明日、もう少し弄ってみるか」
ベティーの寝息を聞きながら、俺は再び紙へ視線を落とした。
静かな禁書庫。
積み上がった本。
そして、腕の中で眠る小さな契約精霊。
……ああ。
やっぱり、帰ってきたって感じがするな。