SCP財団:幻想部門   作:鮫肌猫

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ライプニッツの血

「──という事でこの娘が自殺した河童ね」

 

「トック、詩河童だ。宜しく頼むよ」

 

「はい?」

 

にとりからの依頼を受け入れた私は"会ってほしい河童が居る"と言われ、或る河童の元へ向かった。どことなくニヒルな笑みを浮かべたその少女を、にとりは自殺した河童なのだという。なんの謎掛けだろうか。

 

「....その、どう見ても生きてますけど....」

 

にとりとトックが顔を見合わせ、妙な沈黙が流れる。口火を切ったのは、意外にもルーミアだった。

 

「この河童は生きてる河童じゃなくて....幽霊だと思う」

 

「幽霊....?」

 

「妖怪は死ぬと大体生き返るか、幽霊になる。どっちもあんまり変わらないよ。妖怪は....幽霊になっても触れるから」

 

どうやら、それは幻想郷の常識らしい。どうにも、河童達からの視線が痛い。

 

「なぁ、()の人間は大丈夫なのか?どうやら幻想郷の常識すら知らん()うだけれど」

 

「多分....?」

 

「....コホン」

 

明らかに不安げな河童達に耐えかねて、私は咳払いをする。

 

「....申し遅れました。天戸です、幻想郷の諸事情については浅学の身ですがどうか宜しくお願いします」

 

「....まあ、そう()う事もあるか。因むに、之は2度目の自殺であるので、僕は幽霊の幽霊と云()事になる」

 

「幽霊の幽霊??」

 

一寸(チョット)色々な事があって、百年ほど前に死んだのさ」

 

幻想郷ではそんなとんでもない事象が飛び交っているのだろうか....流石に幽霊の幽霊というものは聞いたことがない。

 

「びっくりだよね、幽霊の幽霊なんて初めて見たよ」

 

「私もー」

 

「あっそこは異常なんですか」

 

「何しろ僕は超河童だからね」

 

そう言ってトックはえへんと胸を張る。無茶苦茶な理由だが、まぁこの際相手が幽霊だろうと幽霊の幽霊だろうと変わりない。

 

「....ともかく、当人から話を聞けるというのなら話は早い。あなたが....ええと、"そう"なった理由をお聞かせ頂いても宜しいですか?」

 

「うむ。(つま)りね、僕は確かに自らの手で命を断ったが、其れは奇ッ怪なる歯車の円動の様なもので、僕の意思と云()ものは一切介在せぬ不可抗力の事象だったんだよ」

 

トックの語る所によると、日常に異変が起こったのは死から1日ほど前の事であった。というのも、彼女の寝室にベッタリと血がこびりついていたのだという。拭いても拭いても湧き出してくる血痕に恐ろしいものを感じた彼女は、結局その日を床で寝過ごし、次の日を待った。

 

しかしやはり、日を跨いでも血痕は変わらず寝室を占拠している。いよいよ以てその血痕に並々ならない超常を見出したトックはにとりを呼び出すが、綿密な調査の甲斐無く正体は分からず終い。その日も床で寝過ごそうかとした時、次なる異常が発現した。身体が勝手に動き出したのだ。彼女は動きを抑止する事も出来ないまま血痕に満ちたベッドに誘導され、サイドテーブルの上に置いてあった拳銃を握り、自らの頭に向けて引き金を引き──

 

(そう)して僕は死んだ。僕の死体からは前日に浮かび上がった血痕に合致する()うに血が吹き出して()たと云()話だよ」

 

「ね、それっぽいでしょ?」

 

「確かに異常存在(アノマリー)らしい挙動ではありますね」

 

不気味な予兆に不可思議な強制力。それらは私達が相対する異常存在(アノマリー)において度々見られる性質の一つだ。

 

「とはいえ、単にそれだけを聞くとトックさんの復活という形で異常現象そのものは解決したようにも思えますが....」

 

「それが....ちょっと前に"増えた"んだよ、消しても消しても湧いてくる血痕が幾つも」

 

「....なるほど」

 

にとりが些か強引な手を打ってでも私を引き入れようとした理由が分かった。どうやら、現状はかなり切迫しているらしい。

 

「──であれば先ずは現場の確認からです。にとりさん、案内をお願いします」

 

 

 

・・・

 

 

 

にとりの案内を受けて、私達は現場に急行する。その危険性からして、なるべく私以外を現場に近寄らせたくないが...ルーミアは勿論、トックとにとりも付いてくる気満々のようだった。つまり、それこそが妖怪にとっての死の軽さを表しているとも言えるだろう。

 

「これが一番古い血痕だよ」

 

渓谷の奥まった地点、地面から隆起する石筍に超常の血痕は浮き出ていた。石筍を染め上げ、地面にまで広がった血溜まりはそれに貫かれた何者かの存在を否が応にも想起させる。 

 

「無限ジュース....」

 

「流石に飲んだら駄目ですよ!?」

 

涎を垂らし石筍ににじり寄るルーミアを抱き上げて止める。彼女は名残惜しそうに石筍に手を伸ばすが、そもそも血なのかすら怪しい謎の液体を飲ませる訳にはいかない。

 

「うう〜....紅くて鉄っぽければ騙されてあげられるのに」

 

「帰ったら指二本噛り取って良いので我慢して下さい」

 

「どっちのお爺さんも葛籠は1個だったのに?」

 

「なんでいきなり舌切り雀に派生したんですか?」

 

ともあれ機嫌を取り戻したルーミアを床に降ろす....何故か河童2匹組がこっちを見ている。

 

「見給()よ河城君。あれが家庭の縮図と云()ものだ。互()を苦しめる因果のなんと莫迦げた事か....」

 

「いやいや、あれは調教みたいなもんだよ。妖怪の方は大好きな主人に愛されて幸せだし、人間の方は好きなように愛せる妖怪が居て幸せになれる──」

 

「双方人聞きが最悪すぎる。もうちょっと中庸に寄った意見を用意してくれません?」

 

「大好き」

 

「ぐっ」

 

あまりにも純粋なルーミアの好意に理性が揺さぶられるが、どう考えてもこんな危険地帯ですべき会話ではない。私は単に彼女の頭を撫でるだけに留め、気を取り直してVERITASを起動する──

 

「....これは」

 

観測の結果に、今までの事が嘘のように背筋が冷える。VERITASを通して見た血液は、"緑色"に輝いていた。

 

「.....現実改変(グリーン).....」

 

「如何したんだ?何やら血相を変()て....む?」

 

その瞬間、石筍の隣に居たトックの身体が浮かび上がる。しかし彼女の面持ちを見れば自分の意思によるものでない事は明らかだ。彼女は驚いたように足元を眺める。

 

「おお、浮()た」

 

「トックさん!」

 

トックの身体を掴み、地面に引きずり落とそうとするが、その試みは他ならぬトックの手によって阻止される。彼女に突き飛ばされ、私は地面を転がってしまう。

 

「止し給()。軽々しく婦女に触るものぢゃ(じゃ)ないよ」

 

「そんな事言ってる場合じゃ──」

 

「近付けば危険だと云ってるんだ!」

 

「っ....」

 

「あっ──」

 

間の抜けたルーミアの声が響く。地を離れ身体の自由を完全に奪われたトックは、急激に加速し、渓谷の頂上から転げ落ちたかの如き速度で石筍へと突き刺さる。大量の血が噴き出し、石筍を濡らす。彼女は少しの間苦しみ藻掻こうとしていたが....それも直ぐに止んだ。

 

「....そんな....」

 

肉体が、吐き出された血液が、VERITASを通し緑色に染まる。トックは死んでいた。その死に様が齎した血痕は、奇しくも血を塗りたくった事故現場と完全に同一のものだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

にとりの命令によって、トックの死体は片付けられる事になった。短い縁とはいえ私達の手で葬ってやりたい気持ちもあったが....時間が足りない。血痕は、他の場所にも存在している。

 

「人間、この異常の性質は何か掴めた?」

 

次の現場に向かう道中、にとりがそう尋ねて来た。目の前で発生した超常現象は少なからぬ衝撃を与えたのだろう。少し声が硬い。

 

「....まず間違いなく、未来改変に類する事象かと」

 

「未来改変?」

 

「未来のあるタイミングにおいてある事象が発生する事を"確定"させる時、これは未来改変と呼称されます。今回の場合は血痕の発生から、逆説的に()()()()()()()()()を無理矢理に生み出しているのではないでしょうか?」

 

「つまり近くに居た河童をその場で殺して、血痕が存在する辻褄合わせを行ってるって事?」

 

「恐らくは」

 

少し引っかかりを覚えるが....この異常現象が重大な脅威である事は間違いない。にとりは、不安げに私に尋ねる。

 

「だとしたら、対抗策なんてあるの? このままだと二の舞になるんじゃ....」

 

「即急に対策を編み出す必要がありますね。対症療法的な手法なら心当たりがあるのですが....根本的な解決にはなりませんし、安全を確約する事も出来ません。必要ならば今からでも私一人で向かいますが──」

 

「....河童から被害者が出てるんだ。気は進まないけど、河童としてここで()()()にする訳にはいかないな」

 

「答えはずっと変わらないよ」

 

「水臭い事を云()な、当然付()て行くさ」

 

「皆さん──」

 

それが純粋な好意であれ、目的の合致であれ、仲間が存在するのは有り難....ちょっと待て。

 

「なんか今おかしくありませんでした?」

 

「はて?」

 

「はてじゃなくて」

 

そこには確かにトックの姿があった。にとりが驚きの声を上げる。

 

「トック!? 死んだ筈じゃ....」

 

「うん、死んだよ」

 

「....えぇ....?」

 

困惑を余所に、トックは事もなさげに言う。

 

「幽霊として戻って来たのさ。(つま)り今の僕は幽霊の幽霊の幽霊と云()事になるね」

 

「幽霊の幽霊の幽霊??」

 

「流石に復活早すぎない?」

 

「超河童だからね」

 

「その一言でゴリ押すの止めません?」

 

彼女はいったい何を目指しているんだろうか。私達の驚嘆を前にしても、目の前の幽霊(の幽霊の幽霊)は以前と変わらない姿のまま、以前と変わらないニヒルな笑みを浮かべていた。

 

「処で如何して足を止めて()るんだ? 猶予が無いんだ()う?」

 

「鏡の中に原因が居ますよ」

 

言っているのが元凶でなければ至極真っ当な正論をぶつけられ、一先ず私達は足を動かし始める。

 

「....話を戻しましょうか、先ずは異常現象に対する対策を──」

 

「その事なんだけどちょっといい?」

 

今度はにとりだった。彼女は私の話に被せながらも、何故だか自分の意見にどことなく自信がなさげだ。

 

「ふむ、どうかしましたか?」

 

「いや、つまりこの血溜まりへの対症療法って奴なんだけどさ....」

 

「これ、トックが毎回犠牲になれば完封出来るんじゃ....?」

 

「....ええっと....」

 

それは流石に本人が望まないのではないだろうか....? チラリとトックを見る....ああっ、親指を天に突き立てている。

 

「善し来た、任せ給()

 

「....」

 

「解決か....?」

 

 

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