月光る夜   作:案院運

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そろそろ話進めていきたかった


ロズワール邸7

 朝食を終えた食堂には、穏やかな時間が流れていた。

 

 窓から差し込む陽光が白いテーブルクロスを照らし、食器の触れ合う小さな音が響いている。

 

 そんな中。

 

 「――ごちそうさん!」

 

 ナツキ・スバルは、勢いよく両手を合わせた。

 

 「いやー、今日も美味かった! レムりん、毎度毎度ありがとな!」

 

 「いえ、お口に合ったようで何よりです」

 

 レムは柔らかく微笑み、空になった皿を手際よく片付けていく。

 

 「スバルくんは、いつも美味しそうに召し上がってくださいますね」

 

 「そりゃあ当然! 美少女の手料理が食えるなんて、男冥利に尽きるってもんよ!」

 

 「……大げさですね」

 

 そう言いながらも、レムの表情はどこか嬉しそうだった。

 

 「まったく、バルスは朝から騒がしいわね」

 

 隣から飛んできたのは、ラムの冷ややかな一言。

 

 「食事が終わったのなら、さっさと仕事に戻りなさい」

 

 「ラムちー、朝っぱらから辛辣すぎない!?」

 

 「事実を述べただけよ」

 

 「ぐぬぬ……!」

 

 そんなやり取りをよそに。

 

 「おい、レム」

 

 食堂の奥から、横柄な声が響いた。

 

 「茶、もう一杯」

 

 「はい、エリス様」

 

 レムはすぐに頷き、ティーポットを手に取る。

 

 その様子を見たスバルは、思わず眉をひそめた。

 

 「……お前さぁ」

 

 「あ?」

 

 「もうちょい頼み方ってもんがあるだろ」

 

 「頼んでんだろ」

 

 「いや、そうだけど!」

 

 「なら問題ねえじゃねえか」

 

 「問題大ありだよ!」

 

 エリスは心底不思議そうな顔をした。

 

 そして、レムが注いだ紅茶を一口。

 

 「……ん。悪くねえな」

 

 「ありがとうございます、エリス様」

 

 レムは小さく頭を下げた。

 

 スバルはその光景を眺めながら、呆れたように息を吐く。

 

 「……なんでそれで成立してんだよ」

 

 「日頃の行いだろ」

 

 「絶対違う!」

 

 「バルス」

 

 今度はラムが口を挟んだ。

 

 「エリス様とあなたでは、これまで積み重ねてきたものが違うのよ」

 

 「……へ?」

 

 「エリス様は屋敷にとって大切なお方。あなたも少しは見習いなさい」

 

 「……お、おう」

 

 思わず言葉に詰まった。

 

 ラムの言葉に悪意はない。

 

 少なくとも、いつもの毒舌の延長なのだろう。

 

 けれど。

 

 ――積み重ねてきたもの、か。

 

 スバルは、テーブルの下で小さく拳を握った。

 

 自分だって。

 

 積み重ねてきたものはある。

 

 何度も失敗して。

 

 何度も苦しんで。

 

 それでも、ここまで来た。

 

 けれど。

 

 そのほとんどを、誰も覚えていない。

 

 「……スバル?」

 

 不意に声がかかった。

 

 顔を上げると、エリスがこちらを見ていた。

 

 「何しけた面してんだよ」

 

 「……へ?」

 

 「飯がまずくなるだろ」

 

 「もう食い終わってんだろうが!」

 

 「細けえこと気にすんな」

 

 エリスは愉快そうに笑った。

 

 その笑顔を見て、スバルもつられて笑う。

 

 ――こいつは。

 

 何も知らない。

 

 自分がどんな思いをしてきたのか。

 

 何を失ってきたのか。

 

 それでも。

 

 こうして、当たり前のように隣にいてくれる。

 

 今は、それだけで十分だった。

 

     ◇◇◇

 

 「――さて、と」

 

 食堂を出たスバルは、廊下の真ん中で大きく伸びをした。

 

 「今日も一日、頑張りますかねぇ!」

 

 「その意気込みが仕事に反映されることを祈っているわ」

 

 背後から、ラムの声が飛んでくる。

 

 「おっと、ラムちー! 俺のやる気を疑うのはよしてくれよ!」

 

 「疑ってはいないわ。期待していないだけよ」

 

 「もっとひでえ!」

 

 ラムは涼しい顔でスバルの横を通り過ぎた。

 

 その後ろを、レムが続く。

 

 「スバルくん、今日はお屋敷のお掃除をお願いできますか?」

 

 「おう、任せとけ!」

 

 元気よく答えかけて。

 

 スバルは、ふと思い直した。

 

 ――いや。

 

 今日、やるべきことは別にある。

 

 呪術。

 

 ベアトリスから聞いた、死因に関わるかもしれない情報。

 

 もし本当に呪いによって死んだのだとすれば、原因を突き止めなければならない。

 

 屋敷の中だけを調べても、答えが見つかるとは限らない。

 

 ならば。

 

 「……なあ、レム」

 

 「はい?」

 

 「今日ってさ、村への買い出しとかない?」

 

 「村へ、ですか?」

 

 レムは小さく首を傾げた。

 

 「はい。ちょうど午後から、食材の買い出しに行く予定ですが……」

 

 「マジで!?」

 

 思わず声が大きくなる。

 

 「じゃあさ! 俺も連れてってくれよ!」

 

 「スバルくんも、ですか?」

 

 「おう! 荷物持ちでもなんでもするからさ!」

 

 レムは少し驚いたように目を瞬かせた。

 

 「それは助かりますが……」

 

 「なんだよ?」

 

 「お屋敷のお仕事は、よろしいのですか?」

 

 「うっ」

 

 痛いところを突かれた。

 

 スバルは視線を泳がせる。

 

 「そ、それはほら! 村への買い出しも立派な仕事だろ?」

 

 「それはそうですが……」

 

 「な? な?」

 

 必死に食い下がるスバル。

 

 そんな二人のやり取りを、少し離れた場所から眺めていた男がいた。

 

 「――おい」

 

 「あ?」

 

 振り返る。

 

 そこには、腕を組んだエリスが立っていた。

 

 「お前、村に行くのか?」

 

 「……ああ、まあ」

 

 「ふーん」

 

 エリスは小さく頷く。

 

 そして。

 

 「じゃ、俺も行くわ」

 

 「……へ?」

 

 あまりにも自然な一言だった。

 

 「いや、お前も?」

 

 「そう言ってんだろ」

 

 「なんでまた?」

 

 その問いに、エリスは心底呆れたような顔をした。

 

 「……お前、忘れたのか?」

 

 「……何を?」

 

 「俺、お前のそばにいるって言ったよな?」

 

 「……あ」

 

 そうだった。

 

 禁書庫で交わした約束。

 

 自分の身に何が起こるかわからない。

 

 だから、できる限りそばにいてほしい。

 

 そんな頼みに、エリスはあっさりと頷いた。

 

 「……いや、覚えてるけどさ」

 

 「なら聞くなよ」

 

 「いやいや! だってお前、ずっと俺について回るつもりなの!?」

 

 「そう言ってんだろ」

 

 「マジで!?」

 

 「うるせえな。嫌ならやめるぞ」

 

 「嫌じゃないです! むしろ大歓迎です!」

 

 即答だった。

 

 エリスは鼻を鳴らす。

 

 「ったく、忙しい野郎だな」

 

 そんな二人のやり取りに、レムが小さく笑った。

 

 「ふふっ。エリス様もご一緒なら、安心ですね」

 

 「だろ?」

 

 エリスは当然のように頷く。

 

 「お前は少し謙遜を覚えろ!」

 

 「事実だろうが」

 

 「ぐぬぬ……!」

 

 レムは微笑みながら、二人を見つめていた。

 

 「では、午後の買い出しにはお二人にも同行していただきましょうか」

 

 「よっしゃ!」

 

 スバルは拳を突き上げる。

 

 これで、村へ行ける。

 

 手掛かりが見つかるかはわからない。

 

 けれど。

 

 何もしないよりは、ずっといい。

 

 「……エリス」

 

 「あ?」

 

 「頼りにしてるぜ」

 

 「当たり前だろ」

 

 エリスは不敵に笑った。

 

 「俺がついてんだ。安心しとけ」

 

 「……おう!」

 

 スバルも笑った。

 

 ただ。

 

 その胸の奥には、消えない不安が残っていた。

 

 呪い。

 

 正体のわからない敵。

 

 そして。

 

 また、何もわからないまま死んでしまうかもしれないという恐怖。

 

 それでも。

 

 隣には、エリスがいる。

 

 今度こそ。

 

 何かが変わるかもしれない。

 

 そんな小さな期待を胸に。

 

 ナツキ・スバルは、午後の村への買い出しを待つことにした。

 

     ◇◇◇

 

 「――ところで、エリス様」

 

 スバルと別れたあと。

 

 廊下を歩いていたエリスに、ラムが声をかけた。

 

 「あ?」

 

 「本当にバルスについていかれるのですか?」

 

 「ああ」

 

 「……あの男に、そこまでしてやる必要があるとは思えませんが」

 

 「なんだよ。あいつのこと嫌いなのか?」

 

 「別に。ただ、少々騒がしく、仕事も未熟で、無駄口が多く、落ち着きがないだけです」

 

 「ボロクソじゃねえか」

 

 エリスは思わず笑った。

 

 ラムは涼しい顔のまま続ける。

 

 「ですが、悪人ではないと思っています」

 

 「……ふーん」

 

 「エリス様は、あの男を随分と気にかけておられるようですね」

 

 その言葉に、エリスは小さく首を傾げた。

 

 「別に?」

 

 「……そうですか」

 

 「約束したからな」

 

 「約束、ですか?」

 

 「ああ」

 

 エリスは当然のように答えた。

 

 「そばにいてくれって言われたんだよ」

 

 「…………」

 

 ラムは目を瞬かせた。

 

 「……それだけですか?」

 

 「それだけだ」

 

 「……随分と単純な理由ですね」

 

 「悪いか?」

 

 「いいえ」

 

 ラムは小さく首を振った。

 

 そして、ほんのわずかに微笑む。

 

 「……エリス様らしいと思っただけです」

 

 「そうかよ」

 

 エリスは肩をすくめた。

 

 「ま、あいつ見てると退屈しねえしな」

 

 「それは否定できませんね」

 

 「だろ?」

 

 エリスは愉快そうに笑った。

 

 その笑顔を見て、ラムも小さく息を吐く。

 

 ――不思議な方だ。

 

 ラムは思った。

 

 エリスは、決して善人らしく振る舞おうとはしない。

 

 口は悪い。

 

 態度も大きい。

 

 他人に遠慮するということを知らない。

 

 それなのに。

 

 誰かに頼られれば、当たり前のように手を差し伸べる。

 

 見返りを求めることもなく。

 

 恩着せがましく振る舞うこともなく。

 

 ただ、自分がそうすると決めたから。

 

 それだけで、行動する。

 

 「……まったく」

 

 ラムは小さく呟いた。

 

 「本当に、困ったお方です」

 

 その声は、どこか柔らかかった。

 

     ◇◇◇

 

 そして、午後。

 

 ロズワール邸の玄関前には、三人の姿があった。

 

 「よーし! それじゃあ出発といきますか!」

 

 「スバルくん、随分と張り切っていますね」

 

 「そりゃあもう! 村の皆さんに、このナツキ・スバルの勇姿を見せつけてやらねば!」

 

 「勇姿ねえ……」

 

 エリスが鼻を鳴らす。

 

 「荷物持ちに勇姿もクソもあるかよ」

 

 「お前、もうちょい夢のあること言えねえの!?」

 

 「夢見てねえで現実見ろ」

 

 「ぐはっ!」

 

 胸を押さえてよろめくスバル。

 

 レムが小さく笑った。

 

 「ふふっ。お二人は本当に仲がよろしいですね」

 

 「まあな!」

 

 スバルは胸を張る。

 

 エリスは面倒くさそうに肩をすくめた。

 

 「ほら、さっさと行くぞ」

 

 「へいへい!」

 

 三人は歩き始める。

 

 穏やかな陽光。

 

 心地よい風。

 

 どこまでも続く、緑豊かな道。

 

 そんな平和な景色の中で。

 

 スバルだけは、別のことを考えていた。

 

 ――村。

 

 あそこなら、何か見つかるかもしれない。

 

 誰が自分に呪いをかけたのか。

 

 そもそも、本当に呪いが原因なのか。

 

 まだ何もわからない。

 

 けれど。

 

 今度こそ。

 

 何も知らないまま死ぬのだけは、御免だった。

 

 「……おい、スバル」

 

 「ん?」

 

 「置いてくぞ」

 

 顔を上げる。

 

 少し先で、エリスが振り返っていた。

 

 その隣には、レム。

 

 「……ああ!」

 

 スバルは小さく笑った。

 

 そして、二人のもとへ駆け出す。

 

 ――大丈夫。

 

 今度は、一人じゃない。

 

 そう自分に言い聞かせながら。

 

 村へと続く道を、歩いていった。




うむ
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