SCP財団:幻想部門   作:鮫肌猫

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反ミーム入門

薄れていくアイデアを強引に想起し続け、私は速やかに周囲を見回す。異常と思えるようなものは....何もない。

 

反ミーム、ミームの逆位置。拡散不能の情報。存在を知覚した瞬間、知覚した事さえも忘れてしまうそれらは、しかし確かに実在する。夢を記憶し続ける事が著しく困難であるように。異常な反ミームは、思考を、現実を、人々を....夢のように忘れさせてしまう。丁度、今の私達のように。

 

いつかの私は反ミーム存在に辿り着きながらもそれを忘却し、辛うじて残った"ミーム"という言葉を思考に刻み付けたのだろう──

 

「あ、天戸.....天戸は大丈夫.....?」

 

思考を回しているうち、闇から脱したルーミアが私の視界に映る。彼女は、私を心配しているようだった。考察を優先していた姿が、"止まって"いるように見えたのかもしれない。

 

「私は....問題ありません」

 

「良かった──」

 

彼女は胸を撫で下ろすが、すぐに妖怪達の様子を見て悲しげな表情を浮かべる。

 

「....皆は....死んじゃった?」

 

「いいえ」

 

その悲観的観測を私はあくまでも否定する。妖怪達の元へ歩み寄り、その内の一人に触れる。すると、まるで鋼鉄のような硬い感触が帰ってくる。押そうとしても、微動だにもしない。停止状態は、逆に言えば彼女らが生物学的に生存可能な状態から逸脱する事はないと示していた。

 

「彼女らは....攻撃によって完全な忘却に襲われています。記憶を思い出しさえすれば、また元に戻るでしょう」

 

「よく分からない、けど....うん....それなら、あなたを信じる」

 

「大丈夫、彼女らはあらゆる攻撃を受け付けない状況にあります。こうしたとしても、ダメージを受けるのは私で──」

 

私は机に突っ伏していたミスティアにデコピンする。パチンと良い音が響く。

 

「痛ぁっ!?」

 

「えっ」

 

止まっていた筈のその少女は、突如起き上がる。想定外の一撃にちょっと涙目になっていた。

 

「生きてる!」

 

「ルーミア? 飼い主? うえっ? これ....どういう状況?」

 

突撃して来たルーミアを受け止め、彼女は困惑するように辺りを見回す。

 

「ミスティアさん? 何故動けるんです?」

 

「いや、そりゃ起きたら動けるでしょ....いや、待って、この子達皆止まってない? まさかこれが攻撃って奴....?」

 

「....はい。あなたも停止しているものとばかり....」

 

「ああ....そういう事」

 

ミスティアは納得したように頷く。

 

「普通、妖怪は精神攻撃に弱いもんだけど....私は毎日人を狂わせて鳥目にする歌を歌ってるからね。そりゃあ耐性も付くわ」

 

「....."歌声で"、"狂わせて"、"鳥目"に?」

 

「趣味なのよね、人間を襲って鳥目にするの」

 

「....」

 

とんでもない状況でとんでもない事実が判明した。幻想郷に来たばかりの頃の私を鳥目にしたのはどうも彼女だったらしい。言いたい事はあるが、明らかに言っている場合ではない。

 

「....話を戻しましょう。私達は現在、恐らくは反ミームと呼ばれる概念に攻撃を受けています。それは記憶を、情報を、そして現実さえを虫食いにしてしまう恐るべき自己隠蔽能力です」

 

「反....ああ....待って。今、なんて言った?記憶がないんだけど....これがその....なんちゃらなの?」

 

「....私も....」

 

どうやら、彼女らは反ミームという概念を記憶するのは難しいようだった。しかし、異常を明確に認識出来ているという時点で、ふたりの状況は反ミームに対抗するにおいて理想に近い。

 

「理解する必要はありません。ただ....それについてこの場で最も理解しているのは、私です。ですので、私の命令に従った行動をお願いします」

 

「....状況が状況だし、仕方ないわね....」

 

「いつでも、なんでも聞くよ」

 

「ありがとうございます....さて──」

 

私は自らの記憶を精査する。2日間の短くも膨大な香霖堂での記憶。その中から、反ミームへと近付く情報を見つけなければならなかった。見落としの無いよう、一つ一つ、慎重に精査していかなければならない。さもなくば、反ミームは不可思議に蓋をし、私の記憶が何の変哲もない普通の日常であるかのように錯覚させるだろう。

 

幾らかの時間が経った頃に、私は気付いた。2日の記憶。その中で....商品を清掃する時の記憶だけが曖昧になっている。記憶の歯抜け、それは反ミームに対抗する際に最も警戒すべき箇所だ──

 

「──ルーミア、商品棚を数えてくれますか?」

 

「商品棚を....数える....?こんなに沢山....?」

 

ルーミアは目に見えて困り果てていた。その様子は、まるで数字を数えられないと言わんばかりだ。

 

「まさか、数字に関する記憶を抜き取られて──?」

 

「それは普通に素ね」

 

「ああ、なるほど....」

 

「今から勉強する....!」

 

勇むルーミアを退けて、ミスティアが手を上げる。

 

「どういう意図なのかはよく分からないけど....私がやるわ。勘定は得意なの」

 

「数え間違いの無いよう、ゆっくりとお願いします」

 

ミスティアは頷き、商品棚を数え始める。

 

「1、2、3、4、5....」

 

「──37個。商品棚の数は37個よ。それで、これに何の意味があるの?」

 

私はその意味について、沈黙を続ける。反ミーム影響下で彼女に意味を理解させるのは至難の技だ。

 

「次は商品の数を数えて下さい。数え間違いの無いよう、ゆっくりと....お願いします」

 

「えぇ?まぁ、いいけど....1、2、3、4、5....」

 

「──36個よ。ううーん....37個の商品棚に36個の商品....()()()()()()?」

 

「....」

 

私の思考もまた、それが普通の事であるという発想を当然のように受容していた。だが....状況を整理し、商品と商品棚を異なる要素に置き換え、考察し理解する。それはおかしい。

 

1()()()()()()

 

「?」

 

商品を見渡す。そこに並ぶ品々は全て暗記していた。だからこそ、私はそれらを"反語"によって記憶し始める。一つは土器ではないが、コンピューターではあった。一つはコンピューターではなかったが、ストーブではあった。最後に行き着いたものは....

 

それは、コンピューター()()()()

 

それは、ストーブ()()()()

 

それは、土器()()()()

 

それは──

 

 

 

それは、()()()()()()

 

「....見つけた....!」

 

秘匿のヴェールが剥がれ落ちる。棚の上に、それは在った。首を捻り、頭を抱えたヒトガタの大きな瞳が、こちらを見ている──

 

「ぐッ....!」

 

視界が揺らぐ。認知が曖昧になり、像の実像がぼやけていく。反ミーム実体による攻撃である事は明らかだった。最早、一刻の猶予もない。ほんの少しでもそれを視界から外せば、一度でも瞬きをすれば、像の記憶は消え失せるだろう。私は忘却という名の死神に、殆ど無敵とも思えるそれに、喉元へ鎌を掛けられていた。

 

破壊....自らの使命を想起し、陰鬱になる暇すらない。私はそれを跡形すら残さずに破壊する為に奇跡論を──

 

「....?」

 

そこで、漸く気付いた。奇跡論が、魔法が使えない。私は、それの使い方を完全に忘却していた。

 

像の口が大きく開かれる。そいつは嗤っていた。手を伸ばせば届く距離に居ながら、何の処置も出来ず見つめるだけの私を嘲笑っていた。

 

「天戸....?」

 

近づいて来るつもりだったのであろうルーミアを片手で制止し、思考を回す。どうすればこの反ミーム実体を無力化出来る?

 

物理的な破壊は....無意味だろう。単に破壊出来るか怪しいだけでなく、欠片が異常性を持たない保証などない。奇跡論の想起も....不確定だ。改竄の権化に対して同じ土俵で戦おうとするのは賢明とは思えない。ならば....選択肢は....

 

()()()....?」

 

ルーミアの言葉を、思い出す。その時は単なる無茶として切り捨てていたが──

 

....私は、奇跡論について想起する事を止めた。

 

影響を受けている間も向上し続けた清掃技術への習熟が、はっきりと示している。その像は反ミームへの抵抗力を持つ私から、身体に染み付いた経験まで奪う事は出来ない。ならば、私がすべきなのは過去を振り返る事ではない。未来を創る事だ。

 

「....今ここで....奇跡論を組み上げる....」

 

それは、無茶無謀()()()()

 

私は瞳を大きく見開き、固定する。反射的に動く身体に合わせるようにして、忘却した理論を追随させる。逆縞の理論構築、宇宙人じみた異常な思索。焼き切れてしまいそうな程に稼働するニューロンは、しかし目の前の像を脳裏に刻み付けながら、偉大なる新生へと殉じ続ける。

 

小像の嘲笑うような笑みが、少しずつ変化していく。困惑、疑念、そして恐慌へ。だがもう遅い。

 

奇跡論は、完成した。

 

「廃棄処分です」

 

恐怖に歪んだヒトガタが消え失せる。存在を消去する極限の破壊(タブルフラット)は反ミームにさえも影響を及ぼす。"アイデアは死なない"。真理に近しいその言葉に、私であればこう反論出来る。"今まさに殺した所だ"、と。

 

バックラッシュによって発生したアングレカムを眺めながら、自身の健康状態を確認する。血液の消費は倒れる程のものではない。急造した奇跡論において、変換の効率は驚くべき事に上がっていた。

 

「どうやら、現行の理論は過去のものよりも質が高いようですね──」

 

そう口に出して、私は納得する。なるほど、過去の理論に現行の理論が勝るのは、当然の帰結だ。

 

 

 

・・・

 

 

 

その後、私達は反ミームの影響から脱し、記憶を取り戻す事に成功した。霖之助さん達も"止まった"状態から復活し、正常な記憶を復活させ....浮かび上がったのは、予測しながらも直面すれば驚嘆を避けられない事実だった。つまり、私が求人を見て香霖堂に向かったのは、1ヶ月も前の話だったのだ。

 

恐らくこの件で最も不幸を被ったのは霖之助さんだろう。1ヶ月の間、黴の妖精は毎日のように襲来し、それを私が撃退する事で、彼は報酬としてかなりの金額を私に渡していた。給料を返却しようともしたが....霖之助さんは受け取ろうとしなかった。それどころか、彼は人里のツテを辿り、格安で建築を担ってくれる大工屋を用意してくれさえした。

 

彼はそれを命に対する当然の対価と言って憚らなかったが、異常事件に巻き込まれながらもそのような行動を取れる人間がどれだけ居るだろうか。

 

香霖堂の一角にて人間ゲームに興じていた妖怪達は後日、私達の"家"に訪問して来た。救出のお礼を言うためという名目だったが、彼女らはそれなりに広い私達の家を見て、第二の遊び場として見定めたらしい。家の中で遊戯を行う許可を私に求めてきた。妖怪との繋がりは貴重だ。許可は出したのだが....それ以降、妖怪の群れを見た村の人々の間で、何故か私は妖怪の大調伏師として畏れられるようになってしまった。一応は妖怪と人間の双方に受容されたものとして、喜ぶべきなのかもしれない。

 

そして....そう、私達は、遂に我が家を確保する事に成功した。完成に要した時間は、5日だった。反ミームが残っていたのかと焦り何度も確認したが、5日だった。それなりに頑丈で広い家に、5日である。狐に抓まれたような気分だったが、特に問題のない、極普通の良い家だった。元々香霖堂での仕事はこれを目的として行っていたのだから、当然ながら嬉しい。しかし、建築の優先順位を上げた最大の問題は解決しなかった。

 

ベッドが二つあるにも関わらず、ルーミアは相も変わらず私のベットに潜り込んで来ていた。彼女は毎晩私に密着し、抱き締めてくる。変化といえば更に寝心地が良くなっただけだ。

 

....もしかしたら、私はそろそろ駄目かもしれない....

 

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