SCP財団:幻想部門   作:鮫肌猫

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SCP-1996-H/奇跡論のオリエンテーション

アイテム番号:SCP-1996-H

 

 

オブジェクトクラス:Euclid

 

 

特別収容プロトコル:SCP-1996-Hの周辺2kmを常に監視し、民間人の立ち入りを防いでください。SCP-1996-Hから出現したと思しき人物は拘束し、クラスB記憶処理の後に解放されます。不明な実体がSCP-1996-Hより出現した場合、"協定1996"に基づき、対象をSCP-1996-H内部に送還してください。交戦は対象が敵対の意図を明確にした場合においてのみ許可されます。

 

 

説明:SCP-1996-Hは■■県■■市の山岳において発生している時空間的異常の総称です。SCP-1996-H内部は基底世界と概念的に断絶しています。その為、財団の認知する限りにおいては極めて頻度の低い偶然、もしくは高度な奇跡論的手段によってのみ侵入が可能です。

 

SCP-1996-Hの内部には異常の発生範囲を拡張した巨大な空間が存在しており、複数の異界を内包、接続しています。これらの領域には多数の異常実体、神的実体が確認されますが、SCP-1996-Hの断絶的な性質によって自己収容状態を保っています。内部では人間が複数の集団を形成し生活を行っているものの、これらの人々は通常の人間と比べて異常性の発現率が有意に高くなっています

 

SCP-1996-Hの住民達はSCP-1996-Hを"幻想郷"と呼称しており、百数十年前に基底世界から分かたれたものと主張しています。基底世界の複数の文献からは過去に"幻想郷"が基底世界に存在していた痕跡が確認されましたが、事実関係は現在調査中です。

 

 

附記:SCP-1996-Hの住民が総体として保有する形而下的、形而上的な影響力は甚大であり、大きな潜在的危険性を孕んでいます。また、SCP-1996-H内より帰還したエージェントの得た情報から異常実体らの自己収容状態はあくまでも自主的なものである可能性が浮上しています。彼女らの動向には常に注意を払わなければなりません。 -■■博士

 

 

協定1996:財団はSCP-1996-Hの管理者との間に協定を結んでいます。これは財団による集団的な攻撃の禁止を条件として、自己収容状態を保ち続ける事を約束するものです(詳細は別記を参照)。協定の締結により、SCP-1996-Hは安定して自己収容状態を継続していますが、これらの協定が書面などの介在しない口語による協定である事に留意してください。

 

 

現在、SCP-1996-H内のより詳細な調査が進行中です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ──」

 

SCP-1996-Hの資料を読了し、顔を上げる。狭い個室の中、目の前では白衣を纏った眼鏡の少女がスマートフォンを弄っていた。

 

「あ、読み終わった? なんか質問ある?」

 

宇佐見上級研究員は私にそう告げる。彼女の態度は、財団の研究員として凡そあり得ないものだ。私にとって忌むべきものではないが、それにしても一体、どのような経緯を経て財団に雇用されたのだろう。

 

「いえ、特には」

 

「え? ほんとに? いやいや、それはそれで不安になるんだけど....事の重大さとか理解してる? けっこうヤバいのよ、この案件って」

 

あからさまに不安を口に出す彼女は、どうやら私の身を案じているようだったが....

 

「一つのオブジェクトに対して、極めて小規模ながらも"部門"が設立された。この重大性については、よく理解しています」

 

宇佐見上級研究員は頷く。

 

「うんうん、幻想郷はかなりヤバい。keter級の実体がウヨウヨ居るし、複数の異界と繋がってる。まあ、放浪者の図書館みたいなものかな....だからこそ、あなたみたいな"奇跡論者"が呼び出された。内部調査の為にね──」

 

私は、彼女がじっとこちらを見つめている事に気付く。そこに浮かんでいたのは任務への無関心や、私への心配とかけ離れた観念だった。私への興味....それだ。拡張された第六感が、私に警笛を鳴らす。

 

「ええ、私であれば、結界に侵入する事は可能でしょう....調査用装備については後日申請します。私はこれで」

 

会話を切り上げ、速やかに席を立つ。扉へと手を掛けるが....開かない。ドアノブは完全に固定されていた。

 

「....」

 

私は咄嗟に振り向く。現れた光景は、"現実的な"物理法則を真っ向から否定していた。椅子、カップ、テーブル....個室のあらゆる物品が、宙に浮いている。宇佐見上級研究員そのものでさえも。内蔵された超知覚(VERITAS)を起動するが、異常な改変の形跡は認められない。現実改変能力者(タイプ・グリーン)とも、魔法使い(タイプ・ブルー)とも異なる測定不能の超常....財団が"超能力"と分類する力が、個室を支配していた。

 

「いやいや....だからさ、幻想郷は危険なんだって。内部には外からの人間に敵対的な実体もわんさか居る。それなのに実力の無いやつを送り込んで死んじゃっても目覚めが悪い、でしょ?」

 

「....なるほど」

 

実力を試すという事なのだろう。少なくとも、建前上は。

 

「それに、私ってば奇跡論に関してはズブの素人なの。だから....教えて? その理論で何が出来るのか──」

 

手始めとばかりに飛来する椅子を観測しながら、心の中で嘆息する。ひどい職権乱用だ。どうやら、彼女は刺激的なオリエンテーションを望んでいるらしい。

 

 

 

・・・

 

 

 

飛来して来た椅子を前にしても、私は動かない。というより、その必要が無い。既に椅子は凍結し、慣性さえも停止していた。

 

「近代に生まれた科学的魔術理論、奇跡論として語るべき事柄は他の学問と同様に星の数ほどありますが。あなたは詳細な知識を必要とする立場にありません。なので奇跡論の理解にはたった一言で事足ります。つまり...."観測は現実を変える"」

 

「ほほう──」

 

宇佐見上級研究員は感心したように凍り付いた椅子を観察する。しかし、それは彼女の微かな指の動きに呼応して炎上し、元の姿を取り戻す。

 

「けど、それって何処かで聞いたことあるね。物理学、量子力学の領分だ。量子力学の研究者はどいつもこいつも冷房要らずなの?」

 

"お客"扱いは終わったらしい。浮かんだあらゆる物体が、敵対的な速度でこちらへと接近する。複数の空間固定された鉄球を生成し迎え撃つが、小型の飛来物を防ぐには至らない....故に、単に回避する。

 

「まさか。そもそも奇跡論は科学的な手法を取り入れてこそいますが、量子力学のような"現実的な"科学論と比べれば、その基盤は理論薄弱どころの話じゃありません。こうして魔法使い(タイプ・ブルー)になる方法ですら、理論段階では何も分かってないぐらいですから」

 

手元に拳銃を生成し、浮遊する少女へと向ける。しかし、彼女もまた、デコレーションを施した拳銃をこちらへと向けていた。研究員は原則として拳銃を携帯していない筈だが....鉄球と衝突し、バラバラになった3Dプリンターが目に付いた。

 

ちょっと待って、自分で作ったの?

 

「.........ですが。"観測が現実を変える"最大の例を、既にあなたは知っています」

 

彼女の胴体を狙って引き金を引く。しかし弾丸は直前で静止し、そのまま消え失せる。今のは....どんな超能力だろうか。しかし彼女は、弾丸の消滅を気にも留めず、問い掛けの答えを導き出していた。

 

「....現実改変能力?」

 

異常な性質を付与されたスポンジを生成し、答えと共に放たれた弾丸を受け止める。なるほど、若くして上級研究員の地位に就いているだけはある。

 

「正解です。この2つは幾つかの相違点を持ちながらも、理論的には同一視する事が可能であるとされています」

 

スポンジが受け止めた弾丸を反射すると共に数発の弾丸を放つ。しかし、その全てが彼女の手によって"消去"されてしまう。

 

「ふぅむ、それってつまり、やろうと思えばなんでも出来る....って事になっちゃうけど──」

 

突如、全身が動かなくなる。どうやら彼女は人体に対して念動力を発揮する事さえも可能なようだった。私からしてみれば、奇跡論よりもよっぽど無茶苦茶な力だ。

 

「現実改変能力ですらそうであるように、奇跡論には限界があります....まず、相応の犠牲。私は自らの血液を代償として奇跡を行使しています。もし仮に同様の代償でここら地域一帯を根こそぎ消し飛ばそうとした場合、私はその前に血液を失い、ミイラになってしまう事でしょう」

 

全身を押さえつける物理的な力に対して、相反する力場を生み出し身体の自由を確保する。既に飛来を開始していたゴミの群れを紙一重の所で避け、転がり、残りの弾丸を全て彼女に向けて放つ。

 

「なるほど、今夜はレバニラを差し入れておくわ」

 

当然のように、弾丸は無力化される。更に悪い事に、彼女の周囲を囲むように、紫の燐光が瞬いていた。そのような兆候を引き起こす概念について、私にはまるで心当たりがなく....即ち、完全に未知の攻撃が行われる事を意味していた。

 

「それはそれとして....吹き飛べ!」

 

どう考えても部下に対して掛けるべきではない言葉と共に、紫色のレーザーが放たれる....いや、紫色のレーザー?? それは本当にどんな超能力なんだ。意味が分からない。事前に微かな兆候があった為、辛うじて回避する事には成功したが、レーザーに掠った服の一部が消し飛んでいた。怖過ぎる。

 

「ふぅっ....更にもう一つ。奇跡論には大きな弱点があります。魔法の性質は"創造的か破壊的か"、"小規模か大規模か"の2点で区別されますが....どのような魔法であれ、バックラッシュと呼ばれる反動が発生する」

 

内部に爆薬を仕込んだ小振りの礫岩を生み出し放つ。それは彼女の手前で停止し、しかし消え失せるよりも早く純粋な化学反応によって起爆する。爆風は....停止する。結局、彼女に届く事はない。唯一の幸運があるとすれば、起爆した直前の爆風をまじまじと見つめる事が出来たくらいだろうか。

 

「....バックラッシュは、発動させた魔法と正反対の魔法を連鎖的に発動させる性質を持ちます。創造的な魔法には、破壊的なバックラッシュが。小規模な魔法には、大規模なバックラッシュが。熟練の奇跡術士でなければ、バックラッシュの制御を行う事は極めて難しい」

 

「んー....それっておかしくない?」

 

停止した爆風は、しかし消去される様子がなかった。それどころか、爆風はこちらへと接近し....私だけを狙うようにして、"起爆"する。指向性爆薬という言葉は確かにあるが、ここまで対象を正確に指向する爆薬など見た事も聞いたこともない。避けようのない爆風を、私は身体に刻まれた防御術式によって耐える。

 

「おかしいとは?」

 

「だって、そのバックラッシュとやらはあなたの周りでぜんぜん起こってないじゃん」

 

「ああ、それは....」

 

本当に良い質問だ。私は内心で舌を巻く。

 

「その時が来るまで押し留めているんですよ。つまり....気付いていましたか?私が"創造的で小規模な"魔法ばかりを使っていた事を」

 

「──!」

 

私は廊下側の壁に飛び込み透過する。壁の透過は多くの犠牲を必要とするだけでなく、大きなバックラッシュすら発生する為に日常生活では絶対に使いたくない魔法なのだが....この状況下においては、駄目押しの一手となる。

 

「"解放"」

 

私が外へと脱出したその瞬間、溜まりに溜まった"破壊的で大規模な"バックラッシュが部屋の中を蹂躙する。それは外部にさえ轟音を齎すが十数秒後には止み、静寂が訪れる。私はノブを捻り、部屋の中に入室する。

 

「以上で奇跡論の簡易オリエンテーションは終了です。満足して頂けましたか? "宇佐見菫子"さん──」

 

あくまでも内部の無生物のみを破壊するように制御されたバックラッシュは、部屋の中の物を根こそぎ消し飛ばしていた。中心には、"峰打ち"された彼女の姿が──

 

「あれ?」

 

....部屋の中には誰も居ない。何もない。脳が状況を理解し、全身に冷や汗が伝う。

 

「えッ....嘘....消え....死....ッ!?」

 

「──うん、大体分かった。凄いじゃん、奇跡論」

 

「っ!?」

 

後ろから聞こえた声に、私は咄嗟に振り向く。宇佐見上級研究員が立っていた。それも、無傷の状態で。

 

「ええっと....あの、どうやって....?」

 

驚きのあまり、まるで的の絞れていない質問をしてしまった。しかし、意図は伝わったらしく、彼女は事もなさげに言う。

 

瞬間移動(テレポーテーション)、色々教えてくれたお陰で次に何をするかは分かりきってたから、そりゃ逃げるよ」

 

「....なるほど」

 

彼女の超能力の底知れなさに驚愕しながらも、今はどちらかというと、安堵の方が大きい。本当に、生きていて良かった....

 

「それより、これなら幻想郷でも全然通用すると思うよ。正直びっくりしちゃった」

 

彼女は私の肩を叩き、笑みを浮かべる。

 

「期待してるよ、ええっと.....あー....うーん....」

 

「....」

 

「....岩手君?」

 

「天戸です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【記録】

エージェント天戸、宇佐見上級研究員による交戦及び備品損壊について、双方に厳重注意を課すものとする。

 

どうしていきなり戦い始めたんですか?? -■■博士

 






【VERITAS】
要注意団体である全国オカルト連合(GOC)の秘匿された技術の一つ。物理的な障壁を無視し、生体反応や超常的な力の発露を視覚的に感知する超知覚を装備者に齎す。

正式名称は"生体(Vital)エネルギー(Energy)放射(Radiation)視覚化(Imaging)戦術(Tactical)認識(Awareness)システム(System)"。
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