SCP財団:幻想部門   作:鮫肌猫

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河童

家の建設から幾ばくか経った頃、香霖堂にて。私は招かれざる客の対処に憂慮していた。黴の妖精が再出現した訳ではない。武力においてはそれよりもよっぽど厄介な手合だが。

 

「まさかこの私が2ヶ月も香霖堂に来てなかったなんて、ちょっと信じられないな」

 

白黒の可愛らしい洋装に、特徴的な魔女の帽子。箒を携えたその少女は、壺に座りながら不思議そうに首を傾ける。霧雨魔理沙、可憐な容姿からは想像出来ないほどに破壊的な大魔法使いだ。

 

「魔理沙さん、それ売り物です」

 

「奇遇だな、香霖も同じ事を言ってたぜ」

 

魔理沙がケラケラと笑う。どうも、彼女は霖之助さんを香霖と呼んでいるらしい。香霖堂への馴染み具合からしても、旧知の仲なのだろう。

 

「にしても、香霖堂で仕事する天戸を見るとは思わなかったぜ、弱みでも握られたか?」

 

「まさか、霖之助さんにはとても良くして貰ってます。居心地も良いですし....」

 

「妖怪だらけのこの店が?変わってるなぁ」

 

会話しながらも、魔理沙が壺から退く気配はない。今日の清掃は壺で最後なのだが....この調子だと、暫くは雑談に付き合う事になりそうだ。仕方なしに、店の壁に背を預ける。

 

「ほほう、お前にはサボりの才能がありそうだ....」

 

「ええ、まあ、お陰様で」

 

あまり行儀良くはないが、幻想郷の規律は全体的にかなり緩い。奥に引っ込んでいる霖之助さんも多少の遅れを気にするような質ではないだろう。そして実の所、魔理沙の話というのは外の世界について根掘り葉掘り聞かれる事に目を瞑れば大いに興味深い。というのも──

 

 

「ある時に地上と地獄が繋がる事件が起こって──」

 

「冥界の亡霊が幻想郷中の春を集めて盛大な自爆を──」

 

「聖徳太子の十七条レーザーが炸裂して──」

 

 

魔理沙が語る幻想郷の歴史はちょっと信じられないくらいにスケールが大きい。しかも彼女は"異変"と呼ばれるそれらを実際に見てきたものとして....なんなら異変を解決する異変解決屋の視点で語る。人の話でここまで無性にポップコーンが食べたくなったのは初めてだ。

 

「やれやれ、報告が遅いと思ったらそういう事か」

 

「霖之助さん?」

 

店の裏から現れた霖之助さんの一声で、私はようやくかなりの時間が経っている事に気付いた。ふと窓の外を見やる。微かな赤光は夕焼けの予兆だろうか。

 

「すいません、つい....」

 

「まあ....展開は粗方想像が付く。君達の相性が極めて良いのは明白だからね」

 

「はぁっ?」

 

魔理沙が不意を突かれたような声を上げる。そして、恐らくは私も。事実として、確かに彼女には好感を抱いているが、私達は初手決闘という中々に最悪の初期位置から始まった仲である。

 

「変な事を言うなよ香霖。私はただこいつの反応を面白がってただけだぜ」

 

「その、美少女の姿で幻想郷に転生した聖徳太子が十七条レーザーをぶっ放して来たと聞いて驚かない外来人は多分居ないと思います...」

 

「ふむ、何を焦っているんだい?単なる属性の話さ、魔理沙」

 

彼は空いていた商品棚に物を置き、眼鏡を輝かせる。あんまり科学的ではない経験則だが、それは霖之助さんが長話をする合図だった。

 

「ああ、なんだ。そういう話か。私は"水"で、こいつは....陰気っぽいから"水"だとして、となると比和の関係にあるから相性も良いだろうな」

 

属性、比和、水。魔理沙の返答からして、それは五行思想に似た理論体系に基づく話なのだろうか? 幻想郷ではオーソドックスな考えらしい。

 

「その推論は正しいとは言えないね。天戸の名は天照がその身を隠したとされる天岩戸に通ずる。それは石門、或いは洞窟であり、どちらにしろ形質は"土"だ。忍耐強く、温和。彼の性格も土の形質の発露として間違いない」

 

「おいおい、水と土は相克の関係だぜ? むしろ相性最悪じゃないか」

 

「そこが面白い所なんだ。つまり天岩戸とは単なる石門ではなく光と闇に隔てる境界として機能している。光を内に留めている点は、闇の力を強めているとも言い換えられる。そして、闇は"水"と同質だ。魔理沙の見立ては流石に適当だが、実際に彼は水の形質を少なからず併せ持っていると考えていい。その柔軟性と知性がその発露だろう」

 

こうもきっぱりと褒めそやされると、流石に気恥ずかしさを感じてしまう。この調子で壺をオススメされたらつい買ってしまいそうだ。

 

「さて、世界は基本的に、5つの物質が相互に作用する事で成り立っている。そして、魔理沙の言った通り互い破壊し合う相克は基本的に悪相性だ。例えば、水は火を消し止め、木は土を痩せ細らせる。しかし、土と水の相克はどうだろうか。土は水を吸う。対象を消滅させんとする他の相克と比べれば生産的だ。水は吸った土は肥沃になり、水は土の中に在り続ける。そして、水の形質を孕む土は、吸い込んだ水の力を強めさえする....つまり天戸君。君は土の形質を持ちながらも、最も相性の悪い筈の水と大いに相性が良いんだ」

 

「ははぁ」

 

最後まで聞き終え、私はとりあえず頷いてしまう。知性と見識に裏打ちされた納得できるようなできないような理論構築は彼の十八番だ。

 

「どうにも水側が受動的で嫌だな。そんな簡単に靡く私じゃあないぜ」

 

「まあ、魔理沙のような怒涛を制するのは相性が良くても苦労するに違いない。ちなみに....君が従えているあの少女は宵闇の妖怪、つまりかなり極端な"水"だろうね」

 

「私、最初の頃は多分ただの肉として見られてましたよ....? 一緒に過ごしている内に友好的な関係にはなった....と思いますが」

 

「うん? 力で屈服させた訳じゃないのか?」

 

「それは勿論、戦闘にならないに越した事はないですからね」

 

「....何も考えてなさそうなあいつがちょっと一緒に過ごしただけでねぇ。ははぁ、私も少しは信じる気になって来たぜ」

 

どうやら彼女にとってそれは意外な事だったらしい。基底世界の生活を知る者としては力で押さえつけるやり方は碌な事にならないというのが一種の常識だが、幻想郷は思っている以上に実力主義的な社会なのかもしれない。

 

そんな事を考えていると、魔理沙ははたと思い付いたように手を打つ。

 

「そうだ、いっその事こいつに河童連中でも紹介してやるか?あの腹黒とも良い関係を築けるなら香霖の話を信じてやっても良いぜ。上手く行った暁には河童の技術は私に横流しするって契約で──」

 

「私を産業スパイに仕立て上げようとしてます?」

 

「横流しは捨て置くとして、河童との接触自体は僕も考えていた事だ....天戸君、君は危険なアーティファクトを蒐集し、安全に保管する事を目的としている、だろう?」

 

霖之助さんは真面目なトーンで語り始める。それは"1ヶ月"の間で、何度か彼に語った内容だ。基底世界においては可能な限り財団の活動を秘匿するべきだが、神秘に満ちた幻想郷では、ひた隠しにする意味は薄い。

 

「そうですね、あまりにも危険過ぎるようであれば破壊しますが....可能な限りは保管したいと考えています。ですが、私の目的と河童に何か関係が?」

 

「河童は外の世界の技術を操る希少な妖怪だ。特に絡繰の製作や金属の活用においては幻想郷随一で建築学にも精通している。頑丈な防壁や妖力を打ち消すような施設を求めるなら、河童以上の相手はそう居ない」

 

「ふむ....」

 

となると、河童と接触する価値は極めて高い。幻想郷の建築技術は人間のものでさえ卓越しているが、彼らの建築は木造が基本だ。異常存在を収容するには強度と異常効果への対策があまりにも不足している。

 

「しかし....早くに河童との接触を提案しなかった事にはそれなりの理由がある。彼女らが棲む妖怪の山は、外の住人に対して排他的だ。また、河童はかなり人間に友好的な方だが、それを差し置いても河童という種族は....」

 

「天狗よりもタチが悪い、だろ?」

 

 

 

・・・

 

 

 

"いつまで経っても入山禁止"。随分とファニーな禁足地宣言を無視し、私は妖怪の山へと足を踏み入れる。妖怪の山そのものの排他性に、"あの"二人が異口同音に謗る河童自体への不安....懸念は数多に存在するが、私自身、河童が持つという技術には大いに興味があった。収容房の建設は勿論として万一にも技術を獲得する事が出来れば、財団の収容能力を高めるかもしれないのだ。それに私は一人ではない。

 

「いつまで経った以上?」

 

「未来永劫を待つのは流石に骨が折れますね。これは....不法侵入というものです。あんまり真似しちゃ駄目ですよ」

 

「そーなのかー」

 

闇に包まれたルーミアが素直な返事を返す。彼女は私が妖怪の山に向かう旨を話すや否や付いていくと即答した。彼女にとっては好きに闇を操って良いというだけで妖怪の山は人里よりも住み良い環境らしい。

 

「それで、何を倒すの? 天狗?」

 

「まさか、何かと戦うつもりはありません」

 

魔理沙によれば、妖怪の山は頂上付近に厳重な警戒態勢が敷かれているが、麓の付近はザルだという話だ。そして、河童の棲家はどちらかといえば麓に近い。こっそりと行けばバレないだろう──

 

「でも天戸、あれ....」

 

「えっ?」

 

ルーミアが指差した先で、白髪の少女がこちらを見ている。剣と盾を携え、犬らしい耳と尻尾を生やした彼女は私達を見て何故だか逡巡しているようだった。

 

「....こんにちは?」

 

「あっ、はい、こんにちは」

 

とりあえず頭を下げ挨拶する。すると彼女は更に混迷を深めてブツブツと呟き始める。

 

「.....守矢神社に用事があるならロープウェイを使うだろうし....侵入者....? でも空も飛んでないし....礼儀正しいし....そもそも人間と妖怪のコンビって何....?」

 

どうやら彼女は妖怪の山の番兵らしい。警備がザルとはなんだったのか。しかし、こちらが侵入者かどうか迷っている彼女の姿を見ていると、なんだか押せば行けるような気がする。

 

「すいません、河童の棲家を探しているのですが、もし宜しければ案内して頂けませんか?」

 

「えっ....でも私、一応見回り中で....」

 

「そこをなんとか....私達が今頼れるのはあなただけなんです」

 

「....それなら....仕方ないかなぁ....?」

 

彼女はなし崩し的に剣と盾を収め、手招きして私達を先導する。なんというか....妖怪の山は思っていたよりも良い所なのかもしれない。

 

「ううーん、私、怪しいヤツを追い払いに来た筈なんだけど....」

 

「私達は怪しい闇じゃないよ」

 

「怪しい闇って何?」

 

 

 

・・・

 

 

 

私達を先導する番兵の少女は、どうやら白狼天狗という天狗であるらしかった。犬走椛を名乗った彼女は、首を傾げっぱなしのまま、自然に満ちた道を行く。

 

「そういえば椛さん。河童を相手にするとして、気をつけるべき事などはあるんでしょうか?」

 

「ええ? そんな質問するのってどう考えても私達の事をあんまり知らない侵入者じゃ....? 処す? 処した方が良くない?」

 

「ああ、その....天狗といえば才知の象徴でしょう? 外の世界には歴史上の名だたる偉人が天狗の教えを受けたなんて逸話が残るくらいです。そんな偉大な天狗である椛さんの見識を是非ともお聞きしたく....」

 

「そ、そう言われると悪い気はしないわね....」

 

彼女は照れるように笑う。なんとか誤魔化せたようだ....ちょっと妖怪の山の警備体制が心配になって来る。

 

「河童と相対するなら弱みを見せない事よ。あんまり油断してると服まで毟り取られちゃうから。それと、河童を大規模に雇うのは本当に止めておいた方が良いわ。最初はやる気でも、その内に変な思い付きで変な事をし始めるから」

 

「....なるほど」

 

彼女の語る河童論から推測するに、彼女らに建設を頼むのはかなり骨が折れそうだ。

 

「まぁ、私は嫌いじゃないけど。なんだかんだで私の大将棋に付き合ってくれてるし、天狗の事は慕ってくれてるし」

 

「ちなみに天狗である椛さんから口利きをして頂けたりとかは」

 

「侵入者の頼みで口利きまでしたら哨戒兵としてお終いじゃない?」

 

「侵入者を案内するのは大丈夫なんですか??」

 

「あッ、遂に自分を侵入者だって認めたわね!?」

 

ああ、あんまりにも緩い空気に当てられてありえないボロの出し方をしてしまった。ルーミアが嬉々として魔力の篭った札....スペルカードと呼ばれるらしいそれを取り出す。

 

「天狗狩りの時間?千里眼でも見通せない暗闇を──」

 

「ルーミア、戦闘前の口上にはちょっと早すぎます。多分この方話せば分かりますから」

 

「流石にもう火蓋が切られてるわよ!私の事をチョロい犬っころかなんかだと思ってるの!?」

 

「まさか。怪しい人物が相手でも困り事に力を貸してくれるとても優しい方だと思っていますよ」

 

「....あ....そう....?」

 

椛は途端に赤面する。ぴょこぴょこと動く耳と振り回される尻尾を見ていると無性に触りたい衝動に襲われるが、相手は犬ではなく少女だ。幻想郷でも流石に良識的に問題がありすぎる。

 

「それに椛さんの尻尾と耳はとてもかわ....凛々しいですから。その....狼の野生を感じます!断じて犬っころとかそのような事は考えていませんよ、はい」

 

「へ、へぇ〜....」

 

暫くの間、彼女は黙り込み、そしてボソボソと呟く。

 

「まぁ....侵入者って言っても天狗社会に敵対する気は無さそうだし....このくらいなら現場判断で問題なしと判定しても....」

 

どうやら入山許可を得られたらしい。喜ばしい反面、本格的に妖怪の山の警備体制が心配になってくるが....

 

「そもそも、前に来たような....山を火の海にしながら目に写った奴を片っ端から叩き潰してく魔女に比べたら遥かにマシよね....」

 

「.....」

 

どうやら前回の侵入者があまりにも無茶苦茶過ぎて、侵入者のハードルが跳ね上がっているらしい。何故だろう、頭の中に魔理沙の姿が浮かぶ。

 

「....感謝すべき....なのかなぁ....?」

 

 

 

・・・

 

 

 

その後、椛にはなんだかんだと河童の棲家の近くまで案内して貰う事になった。彼女は別れる直前に自分がいつも"九天の滝"の裏で休憩しているのだと教えてくれたが....天狗の駐屯所にただの人間が入っていいものなのだろうか。

 

「ねぇ天戸」

 

しかし思考を途切れさせるように、ルーミアが私の側に寄ってくる。

 

「うん?どうしたんですか、ルーミア」

 

「私はあなたを丸齧りしたいけど我慢してるよ?」

 

「えっ」

 

突如として発露したルーミアの欲望に思わず冷や汗が垂れる。もしや何か選択を違えたのだろうか....しかし直前の椛との会話を総ざらいし、思い至る。

 

「....とても優しい、ですね.....?」

 

「えへへ〜♪」

 

彼女の頭を撫でる。彼女は....満足げににへらと笑う。どうやら正しかったらしい。直前のマインスイーパー気分が完全に吹き飛ぶ愛らしさだが....

 

 

 

「──それで、周囲に隠れている皆さんは何者ですか?」

 

「ひゅいっ!?」

 

暗闇の中で起動したVERITASからは、肉眼では感知不能な生体反応が複数個検出されていた。指摘し反応の一つを見つめると、そこから素っ頓狂な声が上がる。遅れて、声の主が姿を現す。青い服に髪。大きなリュックと帽子。一見して単なる少女にしか見えないが....それが幻想郷の河童によく見られる容姿である事は、既に霖之助さんから聞いていた。彼女の出現に釣られて周囲に似たような容姿の少女達が現れる。何らかの方法で姿を消していたのだろう。気が付いた頃には、私達は河童にとり囲まれていた。

 

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