月光る夜   作:案院運

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はじめて、赤色、うれぴ


ロズワール邸5

「――――ッ!!」

 

 目が開いた。

 

「がっ……は、ぁ……!」

 

 息。

 

 空気。

 

 吸える。

 

「はっ……はっ……はぁ……!」

 

 肺が動いている。

 

 心臓が。

 

 鳴っている。

 

「…………」

 

 身体。

 

 動く。

 

 指。

 

 腕。

 

 足。

 

「…………っ」

 

 胸元を掴む。

 

 痛くない。

 

 苦しくない。

 

 身体の内側を、見えない何かに握り潰されるような苦痛。

 

 力が抜けて。

 

 指一本。

 

 満足に動かせなくなって。

 

 呼吸すら。

 

 できなくなって。

 

「…………」

 

 それが。

 

 ない。

 

「……は」

 

 乾いた声が。

 

 漏れた。

 

「はは……」

 

 白い天井。

 

 見覚えのある部屋。

 

 見覚えのあるベッド。

 

 カーテンの隙間から差し込む。

 

 朝の光。

 

「…………」

 

 知っている。

 

 ここを。

 

 知っている。

 

「……また」

 

 戻った。

 

 その言葉を。

 

 口に出す前に。

 

「――お客様?」

 

「――――ッ!!」

 

 肩が跳ねた。

 

 声。

 

 振り返る。

 

「…………」

 

 青。

 

 青い髪。

 

 メイド服。

 

 見慣れた――

 

 違う。

 

 見慣れてしまった少女。

 

「……レム」

 

「はい?」

 

「…………」

 

 レムが。

 

 不思議そうに。

 

 首を傾げた。

 

「……お客様?」

 

「…………」

 

 お客様。

 

「――――」

 

 その呼び方が。

 

 何故か。

 

 酷く。

 

 胸に刺さった。

 

「……そっか」

 

「?」

 

「そう……だよな」

 

「お客様?」

 

 今は。

 

 まだ。

 

 そうなんだ。

 

 レムにとって。

 

 自分は。

 

 スバルくんでも。

 

 屋敷の使用人仲間でも。

 

 何でもない。

 

 ただの。

 

 客。

 

「…………」

 

 戻った。

 

 本当に。

 

「……また」

 

「お客様?」

 

「なんでもねぇ」

 

「ですが――」

 

「大丈夫」

 

 反射的に。

 

 答える。

 

「…………」

 

 大丈夫。

 

 何が。

 

「…………」

 

 何一つ。

 

 大丈夫じゃない。

 

 自分は。

 

 死んだ。

 

 それも。

 

 何に殺されたのか。

 

 分からないまま。

 

「…………」

 

 誰だ。

 

 何だ。

 

 何が。

 

 俺を。

 

「――朝から騒がしいわね、お客様」

 

「――ッ」

 

 もう一人。

 

 桃色。

 

「…………ラム」

 

「はい」

 

 ラム。

 

 いる。

 

 レムも。

 

 ラムも。

 

 何も知らない顔で。

 

 ここにいる。

 

「…………」

 

「何か?」

 

「いや……」

 

 見る。

 

 ラム。

 

 レム。

 

「…………」

 

 違う。

 

 この二人じゃ。

 

 ない。

 

 ――本当に?

 

「…………っ」

 

 分からない。

 

 分からない。

 

 前は。

 

 誰かに襲われたわけじゃない。

 

 誰かに刺されたわけでも。

 

 殴られたわけでも。

 

 首を絞められたわけでもない。

 

 血なんて。

 

 一滴も。

 

 流れていない。

 

 ただ。

 

 突然。

 

 身体が。

 

 おかしくなった。

 

 苦しくなって。

 

 力が。

 

 抜けて。

 

 そして。

 

「…………」

 

 死んだ。

 

「……お客様?」

 

 レム。

 

 一歩。

 

 近付く。

 

「来るな!」

 

「――――」

 

 止まった。

 

「…………」

 

 静寂。

 

「…………っ」

 

 スバルは。

 

 自分の声に。

 

 自分で。

 

 驚いた。

 

「……悪い」

 

「…………」

 

「ごめん」

 

 レム。

 

 何も言わない。

 

「違うんだ」

 

「…………」

 

「お前が……どうとかじゃなくて」

 

「…………」

 

 じゃあ。

 

 何だ。

 

「…………」

 

 説明できない。

 

「……悪い」

 

「…………」

 

 ラムの目が。

 

 細くなる。

 

「レム」

 

「姉様」

 

「少し離れなさい」

 

「……はい」

 

「…………」

 

 警戒。

 

 されている。

 

 当たり前だ。

 

 今の自分は。

 

 突然叫び。

 

 メイドの名前を知っていて。

 

 近付いただけで。

 

 怒鳴った。

 

「…………」

 

 最悪だ。

 

「……クソ」

 

 どうする。

 

 何が起きた。

 

 何に殺された。

 

 誰に。

 

 いつ。

 

 どうやって。

 

「…………」

 

 分からない。

 

 何も。

 

 分からない。

 

 なら。

 

 誰かに。

 

 相談。

 

「――――」

 

 一人。

 

 浮かんだ。

 

「……エリス」

 

「?」

 

 エリス。

 

 そうだ。

 

 あいつ。

 

「…………」

 

 エリスなら。

 

 強い。

 

 自分なんかより。

 

 ずっと。

 

 魔法だって。

 

 戦いだって。

 

 この世界のことだって。

 

 自分より。

 

 知っている。

 

「…………」

 

 助けて。

 

 その言葉が。

 

 頭に浮かんだ。

 

「……エリス」

 

「お客様?」

 

「エリスどこだ」

 

「…………」

 

 ラム。

 

 眉。

 

 僅かに上がる。

 

「エリス?」

 

「ああ!」

 

 立ち上がる。

 

「エリスだよ!」

 

「…………」

 

「どこにいる!?」

 

「お客様、落ち着いて――」

 

「どこだ!」

 

「――――」

 

「…………」

 

 また。

 

 やった。

 

「……悪い」

 

 でも。

 

 止まれない。

 

「頼む」

 

「…………」

 

「あいつ、どこにいる」

 

「…………」

 

 レムが。

 

 ラムを見る。

 

 ラムも。

 

 レムを見る。

 

「…………」

 

「知りません」

 

「は?」

 

「エリス様がどちらにいらっしゃるか、ラムは把握していません」

 

「……そっか」

 

「ただ」

 

「?」

 

「朝から姿を見ていないのであれば」

 

「…………」

 

「禁書庫では?」

 

「――――」

 

 ベアトリス。

 

「……それだ」

 

「お客様?」

 

「ありがとう!」

 

 走る。

 

「お客様!」

 

 後ろ。

 

 レムの声。

 

 でも。

 

 止まらない。

 

「エリス!!」

 

     ◇ ◇ ◇

 

 廊下。

 

「エリス!!」

 

 走る。

 

「どこだぁぁぁぁ!!」

 

 扉。

 

 開ける。

 

「エリス!」

 

 違う。

 

「クソ!」

 

 次。

 

「エリス!!」

 

 違う。

 

 次。

 

「エリス!」

 

 違う。

 

「どこだよ……!」

 

 早く。

 

 会いたい。

 

「…………」

 

 会って。

 

 何を。

 

 言う。

 

「――――」

 

 足。

 

 止まる。

 

「…………」

 

 助けてくれ。

 

 そうだ。

 

 それでいい。

 

 エリスなら。

 

 きっと。

 

 助けてくれる。

 

 あいつなら。

 

「…………」

 

 でも。

 

 何から。

 

「…………」

 

 誰に狙われている。

 

 分からない。

 

 何が起きる。

 

 分からない。

 

 どうして知っている。

 

「…………」

 

 死んだから。

 

「――――ッ」

 

 心臓。

 

 握られた。

 

 そんな。

 

 錯覚。

 

「…………っ」

 

 口に。

 

 できない。

 

 あのことを。

 

 言ってはいけない。

 

「…………」

 

 説明。

 

 できない。

 

「……クソ」

 

 エリスなら。

 

 聞く。

 

『どうした?』

 

『何があった?』

 

『誰にやられた?』

 

 その全部に。

 

 答えられない。

 

「…………」

 

 なら。

 

 何を。

 

 頼む。

 

「……俺の近くにいてくれ?」

 

 呟く。

 

「…………」

 

 ダサい。

 

 あまりにも。

 

「……なんだよそれ」

 

 理由も。

 

 言わず。

 

 ただ。

 

 怖いから。

 

 自分を。

 

 守れ?

 

「…………」

 

 嫌だ。

 

 そんなの。

 

「…………」

 

 でも。

 

 死ぬのは。

 

 もっと。

 

「……嫌だ」

 

 小さい。

 

 声。

 

「もう……」

 

 あんなのは。

 

「…………」

 

 拳。

 

 握る。

 

「エリス!!」

 

 また。

 

 走った。

 

     ◇ ◇ ◇

 

「エリス!」

 

 扉。

 

 違う。

 

「エリス!」

 

 次。

 

 違う。

 

「クソドリル幼女!」

 

 違う。

 

「ベアトリス!」

 

 違う。

 

「ベアトリィィィス!!」

 

 次。

 

 開ける。

 

「――――」

 

 本。

 

 本。

 

 本。

 

 壁。

 

 棚。

 

 どこまでも。

 

 本。

 

「…………」

 

 見つけた。

 

 禁書庫。

 

「……朝から」

 

 声。

 

「何度も何度も」

 

 金髪。

 

 縦ロール。

 

「人の名前を叫ぶんじゃないかしら」

 

 ベアトリス。

 

「…………」

 

 いた。

 

 でも。

 

「……ん?」

 

 その。

 

 ベアトリスが。

 

「…………」

 

 椅子。

 

 その上。

 

「…………」

 

 誰かの。

 

 膝に。

 

 座っていた。

 

「……エリス」

 

「あ?」

 

「…………」

 

 いた。

 

 探していた。

 

 男。

 

「朝っぱらからなんだよ」

 

「…………」

 

 エリス。

 

 ティーカップ。

 

 片手。

 

 もう片方。

 

 本。

 

 その。

 

 エリスの膝の上に。

 

 ベアトリス。

 

「…………」

 

 何を。

 

 している。

 

 こいつら。

 

「……ベティー」

 

「何かしら」

 

「ページ」

 

「自分で捲ればいいのよ」

 

「両手塞がってんだけど」

 

「知らないかしら」

 

「お前が膝乗ってるからだろ」

 

「…………」

 

 ベアトリス。

 

 ピクリ。

 

「ベティーが乗りたいから乗っているわけではないのよ」

 

「じゃあ降りれば?」

 

「…………」

 

「痛い痛い痛い!」

 

 ベアトリス。

 

 エリスの。

 

 太もも。

 

 抓る。

 

「なんで!?」

 

「うるさいかしら!」

 

「理不尽!」

 

「…………」

 

 スバル。

 

 立ち尽くす。

 

「…………」

 

 なんだ。

 

 これ。

 

 自分は。

 

 死んだ。

 

 何に殺されたのか。

 

 分からない。

 

 また。

 

 死ぬかもしれない。

 

 怖くて。

 

 怖くて。

 

 どうしようもなくて。

 

 こいつを。

 

 探して。

 

 屋敷中。

 

 走り回って。

 

「…………」

 

 なのに。

 

 こいつ。

 

「……イチャついてんじゃねぇよ」

 

「は?」

 

「はぁ!?」

 

 エリス。

 

 ベアトリス。

 

 同時。

 

「誰が!」

 

 ベアトリス。

 

 顔。

 

 赤い。

 

「誰がイチャついていると言うのかしら!」

 

「どう見てもイチャついてんだろ!」

 

「目が腐っているのよ!」

 

「膝から降りて言え!」

 

「これは!」

 

「これは?」

 

「…………」

 

 止まる。

 

「…………」

 

「ほら!」

 

「うるさいかしら!!」

 

「いてっ!?」

 

 何故か。

 

 エリスが。

 

 叩かれる。

 

「俺!?」

 

「…………」

 

 いつも通り。

 

 だった。

 

「…………」

 

 あまりにも。

 

 いつも通り。

 

「…………」

 

 エリスが。

 

 いる。

 

 ベアトリスが。

 

 いる。

 

 くだらないことで。

 

 喧嘩して。

 

「…………」

 

 それを。

 

 見た瞬間。

 

 張り詰めていた。

 

 何かが。

 

 少し。

 

 緩んだ。

 

「…………は」

 

「?」

 

「…………」

 

「スバル?」

 

 エリスが。

 

 ようやく。

 

 気付く。

 

「…………」

 

 スバル。

 

 笑おうとする。

 

「……はは」

 

「…………」

 

 失敗。

 

 した。

 

「……お前」

 

「ん?」

 

「…………」

 

 いた。

 

 良かった。

 

 でも。

 

 違う。

 

 エリスが。

 

 死んでいたわけじゃない。

 

 分かっている。

 

 ただ。

 

 この。

 

 変わらない男を見たら。

 

「…………」

 

 安心した。

 

「……なんだよ」

 

 エリスの。

 

 表情が。

 

 変わる。

 

「…………」

 

 本。

 

 閉じる。

 

「お前」

 

「…………」

 

「どうした?」

 

 その言葉。

 

「――――」

 

 来た。

 

 何度も。

 

 頭の中で。

 

 想像した。

 

 質問。

 

「…………」

 

 助けて。

 

 言え。

 

 今。

 

 言えばいい。

 

「……俺」

 

「ん?」

 

「…………」

 

 死んだ。

 

 言えない。

 

「…………っ」

 

 胸。

 

 締まる。

 

「スバル?」

 

「……いや」

 

「…………」

 

「なんでも」

 

「嘘つけ」

 

「――――」

 

 即答。

 

「…………」

 

 エリスが。

 

 ティーカップ。

 

 置く。

 

「ベティー」

 

「…………」

 

「悪い」

 

「…………」

 

 ベアトリスは。

 

 スバルを見る。

 

「…………」

 

 何か。

 

 言いたそうに。

 

 でも。

 

 言わず。

 

「仕方ないかしら」

 

 ぴょん。

 

 膝から。

 

 降りる。

 

「…………」

 

 エリス。

 

 立つ。

 

 近付いてくる。

 

「…………」

 

 スバル。

 

 一歩。

 

 後ろへ。

 

「待て」

 

「?」

 

「…………」

 

 止まる。

 

「……そこ」

 

「…………」

 

「そこにいて」

 

「…………」

 

 エリス。

 

 止まった。

 

「分かった」

 

「…………」

 

 聞かない。

 

 どうして。

 

 とも。

 

「…………」

 

 それが。

 

 逆に。

 

 苦しい。

 

「……エリス」

 

「ん?」

 

「…………」

 

 助けて。

 

「…………」

 

 言え。

 

「……俺」

 

「うん」

 

「…………」

 

 何に殺された。

 

 分からない。

 

 また。

 

 いつ死ぬ。

 

 分からない。

 

 誰が。

 

 敵なのかも。

 

 分からない。

 

「…………」

 

 でも。

 

 こいつなら。

 

「……ちょっと」

 

「うん」

 

「…………」

 

 声が。

 

 出ない。

 

「…………」

 

 エリス。

 

 待っている。

 

「……なんか言えよ」

 

「え?」

 

「…………」

 

「お前がなんか言おうとしてんだろ」

 

「そうだけど!」

 

「じゃあ待ってる」

 

「…………」

 

「急かした方がいい?」

 

「…………」

 

「早く言え」

 

「雑!」

 

「どっちだよ」

 

「…………」

 

 笑う。

 

 ほんの。

 

 一瞬。

 

「…………」

 

 それから。

 

 また。

 

 俯く。

 

「……俺さ」

 

「うん」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……ヤバいかもしれない」

 

「何が?」

 

「…………」

 

 答えられない。

 

「俺」

 

「…………」

 

「俺が」

 

 死ぬ。

 

 言えない。

 

「…………」

 

「……分かんねぇ」

 

「…………」

 

 エリス。

 

 黙る。

 

「何がヤバいかも」

 

「…………」

 

「何が起きるかも」

 

「…………」

 

「誰が……」

 

 拳。

 

「誰が相手なのかも」

 

「…………」

 

「なんも」

 

 情けない。

 

「なんも分かんねぇんだ」

 

「…………」

 

 静か。

 

 禁書庫。

 

「でも」

 

「…………」

 

「なんか」

 

 違う。

 

 なんかじゃない。

 

 知っている。

 

 死んだから。

 

「…………」

 

「……嫌な予感がする」

 

 言える。

 

 ギリギリ。

 

 それだけ。

 

「…………」

 

 エリスが。

 

 少し。

 

 考える。

 

「それで」

 

「…………」

 

「俺に何してほしい?」

 

「――――」

 

 真っ直ぐ。

 

 聞かれた。

 

「…………」

 

 何を。

 

「…………」

 

 守って。

 

「…………」

 

 言え。

 

「…………」

 

「スバル」

 

「……近くに」

 

「ん?」

 

「…………」

 

 声。

 

 小さい。

 

「しばらく」

 

「…………」

 

「俺の近くにいてくれ」

 

「…………」

 

 言った。

 

「…………」

 

 死ぬほど。

 

 情けない。

 

「…………」

 

 理由も。

 

 説明せず。

 

 相手も。

 

 分からず。

 

 ただ。

 

 強い奴に。

 

 側にいてくれ。

 

「…………」

 

 これじゃ。

 

 まるで。

 

「……悪い」

 

「なんで謝る?」

 

「だって」

 

「…………」

 

「何も言えねぇのに」

 

「…………」

 

「こんなん」

 

 顔。

 

 上げられない。

 

「普通」

 

「…………」

 

「無理だろ」

 

「分かった」

 

「…………」

 

「――は?」

 

 顔。

 

 上がる。

 

「だから」

 

 エリス。

 

 いつもの顔。

 

「分かった」

 

「…………」

 

「近くにいりゃいいんだろ?」

 

「……お前」

 

「ん?」

 

「聞かねぇの?」

 

「何を」

 

「何があったとか」

 

「言える?」

 

「…………」

 

 言えない。

 

「じゃあいい」

 

「…………」

 

「なんで」

 

「言えねぇ事情があんだろ」

 

「…………」

 

「なら」

 

 エリス。

 

 肩。

 

 竦める。

 

「言えるようになったら言えばいい」

 

「…………」

 

「それまで俺が近くにいる」

 

「…………」

 

「簡単じゃん」

 

「…………」

 

 簡単。

 

 こいつは。

 

 そう言う。

 

「……馬鹿じゃねぇの」

 

「なんで?」

 

「普通」

 

 声。

 

 震える。

 

「怪しむだろ……」

 

「怪しんでるよ」

 

「え」

 

「めっちゃ怪しい」

 

「…………」

 

「朝っぱらから屋敷中で俺の名前叫んで」

 

「…………」

 

「禁書庫飛び込んできて」

 

「…………」

 

「顔真っ青で」

 

「…………」

 

「何も説明できません」

 

「…………」

 

「でも近くにいてください」

 

「…………」

 

「普通に怖い」

 

「おい!」

 

「でも」

 

「…………」

 

「スバルだし」

 

「――――」

 

「…………」

 

 それだけ。

 

「…………」

 

 エリスにとって。

 

 それだけで。

 

 十分らしい。

 

「…………」

 

 ずるい。

 

「……お前」

 

「ん?」

 

「そういうとこ」

 

「?」

 

「…………」

 

 嫌いだ。

 

 言おうとして。

 

「…………」

 

 言えなかった。

 

 嫌いなわけが。

 

 ない。

 

 むしろ。

 

「…………」

 

 だから。

 

 困る。

 

「……ありがと」

 

「おう」

 

「…………」

 

 短い。

 

 あまりにも。

 

「…………」

 

 そして。

 

「ただし」

 

「?」

 

 エリス。

 

 指。

 

 一本。

 

「俺、トイレまで一緒は嫌だからな」

 

「誰が頼むか!!」

 

「風呂も」

 

「頼まねぇよ!」

 

「寝る時は?」

 

「…………」

 

「え」

 

「…………」

 

「お前」

 

「いや!」

 

「怖」

 

「違う!」

 

「ベティー」

 

「何かしら」

 

「スバルが夜這いを」

 

「してねぇよ!!」

 

「…………」

 

 ベアトリス。

 

 じと。

 

「エリス」

 

「ん?」

 

「今夜から禁書庫で寝るのよ」

 

「なんで!?」

 

「危険かしら」

 

「俺の身の危険!?」

 

「ベティーが守ってやるのよ」

 

「いや普通逆じゃね!?」

 

「…………」

 

 スバル。

 

 笑う。

 

「はは……」

 

「?」

 

「……ははは」

 

 馬鹿みたいな。

 

 やり取り。

 

「…………」

 

 安心する。

 

「…………」

 

 でも。

 

 その安心が。

 

 怖い。

 

「…………」

 

 もし。

 

 また。

 

 あれが。

 

 起きたら。

 

「…………」

 

 エリスが。

 

 近くにいれば。

 

 助かる。

 

 かもしれない。

 

「――――」

 

 そこで。

 

 初めて。

 

 別の考えが。

 

 浮かんだ。

 

「…………」

 

 もし。

 

 自分を殺した。

 

 何かが。

 

 自分だけを。

 

 狙っているわけじゃなかったら。

 

「…………」

 

 もし。

 

 エリスまで。

 

「――――」

 

「スバル?」

 

「…………」

 

 顔を上げる。

 

 エリス。

 

 いる。

 

「…………」

 

 何も知らない。

 

 こいつは。

 

 自分が。

 

 一度。

 

 死んだことも。

 

 知らない。

 

 これから。

 

 何が起こるのか。

 

 スバル自身ですら。

 

 分からない。

 

「…………」

 

 なのに。

 

 巻き込む。

 

 自分が。

 

「…………」

 

「やっぱ」

 

「?」

 

「…………」

 

 やっぱり。

 

 いい。

 

 一人で。

 

 どうにか。

 

「…………」

 

 口を。

 

 開く。

 

「――やっぱり一人でどうにかする、とか言ったら」

 

「――――」

 

 エリス。

 

「殴るぞ」

 

「…………」

 

「なんで分かった」

 

「顔」

 

「…………」

 

「分かりやすい」

 

「……クソ」

 

「あと」

 

「?」

 

「助けてって言ったのはお前だろ」

 

「…………」

 

「だったら」

 

 エリス。

 

 笑う。

 

「俺についてこい。俺は運がいいからな。」

 

「…………」

 

 なんだこいつは。

 

「……なんだよそれ」

 

「知らん」

 

「…………」

 

「黙って助けられてろ」

 

「適当すぎんだろ」

 

「うるせ」

 

「…………」

 

 また。

 

 少し。

 

 笑った。

 

「…………」

 

 助けて。

 

 言えた。

 

 全部は。

 

 言えない。

 

 何があったのか。

 

 どうして怖いのか。

 

 自分が。

 

 一度。

 

 死んだことも。

 

 言えない。

 

 それでも。

 

「…………」

 

 近くにいてくれ。

 

 それだけは。

 

 言えた。

 

 そして。

 

 エリスは。

 

 何も聞かず。

 

 頷いた。

 

「…………」

 

 安心。

 

 した。

 

 だからこそ。

 

 怖くなった。

 

 自分が。

 

 この男を。

 

 頼ってしまうことが。

 

 もし。

 

 次に。

 

 何かが起きた時。

 

 自分より先に。

 

 エリスが。

 

 傷付いたら。

 

「…………」

 

 それでも。

 

 今は。

 

 一人になる方が。

 

 ずっと。

 

 怖かった。

 

     ◇ ◇ ◇

 

「で」

 

 数分後。

 

「…………」

 

 スバル。

 

 椅子。

 

 その隣。

 

 エリス。

 

「…………」

 

 そして。

 

 エリスの膝。

 

 ベアトリス。

 

「なんで元に戻ってんだよ」

 

「何が?」

 

「そこだよ!」

 

「?」

 

「ベアトリス!」

 

「ベティーがどこに座ろうとベティーの勝手かしら」

 

「俺わりと人生の危機なんだけど!?」

 

「それとこれとは別なのよ」

 

「俺の相談中にイチャつくな!」

 

「だから!」

 

 ベアトリス。

 

 真っ赤。

 

「イチャついてないかしら!!」

 

「じゃあ降りろよ!」

 

「嫌なのよ!」

 

「認めた!」

 

「――――ッ!」

 

「痛い痛い痛い!」

 

 また。

 

 エリスが。

 

 抓られる。

 

「なんで俺!?」

 

「エリスが悪いかしら!」

 

「俺なんもしてねぇ!」

 

「存在が悪いのよ!」

 

「酷くない!?」

 

「…………」

 

 スバル。

 

「…………」

 

 思わず。

 

「ぷっ」

 

「?」

 

「……はは」

 

「スバル?」

 

「いや」

 

 笑う。

 

「…………」

 

 なんでもない。

 

 ただ。

 

 この光景を。

 

 もう一度。

 

 見られたことが。

 

 少しだけ。

 

 嬉しかった。

 

 そして。

 

 同時に。

 

 思う。

 

「…………」

 

 今度は。

 

 死にたくない。

 

 絶対に。

 

「…………」

 

 何が。

 

 自分を殺した。

 

 分からない。

 

 手掛かりも。

 

 まだ。

 

 何もない。

 

 でも。

 

「…………」

 

 調べる。

 

 今度こそ。

 

「…………」

 

 そして。

 

 できるなら。

 

 この。

 

 馬鹿みたいに。

 

 平和な光景を。

 

 壊さずに。

 

「…………」

 

 生き残る。

 

 そのために。

 

 まずは。

 

 自分を殺した。

 

 何かを。

 

 見つけなければならない。




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