月光る夜   作:案院運

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ロズワール邸4

月明り。そこに。

 

巨大な鉄球が揺れていた。

 

「…冗談、だろ」

 

鎖が闇の中へ伸びる

 

その先に誰がいるのか

 

まだ

 

スバルには見えなかった。

 

「誰だ..」

 

返事はない。

 

代わりにーー鎖が鳴る

 

ジャラリ。

 

「ッ!」

 

考えるより先に体を投げだした。

直後

 

—―轟音。

 

「うおぉぉぉぉぉ!」

 

床が弾ける。木片が頬を掠めた。

 

転がりながら顔をあげる。

 

「殺す気満々じゃねぇか!」

 

返事はない。ただただ鎖の音が鳴る。

 

逃げろと本能が叫ぶ。

 

「――エリス!」

 

今現時点でスバルが知る一番強い者。

 

「起きろぉぉぉ!」

 

鉄球が迫る。

 

「―――――ッ!」

 

横へ飛ぶがしかし、遅い

 

「やべー―」

 

死。

 

――パンッ!

 

乾いた音

 

「・・・へ?」

 

スバルの鼻先。あと数センチまで迫った鉄球がーー

止まった。

 

「......」

 

 正確には。

 

鉄球へ巻き付いた一本の鞭が、その軌道を強引に変えていた。

 

「夜中に....」

 

背後

 

「人の部屋の前でーー」

 

 低い声で

 

「何してやがる」

 

「...エリス」

 

 そこに立っていた。寝間着姿。髪は乱れ、死ぬほど機嫌が悪そうだった。

 

「たすかったぁぁぁぁぁぁ!」

 

「うるせぇ」

 

「いやだって俺今死ぬところーー」

 

 エリスの腕が動く。

 

鉄球に巻き付いた鞭がひかれる

 

 ギィンッ!

 

闇の向こう。

 

初めて。

 

小さな息をのむ音が聞こえた。

 

 「....女?」

 

 「わかんの!?」

 

 「黙ってろ」

 

 「ハイ」

 

  即答だった。

 

エリスは一歩前へ出る。

 

「出てこい」

 

 沈黙。

 

「三秒やる」

 

「お、おいエリス」

 

「三」

 

 スバルが慌てる。

 

「二」

 

「待て待て待て! もしかしたら話し合いが――」

 

「一」

 

 エリスが踏み込んだ。

 

 姿が消える。

 

「は?」

 

 次の瞬間。

 

 ――ドンッ!!

 

 廊下の奥から轟音。

 

「…………」

 

 スバルは瞬きをした。

 

「いやいやいやいや」

 

 何も見えなかった。

 

 恐る恐る廊下の奥へ向かう。

 

 そして。

 

「…………マジかよ」

 

 そこにいた。

 

 エリス。

 

 その足元。

 

 床へ叩きつけられた――青い髪の少女。

 

「……レム?」

 

 息が止まる。

 

 見間違えるはずがない。

 

 数日前から。

 

 いや。

 

 スバルにとっては、それ以上。

 

 一緒に仕事をして。

 

 村へ行って。

 

 笑って。

 

 少しずつ距離を縮めた少女。

「……退いてください」

 

 レムの声が、静かな廊下に響いた。

 

「嫌だ」

 

 即答だった。

 

「エリス様」

 

「二回言わせんな」

 

 エリスの背後。

 

 スバルは息を呑む。

 

 目の前にいるのは、間違いなくレムだった。

 

 いつも自分の仕事を手伝ってくれる。

 

 少し毒舌で。

 

 それでも、なんだかんだ面倒を見てくれる少女。

 

 その手に。

 

 自分を殺しかけた鉄球が握られている。

 

「……なんでだよ」

 

「スバル君」

 

 レムの視線が向けられる。

 

 冷たい。

 

 普段とはまるで違う。

 

「あなたからは――魔女の残り香がします」

 

「魔女……?」

 

 聞き覚えのある言葉。

 

 だが。

 

「知ってる」

 

「…………え?」

 

 レムが固まった。

 

 スバルも。

 

「……は?」

 

 二人の声が重なる。

 

 エリスは面倒そうに頭を掻いた。

 

「だから、知ってるって言ってんだよ」

 

「エリス様……?」

 

「こいつが魔女臭ぇことくらい、初めて会った時から気付いてる」

 

「初めて……?」

 

 スバルが自分の服を嗅ぐ。

 

「俺そんな臭う!?」

 

「そういう臭いじゃねぇ」

 

「では!」

 

 レムが声を荒らげた。

 

「何故です!?」

 

「何が」

 

「何故、魔女の残り香を纏う者を屋敷に置いているのですか!」

 

「リアが連れてきたから」

 

「それだけで!?」

 

「ああ」

 

 迷いのない即答。

 

「それに」

 

 エリスがスバルへ一瞬だけ目を向ける。

 

「臭いだけで人殺していいなら苦労しねぇだろ」

 

「ですが――!」

 

「レム」

 

 低い声。

 

 それだけで。

 

 レムの言葉が止まった。

 

「お前が魔女教を嫌ってんのは知ってる」

 

「…………」

 

「理由もな」

 

 レムの瞳が僅かに揺れる。

 

「だから疑うなとは言わねぇよ」

 

 エリスの指が。

 

 鞭の柄を撫でた。

 

「でもな」

 

 その目から。

 

 僅かに残っていた眠気が消える。

 

「疑わしいから殺しました、は通らねぇぞ」

 

「…………」

 

「少なくとも――俺の前ではな」

 

 沈黙。

 

 レムが唇を噛む。

 

「……退いてください」

 

「嫌だ」

 

「エリス様」

 

「しつけぇ」

 

「なら――」

 

 空気が変わった。

 

 レムの額。

 

 そこから。

 

 白い角が伸びる。

 

「力ずくでも」

 

「…………」

 

 鉄球が持ち上がる。

 

「お、おい」

 

 スバルが後退る。

 

「なんかパワーアップしてねぇ!?」

 

「鬼化だ」

 

「鬼ぃ!?」

 

「見りゃ分かるだろ」

 

「分かるか!」

 

 エリスはため息を吐く。

 

「レム」

 

「はい」

 

「最後に聞くぞ」

 

「…………」

 

「やめる気は?」

 

「ありません」

 

「そうか」

 

 鞭を抜く。

 

「なら仕方ねぇ」

 

 その時。

 

「レム!」

 

 別の声。

 

「――姉様」

 

 廊下の奥。

 

 桃色の髪。

 

 ラムが立っていた。

 

「随分と騒がしいと思えば」

 

 ラムの視線が状況をなぞる。

 

 壊れた壁。

 

 砕けた床。

 

 鉄球を構えるレム。

 

 その前に立つエリス。

 

 そして。

 

 その後ろから恐る恐る顔を出しているスバル。

 

「……何してるの?」

 

「姉様。この男は魔女の残り香を――」

 

「興味ないわ」

 

「……え?」

 

「え?」

 

 レムとスバル。

 

 二人同時に声が漏れた。

 

「興味ないって……」

 

「バルスが魔女教徒だろうが、ただの変態だろうが、ラムにはどうでもいいもの」

 

「後者は否定させろ!」

 

「黙ってなさい、バルス」

 

「はい」

 

 ラムは歩く。

 

 そして。

 

 当然のように。

 

 レムの隣へ並んだ。

 

「姉様……?」

 

「何?」

 

「その……」

 

「レムは戦うのでしょう?」

 

「…………はい」

 

「ならラムも戦うわ」

 

 それだけ。

 

 理由など。

 

 それだけで十分だった。

 

「姉様……!」

 

「感動してるところ悪いけどよ」

 

 エリスが呆れた顔をする。

 

「お前、事情も知らねぇのに俺とやんの?」

 

「ええ」

 

「スバルが魔女教徒かどうかも?」

 

「興味ないわ」

 

「俺がレム止めてる理由も?」

 

「興味ないわ」

 

「…………」

 

「レムがあなたと戦う」

 

 ラムが淡々と言う。

 

「なら、ラムも戦う。それだけよ」

 

「…………」

 

 エリスが額を押さえた。

 

「お前ら姉妹、本当に面倒くせぇな」

 

「あなたに言われたくないわ」

 

「あ?」

 

「エミリア様が関わると、レム以上に話を聞かなくなるでしょう?」

 

「…………」

 

「図星ね」

 

「うるせぇ」

 

 スバルがひょこっと顔を出す。

 

「お前も大概じゃねぇか」

 

「スバル」

 

「はい」

 

「黙ってろ」

 

「なんで俺にだけ当たり強いの!?」

 

 ラムが片手を上げる。

 

 空気が揺れる。

 

 風が集まる。

 

 その横では。

 

 鬼化したレムが鉄球を構えた。

 

「…………」

 

 エリスが二人を見る。

 

「まあいいか」

 

 鞭を軽く振る。

 

「久しぶりだな」

 

 口元が吊り上がる。

 

「二人まとめて相手すんの」

 

「今回こそ勝ちます」

 

「ラムは勝敗なんてどうでもいいわ」

 

「姉様!?」

 

「でも」

 

 ラムが僅かに笑う。

 

「レムを泣かせたら許さないわよ、エリス」

 

「無茶言うな」

 

 腰を落とす。

 

「負けたら勝手に泣くだろ、こいつ」

 

「泣きません!」

 

「そうかよ」

 

 鞭の先端。

 

 床を叩く。

 

 ――パンッ!

 

「じゃあ――」

 

 エリスが笑った。

 

「二割くらいは期待しといてやるよ」

 

「――ッ!」

 

 レムが消える。

 

 鉄球。

 

 真正面。

 

「エリス!」

 

 スバルが叫ぶ。

 

 しかし。

 

 避けない。

 

 鉄球が。

 

 エリスの顔面へ――。

 

 僅かに。

 

 首を傾けた。

 

 ――ブォン!

 

 頬を掠める。

 

「――ッ!」

 

 同時。

 

 一歩。

 

 レムの懐。

 

「速――」

 

「遅ぇ」

 

 掌底。

 

「かはっ!」

 

 レムの身体が浮く。

 

 だが。

 

「――エリス」

 

 ラム。

 

 風。

 

 不可視の刃が飛ぶ。

 

「見えてる」

 

 鞭が走る。

 

 ――パンッ!

 

 空気が弾けた。

 

「…………」

 

 スバルの口が開く。

 

「なんだよ、それ……」

 

 強い。

 

 エルザとの戦いでも分かっていた。

 

 こいつが強いことくらい。

 

 分かっていた。

 

 つもりだった。

 

「お前……どんだけ強ぇんだよ」

 

「今聞くことか?」

 

「いやだって――」

 

「前見てろ」

 

「へ?」

 

「――あああああ!!」

 

「うぉ!?」

 

 レム。

 

 鉄球。

 

 拳。

 

 蹴り。

 

 鬼の力を解放した猛攻。

 

 その全てを。

 

 エリスは避ける。

 

「そうそう」

 

 鉄球が髪を掠める。

 

「レムはそれでいい」

 

 拳を受け流す。

 

「考えすぎるとお前は弱ぇ」

 

 蹴りを片手で止める。

 

「力で来い」

 

「――ッ!」

 

 腕を掴む。

 

「その方が――」

 

 腰を落とす。

 

「お前らしい」

 

 投げた。

 

「レム!」

 

 ラムの風。

 

 妹の身体を受け止める。

 

 その一瞬。

 

 エリスの鞭が走った。

 

 先端がラムの首筋へ向かう。

 

 だが、触れる寸前。

 

 軌道が変わる。

 

 鞭はラムの胴へ巻き付き、両腕ごと体を拘束した。

 

「…………」

 

 ラムの身体が止まる。

 

 鞭の先端は、彼女の首筋ではなく、背後の床へ落ちていた。

 

「終わり」

 

「…………」

 

 ラムが横目で、自分の身体に巻き付いた鞭を見る。

 

「続ける?」

 

「……いいえ」

 

 エリスが鞭を引くと、ラムの身体がわずかに引き寄せられる。

 

 すぐに力を抜き、鞭がほどけて床へ落ちた。

 

 風が消える。

 

 レムも。

 

 悔しそうに歯を食いしばりながら。

 

 角を消した。

 

「…………」

 

 スバルは呆然としていた。

 

「二人がかりで……」

 

「なんだ?」

 

「いや」

 

 頭を抱える。

 

「俺、前のお前に戦い方教えてもらってたんだよなぁ……」

 

「前?」

 

「――あ」

 

「…………」

 

「…………」

 

 エリスの目が細くなる。

 

「お前」

 

「違う」

 

「何が?」

 

「なんでもない」

 

「今、前の俺って――」

 

「気のせいです」

 

「…………」

 

「…………」

 

「忘れてください」

 

「お前やっぱ最近おかしいぞ」

 

「知ってる!」

 

「――何の騒ぎ?」

 

 眠そうな声。

 

「…………」

 

 全員。

 

 止まった。

 

 銀髪。

 

 寝間着。

 

 目を擦りながら。

 

 エミリアが立っていた。

 

「……エリー?」

 

「…………」

 

「レム?」

 

「…………」

 

「ラム?」

 

「…………」

 

「スバル?」

 

「…………」

 

 エミリアが周囲を見る。

 

 壊れた壁。

 

 砕けた床。

 

 鉄球。

 

 鞭。

 

「…………」

 

 眉が寄る。

 

「何してるの?」

 

「リア、これは――」

 

「エリー」

 

「はい」

 

「何してるの?」

 

「……レムとラムがスバル殺そうとしたから止めた」

 

「エリス様!?」

 

「お前ぇぇぇぇ!!」

 

「事実だろ」

 

 エミリアの眠気が吹き飛んだ。

 

「レム」

 

「……はい」

 

「本当?」

 

「…………」

 

「レム?」

 

「……はい」

 

 俯く。

 

「…………」

 

 エミリアがスバルへ駆け寄った。

 

「スバル!」

 

「お、おう」

 

「怪我は?」

 

「大丈夫」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「…………よかった」

 

 胸を撫で下ろす。

 

 それから。

 

「エリー」

 

「なんだ」

 

「説明して」

 

「明日じゃダメ?」

 

「ダメ」

 

「眠い」

 

「私も眠い!」

 

「じゃあ寝ようぜ」

 

「誤魔化さないで!」

 

「…………」

 

 エリスが頭を掻く。

 

「分かったよ」

 

「本当?」

 

「ああ」

 

「全部?」

 

「全部」

 

「絶対?」

 

「絶対」

 

「…………ならいい」

 

 エミリアの手が。

 

 無意識に。

 

 エリスの袖を掴む。

 

「…………」

 

 スバルはそれを見る。

 

 エミリアの顔。

 

 さっきまで不安そうだったのに。

 

 エリスが答えた途端。

 

 少しだけ。

 

 安心している。

 

「…………」

 

 やっぱり。

 

「兄妹みてぇ」

 

「あ?」

 

「いや」

 

 スバルが笑う。

 

「なんでもねぇ」

 

「変な奴」

 

「お前にだけは言われたくねぇよ」

 

「――待つかしら」

 

 声。

 

「ベティー」

 

 金髪。

 

 ドレス。

 

 不機嫌そうな少女。

 

「騒がしくて眠れないのよ」

 

「ベア子!」

 

「その呼び方をやめるかしら!」

 

「ぐぼっ!?」

 

 スバルが吹き飛ぶ。

 

「スバル!?」

 

「大丈夫だリア。いつものだ」

 

「いつものって何!?」

 

 ベアトリスは鼻を押さえた。

 

「まったく。ただでさえ臭うのに――」

 

「…………」

 

「ベティー」

 

「なんなのよ」

 

「濃くなってるか?」

 

「…………」

 

 ベアトリスがスバルを見る。

 

「前よりは、なのよ」

 

「やっぱりか」

 

「…………え?」

 

 スバルが顔を上げる。

 

「ちょっと待て」

 

 エリスを見る。

 

「お前も分かるのか?」

 

「ああ」

 

「魔女の臭い?」

 

「正確には残り香みてぇなもんだけどな」

 

「いつから?」

 

「初めて会った時」

 

「…………」

 

 頭を抱える。

 

「なんで俺だけ知らねぇんだよ……」

 

「自分の体臭なんてそんなもんかしら」

 

「体臭扱いすんな!」

 

 少しだけ。

 

 空気が緩んだ。

 

「…………なあ」

 

 スバルが顔を上げる。

 

「エリス」

 

「ん?」

 

「俺が、この臭いの理由を知ってるって言ったら?」

 

「聞く」

 

「…………」

 

「言えるのか?」

 

「…………」

 

 拳を握る。

 

 こいつなら。

 

 もしかしたら。

 

 エリスなら。

 

「俺は――」

 

 死に戻りを。

 

「――――ッ!!」

 

「ぐっ……!」

 

「スバル?」

 

 心臓。

 

 掴まれる。

 

「が……ぁ……!」

 

「スバル!」

 

 エミリアが駆け寄る。

 

 そして。

 

「――――」

 

 エリスの表情が変わった。

 

「……なんだ」

 

 違う。

 

 普段の残り香じゃない。

 

 濃くなった。

 

 そんな程度じゃない。

 

「…………いる」

 

「エリー?」

 

 スバルではない。

 

 その周囲。

 

 何もない空間。

 

 そこを。

 

 エリスは睨む。

 

「ベティー」

 

「……分かってるかしら」

 

 ベアトリスの表情からも。

 

 いつもの不機嫌さが消える。

 

 エリスの手が。

 

 鞭へ伸びる。

 

 何かがいる。

 

 見えない。

 

 聞こえない。

 

 触れない。

 

 なのに。

 

 確かに。

 

 スバルへ。

 

 何かが触れている。

 

「……てめぇ」

 

 低い声。

 

「誰だ」

 

「エリス!」

 

 ベアトリスが腕を掴む。

 

「触るな!」

 

「あ?」

 

「これは――!」

 

 瞬間。

 

 消えた。

 

「――はっ!」

 

 スバルが崩れ落ちる。

 

「スバル!」

 

 エミリアが受け止める。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

「大丈夫!?」

 

「……ああ」

 

「全然大丈夫じゃない!」

 

「ちょっと……持病が……」

 

「そんな持病あるわけないでしょ!」

 

「ですよね……」

 

「…………」

 

 エリスは。

 

 スバルを見ていた。

 

 魔女の残り香。

 

 意味の分からない言動。

 

 そして。

 

 今の。

 

 何か。

 

「スバル」

 

「……なんだ?」

 

「お前」

 

 目を細める。

 

「相当面倒くせぇもんに好かれてんな」

 

「…………」

 

 スバルは。

 

 何も答えなかった。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「……終わった」

 

 自室。

 

 スバルはベッドへ倒れ込んだ。

 

「マジで……終わった……」

 

 疲れた。

 

 あまりにも。

 

 疲れた。

 

 レムに殺されかけた。

 

 ラムまで参戦した。

 

 エリスが二人まとめて叩き伏せた。

 

 エミリアに心配された。

 

 ベア子に吹き飛ばされた。

 

 そして。

 

 死に戻りを話そうとして――。

 

「…………」

 

 胸へ手を置く。

 

 思い出したくない。

 

「なんなんだよ……」

 

 だが。

 

 生きている。

 

「…………」

 

 それだけで。

 

 十分だった。

 

「……勝った」

 

 小さく。

 

 呟いた。

 

 前は。

 

 この夜に死んだ。

 

 何も分からないまま。

 

 苦しんで。

 

 一人で。

 

 死んだ。

 

 だが今回は違う。

 

 襲撃者が分かった。

 

 レムだった。

 

 そして。

 

 生き延びた。

 

「……エリス様々だな」

 

 あいつが来なかったら。

 

 間違いなく死んでいた。

 

「明日……なんか奢ってやるか」

 

 何を奢るんだ。

 

 そもそも給料すらまだ貰っていない。

 

「…………」

 

 どうでもいい。

 

 眠い。

 

 とにかく。

 

 疲れた。

 

「…………寝よ」

 

 毛布を被る。

 

 目を閉じる。

 

「…………」

 

 意識が。

 

 ゆっくり。

 

 沈んでいく。

 

「…………」

 

 そして。

 

「……さむ」

 

 目を開けた。

 

「…………?」

 

 寒い。

 

「なんだ……?」

 

 毛布を引き寄せる。

 

 それでも。

 

 寒い。

 

「…………」

 

 ぞくり。

 

 嫌な感覚。

 

「……いや」

 

 目が開く。

 

「待て」

 

 知っている。

 

 この寒さ。

 

「待て待て待て待て」

 

 身体を起こそうとする。

 

「――ッ!?」

 

 力が。

 

 入らない。

 

「なんで……」

 

 腕が震える。

 

「なんでだよ……!」

 

 違う。

 

 レムはもう来ない。

 

 襲撃は終わった。

 

 自分は。

 

 助かった。

 

 はずなのに。

 

「ぐっ……!」

 

 喉。

 

「ごほっ!」

 

 手のひら。

 

「…………」

 

 赤い。

 

「……嘘だろ」

 

 血。

 

「なんで……」

 

 思い出す。

 

 前回。

 

 身体が動かなかった。

 

「……同じ」

 

 寒気。

 

「同じじゃねぇか……!」

 

 つまり。

 

 レムじゃない。

 

「俺を……殺したの……」

 

 別に。

 

 いる。

 

「…………」

 

 呼べ。

 

「エ……」

 

 声が出ない。

 

「エリ……」

 

 エリス。

 

 呼べ。

 

 あいつなら。

 

 あいつなら何とかしてくれる。

 

「…………っ」

 

 だが。

 

 指先すら。

 

 もう。

 

 動かない。

 

「クソ……」

 

 視界が。

 

 暗くなる。

 

「やっと……」

 

 分かったと。

 

 思ったのに。

 

「……さみぃ」

 

 毛布を掴もうとする。

 

 その手は。

 

 何も掴めなかった。

 

 ――死んだ。

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

「――お客様」

 

「…………」

 

「お客様?」

 

「…………」

 

「お客様。朝ですよ」

 

「――――ッ!!」

 

 跳ね起きた。

 

「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」

 

「……お客様?」

 

「――――」

 

 青い髪。

 

 メイド服。

 

 レム。

 

「…………」

 

 生きている。

 

 レムが。

 

 自分が。

 

「……また」

 

 手を見る。

 

 血はない。

 

 身体も動く。

 

「また……死んだ」

 

「?」

 

 レムが怪訝そうに首を傾げる。

 

「どうかしましたか?」

 

「…………」

 

 違った。

 

 レムだけじゃない。

 

 いや。

 

 レムにも殺されかけた。

 

 でも。

 

 最初の死。

 

 そして今の死。

 

 あれは。

 

「別の……死因……」

 

「?」

 

 顔を上げる。

 

「エリスは!?」

 

「え?」

 

「エリス! 今どこにいる!?」

 

「おそらく禁書庫かと――」

 

 最後まで聞かない。

 

 ベッドから飛び降りる。

 

「お客様!?」

 

 走る。

 

「エリス!」

 

 廊下。

 

「エリス!!」

 

 走る。

 

「どこだぁぁぁぁ!!」

 

 扉。

 

「エリス!」

 

 違う。

 

「クソ!」

 

 また違う。

 

「エリス!!」

 

 そして。

 

 次。

 

 扉を開く。

 

「――――」

 

 本。

 

 本。

 

 本。

 

 見覚えのある。

 

 禁書庫。

 

「……うるさいかしら」

 

 ベアトリス。

 

 そして。

 

「朝っぱらからなんだよ」

 

 ティーカップ片手。

 

 椅子に座る男。

 

「…………」

 

 スバルは立ち尽くす。

 

「……エリス」

 

「あ?」

 

「…………」

 

 生きている。

 

 当然だ。

 

 死んだのは。

 

 自分だけ。

 

「…………」

 

 エリスの眉が寄る。

 

「なんだよ、その顔」

 

「……いや」

 

 笑おうとする。

 

「なんでも――」

 

「嘘つけ」

 

「――――」

 

 即答。

 

 ティーカップが置かれる。

 

 エリスが立つ。

 

「お前」

 

 近づいてくる。

 

「何があった?」

 

「…………」

 

「顔真っ青だぞ」

 

「…………」

 

 答えられない。

 

 言えない。

 

 言えば。

 

 また。

 

 あれが来る。

 

「…………」

 

 だけど。

 

 分かった。

 

 エリスは強い。

 

 馬鹿みたいに強い。

 

 レムとラムが二人がかりでも。

 

 相手にならない。

 

 目の前の敵なら。

 

 きっと。

 

 こいつが全部倒してくれる。

 

 でも。

 

 それだけじゃ。

 

 駄目だった。

 

 エリスに守ってもらって。

 

 レムを退けても。

 

 自分は。

 

 死んだ。

 

「……エリス」

 

「ん?」

 

「俺さ」

 

 拳を握る。

 

「ちょっと――」

 

 笑う。

 

「調べたいことがある」

 

「…………」

 

 エリスは。

 

 しばらくスバルを見ていた。

 

「そうか」

 

 それだけ。

 

 答えた。

 

 敵を倒せば。

 

 終わるわけじゃない。

 

 強い奴に守ってもらえば。

 

 生き残れるわけでもない。

 

 何故死んだのか。

 

 何が自分を殺したのか。

 

 それを知らなければ。

 

 何度でも。

 

 ――死ぬ。




よろしくー
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