SCP財団:幻想部門   作:鮫肌猫

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血定事項

大樹の側にぶちまけられた血溜まり。周囲の木にまで飛び散る血痕。私達は、次なる虚構の死亡現場に辿り着いていた。

 

「一先ず間に合いましたね。それでトックさん──」

 

私が何かを言うよりも早く、トックは血溜まりの中心にちょこんと座り込む。何故か嬉しそうだ。

 

「いやあ、之ならば楽に死ね()うだ」

 

「凄い、完全に覚悟が決まってる」

 

「もしかしてあなたが本当に食べてもいい河童?」

 

「素晴らしい。後顧の憂()が完全に断たれたよ」

 

「死後最大の憂いが遺骸の処理方法なことあります?」

 

「時間があれば私がサンドイッチにしたんだけどねぇ」

 

「どうしていきなりサンドイッチを....うん? サンドイッチ()?」

 

談笑というにはあまりにも物騒な会話を続けている内、ゆっくりと木が傾いてくる。倒木地点は....トックの真上だ。

 

「おおッと。遂に其の時が──」

 

トックの言葉を遮るように、轟音が辺りに轟く。胴は両断され、血が辺りに飛び散る。だが....彼女はまだ生きているようだった。口から血を吐き、苦痛に苛まれながら、何故か彼女はドヤ顔を見せる。

 

「いざ、立ちて行かん。娑婆界を隔つる谷へ。岩むらはこごしく、やま水は清く、薬草の花はにほへる谷へ──」

 

「....ミニヨンの歌の?」

 

彼女はその問いには答えず、満足そうに息絶えた。

 

 

 

・・・

 

 

 

次なる血痕へと向かう最中、私は独りごちる。

 

「くそっ、もう既に3回も死人が出ているのに全く緊張感がないぞ....」

 

Quax(おい)、君。僕は人間とは違()よ。死河童と呼んでくれ」

 

緊張感を消し飛ばした原因が私に囁く。いつの間にか復活して側に寄っていたらしい。

 

「はいはい、死河童が3回....ですね。それにしても、本当に大丈夫なんですか? 1度目は即死でもそれ以降は明らかに苦痛を受ける死に方でしたし....無理をしているようであれば私が代わりますよ」

 

「....代わる、ね....随分と過保護だな。そう云()ば、僕が不可抗力に掴まった時も随分と焦って()ぢゃ(じゃ)ないか。そんなに僕の事が心配かい?」

 

「あらゆる労を一身に受けるあなたを心配しない訳がないでしょう」

 

彼女はキョトンとして、それから目を伏せる。何故だか、顔を見せるのを無性に嫌がっているようだった。

 

「....()うかい。思ったよりも大胆だね君は。僕が思()に、君の()う云った性質は僕に向けるべきぢゃ(じゃ)あないよ」

 

「....誰かを心配するのは当然の事では」

 

「酷()な、処置無しだ」

 

「私そこまで言われる事しでかしました?」

 

私達のやり取りを見て、にとりは俄に笑い出し、何故かルーミアは抱き着いてくる。

 

「まさかトックがそっち側に行くとは思わなかったなぁ」

 

「天戸は渡さないよー?」

 

「また再生する肉袋として扱われてます....?」

 

「誰も彼も勘違()して()るな....ほら、話は終わりだ。僕は何の無理もしちゃあない、最後の現場は直ぐ其処だぞ!」

 

トックは駆け出し、眼下の小池を指差す。池は紅く濁っていたが、寧ろ彼女はその様子を見て目を輝かせているようだった。

 

「ほう、古池か。良()ね、古来から池に飛び込むのは河童と相場が決まって()る」

 

「人間じゃないの?」

 

「そうだったら私達も簡単に尻子玉を集められたんだけどなぁ」

 

「夏草の陰で松尾芭蕉が泣いてますよ」

 

「改良さ。河童は蛙よりもずっと高等だからね」

 

そう言って彼女は池に飛び込む。風流と語るには少しばかり大きい音が響き、紅く濡れた身体が浮かび上がってくる。

 

「地獄の池と云()のも、こんな感じなのかな? だったら、中々悪くない──」

 

「....」

 

吸着した服が晒す柔肌の輪郭に、私はつい目を逸してしまう。だが、その拍子に目線の先のにとりが何か怪訝な顔をしている事に気付く。

 

「にとりさん? どうかしましたか?」

 

「えっ? ああ....いや、なんて言うのかな、この池は前に見に来たんだけど....もっと()()()()()()ような──」

 

その瞬間、浮遊感が私を支配する。

 

「なっ──!?」

 

瞬時に自分の状態を確認する。浮いている。咄嗟にルーミアとトックを見る。ルーミアは大丈夫そうだ。しかし、トックは私と同様に宙へ浮いていた。

 

「同時に....どうしていきなり....!?」

 

「駄目!」

 

ルーミアが私に飛びつくが、それは全身を包む力動に何ら影響を及ぼさない。抵抗の余地は存在せず、ただ血塗られた池に近付いていく。

 

「だったら──」

 

速やかに()()を起動する。刹那、懐から飛び出した藁人形が私の身体に触れる。それは、予め魔法を吹き込んだ身代わり人形(残機)だ。人形は宙に固定され、私はルーミアに抱かれたまま池に落ちる。

 

「ぷはっ....」

 

私は自らを包む力動が止まった事を実感する。池に浮上し天を仰ぐと、藁人形とトックは池の中心にて浮揚していた。

 

「....()うか....」

 

トックがじっとこちらを見ている。そこに浮かぶ感情を見定める事は出来なかった。ただ、暗澹とした慾望を孕んだその瞳は、安堵というよりも──

 

「君が無事で良かったよ」

 

彼女の全身がねじ切られる。血の雨が降り注ぎ、私の顔を濡らす。傍らでは同様に藁人形が寸断され、大きさに見合わない量の血を吐き出して機能を停止する。強制力から解放された肉が池に落ちる。

 

「....」

 

彼女は孤独な肉片に成り果て、命を落とした。

 

 

 

・・・

 

 

 

血痕巡りを終えた私達は、近くの河童の寄合所で休憩する事になった。特に私とルーミアに関しては血塗れだ。この問題に対するにとりの対応は極めて単純だった。

 

「....まさか血を流す方法が川に入るだけとは....」

 

「食事の廃棄処分....これが人間の闇....?」

 

「提案者は河童ですよ」

 

とどのつまり、着衣のままでの水浴びである。冷静に考えてそれだけで血を洗い流せる筈が無いのだが、幻想郷の川は、そこらの洗剤よりも遥かに洗浄効果があるらしい。服や身体からみるみる紅色が消えていく。

 

「やぁ盟友。なんとも災難だったね」

 

同じく血飛沫を洗い流す為に川に潜っていたらしいにとりがひょっこりと顔を出す。

 

「災難ではなく、僥倖と言うべきでしょうね。私は妖怪のように....うーん....基本的に、真っ当な方法では生き返れないので」

 

「それこそ災難の理由じゃないか。あの時に池に2番目に近いのは私だったのに何故か人間が選ばれちゃったんだから」

 

「よりによって人間を狙うのは酷い」

 

「....」

 

少し考えて、にとりに質問する。

 

「....にとりさんはトックさんと前から仲が良かったんですか?」

 

「えっ? うーん....関わりはあんまり無かったかな。というより、トックと話してる河童は殆ど居なかったと思うよ。私達は皆技術屋で、あの娘は唯一の詩作家だから」

 

「....なるほど」

 

「ちょっとちょっと、何に対するなるほどなのさ。人間の事はそこそこ信用してるんだからちゃんと情報共有してよ?」

 

「別に大した事ではありませんよ。ただ少しトックさんの交友関係を心配していただけです」

 

「おいおい、復活して早々耳の痛()話をしているな」

 

後ろからの声に私は振り向く。そこには川の浅瀬で座り込むトックの姿があった。

 

「....ああ、トックさん。身体は大丈夫ですか?」

 

(すこぶ)る快調さ。其れに、僕は君の方が心配だったけれど....」

 

私の身を気に掛けるトックの瞳にあの暗澹は感じられない。彼女は心の底から私を心配している....少なくとも、そのように見えた。

 

「問題ありませんよ。元々、打つ手が無ければあの方法で全ての血痕を潰すつもりでしたし....」

 

「ははは、僕に負けず劣らずの力技ぢゃ(じゃ)ないか」

 

「幽霊の幽霊の幽霊の幽霊の幽霊に負けず劣らずの....?」

 

「流石にこうなるのは想定外....っていうのは置いといて、血痕は全部異常性を失ったし、これで私達の悩み事も解消だね。まあ、人間に頼った割に殆ど河童で解決しちゃった気がするけど──」

 

「....それは否定出来ませんね」

 

正直に白状すると、にとりはくすくすと笑う。

 

「ちょっと、私と交渉してた時のキレは何処に行っちゃったのさ。河童相手にそんな様子じゃ身包み引っペがされちゃうよ? 今回は人間に助けられたし、そこはちゃんと自分の手柄だって主張しなきゃ」

 

「....それは....面目ありません....?」

 

「えへん」

 

「だからどうして妖怪側が胸を張るのさ」

 

「....こほん。つまり....人間は未知の異常を正しく分析した上、想定外の事象の中でも生き残ってみせた....多分、私達じゃ死ぬしかなかった場面にも関わらずね。これならビジネスパートナーとしては充分だ」

 

それは、河童達が体験契約を終えて正式な契約に進みたがっている事を示しているのだろう。元々体験契約は私の発案であって、彼女がそれを手早く終わらせようとする事にさしたる驚きはない。だが、川の中で気の抜けた顔を見せる彼女からは、単なる打算ではなく黎明的な信頼が感じられた。

 

「であれば、後は異常存在の収容を残すのみですね。今回は困難かもしれませんが──」

 

「うん? 血を回収しておけば良いんじゃないの? 人間の言うところによると血に何かしら変な所があるんでしょ?」

 

「血が"変"なのは血痕の発生から死亡事故の発生までの範囲です。死体と血は急速に現実改変の影響を喪失しますし、そうなれば血と死体は.....少なくとも今回の異常存在とは関係のない物体に成ります。それに、これはままあることですが、今回は異常の元凶となる現象が観測されていません。収容とは、元凶を封じ込めて、異常性の外部への流出を防いでこその収容ですから」

 

「ううん....それもそっか。やれやれ、この調子だと結構長引きそうだなぁ....」

 

「そんなに急ぐものでもありませんよ。結局の所、収容さえ出来ればそれは河童のものになるんですから」

 

「いやいや、河城君は君を早く囲って置きたいんだ()う」

 

「囲う、ですか。確かににとりさんとしてはそうかもしれませんね」

 

トックは何故か揶揄うような口調だったが、納得出来る焦燥ではあった。幻想郷において基底世界の異常存在(アノマリー)に関する知識を持っている者は極めて貴重だ。確かに私にとって河童は勿論最有力の協力候補だが、他の勢力と手を結ぶ可能性もあるとなれば、手っ取り早く河童勢力として囲いたいのは当然だろう。

 

「とはいえ、あくまでも私はにとりさんと共に歩むつもりですよ」

 

「その言い方はちょっと語弊があるかなぁ」

 

「語弊? あ、ああ──」

 

そこで漸くトックの真意に気付く....なんだか非常に不味い発言してしまった気がする。つい赤面してしまうが──

 

「んん....? もしかして人間、照れてる? 河童なんかを相手にして? へぇ...」

 

窘めていた側の筈のにとりが何故か私に近付き....密着してくる。

 

「あ、あの....にとりさん....?」

 

「....ふーん、ほんとに河童でもいいんだ」

 

彼女は純真無垢なルーミアとは違い、明らかに現状が齎す効果を分かっていた。冷たい清流の中で彼女の体温と感触が鮮明に感じられ、心拍数が上昇する。

 

「これなら私が囲うってのも結構ありかも──?」

 

「利益追求にもうちょっと余念を持ってくれませんか!?」

 

恐らくは手酷い類の冗談なのだろうが、それにしてもヤクザ顔負けの交渉を挑んできた少女にされると本気の可能性が常にチラついてかなり怖い。

 

「駄目だよ」

 

「ひゅいっ....!?」

 

何にせよ本気か冗談か分からない内に、にとりはルーミアによって引っペがされていった。単純な膂力で私がにとりに勝てる道理はないので、本当に有り難い。

 

「天戸を家畜にするのは駄目」

 

「すいません、何の話をしてたと思ってます?」

 

家畜として私を囲う話だと思っていたらしい。もしかしたら本当に怖い存在は私のすぐ隣に居たのかもしれない。

 

 

 

・・・

 

 

 

服を洗い、何故か存在するドライヤーによって身体を乾かした私達はひとまず河童のアジトに帰る事になった。にとりは解決の記念に宴をすると息巻いていたが....正直、私はそんな気分ではなかった。

 

確かに当座の血痕問題は解決した。しかし、私達はまだ原理も、何を主体とした異常性なのかも解明していない。そう、にとりに言った通り、異常存在は未だ収容出来ているとは言い難いのだ。時にこうした場当たり的な問題解決は、致命的な綻びを先送りにしているだけの事もある──

 

....少なくとも私はその懸念を抱え続けていた。だからこそ、あらゆる最悪に対して準備は出来ているのだと....()()()()()()

 

「....」

 

その光景に、私は言葉を喪った。妖怪ですらそうだったのだろう。誰の声も聞こえなかった。視覚だけが鋭敏になり、受け容れたくもない情報を脳へと届け続ける。

 

河童のアジト、玄武の沢。帰ってきた大いなる渓谷は、膨大な血に(まみ)れていた。

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