「――――ッ!!」
目が開いた。
「がっ……は、ぁ……!」
息。
空気。
吸える。
「はっ……はっ……はぁ……!」
肺が動いている。
心臓が。
鳴っている。
「…………」
身体。
動く。
指。
腕。
足。
「…………っ」
胸元を掴む。
痛くない。
苦しくない。
身体の内側を、見えない何かに握り潰されるような苦痛。
力が抜けて。
指一本。
満足に動かせなくなって。
呼吸すら。
できなくなって。
「…………」
それが。
ない。
「……は」
乾いた声が。
漏れた。
「はは……」
白い天井。
見覚えのある部屋。
見覚えのあるベッド。
カーテンの隙間から差し込む。
朝の光。
「…………」
知っている。
ここを。
知っている。
「……また」
戻った。
その言葉を。
口に出す前に。
「――お客様?」
「――――ッ!!」
肩が跳ねた。
声。
振り返る。
「…………」
青。
青い髪。
メイド服。
見慣れた――
違う。
見慣れてしまった少女。
「……レム」
「はい?」
「…………」
レムが。
不思議そうに。
首を傾げた。
「……お客様?」
「…………」
お客様。
「――――」
その呼び方が。
何故か。
酷く。
胸に刺さった。
「……そっか」
「?」
「そう……だよな」
「お客様?」
今は。
まだ。
そうなんだ。
レムにとって。
自分は。
スバルくんでも。
屋敷の使用人仲間でも。
何でもない。
ただの。
客。
「…………」
戻った。
本当に。
「……また」
「お客様?」
「なんでもねぇ」
「ですが――」
「大丈夫」
反射的に。
答える。
「…………」
大丈夫。
何が。
「…………」
何一つ。
大丈夫じゃない。
自分は。
死んだ。
それも。
何に殺されたのか。
分からないまま。
「…………」
誰だ。
何だ。
何が。
俺を。
「――朝から騒がしいわね、お客様」
「――ッ」
もう一人。
桃色。
「…………ラム」
「はい」
ラム。
いる。
レムも。
ラムも。
何も知らない顔で。
ここにいる。
「…………」
「何か?」
「いや……」
見る。
ラム。
レム。
「…………」
違う。
この二人じゃ。
ない。
――本当に?
「…………っ」
分からない。
分からない。
前は。
誰かに襲われたわけじゃない。
誰かに刺されたわけでも。
殴られたわけでも。
首を絞められたわけでもない。
血なんて。
一滴も。
流れていない。
ただ。
突然。
身体が。
おかしくなった。
苦しくなって。
力が。
抜けて。
そして。
「…………」
死んだ。
「……お客様?」
レム。
一歩。
近付く。
「来るな!」
「――――」
止まった。
「…………」
静寂。
「…………っ」
スバルは。
自分の声に。
自分で。
驚いた。
「……悪い」
「…………」
「ごめん」
レム。
何も言わない。
「違うんだ」
「…………」
「お前が……どうとかじゃなくて」
「…………」
じゃあ。
何だ。
「…………」
説明できない。
「……悪い」
「…………」
ラムの目が。
細くなる。
「レム」
「姉様」
「少し離れなさい」
「……はい」
「…………」
警戒。
されている。
当たり前だ。
今の自分は。
突然叫び。
メイドの名前を知っていて。
近付いただけで。
怒鳴った。
「…………」
最悪だ。
「……クソ」
どうする。
何が起きた。
何に殺された。
誰に。
いつ。
どうやって。
「…………」
分からない。
何も。
分からない。
なら。
誰かに。
相談。
「――――」
一人。
浮かんだ。
「……エリス」
「?」
エリス。
そうだ。
あいつ。
「…………」
エリスなら。
強い。
自分なんかより。
ずっと。
魔法だって。
戦いだって。
この世界のことだって。
自分より。
知っている。
「…………」
助けて。
その言葉が。
頭に浮かんだ。
「……エリス」
「お客様?」
「エリスどこだ」
「…………」
ラム。
眉。
僅かに上がる。
「エリス?」
「ああ!」
立ち上がる。
「エリスだよ!」
「…………」
「どこにいる!?」
「お客様、落ち着いて――」
「どこだ!」
「――――」
「…………」
また。
やった。
「……悪い」
でも。
止まれない。
「頼む」
「…………」
「あいつ、どこにいる」
「…………」
レムが。
ラムを見る。
ラムも。
レムを見る。
「…………」
「知りません」
「は?」
「エリス様がどちらにいらっしゃるか、ラムは把握していません」
「……そっか」
「ただ」
「?」
「朝から姿を見ていないのであれば」
「…………」
「禁書庫では?」
「――――」
ベアトリス。
「……それだ」
「お客様?」
「ありがとう!」
走る。
「お客様!」
後ろ。
レムの声。
でも。
止まらない。
「エリス!!」
◇ ◇ ◇
廊下。
「エリス!!」
走る。
「どこだぁぁぁぁ!!」
扉。
開ける。
「エリス!」
違う。
「クソ!」
次。
「エリス!!」
違う。
次。
「エリス!」
違う。
「どこだよ……!」
早く。
会いたい。
「…………」
会って。
何を。
言う。
「――――」
足。
止まる。
「…………」
助けてくれ。
そうだ。
それでいい。
エリスなら。
きっと。
助けてくれる。
あいつなら。
「…………」
でも。
何から。
「…………」
誰に狙われている。
分からない。
何が起きる。
分からない。
どうして知っている。
「…………」
死んだから。
「――――ッ」
心臓。
握られた。
そんな。
錯覚。
「…………っ」
口に。
できない。
あのことを。
言ってはいけない。
「…………」
説明。
できない。
「……クソ」
エリスなら。
聞く。
『どうした?』
『何があった?』
『誰にやられた?』
その全部に。
答えられない。
「…………」
なら。
何を。
頼む。
「……俺の近くにいてくれ?」
呟く。
「…………」
ダサい。
あまりにも。
「……なんだよそれ」
理由も。
言わず。
ただ。
怖いから。
自分を。
守れ?
「…………」
嫌だ。
そんなの。
「…………」
でも。
死ぬのは。
もっと。
「……嫌だ」
小さい。
声。
「もう……」
あんなのは。
「…………」
拳。
握る。
「エリス!!」
また。
走った。
◇ ◇ ◇
「エリス!」
扉。
違う。
「エリス!」
次。
違う。
「クソドリル幼女!」
違う。
「ベアトリス!」
違う。
「ベアトリィィィス!!」
次。
開ける。
「――――」
本。
本。
本。
壁。
棚。
どこまでも。
本。
「…………」
見つけた。
禁書庫。
「……朝から」
声。
「何度も何度も」
金髪。
縦ロール。
「人の名前を叫ぶんじゃないかしら」
ベアトリス。
「…………」
いた。
でも。
「……ん?」
その。
ベアトリスが。
「…………」
椅子。
その上。
「…………」
誰かの。
膝に。
座っていた。
「……エリス」
「あ?」
「…………」
いた。
探していた。
男。
「朝っぱらからなんだよ」
「…………」
エリス。
ティーカップ。
片手。
もう片方。
本。
その。
エリスの膝の上に。
ベアトリス。
「…………」
何を。
している。
こいつら。
「……ベティー」
「何かしら」
「ページ」
「自分で捲ればいいのよ」
「両手塞がってんだけど」
「知らないかしら」
「お前が膝乗ってるからだろ」
「…………」
ベアトリス。
ピクリ。
「ベティーが乗りたいから乗っているわけではないのよ」
「じゃあ降りれば?」
「…………」
「痛い痛い痛い!」
ベアトリス。
エリスの。
太もも。
抓る。
「なんで!?」
「うるさいかしら!」
「理不尽!」
「…………」
スバル。
立ち尽くす。
「…………」
なんだ。
これ。
自分は。
死んだ。
何に殺されたのか。
分からない。
また。
死ぬかもしれない。
怖くて。
怖くて。
どうしようもなくて。
こいつを。
探して。
屋敷中。
走り回って。
「…………」
なのに。
こいつ。
「……イチャついてんじゃねぇよ」
「は?」
「はぁ!?」
エリス。
ベアトリス。
同時。
「誰が!」
ベアトリス。
顔。
赤い。
「誰がイチャついていると言うのかしら!」
「どう見てもイチャついてんだろ!」
「目が腐っているのよ!」
「膝から降りて言え!」
「これは!」
「これは?」
「…………」
止まる。
「…………」
「ほら!」
「うるさいかしら!!」
「いてっ!?」
何故か。
エリスが。
叩かれる。
「俺!?」
「…………」
いつも通り。
だった。
「…………」
あまりにも。
いつも通り。
「…………」
エリスが。
いる。
ベアトリスが。
いる。
くだらないことで。
喧嘩して。
「…………」
それを。
見た瞬間。
張り詰めていた。
何かが。
少し。
緩んだ。
「…………は」
「?」
「…………」
「スバル?」
エリスが。
ようやく。
気付く。
「…………」
スバル。
笑おうとする。
「……はは」
「…………」
失敗。
した。
「……お前」
「ん?」
「…………」
いた。
良かった。
でも。
違う。
エリスが。
死んでいたわけじゃない。
分かっている。
ただ。
この。
変わらない男を見たら。
「…………」
安心した。
「……なんだよ」
エリスの。
表情が。
変わる。
「…………」
本。
閉じる。
「お前」
「…………」
「どうした?」
その言葉。
「――――」
来た。
何度も。
頭の中で。
想像した。
質問。
「…………」
助けて。
言え。
今。
言えばいい。
「……俺」
「ん?」
「…………」
死んだ。
言えない。
「…………っ」
胸。
締まる。
「スバル?」
「……いや」
「…………」
「なんでも」
「嘘つけ」
「――――」
即答。
「…………」
エリスが。
ティーカップ。
置く。
「ベティー」
「…………」
「悪い」
「…………」
ベアトリスは。
スバルを見る。
「…………」
何か。
言いたそうに。
でも。
言わず。
「仕方ないかしら」
ぴょん。
膝から。
降りる。
「…………」
エリス。
立つ。
近付いてくる。
「…………」
スバル。
一歩。
後ろへ。
「待て」
「?」
「…………」
止まる。
「……そこ」
「…………」
「そこにいて」
「…………」
エリス。
止まった。
「分かった」
「…………」
聞かない。
どうして。
とも。
「…………」
それが。
逆に。
苦しい。
「……エリス」
「ん?」
「…………」
助けて。
「…………」
言え。
「……俺」
「うん」
「…………」
何に殺された。
分からない。
また。
いつ死ぬ。
分からない。
誰が。
敵なのかも。
分からない。
「…………」
でも。
こいつなら。
「……ちょっと」
「うん」
「…………」
声が。
出ない。
「…………」
エリス。
待っている。
「……なんか言えよ」
「え?」
「…………」
「お前がなんか言おうとしてんだろ」
「そうだけど!」
「じゃあ待ってる」
「…………」
「急かした方がいい?」
「…………」
「早く言え」
「雑!」
「どっちだよ」
「…………」
笑う。
ほんの。
一瞬。
「…………」
それから。
また。
俯く。
「……俺さ」
「うん」
「…………」
「…………」
「……ヤバいかもしれない」
「何が?」
「…………」
答えられない。
「俺」
「…………」
「俺が」
死ぬ。
言えない。
「…………」
「……分かんねぇ」
「…………」
エリス。
黙る。
「何がヤバいかも」
「…………」
「何が起きるかも」
「…………」
「誰が……」
拳。
「誰が相手なのかも」
「…………」
「なんも」
情けない。
「なんも分かんねぇんだ」
「…………」
静か。
禁書庫。
「でも」
「…………」
「なんか」
違う。
なんかじゃない。
知っている。
死んだから。
「…………」
「……嫌な予感がする」
言える。
ギリギリ。
それだけ。
「…………」
エリスが。
少し。
考える。
「それで」
「…………」
「俺に何してほしい?」
「――――」
真っ直ぐ。
聞かれた。
「…………」
何を。
「…………」
守って。
「…………」
言え。
「…………」
「スバル」
「……近くに」
「ん?」
「…………」
声。
小さい。
「しばらく」
「…………」
「俺の近くにいてくれ」
「…………」
言った。
「…………」
死ぬほど。
情けない。
「…………」
理由も。
説明せず。
相手も。
分からず。
ただ。
強い奴に。
側にいてくれ。
「…………」
これじゃ。
まるで。
「……悪い」
「なんで謝る?」
「だって」
「…………」
「何も言えねぇのに」
「…………」
「こんなん」
顔。
上げられない。
「普通」
「…………」
「無理だろ」
「分かった」
「…………」
「――は?」
顔。
上がる。
「だから」
エリス。
いつもの顔。
「分かった」
「…………」
「近くにいりゃいいんだろ?」
「……お前」
「ん?」
「聞かねぇの?」
「何を」
「何があったとか」
「言える?」
「…………」
言えない。
「じゃあいい」
「…………」
「なんで」
「言えねぇ事情があんだろ」
「…………」
「なら」
エリス。
肩。
竦める。
「言えるようになったら言えばいい」
「…………」
「それまで俺が近くにいる」
「…………」
「簡単じゃん」
「…………」
簡単。
こいつは。
そう言う。
「……馬鹿じゃねぇの」
「なんで?」
「普通」
声。
震える。
「怪しむだろ……」
「怪しんでるよ」
「え」
「めっちゃ怪しい」
「…………」
「朝っぱらから屋敷中で俺の名前叫んで」
「…………」
「禁書庫飛び込んできて」
「…………」
「顔真っ青で」
「…………」
「何も説明できません」
「…………」
「でも近くにいてください」
「…………」
「普通に怖い」
「おい!」
「でも」
「…………」
「スバルだし」
「――――」
「…………」
それだけ。
「…………」
エリスにとって。
それだけで。
十分らしい。
「…………」
ずるい。
「……お前」
「ん?」
「そういうとこ」
「?」
「…………」
嫌いだ。
言おうとして。
「…………」
言えなかった。
嫌いなわけが。
ない。
むしろ。
「…………」
だから。
困る。
「……ありがと」
「おう」
「…………」
短い。
あまりにも。
「…………」
そして。
「ただし」
「?」
エリス。
指。
一本。
「俺、トイレまで一緒は嫌だからな」
「誰が頼むか!!」
「風呂も」
「頼まねぇよ!」
「寝る時は?」
「…………」
「え」
「…………」
「お前」
「いや!」
「怖」
「違う!」
「ベティー」
「何かしら」
「スバルが夜這いを」
「してねぇよ!!」
「…………」
ベアトリス。
じと。
「エリス」
「ん?」
「今夜から禁書庫で寝るのよ」
「なんで!?」
「危険かしら」
「俺の身の危険!?」
「ベティーが守ってやるのよ」
「いや普通逆じゃね!?」
「…………」
スバル。
笑う。
「はは……」
「?」
「……ははは」
馬鹿みたいな。
やり取り。
「…………」
安心する。
「…………」
でも。
その安心が。
怖い。
「…………」
もし。
また。
あれが。
起きたら。
「…………」
エリスが。
近くにいれば。
助かる。
かもしれない。
「――――」
そこで。
初めて。
別の考えが。
浮かんだ。
「…………」
もし。
自分を殺した。
何かが。
自分だけを。
狙っているわけじゃなかったら。
「…………」
もし。
エリスまで。
「――――」
「スバル?」
「…………」
顔を上げる。
エリス。
いる。
「…………」
何も知らない。
こいつは。
自分が。
一度。
死んだことも。
知らない。
これから。
何が起こるのか。
スバル自身ですら。
分からない。
「…………」
なのに。
巻き込む。
自分が。
「…………」
「やっぱ」
「?」
「…………」
やっぱり。
いい。
一人で。
どうにか。
「…………」
口を。
開く。
「――やっぱり一人でどうにかする、とか言ったら」
「――――」
エリス。
「殴るぞ」
「…………」
「なんで分かった」
「顔」
「…………」
「分かりやすい」
「……クソ」
「あと」
「?」
「助けてって言ったのはお前だろ」
「…………」
「だったら」
エリス。
笑う。
「俺についてこい。俺は運がいいからな。」
「…………」
なんだこいつは。
「……なんだよそれ」
「知らん」
「…………」
「黙って助けられてろ」
「適当すぎんだろ」
「うるせ」
「…………」
また。
少し。
笑った。
「…………」
助けて。
言えた。
全部は。
言えない。
何があったのか。
どうして怖いのか。
自分が。
一度。
死んだことも。
言えない。
それでも。
「…………」
近くにいてくれ。
それだけは。
言えた。
そして。
エリスは。
何も聞かず。
頷いた。
「…………」
安心。
した。
だからこそ。
怖くなった。
自分が。
この男を。
頼ってしまうことが。
もし。
次に。
何かが起きた時。
自分より先に。
エリスが。
傷付いたら。
「…………」
それでも。
今は。
一人になる方が。
ずっと。
怖かった。
◇ ◇ ◇
「で」
数分後。
「…………」
スバル。
椅子。
その隣。
エリス。
「…………」
そして。
エリスの膝。
ベアトリス。
「なんで元に戻ってんだよ」
「何が?」
「そこだよ!」
「?」
「ベアトリス!」
「ベティーがどこに座ろうとベティーの勝手かしら」
「俺わりと人生の危機なんだけど!?」
「それとこれとは別なのよ」
「俺の相談中にイチャつくな!」
「だから!」
ベアトリス。
真っ赤。
「イチャついてないかしら!!」
「じゃあ降りろよ!」
「嫌なのよ!」
「認めた!」
「――――ッ!」
「痛い痛い痛い!」
また。
エリスが。
抓られる。
「なんで俺!?」
「エリスが悪いかしら!」
「俺なんもしてねぇ!」
「存在が悪いのよ!」
「酷くない!?」
「…………」
スバル。
「…………」
思わず。
「ぷっ」
「?」
「……はは」
「スバル?」
「いや」
笑う。
「…………」
なんでもない。
ただ。
この光景を。
もう一度。
見られたことが。
少しだけ。
嬉しかった。
そして。
同時に。
思う。
「…………」
今度は。
死にたくない。
絶対に。
「…………」
何が。
自分を殺した。
分からない。
手掛かりも。
まだ。
何もない。
でも。
「…………」
調べる。
今度こそ。
「…………」
そして。
できるなら。
この。
馬鹿みたいに。
平和な光景を。
壊さずに。
「…………」
生き残る。
そのために。
まずは。
自分を殺した。
何かを。
見つけなければならない。
よかよか