「――――ッ!!」
跳ね起きる。
「はっ……! はっ……! はぁっ……!」
息を吸う。
吸える。
喉が動く。
空気が肺へ入る。
心臓が、痛いほど脈打っている。
「…………」
スバルは震える手で自分の胸を押さえた。
動いている。
生きている。
「……なん、で」
見覚えのある天井。
見覚えのあるベッド。
見覚えのある部屋。
そして――。
「また……かよ」
声が震えた。
分かってしまった。
理解したくなくても、もう誤魔化せない。
――死んだ。
自分は確かに死んだ。
そして、戻った。
「……クソ」
何が原因だった。
誰に殺された。
毒?
病気?
いや、そんなことより――。
「レム……ラム……エミリア……」
全員、生きているのか。
ベッドから飛び降りる。
足がもつれた。
「っと……!」
壁に手をつき、そのまま扉を開ける。
廊下へ飛び出した。
「エミリア!」
返事はない。
「レム! ラム!」
走る。
角を曲がる。
そして――。
「エリス!」
「――あ?」
いた。
廊下の向こう。
片手に本を持ち、眠そうな顔で歩いている。
「…………」
生きている。
当たり前だ。
エリスは死んでいない。
死んだのは自分なのだから。
「……なんだよ」
「え?」
「朝っぱらから人の名前叫びやがって」
いつもの声。
いつもの顔。
いつもの――。
そこでスバルは気付いた。
エリスの腰。
鞭。
「…………」
「なんだ?」
「……それ」
「あ?」
「鞭」
エリスが怪訝そうに眉を寄せる。
「鞭がどうした」
「いや……」
昨日。
中庭。
木陰。
走らされて。
散々馬鹿にされて。
最後に枝を落として――。
『俺は生まれてこの方、運が悪かったことなんざ、一度もねぇからな』
「……覚えてるか?」
「何をだよ」
心臓が跳ねた。
「昨日……俺に戦い方教えただろ」
「…………は?」
エリスが心底意味が分からないという顔をする。
「何言ってんだお前」
「――――」
「俺がお前に?」
「ああ」
「戦い方を?」
「……ああ」
「なんで?」
分かっていた。
聞く前から。
それでも。
実際に言われると胸の奥が冷たくなる。
「……そっか」
「朝から気色悪ぃな」
「ひでぇ言い草だな……」
「寝ぼけてんじゃねぇの?」
エリスがスバルの横を通り過ぎる。
その瞬間。
「エリス」
「あ?」
「俺さ」
振り返る。
「……死んだことあると思う?」
「…………」
エリスは数秒、黙った。
そして。
「頭打ったか?」
「ですよねー!」
笑う。
無理矢理。
笑ってみせる。
「忘れろ! 今のなし!」
「言われなくても忘れるわ」
「薄情!」
「朝飯食ってこい。少しは頭回るようになるだろ」
そう言って去っていく。
スバルは、その背中を見送った。
「…………」
知らない。
エリスは何も知らない。
昨日のことも。
自分が死んだことも。
――全部。
「……やっぱ俺だけ、か」
小さく呟いた。
その声を聞く者はいなかった。
※ ※ ※ ※ ※
「エリー、スバル知らない?」
「知らん」
禁書庫。
いつもの椅子に腰掛け、本を読んでいたエリスは顔も上げずに答えた。
「朝からなんか変だったけどな」
「変?」
「ああ」
ページをめくる。
「いきなり俺に『昨日戦い方教えただろ』とか言い出して」
「エリーが?」
「教えてねぇよ」
「じゃあ夢でも見たのかしら?」
エミリアが首を傾げる。
「知らね」
「もう、ちょっとくらい心配してあげてもいいじゃない」
「元気そうだったし大丈夫だろ」
「エリーは冷たいなぁ」
「はいはい」
適当に流しながら、次のページへ。
だが。
「…………」
文字が頭に入ってこない。
なんだ。
妙に引っかかる。
『昨日……俺に戦い方教えただろ』
あの時のスバルの顔。
冗談を言っている顔ではなかった。
それどころか――。
「……なんだろうな」
「え?」
「いや」
本を閉じる。
「なんでもねぇ」
ただの寝ぼけ。
そう思えばいい。
なのに。
何故か。
胸の奥に、小さな棘が刺さったような感覚だけが残っていた。
※ ※ ※ ※ ※
そして数日後。
「スバル君。今日は村へ買い出しに行きます」
「――――」
レムの言葉に。
スバルの手から、カップが落ちた。
――ガシャン。
「……スバル君?」
割れたカップ。
床に広がる紅茶。
スバルは、それを見ていない。
「今日……?」
「はい」
「村に……?」
「はい。食料品などの買い出しです」
「…………」
スバルの顔から血の気が引いていく。
「バルス?」
ラムが眉を寄せる。
「何を呆けているの?」
「……いや」
震える拳を握り締める。
「なんでもねぇ」
「なんでもない顔には見えませんが」
「大丈夫だ」
笑う。
「行こうぜ、レム」
「……はい」
レムが僅かに訝しむ。
そのやり取りを。
「…………」
食卓の向こう側から、エリスが見ていた。
まただ。
最近のスバルはおかしい。
いや――。
「……最近?」
何故だろう。
自分で考えた言葉なのに。
妙な違和感があった。
「エリー?」
「ん?」
「どうしたの?」
「……いや」
エリスはサンドイッチを口へ運ぶ。
「なんでもねぇよ」
気のせいだ。
そう思うことにした。
そして。
この日もまた。
エリスは村へ行かなかった。
※ ※ ※ ※ ※
「……これか」
夜。
ベッドの上で、スバルは一人呟いた。
眠らない。
今日は絶対に眠らない。
前回、自分が死んだのはこの夜だ。
原因は分からない。
だが――何かが起こる。
「来いよ……」
震える手を握り締める。
「今度は……見逃さねぇ」
時計などない。
どれほど時間が経ったのかも分からない。
一時間。
二時間。
もっとか。
そして――。
「…………?」
身体が。
重い。
「……来た」
立ち上がる。
足に力が入らない。
「やっぱ……病気じゃ、ねぇ……」
身体の内側から何かを奪われていく。
そんな感覚。
そして。
廊下の向こうから――。
音がした。
――カツ。
「…………」
スバルが息を止める。
――カツ。
誰かがいる。
「誰だ……」
返事はない。
震える手で扉へ触れる。
開ける。
暗い廊下。
誰もいない。
「…………」
一歩。
外へ。
その瞬間だった。
――風を切る音。
「――ッ!」
本能的に身体を伏せる。
頭上を何かが通り過ぎ――。
壁が砕けた。
「…………は?」
月明かり。
そこに。
巨大な鉄球が揺れていた。
「……冗談、だろ」
鎖が闇の中へ伸びている。
その先に誰がいるのか。
まだ。
スバルには見えなかった。
あざした