SIDE エリス
肩にかかった重みがずれたところで、目を開けた。窓から差し込む光が、向かいの壁を薄く照らしている。夜の間は気にならなかった木目や、床板の継ぎ目に溜まった細かな埃まで見えていた。どうやら、思っていたより長く寝ていたらしい。背もたれに預けていた頭を起こすと、首の後ろがわずかに軋んだ。
椅子で寝るのは慣れている。とはいえ、どんな姿勢でも快適というわけではない。肩を回そうとして、そこで隣にもうひとつ重みがあることを思い出した。
ベティーが、俺の腕を抱えたまま眠っていた。
昨夜は確か、肩へ寄りかかっていたはずだ。いつの間にこうなったのか、袖を掴んでいた手は肘の辺りまで回り込み、頬は俺の上腕へ押しつけられている。細い指を一本ずつ外そうかとも思ったが、その前に小さな眉間へ皺が寄ったので、やめた。起きてもいないくせに、こういう時だけは察しがいい。
「……お前、それで首痛くならねえのかよ」
返事はなく、規則正しい寝息が続く。俺は動かせる方の手で髪を軽く整え、扉へ目を向けた。リアの眠っている部屋は静かだった。夜中に何度か衣擦れや低い話し声は聞こえたが、慌ただしく人が出入りすることはなかったはずだ。少なくとも、ラムに叩き起こされた覚えはない。
「お目覚めでしたか」
声の方を見ると、廊下の先にラムが立っていた。片手には畳まれた布を載せ、もう片方の手で小さな盆を支えている。俺とベティーを順に眺めた後、その目がすぐ横の空になった茶器へ向いた。
「お部屋をご用意できなかった覚えはありませんが」
「こいつに言え。離さなかったんだよ」
「起こして差し上げればよろしかったのでは」
「お前、それで機嫌直す役までやってくれんのか」
ラムは答えなかった。その沈黙で十分だったので、俺もそれ以上は追及しない。代わりに、リアの部屋を顎で示した。
「中は」
「何度か目を覚まされましたが、その都度、お休みになっています。先ほどお顔を拭かれましたので、もう起きていらっしゃるかと」
「具合は」
「昨夜よりは落ち着いておいでです。ただ、ご本人のお言葉だけで判断なさらない方がよろしいでしょうね」
「だろうな」
平気かと聞けば、リアは大抵、平気だと答える。どう見てもそうは思えない時でも、とりあえずこちらを安心させようとする癖がある。ラムも十分承知しているらしかった。盆を近くの台へ置き、部屋へ入る前に俺を見る。
「朝食を召し上がれるか、伺ってまいります」
「ああ。……お前、寝たのか」
「必要なだけは」
俺の方も同じ質問をされれば似たような返事をするので、強くは言えなかった。ラムが扉を叩き、返ってきた声を待ってから中へ入る。その音でようやく目を覚ましたのか、腕に触れていた頬がもぞりと動いた。
「……何を、騒いでいるのよ」
「朝だ」
「見ればわかるかしら……」
目を擦りながら顔を上げたベティーは、そこで自分の姿勢に気づいたらしい。俺の腕を抱えている手と、こちらの顔を交互に見る。それから、何事もなかったように指を解き、背筋を伸ばした。
「……椅子の座り心地が悪いのよ」
「そうかよ。俺の腕はどうだった」
「聞いていないかしら」
「いや、抱えてたから」
「黙るのよ」
朝から元気なことだ。頬を膨らませるベティーの頭へ手を置き、立ち上がる。今度こそ肩を回せた。少々固まってはいるが、動かせばすぐに戻る程度だ。
その時、扉の向こうでリアが笑った。
大きな声ではない。ラムと何か話して、その返事に少し笑ったらしかった。俺は伸ばしかけていた腕を下ろし、扉へ目を向ける。隣のベティーも同じ方を見ていたが、何も言わなかった。
しばらくして、扉が開いた。
ラムの後ろから顔を出したリアは、髪を整え、昨夜よりはしっかりと足を運んでいた。目元にはまだ少し赤みが残っている。それでも、こちらを見つけた時の表情は、昨夜、墓所で見たものとは違っていた。
「おはよう、エリー。ベアトリスも」
「ああ。寝れたか」
「うん。……二人とも、ずっとここにいてくれたの?」
「こいつが腕を離さねえからな」
「余計なことを言うなかしら!」
横から袖を引かれる。リアは一度ベティーを見て、それから俺の腕へ視線を移し、困ったように笑った。
「エリー、ちゃんと休めた?」
「お前が心配することじゃねえよ。飯は食えそうか」
「食べる。お腹、空いたもの」
答える声は明るかった。少なくとも、食事の話を聞いただけで顔を曇らせるようなことはない。ラムへ目をやると、小さな頷きが返ってきたので、俺もそのまま歩き出す。隣へ来たリアの歩調に合わせて速度を落としたが、今日は自分の足で歩かせた。
曲がり角の手前で、スバルと鉢合わせた。
あちらもこちらへ来るところだったのだろう。俺たちの姿を見ると足を止め、まずリアへ視線を向けた。それから、ひどく大袈裟に片手を上げる。
「おはよう、エミリア。朝から会えるなんて、今日はいい日になりそうだぜ」
「おはよう、スバル。……昨日は、ごめんね」
「おっと、その挨拶は昨日の分で打ち止め。今朝は普通におはようだけで十分です」
リアが何か言いかける前に、スバルが笑って続ける。わざとらしいほど軽い声だったが、少なくとも、昨夜のことをここで長々と蒸し返すつもりはないらしい。俺が見ていることに気づくと、こいつは一瞬だけ視線を寄越し、小さく頷いた。
「エリスも、おはよう。ベア子もな」
「朝から騒々しいのよ」
「これでも音量は控えてる方なんですが!?」
「なら、そのまま保て。飯にするぞ」
歩き出すと、スバルも隣へ並んだ。リアへ向ける視線が少々多い。気になるのはわかるが、そう何度も顔色を窺われれば、あいつだって気づくだろう。肘で軽く小突くと、スバルは一瞬こちらを見てから、前へ向き直った。
用意された朝食は、湯気の立つ汁物とパン、それにいくつかの簡単なおかずだった。豪勢とは言えないが、朝から食うには十分だ。俺たちが席につく間に、ラムが器を並べていく。リアは目の前に置かれたものへ礼を言い、匙を手に取った。
すぐには口へ運ばなかった。
器の中を眺め、湯気へ一度息を吹きかけてから、ようやく少しすくう。飲み込むところまで見届け、俺もパンを取った。向かいではスバルが妙に真剣な顔で汁物を混ぜている。食事を見張る役は一人で足りるので、机の下で靴先を当ててやると、こいつは慌てて匙を口へ運んだ。
「……熱っ」
「落ち着いて食えよ」
「今の、お前がやらせたようなもんだろ……」
小声の抗議に、隣のベティーが呆れた息を吐く。リアはそのやり取りを見て、少し笑った。俺はパンをちぎり、汁へ浸す。食卓に並ぶものが減り、器の触れ合う音が重なるにつれ、朝は普段の形に近づいていった。
だから、リアが匙を置いた時も、最初は腹がいっぱいになったのだと思った。
「……今日、もう一度、墓所へ行こうと思うの」
スバルの手が止まった。ラムは水差しを持ったまま、静かにリアへ顔を向ける。ベティーも口元へ運びかけていた茶器を下ろした。俺はパンを飲み込んでから、リアを見る。
「今日か」
「うん。まだ、最初の試練も越えられてないもの。このまま、何もしないわけにはいかないでしょ」
声は震えていなかった。少なくとも、本人はそうならないように話している。背筋を伸ばし、膝の上で手を重ねる姿は、昨日の朝にも見たはずのリアだった。
だが、器の縁へ添えられていた指には、まだ白くなるほど力が入っていた。
「寝たばっかだろ」
「もう朝よ。ちゃんと眠ったし、ご飯も食べたわ」
「半分な」
「……これから、残りも食べるもの」
リアが器へ目を落とす。俺はその先を追わず、椅子へ深く座り直した。今から食事の量を競わせても仕方がない。パンをもうひとつ押しつける代わりに、膝へ片手を置いた。
「何で今日なんだ」
「何で、って……みんな、待ってるもの。村の人たちだって、早く帰りたいに決まってるし、私がいつまでも立ち止まってたら……」
「お前はどうしたい」
リアの口が止まった。
問いが聞こえなかったわけではないらしい。こちらを見たまま、唇をわずかに開いている。俺は急かさず、その視線を受け止めた。
「待ってる連中の話は、その後だ。お前は、もう一度入りたいのか」
「……私がやらなくちゃ」
「それは今聞いた」
少し言い方が強かったかもしれない。だが、リアが他人の事情を並べるたびに頷いていたら、いつまで経っても同じところを回ることになる。責任を感じているのはわかる。ここへ来た時から、そのつもりだったことも知っている。それでも、昨日のあいつを抱えて戻ってきた俺としては、それだけ聞いて送り出す気にはなれなかった。
リアの目が一度伏せられる。膝へ下ろされた手が、服の上で重なった。
「……怖い、わ」
小さな声だった。隣でスバルが体を動かしかけたが、言葉は挟まなかった。
「昨日のこと、考えようとすると……うまく、できなくて。思い出したくないって思うのに、考えないようにしても、頭の中からいなくならないの」
リアはゆっくりと言葉を選んだ。器から立つ湯気はもう薄い。俯いた銀色の髪が頬へ落ち、それを払う手が途中で止まる。俺は手を伸ばしかけ、やめた。今は、話し終わるまで待った方がいい。
「また同じところへ行くのかもしれないって思ったら、怖い。……行かなくていいって言われたら、きっと、ほっとすると思う」
そこまで言ってから、リアは顔を上げた。
「でも、できないままにしたくないの。昨日、何もできなかったから、もうやらないって……そうやって決めちゃうのも、嫌」
俺は頷いた。ようやく、あいつ自身の言葉が聞けた気がした。
「なら、そっちを先に言えよ」
「……うん」
「怖えのも、入りたくねえのも、またやりてえのも。言うたびに話が違ってたって、別に構わねえだろ。昨日と今日で気分が変わることくらいある」
リアが困ったように眉を寄せる。簡単な話に聞こえすぎたのだろう。俺は匙を取り、冷めかけた汁をひと口飲んでから続けた。
「今ここで、今日一日分の気持ちまで決めとく必要あんのか。飯食って、少し歩いて、それからまだ行く気なら話せ」
「……止めないの?」
「今すぐ立って向かうなら止める」
「そうじゃなくて……また、行くこと」
「お前が考えて決めたことまで、何でも俺が取り上げてどうすんだよ」
リアの視線が俺の顔を探る。心配されていることはわかっているのだろう。だからこそ、何を言えば俺が頷くのか、探しているようにも見えた。俺はその視線を少し睨み返した。
「俺が納得しそうな返事を作んな。聞いてんのはお前の話だ」
「……もう。エリーって、すぐわかっちゃうんだから」
「わかりやすい顔してるからだろ」
リアは頬を膨らませかけ、それから力を抜いた。膝の上の手が解け、再び匙へ伸びる。ひと口すくい、今度はさっきほど時間をかけずに口へ運んだ。
それだけのことだったが、俺も少し肩の力が抜けた。
向かいのラムが、空きかけた器へ水を注ぐ。その音が途切れたところで、スバルが口を開いた。
「エミリア。……俺も、話しときたいことがある」
リアが顔を上げる。スバルは匙を器の横へ置き、机の上に何も持っていない両手を載せた。昨夜みたいに指を組んだりはしなかった。その代わり、背中を伸ばし、まっすぐリアを見る。
「昨日、墓所で倒れてただろ、俺」
「……うん。エリーが、連れてきてくれたって」
「あの時、俺も試練を受けてたんだ」
リアの指が止まった。
匙を握ったまま、スバルを見つめている。驚いたのだろう。その目が少しだけ大きくなり、次いで、隣にいる俺へ向いた。俺は頷くだけに留めた。こいつの話を、俺が途中から引き取る気はない。
「スバルも……?」
「ああ。最初は、何が起きたのか全然わかんなかったんだけどさ」
「それじゃ……昨日、倒れてたのは、私を助けに来てくれたから……?」
「そこは気にしなくていい。俺が勝手に入ったんだし」
スバルが一度だけ首を振る。普段ならもっと言葉を足し、リアが気にしなくなるまで軽口を続けるところだ。今日はそうしなかった。机に置いた指先をわずかに曲げ、それから続ける。
「俺は……最初のは、終わった。越えられた、と思う」
部屋の中が静かになった。
外では誰かが歩いている。遠くから人を呼ぶ声も聞こえる。だが、食卓に座る誰も、しばらく器へ手を伸ばさなかった。
リアの匙の先から、汁が一滴落ちた。
「……そう、なの」
返事は、ほんの少し遅れた。
スバルが頷く。リアはそれを見て、ゆっくり匙を器へ戻した。金属が縁へ触れる音が、妙にはっきり聞こえる。
「すごいね、スバル」
笑っていた。
昨夜、俺に気を遣って作りそうだと思った顔が、今、目の前にあった。口元はちゃんと上がっている。声も、相手を褒める時の柔らかさを保っていた。それなのに、机の下へ戻った手が、また服を握っている。
「私、あんなふうに……なっちゃったのに」
「エミリア、それは――」
スバルが身を乗り出しかけ、途中で止まった。
俺はこいつを見た。昨夜、話したことを思い出したのかもしれない。スバルはすぐに大丈夫だと言う代わりに、口を閉じ、一度だけ息を吸った。
「……お前が見たもの、俺は知らねえから」
リアの笑みが、わずかに揺れた。
「俺のは、俺の昔のことだった。しんどいところもあったけど、最後は話せたんだ。……でも、それでエミリアのことまでわかったみたいには、言えねえ」
言い終えたスバルの指が机を擦る。落ち着いて喋ろうとしているのはわかった。相手を励ます言葉なら、こいつはいくらでも思いつくだろう。それを今はひとつずつ確かめてから、口へ出しているようだった。
リアは何も言わなかった。代わりに、膝に置いた手をゆっくり開き、掌を見下ろした。
「……私、ちゃんと覚えてないところも、あるの」
その言葉で、俺は背を起こした。
「どこからどこまでが、私の知ってることなのか……考えようとすると、ごちゃごちゃして。知ってるはずなのに、わからなくて。でも、怖かったのは、覚えてる」
途切れた声の後で、リアが唇を結ぶ。
俺は目の前の器へ手を添えた。すっかり冷めている。昨夜から、あいつに水を飲ませ、食事をさせ、眠ったことを確かめてばかりいた。そうやって普段の形へ戻せば、少しずつ話せるようになると思っていた。実際、今は話してくれている。
だからこそ、ここで続きを急ぐ気にはならなかった。
「……そこまででいいぞ」
リアがこちらを見る。
「今、無理に並べ直すな。喋ってて苦しくなるなら、止めろ」
「でも……」
「聞いてる。忘れねえから」
昨夜と同じような返事をした。リアもそれに気づいたらしい。目元が少し緩み、今度は小さく頷いた。
その向こうで、スバルは俯いていた。
俺は一度、こいつへ目を向ける。自分が話したせいでこうなったとでも考えているのかもしれない。だが、何も言わずにいれば済む話でもなかった。試練を受けたことも、越えたことも、いずれ伝えなければならない。それをリアがどう聞くかまで、俺たちの都合で決めることはできなかった。
「……教えてくれて、ありがとう」
先に口を開いたのはリアだった。
スバルが顔を上げる。リアは膝の上から手を出し、机の端へ置いた。その指先はまだ少し落ち着かなかったが、声はさっきよりもはっきりしていた。
「スバルが何も言わないでいて、後から知ったら……私、きっと、もっと変なことを考えちゃってたと思う」
「エミリア……」
「でも、ごめんね。今、上手に喜べないの。すごいなって思うのは、本当なんだけど」
スバルの眉が寄る。それでも、リアが話し終えるまでは待っていた。
「ちょっとだけ……どうして、私はできなかったんだろうって、考えちゃう」
最後の方は、掠れた声だった。
スバルの手が動く。机の上を少し進み、それから止まった。俺はその動きには口を出さず、リアの横顔を見る。自分で言った言葉に傷ついたような顔をしていた。相手を困らせたくなかったのだろう。それでも、笑って飲み込む代わりに、ここへ出してくれた。
「……うん」
スバルが頷いた。
「今すぐ喜んでくれなくても、いい。俺も、どう話せばいいか、ずっと考えてたけど……うまい言い方、見つかんなかった」
リアの指先が、わずかに動く。
「だから、今みたいに言ってくれ。黙られると、俺、勝手にわかったつもりになりそうだから」
言ってから、スバルは少しだけ苦く笑った。自覚があるなら、昨日よりはましだろう。俺は冷めた器から手を離し、椅子へ背を預け直した。
リアはしばらくスバルを見ていた。それから、小さく頷く。
「……うん。私も、ちゃんと言うようにする」
すべてが片づいたわけではない。リアの顔色が急によくなるわけでも、スバルが気の利いた答えを見つけたわけでもなかった。それでも、二人とも相手から目を逸らさずにいられた。
机の端で、ベティーが茶器を置く。
「話し込むのもいいけれど、食事を放っておくのは感心しないのよ」
全員の視線が、そちらへ向いた。
ベティーは少々不機嫌そうな顔で、まだ半分ほど残っているリアの器を示す。続いて、ほとんど手をつけていないスバルのパンへも目を向けた。
「食べるつもりがあるなら、食べるかしら。冷めたからといって、料理の方から口へ入ってはこないのよ」
「……そう、ね」
リアが匙を取り直した。
「ごめんなさい。せっかく用意してもらったのに」
「温め直しましょうか」
ラムの問いかけに、リアは一度器を見てから頷いた。
「……お願いしても、いい?」
「もちろんです」
返事を聞いたラムが、器を下げる。自分から頼んだことに、リアは少し落ち着かない顔をしていた。俺は残っていたパンを二つに割り、片方を自分の皿へ、もう片方をスバルの皿へ置いた。
「お前も食え」
「何で俺の方がでけえんだよ」
「残してた分だろ。文句言う前に口動かせ」
「食ってる時にも動くんですけどね、口って」
「なら、その使い方で頼むのよ」
ベティーにまで言われ、スバルが観念したようにパンを齧る。リアが口元へ手を添えた。今度の笑いには、さっきほどの無理は見えなかった。
ラムが戻ってくるまで、少し時間があった。スバルはその間にパンを半分ほど平らげ、ベティーは茶を飲み直す。俺も残りの食事を片づけた。
窓の外を人影が通る。朝の支度を済ませ、どこかへ向かう足音だった。リアはそれを目で追いかけたが、今度はすぐに席を立とうとはしなかった。
「……エリー」
「あ?」
「ご飯を食べたら、少し、外を歩きたい」
「いいぞ」
「墓所じゃなくて。……村の方を」
俺は頷いた。
「歩いて、それから考えるんだろ」
「うん」
リアの返事を聞いて、スバルが顔を上げる。何か言いたげだったが、こちらから先回りして聞くことはしなかった。こいつは口元についたパンの欠片を指で取り、それからリアを見る。
「俺も、一緒に行っていいか?」
リアはすぐには答えなかった。
その短い間、スバルの背中が少しだけ強張る。俺は黙って茶器へ手を伸ばした。リア自身が返事をするまで、待てばいい。
「……うん。一緒に行こ」
やがてそう答えると、スバルは目に見えて肩の力を抜いた。
「おう。じゃ、食うか」
「今さら始めんな。さっきから食えって言ってんだろ」
「決意を新たにしただけだっつの」
言い返しながら、スバルが残りのパンへ手を伸ばす。ちょうど戻ってきたラムが、リアの前へ温め直した器を置いた。新しい湯気が立ち上がる。リアは両手を添えて礼を言い、今度は冷める前に匙を入れた。
俺は隣のベティーへ目を向ける。あちらもこちらを見上げていて、目が合うなり、何か言いたげに顎を上げた。
「何だよ」
「散歩へ行くなら、ベティーも行くのよ」
「置いてくなんて言ってねえだろ」
「先に言っておいたかしら」
「はいはい。わかったよ」
頷くと、ベティーは満足したように茶器を持ち直した。
リアが汁を飲み、スバルがパンを噛む。ラムは空いた皿を重ね、俺の前に残っていた器へ手を伸ばした。食べ終わったかと目で聞かれたので、それを渡す。
外へ出るには、まだ少し早かった。俺は背もたれへ体を預け、リアが残りの朝食を食べ終えるまで待つことにした。