SCP財団:幻想部門   作:鮫肌猫

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首領の川流れ

「ああ、吃驚(びっくり)した。人間の癖に改良した光学迷彩スーツに気付くなんて....」

 

真っ先に姿を現した河童の少女がそう呟く。他の河童達がこそこそと会話をするに留めている中で、彼女は唯一こちらに言葉を伝える意思があるようだった。河童のリーダー格なのだろうか。

 

「光学迷彩スーツ? 河童はそんなものまで開発してるんですか?」

 

「うん? そこいらの人間は私達の技術力に理解すら及ばないはずだけど....そんな見識があるなんて、また普通じゃない人間?」

 

「....あなたが想像してる"普通じゃない人間"よりは普通の人間だと思います」

 

「そう? まぁいいや....私は河城にとり。通称、谷カッパのにとり。どういうプレイだが知らないけど乳繰り合うなら別の場所でやってくれない?」

 

「乳繰り....?」

 

「誤解ですしルーミアは知らなくて良い言葉です。忘れましょう」

 

「そうなのかー」

 

突如の誤解とルーミアへの飛び火に私は早口で否定する。しかし、にとりと名乗った河童はその様子を見てニヤつき始める。

 

「あ〜っ!もしかして光源氏計画って奴? まさか妖怪を"そう"しようとする猛者が居るなんてねぇ....」

 

「本当に誤解です」

 

このまま会話の主導権を握られていては非常に不味い。流れを断つ為に、私は無理やり本題に移る。

 

「私は一切の理由なく此処に居る訳ではありませんし、ましてや本能的な欲望を満たそうとしている訳でもありません。河童の皆さんに頼みがあって棲家を訪れただけです。勿論....報酬は提示します」

 

「ほほう....つまり商談?」

 

「ええ、その形になりますね」

 

にとりの興味は上手いこと移ったらしい。最早基底世界では絶滅しているであろうコテコテの揉み手のまま近付いてくる。

 

「なぁんだ、お客さんなら言ってよ。ほらほら、とりあえず入って入って。商談ってのはちゃんとした場所でやらないとねぇ──」

 

彼女はそう言って私の手を引く。行き先は渓谷の深い闇の中、河童のアジトだ。トントン拍子に話が進むのは喜ばしいが....何か、嫌な予感するのは気のせいだろうか。

 

 

 

・・・・

 

 

 

「つまり、私が必要としているのはそうした異常存在(アノマリー)を収容する収容房です」

 

河童のアジト。幻想郷どころか、基底世界と比べても高度な技術に溢れ返った特異点の一室。私は異常存在(アノマリー)の実例を踏まえた上で収容房に必要な要件をにとりに伝えていた。隣では、理解を完全に放棄したルーミアが椅子に座ったままずっと足をぷらぷらとしている。

 

「なるほどねぇ、幻想郷には存在し得ない力かぁ──」

 

にとりの反応は悪くない。というより、大いに興味を持っているようだった。

 

「うん、面白い。すっごく面白い。特に幻想郷には存在し得ないってとこがすごく良い」

 

「最初は収容用のロッカーをお願いしたいと考えています。外部から干渉されないセキュリティと頑丈性を備えたものが理想的でしょうか」

 

「まあ、そのくらいなら作るのは簡単だろうね。それで....対価には何を出すの?」

 

「これを」

 

私は懐の時空圧縮式テントから箱詰めの胡瓜を取り出す。幻想郷でも河童が胡瓜を好むのは変わらないと聞いた私は、事前にかなりの量の胡瓜を購入していた。

 

「おお──」

 

にとりは感心したように胡瓜を見つめ、一本を取り出して齧る。

 

「うーん、瑞々しい良い胡瓜....まぁ──」

 

「論外だけど」

 

「....」

 

完全な拒絶に私は不意を突かれる。今までは上手く進んでいただけに、想定外の返しについ黙り込んでしまった。

 

「....お気に召しませんでしたか?」

 

「そりゃあ良い胡瓜だと思うよ? 普段ならこれだけの胡瓜が送られたら二つ返事で受けちゃうだろうけど、今はちょっと時期が悪いね。豊穣の神様が張り切り過ぎたせいで、妖怪の山はすごい事になってるんだ。トマト、ナス、トモウロコシ....とんでもない量の野菜で溢れてるし、なんなら焼いて肥料にしようかとも考えてるくらい。勿論、不足する筈の胡瓜も余ってる」

 

「それは本当に....時期が悪いですね....今日の所は商談を見送る必要がありそうです」

 

交渉には最悪のタイミングで来てしまったらしい。諦めて胡瓜の箱詰めを仕舞おうとするが....その手が止められる。

 

「おいおい、まだ商談は終わっちゃいないよ」

 

「?」

 

「まだ気付いてないなら言ってやるよ。ここは河童のアジト。まさか"お客様"でもない人間が無事に帰れると思ってた?」

 

「それは──」

 

突如として部屋の雰囲気が一変する。不穏な様子を察知したルーミアが、無感情な瞳でじっと目の前の河童を見つめる。

 

「あなたを食べれば帰れる?」

 

「残念だけど食いっぱぐれる予定の職工はここには居ないよ」

 

「じゃあ、あなたを襲えば帰れる?」

 

「やってみろよ三流妖怪。主人共々鞄の革にしてやろうか?」

 

緊迫した空気の中で、私は立ち上がろうとしたルーミアを制止する。この状況で争うのは良い手ではない。戦力的な問題は兎も角、河童との関係が断絶してしまうのが何よりも痛い。

 

「....天戸?」

 

「落ち着いて下さい。彼女が語っているのは....交渉の前提条件です。にとりさん、あなたにはそれを踏まえた上での要求があるんでしょう?」

 

「うん、流石は我らの盟友だ。聡明な人間は好きだよ」

 

にとりは肯定を示すようにニッコリと笑う。あどけないとも取れるような笑みに、私は皆が口々に語る河童への警告を思い出していた。なるほど、これは恐ろしい。

 

「我々の要求は単純明快だ。その異常存在の管理、河童に任せてくれない? 人間はアドバイザーとしてここに留まってくれれば良いからさ。悪い条件じゃないでしょ?」

 

「....」

 

「──少なくとも一人二人でどうにかしようとするよりはマシだと思うよ。話を聞く限り、収容房は異常存在に対応して受注生産すべきだ。ロッカーくらいなら兎に角、そんなものを河童に作らせるだけの交渉材料なんてないでしょ」

 

確かに魅力的な提案だ。財団が幻想郷に安定してエージェントを送り込む方法を確立していない以上、現地の協力を得て異常存在を収容するのは理想的な方策と言える....相手が信用に足る場合に限っての話だが。

 

「....河童がオブジェクトをどう扱うか分からない以上、その取引には承諾しかねます」

 

「ううん──」

 

この時、彼女は初めて迷いを示した。予想していた事ではあったが、私達との戦闘は望む結果を得る為の見せ札であり、本気ではないようだ。

 

つまる所、彼女の最大の狙いは異常存在の管理にあるのだろう。異常性を活用する...とまで行かずとも、単なる収容の事実だけで組織の地位が跳ね上がる事は財団の恐るべき権威が証明している。

 

「──ですが、あなたの提案が双方にとって利益となるのも事実です。思うに、私達は互いの事を知らなすぎるのではないでしょうか」

 

「知らなすぎる?」

 

「ええ、今の段階では私は河童を信用しきる事は出来ませんし、河童にとっても、そもそも私が"使える"存在なのか分からない。つまり、双方に試用期間を設ければ良い」

 

「....」

 

「私は河童の困り事を一つ解決する....難度はそちらに任せます。あなた方が私に求める能力に応じて判断して下さい。そして河童は後に遭遇する異常存在(アノマリー)に対応した収容房を一つ建設する。勿論私は収容に協力しますし、収容に成功すれば、その異常存在(アノマリー)はあなた方のものです」

 

話を聞き終えたにとりは黙り込んでいた。その取引が公平なものか考えていたのだろう。言い換えれば、河童にとってこの提案には考慮の余地がある事の証左だ。

 

「....なるほど、良い取引だ。けど....この状況には不釣り合いじゃない? 逃げる為の単なる方便だって可能性もあるしさぁ....勘違いしてるようなもう一度言っておいてあげるけど、私と人間は対等な立場に居る訳じゃないんだよ?」

 

「──いえ、対等ですよ。最初から」

 

「はぁ?何を言って──」

 

「私達が元々居た渓谷の上部までここから直線距離で凡そ100mほどでしょうか。いえいえ計測する必要もありませんね。その情景は記憶に残っていますから」

 

にとりの言葉を遮って私は滔々と語る。彼女の発言は、千載一遇の好機を私の目の前にあからさまな形で提示していた。

 

「だから....いきなり何を言ってるのさ?」

 

疑問には答えない。ただ、箱に詰まった胡瓜を右手に取り、奇跡論を行使する。右手の胡瓜は消え失せ、代わりに左手に胡瓜が再出現する。

 

「....これは....」

 

「世界は奇跡に満ちています。たった一つの出会いすら億さえ霞む奇跡の産物であり、極小の確率に頼れば、肉体が大地を突き抜けてマントルに到達する事も有り得る。だとすれば....一人と一妖がこの場から消え去るくらい、他愛のない奇跡だと思いませんか?」

 

「....」

 

「もう一度言いましょうか。私達は対等です。試しても構いませんが、お勧めはしません。どちらにしろ、あなた方は取引の相手を一人失う羽目になるでしょうから」

 

「....」

 

「....うー....」

 

暫くの静寂の後、にとりの溜息が室内に響く。彼女はぺたんと机に突っ伏して、ぐでんぐでんの表情を晒す。

 

「....に、にとりさん....?」

 

「ちょっと脅かしてやるつもりだったのに全然普通の人間じゃないじゃあん....」

 

「えへん」

 

「なんで妖怪の方が胸を張ってるのさ」

 

その様子は、先程までの老獪な商人のような雰囲気とはうって変わり、外見が示す齢とよく似た少女然としたものだった。

 

「ええっと....私は普通の人間のつもりですよ。それで内容についてはご納得頂けましたか?」

 

「あー....うん、おっけー。というか、普通にこっち側に有利な内容だかんね。もう断る理由とかないよ。丁度...."どっちも達成出来るかもしれない"案件もあるし」

 

「どっちも、ですか?」

 

にとりは脱力していた身体を持ち上げて、真面目な面持ちに転ずる。

 

「自殺したんだ、うちの河童のひとりが。しかもその"自殺"がどうもおかしくって....人間の話を聞いた今となってはその異常存在が関与してるんじゃないかって思う。早々で悪いけど、私達からの頼み事はこの事件の解決って事になるね。まさに専門、でしょ?」

 

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