SIDE エリス
朝というものは、どうにも性に合わない。いや、正確には朝が嫌いなわけじゃない。ただ、目を覚まして早々に面倒事を押し付けられるのが気に食わないだけだ。
窓から差し込む陽光に目を細めながら、俺は手元の書類を一枚めくった。内容はロズワール領内の巡回報告。街道の状態から村々の様子、商人の往来に至るまで、実に細かく記されている。
「……ったく。なんで俺がこんなもん読まなきゃならねえんだ」
「エリス様が、ご自身から確認すると仰ったからでは?」
即座に返ってきた声に顔を上げると、桃色の髪をしたメイドが涼しい顔で立っていた。ラムだ。こちらの不満など意に介さず、空になりかけたティーカップへ紅茶を注ぎ足している。
「そうだったか?」
「ええ。昨日の夕食後に」
「……覚えてねえな」
「そうでしょうね」
「おい。そこは少しくらい否定しろよ」
「事実を否定する趣味はございませんので」
「はっ。相変わらずだな、お前」
俺が笑うと、ラムは小さく会釈を返した。
ロズワールが屋敷を留守にしてから、数日が経っている。急用ができたとかで、あの道化師は聖域へ向かった。詳しい事情は聞いていないし、聞いたところで素直に答えるような男でもないだろう。
屋敷の管理はラムたちが滞りなくこなしている。俺が余計な口を挟む必要はない。だが、エミリアの身に関わることとなれば話は別だ。
俺はあいつの騎士だ。
護衛対象の安全に関わる情報くらい、把握しておかなきゃ話にならねえ。
「……で、こいつは?」
「領内の巡回に関する報告書です。街道沿いで不審な人物の目撃情報がございましたが、巡回の結果、特に問題は確認されなかったとのことです」
「不審者、ねえ」
俺は紙面に目を走らせた。旅装の男が数名、街道沿いで目撃されたというだけの話らしい。商人でも旅人でも、見慣れない人間が通ることくらいある。
「それだけじゃ何とも言えねえな」
「はい。念のため、巡回は継続するとのことです」
「なら、それでいい。変に騒いで村の連中を不安がらせる必要もねえだろ」
「承知いたしました」
ラムが静かに頷く。
俺は報告書を机に置き、紅茶を一口飲んだ。
「……うまいな」
「ありがとうございます」
「もう一杯」
「まだ半分ほど残っておりますが」
「細けえな、お前」
「エリス様ほどではございません」
「はっ。言いやがる」
そんなやり取りをしていると、控えめに扉が叩かれた。
「エリス? 入ってもいい?」
「おう。開いてるぞ」
扉を開けて入ってきたのは、銀髪の少女だった。エミリアは俺の手元に広げられた書類を見て、紫紺の瞳を丸くする。
「あれ? エリス、お仕事してるの?」
「なんだ、その意外そうな顔は」
「だ、だって……エリスって、こういうお仕事は嫌がると思ってたから」
「嫌いだぞ」
「やっぱり!」
「嫌いだからって、やらねえわけじゃねえだろ」
そう答えると、エミリアは妙に感心したような顔をした。
「……エリスって、ちゃんと騎士なんだね」
「おい」
「あっ、違うの! そういう意味じゃなくて!」
「お前ら、俺をなんだと思ってんだ?」
慌てるエミリアの横で、ラムがわずかに口元を緩めた。俺が視線を向けると、何事もなかったように表情を戻す。
……ったく、どいつもこいつも。
「で、エミリア。何か用か?」
「あ、うん。ちょっと相談したいことがあって」
エミリアは手に持っていた数枚の紙を差し出した。どうやら、今後の王選活動について、自分なりに考えをまとめていたらしい。
俺はそれを受け取り、ざっと目を通す。
「……へえ。悪くねえんじゃねえか」
「本当?」
「ああ。ただ、ここは少し考え直した方がいいな」
俺が指差したのは、領民から寄せられた要望への対応について書かれた部分だった。できる限りすべての声に応えたい。そんなエミリアらしい考えが、丁寧な文字で記されている。
「みんなの意見を聞くのはいい。だが、全部の望みを叶えようとするな」
「……でも、みんなの声は大切にしたいし」
「そりゃ結構。けどな、全員の望みを叶えられる王なんざいねえよ」
エミリアが口を閉じる。
「誰かの望みを叶えりゃ、別の誰かが損をすることだってある。そういう時に決めるのは、お前だ」
「……私が」
「ああ。俺でも、ロズワールでもねえ」
俺は書類を返した。
「お前が王になるんだろ?」
エミリアはしばらく紙面を見つめていた。やがて、小さく頷く。
「……うん。そうだよね」
「なら、もっと堂々としてろ。間違えたら直しゃいい。最初から何もかも正しく決められる奴なんざいねえよ」
「……エリスって、いつもそう言うよね」
「あ?」
「私が王になるんだから、私が決めろって」
「当たり前だろ」
そう答えると、エミリアは少しだけ微笑んだ。
「でもね、そう言ってくれると、なんだか安心するの」
「……そりゃよかったな」
別に、大したことを言ったつもりはない。王になると決めたのはエミリアで、俺が王になるわけじゃない。だったら、俺の役目はこいつが自分の意思で進めるように支えることだ。
もっとも、こいつが無茶を言い出した時には、遠慮なく文句を言わせてもらうが。
「……ねえ、エリス」
「ん?」
「もし、私が間違ったことをしたら……エリスはどうする?」
不意の問いだった。
俺はエミリアの顔を見た。先ほどまでの笑顔とは違い、その表情は真剣そのものだった。
「止めるに決まってんだろ」
「……私が王選候補者でも?」
「関係ねえよ。俺はお前の騎士だが、何でも言うことを聞く人形じゃねえ」
エミリアが小さく目を見開く。
「お前が間違った方向に進もうとしてたら、止める。それでも進みたいってんなら、理由を聞く。納得できりゃ手を貸すし、できなきゃ文句も言う」
「……そっか」
「そもそも、俺がお前の言うこと全部に頷いてたら、気持ち悪いだろ?」
「……ふふっ。それは、そうかも」
「おい。そこは否定しろよ」
エミリアがくすくすと笑う。
やがて、その笑顔が少しだけ穏やかなものに変わった。
「……ありがとう、エリス」
「なんだよ、急に」
「ううん。ただ、嬉しかったの」
そう言って、エミリアは書類を胸に抱いた。
「私、まだわからないことばっかりだけど……ちゃんと、自分で考えて決められるようになりたい」
「おう。それでいいんじゃねえか」
「うん!」
エミリアの笑顔を見て、俺は満足げに頷いた。
王になるってのは、きっと俺が思っている以上に面倒なことなんだろう。だが、こいつが自分で選んだ道だ。
だったら、最後まで付き合ってやるさ。
◇◇◇
昼を少し過ぎた頃、俺は屋敷の中庭に出ていた。
エミリアは先ほどの書類をまとめ直すと言って、自室へ戻っている。ラムも仕事に戻った。そんなわけで、久しぶりに体を動かす時間ができたというわけだ。
腰に巻いた鞭を外し、軽く手首を回す。
「……さて、と」
乾いた音が庭に響いた。
振るった鞭の先端が、少し離れた木杭の側面を正確に叩く。続けて手首を返すと、鞭は空中で弧を描き、別の杭へと伸びた。
鞭という武器は、扱いが難しい。
間合いが長い分、距離を詰められれば不利になるし、狭い場所では取り回しも悪い。だからこそ、間合いを支配することが何より重要になる。
俺は足を踏み込み、鞭を引き戻した。
次の瞬間、左手に陰属性の魔力を集める。足元に落ちた影がわずかに揺れ、杭の根元へと伸びた。
「……よし」
影が杭の動きを封じるように絡みつく。
もっとも、相手がただの木杭では意味もない。これは魔力の制御を確かめるための訓練だ。
続けて陽属性の魔力を巡らせ、身体の動きを補助する。踏み込みの感覚を確かめながら、もう一度鞭を振るった。
鋭い音が響き、杭に巻き付いた鞭が勢いよく引き戻される。
「……悪くねえな」
手応えは上々だ。
とはいえ、実戦では相手も動く。こんな訓練だけで満足していたら、いつか痛い目を見るだろう。
「……エリス?」
背後から聞こえた声に、俺は振り返った。
そこにはベアトリスが立っていた。豪奢なドレスを身にまとい、こちらをじっと見つめている。
「おう、ベティー。どうした?」
「……廊下まで音が聞こえてきたのよ」
「ああ、悪い。うるさかったか?」
「……別に、そういうわけじゃないかしら」
ベアトリスはそう言って、俺の手元へ視線を向けた。
「……また訓練なのよ?」
「またってほどでもねえだろ。最近はあんまり時間が取れてなかったしな」
「……エリスは、十分強いと思うのよ」
「強けりゃ鍛えなくていいってわけじゃねえよ」
俺が答えると、ベアトリスは少しだけ目を細めた。
「……そういうところは、真面目なのかしら」
「お前ら、俺のことをなんだと思ってんだ?」
「……自分勝手で、偉そうで、口の悪い騎士なのよ」
「おい。悪口しかねえじゃねえか」
「……でも」
ベアトリスはそこで言葉を切り、小さく視線を逸らした。
「……頼りには、してるかしら」
「……へえ?」
「な、なんなのよ!」
「いや。お前にそんなこと言われるとは思わなくてな」
「……っ! もう知らないのよ!」
ぷいっと顔を背けるベアトリス。
俺は思わず笑い、鞭を腰へ戻した。
「悪かったよ。ありがとな、ベティー」
「……ふん」
そう言いながらも、ベアトリスは立ち去ろうとはしなかった。
俺が歩き出すと、当然のように隣へ並ぶ。
「……ところで、エリス」
「あ?」
「……今日は、もう訓練しないのかしら?」
「ああ。ひとまず終わりだ」
「……そう」
小さな声。
そして、俺の袖をちょいと引く。
「……なら、書庫に来てもいいのよ」
「なんだ。誘ってんのか?」
「ち、違うのよ! ベティーはただ、契約者として魔法の研究に付き合うべきだと思っただけかしら!」
「はいはい。わかったよ」
「はいは一回なのよ!」
「はい」
俺は笑いながら、小さな頭に手を置いた。
ベアトリスは不満そうに頬を膨らませたが、その手を振り払おうとはしなかった。
……平和なもんだ。
ふと、そんなことを思う。
王都では、今頃スバルの奴が何をしているのだろうか。エミリアとあんな別れ方をしておいて、いつまでも大人しくしているような男じゃない。
まあ、あいつにはあいつの考えがあるんだろう。
「……何を考えてるのよ?」
「ん? スバルのことだよ」
「……あの人間?」
「ああ。元気にしてりゃいいんだがな」
ベアトリスは少しだけ不思議そうな顔をした。
「……心配なのかしら?」
「友達だからな。そりゃ多少は心配するだろ」
「……エリスは、変わってるのよ」
「今更だな」
俺が笑うと、ベアトリスは小さく息を吐いた。
それから、こちらへ手を差し出す。
「……ほら、行くかしら」
「おう」
その手を取って、俺たちは屋敷へ戻った。
遠く離れた王都で、あいつが何をしようとしているのか。
この時の俺は、まだ何も知らなかった。
◇◇◇
SIDE スバル
クルシュ邸の扉を出た瞬間、俺は肺の中に溜まっていた空気を一気に吐き出した。
「……っはぁぁぁ! 終わったぁぁぁ!」
「スバルくん、お疲れ様でした」
隣でレムが微笑む。俺は両腕を大きく伸ばし、久しぶりに見上げた青空を眺めた。ついさっきまで、王選候補者に大商人、商業組合の重鎮という、とんでもない顔ぶれを相手にしていたのだ。今になって膝が笑いそうになる。
「いやぁ……マジで緊張した。俺の人生で一番頭使ったんじゃねえかな」
「とても立派でしたよ、スバルくん」
「おう。もっと褒めてくれてもいいぞ?」
「はい。レムは、スバルくんがとても誇らしいです」
「……お、おう」
真顔で返されると、どうにも照れくさい。俺は頬を掻きながら、もう一度屋敷を振り返った。
交渉は、ひとまず終わった。
クルシュさんは白鯨討伐に向けた準備を進める方向で検討してくれる。アナスタシアさんもラッセルさんも、物資や輸送について協力する意思を示してくれた。
ただし、正式な同盟が結ばれたわけじゃない。エミリア陣営の同意を得て、双方の条件を確定させる必要がある。
それでも、俺一人ではどうにもならなかったことが、ようやく動き始めた。
「……よし。レム、次に行こう」
「はい。エミリア様へのご報告ですね」
「ああ。……けど、その前に一つだけ確認したい」
俺は懐から、書き留めておいた白鯨の出現情報を取り出した。そこに記した日時は、何度確認しても変わらない。
白鯨が現れるまで、残された時間は多くない。
「レム。今から屋敷まで戻ったら、どれくらいかかる?」
「竜車を使っても、すぐに戻れる距離ではありません。街道の状況にもよりますが……」
「……だよな」
俺は舌打ちしかけて、思いとどまった。レムに当たったところで仕方がない。
屋敷に戻ってエミリアを説得し、それから王都へ引き返す。そんなことをしていたら、肝心の白鯨討伐に間に合わなくなるかもしれない。
かといって、エミリアに黙って話を進めるわけにもいかない。
「……ったく。なんでこう、時間って奴は待ってくれねえんだよ」
「スバルくん」
「ん?」
「クルシュ様に、事情をご相談してみてはいかがでしょうか?」
俺は目を瞬かせた。
「……クルシュさんに?」
「はい。すでに討伐の準備についてお話しされていますし、エミリア様への連絡方法についても、ご助言をいただけるかもしれません」
「……なるほど」
確かに、俺たちだけで考えていても仕方がない。そもそも、交渉相手の屋敷を出たばかりなのだ。相談するなら今しかない。
「よし。悪い、レム。ちょっと戻るぞ」
「はい!」
俺は踵を返した。
……まったく、出てきたばっかりだってのに。
◇◇◇
「……なるほど。エミリア殿への連絡手段か」
再び通された応接室で、クルシュさんは俺の話を聞くと、静かに頷いた。
幸い、まだ席を外していなかったらしい。フェリスとヴィルヘルムさんも同席している。
「はい。正式な同盟にはエミリア陣営の同意が必要です。でも、今から俺が屋敷に戻ると、白鯨討伐に間に合わなくなる可能性があって……」
「卿の懸念はもっともだ。討伐に必要な情報を持つ卿が、準備の最中に王都を離れるのは得策ではあるまい」
クルシュさんは腕を組み、しばし考え込んだ。
「エミリア殿への連絡には、使者を立てるのがよかろう。卿の説明を添えた親書を届け、返答を求める」
「……親書」
「無論、使者を出したからといって、すぐに返答が得られるとは限らぬ。だが、卿が直接往復するよりは時間を有効に使える」
俺は頷いた。
確かに、それなら俺は王都に残れる。
「……それなら、ロズワールにも話を通せますね」
「うむ。辺境伯の意向も確認する必要があるからな」
俺は小さく息を吐いた。
ロズワールなら、今も屋敷にいるはずだ。あいつが何を考えているのかは相変わらずよくわからないが、少なくともエミリア陣営の後ろ盾であることは間違いない。
それに、エミリア本人にも話を聞いてもらわなければならない。
「……わかりました。まずは、エミリアに話を伝えます」
「それがよかろう」
クルシュさんは頷いた。
「使者の手配については、こちらでも協力しよう。ただし、正式な同盟の成立は、あくまで双方の条件が整ってからだ」
「はい。ありがとうございます!」
俺は深く頭を下げた。
すると、隣からフェリスがひょいと顔を覗かせた。
「それにしても、スバルきゅんってば、ずいぶん真面目になったよねぇ」
「なんだよ、フェリス。俺が真面目じゃ悪いか?」
「悪くはないけどぉ。最初に会った時とは、ずいぶん違うにゃって」
「……褒めてんのか、それ?」
「さぁ、どうかにゃ?」
「おい!」
フェリスが楽しそうに笑う。
……ったく、こいつは。
けれど、不思議と嫌な気分にはならなかった。
その横で、ヴィルヘルムさんが静かに口を開く。
「スバル殿」
「……はい?」
「白鯨討伐まで、残された時間は決して多くありません」
「……はい」
「しかし、焦りは判断を鈍らせます。どうか、そのことだけはお忘れなきよう」
落ち着いた声だった。
だが、その言葉には妙な重みがあった。
「……ありがとうございます、ヴィルヘルムさん」
俺が頭を下げると、老剣士は静かに頷いた。
白鯨。
その名を聞くたびに、ヴィルヘルムさんの表情がわずかに変わることには、以前から気づいていた。
あの人にとって、白鯨は単なる討伐対象ではないのだろう。
……だからこそ。
絶対に、失敗できない。
◇◇◇
クルシュ邸を出た俺たちは、そのまま王都の通りを歩いていた。
さっきまでとは違い、今度はちゃんと次にやるべきことが決まっている。
エミリアへの連絡は、使者を通じて行う。ロズワールにも、正式な承認を求める。
そして俺は、白鯨討伐に向けて、王都でできる準備を進める。
やることは山ほどある。けれど、さっきまでのような行き詰まりは感じなかった。
「……スバルくん」
「ん?」
「少し、安心されたようですね」
「……そう見えるか?」
「はい」
レムは微笑んだ。
「先ほどまでは、とても難しいお顔をされていましたから」
「そりゃそうだろ。考えることが多すぎんだよ」
俺は苦笑しながら、頭の後ろで手を組んだ。
エミリア。ラム。ベア子。村の人たち。そして、エリス。
守りたいものを思い浮かべれば、いくらでも名前が出てくる。その全員を守れる保証なんて、どこにもない。
それでも。
「……なあ、レム」
「はい」
「俺さ、ちょっとだけ変われたと思うか?」
口にしてから、少し恥ずかしくなった。
なんだよ、その質問。まるで褒めてもらいたがってる子供みたいじゃねえか。
だが、レムは笑わなかった。
「……はい」
迷いのない返事だった。
「スバルくんは、変わられたと思います」
「……そっか」
「ですが、レムは以前のスバルくんも、今のスバルくんも、大切に思っています」
……反則だろ、それ。
俺は思わず顔を背けた。
「……お前って、ほんとすげえよな」
「そうでしょうか?」
「ああ。俺なんかより、よっぽどすげえ」
そう言うと、レムは少し困ったように笑った。
俺は空を見上げた。雲がゆっくりと流れている。王都の空は、どこまでも青かった。
「……エリスの奴、今頃何してんだろうな」
「エリス様、ですか?」
「ああ。どうせ、いつも通り偉そうにしてんだろ」
俺が笑うと、レムも小さく微笑んだ。
「ふふ。そうかもしれませんね」
「でもさ」
俺は少しだけ声を落とした。
「今回のこと、あいつにちゃんと報告したいんだよな」
「……はい」
「俺、こんだけ頑張ったんだぜって。少しくらいは、胸張って言いたい」
エリスなら、なんて言うだろう。
笑うだろうか。それとも、いつもの調子で頭を小突いてくるだろうか。
……たぶん、どっちもだな。
俺は思わず笑った。
あいつは、俺にとって憧れの騎士だ。強くて、自由で、誰よりも堂々としている。
けれど、ただ憧れているだけじゃ駄目なんだ。
あいつが積み上げてきたものに、俺はまだ届かない。それでも、俺には俺のやり方がある。
「……よし!」
俺は両頬を軽く叩いた。
「レム! まずは白鯨討伐の準備だ!」
「はい!」
「やれることは全部やる。後悔だけはしたくねえからな!」
そう言って歩き出すと、レムが隣に並んだ。
王都の通りには、いつも通りの喧騒が広がっている。商人たちの呼び声、行き交う人々、何も知らずに笑う子供たち。
その光景を見ながら、俺は胸の奥で静かに決意を固めた。
今度こそ、守ってみせる。
誰か一人に頼り切るんじゃない。自分にできることを、自分の手で積み上げていく。
……待ってろよ、エリス。
いつかお前に、胸を張って言ってやる。
俺だって、やれるんだって。