月光る夜   作:案院運

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続きです


ロズワール邸3

「――――ッ!!」

 

 跳ね起きる。

 

「はっ……! はっ……! はぁっ……!」

 

 息を吸う。

 

 吸える。

 

 喉が動く。

 

 空気が肺へ入る。

 

 心臓が、痛いほど脈打っている。

 

「…………」

 

 スバルは震える手で自分の胸を押さえた。

 

 動いている。

 

 生きている。

 

「……なん、で」

 

 見覚えのある天井。

 

 見覚えのあるベッド。

 

 見覚えのある部屋。

 

 そして――。

 

「また……かよ」

 

 声が震えた。

 

 分かってしまった。

 

 理解したくなくても、もう誤魔化せない。

 

 ――死んだ。

 

 自分は確かに死んだ。

 

 そして、戻った。

 

「……クソ」

 

 何が原因だった。

 

 誰に殺された。

 

 毒?

 

 病気?

 

 いや、そんなことより――。

 

「レム……ラム……エミリア……」

 

 全員、生きているのか。

 

 ベッドから飛び降りる。

 

 足がもつれた。

 

「っと……!」

 

 壁に手をつき、そのまま扉を開ける。

 

 廊下へ飛び出した。

 

「エミリア!」

 

 返事はない。

 

「レム! ラム!」

 

 走る。

 

 角を曲がる。

 

 そして――。

 

「エリス!」

 

「――あ?」

 

 いた。

 

 廊下の向こう。

 

 片手に本を持ち、眠そうな顔で歩いている。

 

「…………」

 

 生きている。

 

 当たり前だ。

 

 エリスは死んでいない。

 

 死んだのは自分なのだから。

 

「……なんだよ」

 

「え?」

 

「朝っぱらから人の名前叫びやがって」

 

 いつもの声。

 

 いつもの顔。

 

 いつもの――。

 

 そこでスバルは気付いた。

 

 エリスの腰。

 

 鞭。

 

「…………」

 

「なんだ?」

 

「……それ」

 

「あ?」

 

「鞭」

 

 エリスが怪訝そうに眉を寄せる。

 

「鞭がどうした」

 

「いや……」

 

 昨日。

 

 中庭。

 

 木陰。

 

 走らされて。

 

 散々馬鹿にされて。

 

 最後に枝を落として――。

 

『俺は生まれてこの方、運が悪かったことなんざ、一度もねぇからな』

 

「……覚えてるか?」

 

「何をだよ」

 

 心臓が跳ねた。

 

「昨日……俺に戦い方教えただろ」

 

「…………は?」

 

 エリスが心底意味が分からないという顔をする。

 

「何言ってんだお前」

 

「――――」

 

「俺がお前に?」

 

「ああ」

 

「戦い方を?」

 

「……ああ」

 

「なんで?」

 

 分かっていた。

 

 聞く前から。

 

 それでも。

 

 実際に言われると胸の奥が冷たくなる。

 

「……そっか」

 

「朝から気色悪ぃな」

 

「ひでぇ言い草だな……」

 

「寝ぼけてんじゃねぇの?」

 

 エリスがスバルの横を通り過ぎる。

 

 その瞬間。

 

「エリス」

 

「あ?」

 

「俺さ」

 

 振り返る。

 

「……死んだことあると思う?」

 

「…………」

 

 エリスは数秒、黙った。

 

 そして。

 

「頭打ったか?」

 

「ですよねー!」

 

 笑う。

 

 無理矢理。

 

 笑ってみせる。

 

「忘れろ! 今のなし!」

 

「言われなくても忘れるわ」

 

「薄情!」

 

「朝飯食ってこい。少しは頭回るようになるだろ」

 

 そう言って去っていく。

 

 スバルは、その背中を見送った。

 

「…………」

 

 知らない。

 

 エリスは何も知らない。

 

 昨日のことも。

 

 自分が死んだことも。

 

 ――全部。

 

「……やっぱ俺だけ、か」

 

 小さく呟いた。

 

 その声を聞く者はいなかった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「エリー、スバル知らない?」

 

「知らん」

 

 禁書庫。

 

 いつもの椅子に腰掛け、本を読んでいたエリスは顔も上げずに答えた。

 

「朝からなんか変だったけどな」

 

「変?」

 

「ああ」

 

 ページをめくる。

 

「いきなり俺に『昨日戦い方教えただろ』とか言い出して」

 

「エリーが?」

 

「教えてねぇよ」

 

「じゃあ夢でも見たのかしら?」

 

 エミリアが首を傾げる。

 

「知らね」

 

「もう、ちょっとくらい心配してあげてもいいじゃない」

 

「元気そうだったし大丈夫だろ」

 

「エリーは冷たいなぁ」

 

「はいはい」

 

 適当に流しながら、次のページへ。

 

 だが。

 

「…………」

 

 文字が頭に入ってこない。

 

 なんだ。

 

 妙に引っかかる。

 

『昨日……俺に戦い方教えただろ』

 

 あの時のスバルの顔。

 

 冗談を言っている顔ではなかった。

 

 それどころか――。

 

「……なんだろうな」

 

「え?」

 

「いや」

 

 本を閉じる。

 

「なんでもねぇ」

 

 ただの寝ぼけ。

 

 そう思えばいい。

 

 なのに。

 

 何故か。

 

 胸の奥に、小さな棘が刺さったような感覚だけが残っていた。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 そして数日後。

 

「スバル君。今日は村へ買い出しに行きます」

 

「――――」

 

 レムの言葉に。

 

 スバルの手から、カップが落ちた。

 

 ――ガシャン。

 

「……スバル君?」

 

 割れたカップ。

 

 床に広がる紅茶。

 

 スバルは、それを見ていない。

 

「今日……?」

 

「はい」

 

「村に……?」

 

「はい。食料品などの買い出しです」

 

「…………」

 

 スバルの顔から血の気が引いていく。

 

「バルス?」

 

 ラムが眉を寄せる。

 

「何を呆けているの?」

 

「……いや」

 

 震える拳を握り締める。

 

「なんでもねぇ」

 

「なんでもない顔には見えませんが」

 

「大丈夫だ」

 

 笑う。

 

「行こうぜ、レム」

 

「……はい」

 

 レムが僅かに訝しむ。

 

 そのやり取りを。

 

「…………」

 

 食卓の向こう側から、エリスが見ていた。

 

 まただ。

 

 最近のスバルはおかしい。

 

 いや――。

 

「……最近?」

 

 何故だろう。

 

 自分で考えた言葉なのに。

 

 妙な違和感があった。

 

「エリー?」

 

「ん?」

 

「どうしたの?」

 

「……いや」

 

 エリスはサンドイッチを口へ運ぶ。

 

「なんでもねぇよ」

 

 気のせいだ。

 

 そう思うことにした。

 

 そして。

 

 この日もまた。

 

 エリスは村へ行かなかった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「……これか」

 

 夜。

 

 ベッドの上で、スバルは一人呟いた。

 

 眠らない。

 

 今日は絶対に眠らない。

 

 前回、自分が死んだのはこの夜だ。

 

 原因は分からない。

 

 だが――何かが起こる。

 

「来いよ……」

 

 震える手を握り締める。

 

「今度は……見逃さねぇ」

 

 時計などない。

 

 どれほど時間が経ったのかも分からない。

 

 一時間。

 

 二時間。

 

 もっとか。

 

 そして――。

 

「…………?」

 

 身体が。

 

 重い。

 

「……来た」

 

 立ち上がる。

 

 足に力が入らない。

 

「やっぱ……病気じゃ、ねぇ……」

 

 身体の内側から何かを奪われていく。

 

 そんな感覚。

 

 そして。

 

 廊下の向こうから――。

 

 音がした。

 

 ――カツ。

 

「…………」

 

 スバルが息を止める。

 

 ――カツ。

 

 誰かがいる。

 

「誰だ……」

 

 返事はない。

 

 震える手で扉へ触れる。

 

 開ける。

 

 暗い廊下。

 

 誰もいない。

 

「…………」

 

 一歩。

 

 外へ。

 

 その瞬間だった。

 

 ――風を切る音。

 

「――ッ!」

 

 本能的に身体を伏せる。

 

 頭上を何かが通り過ぎ――。

 

 壁が砕けた。

 

「…………は?」

 

 月明かり。

 

 そこに。

 

 巨大な鉄球が揺れていた。

 

「……冗談、だろ」

 

 鎖が闇の中へ伸びている。

 

 その先に誰がいるのか。

 

 まだ。

 

 スバルには見えなかった。




あざした
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