SCP財団:幻想部門   作:鮫肌猫

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最速の天狗

妖怪の山の山頂付近。高位の天狗達が住むらしい雲上の楽園で、私は立ち尽くしていた。というのも....椛に一先ずの別れを告げて文の手を取った私は、恐ろしいスピードでそのまま天狗の本拠地に連れ去られてしまったのだ。もしや、古今東西の神隠しというのはこんな力業で成されているのだろうか....?

 

「少しばかり速度を出してしまいましたが....天戸さん、体調は大丈夫ですか?」

 

「特に異常はありませんよ....強いて言うのであれば、気圧の低下で高山病を発症していない事が不思議でなりませんね」

 

「ああ、そういえば動物は()()()()()()()()()()()呪いを受けているんでしたか。しかし幻想郷ではその呪いも随分と薄れているでしょう?」

 

....どうやら幻想郷では高山病の概念が薄いらしい。便利ではあるが、この高度まで一飛びに到着して問題なく身体が稼働しているのはどういう理屈なのだろうか。呪いの話が幻想郷に広く知られているのならば、その認識が現実性(ヒューム値)の低い幻想郷において真実となるのは有り得ない話ではないが.....

 

「さて、あなたを呼んでいる大天狗様はこちらの御殿におわします。あまり失礼のないように」

 

「当然、不況を買うつもりはありませんよ」

 

「いえ、逆です。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言っています」

 

「....?」

 

「まあ、聡明なあなたならきっと直ぐに理解出来るでしょう──」

 

意味深な事を呟く文に先導され、私は大天狗の御殿へと足を踏み入れ....驚愕する。

 

御殿の中は、宇宙だった。暗い蒼穹に輝く虹色の色彩は、しかし主張しすぎる事なく、星々の光輝を示していた。無限の奥行きを錯覚させる奇妙な密室。その中心に佇む玉座には、一人の少女が座っていた。

 

「飯綱丸様。かの人間をお連れしました」

 

文は跪き、玉座に座す少女に頭を垂れる。しかしその少女、飯綱丸と呼ばれた大天狗は、文の姿を見て苦笑する。

 

「形だけの敬拝は不要よ、射命丸。お前は一度だって心の底から誰かに頭を下げた事なんてないでしょうに」

 

「おや、私は大天狗様に常に敬意を持って接しているのですが....」

 

彼女はそう言いながらも立ち上がる....飯綱丸の視線がこちらに向く。

 

「お前もよ、人間。無理に私に敬意を示す必要はないから楽になさい」

 

「ご厚意に感謝します」

 

提案に従って姿勢を少し崩す。すると彼女は頷き、人当たりの良い微笑を湛える。

 

「活躍については聞き及んでいるわ、天戸。人の身にありながら河童達の危機を救ったとか。彼女らは妖怪の山が抱える技術力の竜骨....お前の功績は称えられるべきものよ」

 

「それは....彼女らの協力あっての事です」

 

「河童は気性に些か問題を抱えている。協力を得られたのは間違いなくお前の功績よ。それどころか河童達と同盟さえ結んだと聞いたわ。であれば、お前もまた妖怪の山の一員のようなもの──」

 

....なるほど。

 

「....身に余る光栄ですが....お気遣いは不要です。私は単に、河童達と個人的な契約を結んでいるに過ぎません」

 

飯綱丸の"寛大な"言葉に、私は警戒を強める。彼女は明らかに私を取り込もうとしていた。寛大な様子を見せてこそいるが....その狙いは恐らく、当初の河童とそう変わらない。

 

「ほう──」

 

しかし彼女は、そんな私の心を見透かしたように笑みを深める。

 

「敏いな、上手くあしらえるだけの礼儀もある。どうやらこの話は後回しにする必要がありそうね」

 

「....」

 

「それじゃ本題に入りましょう。理解しているでしょうけど、我々(天狗)は河童の一件からお前の問題解決能力を大いに評価しているわ。そこで一つ、頼みごとがあるの」

 

「頼みごと?」

 

「ええ──」

 

大天狗の表情が憂慮に染まる。意図的な演出にも思えるが....彼女が出会ったばかりで表情を読み切れるような手合でない事は明白だ。

 

我々(天狗)はこの妖怪の山において、数多の娯楽を享受している。その中でも趣味と実益を兼ねて人気を博しているのが....新聞の発行よ」

 

「或る白狼天狗の方から新聞の存在については聞き及んでいましたが...その新聞に何か不備でも?」

 

「そんな所ね。我々(天狗)はそれがどのような過程を経て成されているのか把握していないけれど、引き起こされている事象については理解しているわ。つまり....あらゆる新聞に"外の世界の事件についての記述"が追加されている」

 

「ふむ....」

 

「外来人であるお前には実感が薄いかもしれないけれど、これは由々しき事態よ。間違った情報であっても拡散されれば幻想郷においては真実となる。仮にそれが"世界の終焉"のようなものだとすれば──」

 

「....四人の騎手は真に顕現する、と?」

 

重々しい頷きに、事の重大性を理解する。可能性としては微細なものだろう。しかしそれが一つの世界の終焉に繋がるのならば、正常性の護り手として見逃す訳にはいかない。

 

「お前に望むのはこの異常の解決よ。解決の暁には....そうね、一匹ぐらいならお気に入りの白狼天狗を側仕えに任命してやっても良いわ。直属ともなれば()()によるものであれなんであれ、あらゆる命令が正当性を持つ....魅力的でしょう?」

 

「そ、それは流石に....」

 

「おや、あの懐き具合を見るに、椛は異動を喜ぶと思いますが」

 

「....椛さんを選ぶとはまだ言っていませんよ」

 

今まで黙って静観していた文がここに来て茶々を入れてくる。正直、この提案に魅力がない言えば嘘だ。あの耳には魔性のものがある。しかしその関係性は....流石に不純だろう。こちらに何もかもが委ねられ過ぎている。

 

「ふむ、それなら山ほどの魔法鉱を与えよう。常人に加工出来るものではないけれど、"魔法使い"であるお前ならば思う存分に龍珠を活用出来る筈よ」

 

「....ええ、はい、であれば謹んでお受けします」

 

速やかな代替案の提示は狙ったものだろう。若干買い叩かれたようなきらいもあるが、元より無報酬であったとて行わなければならない事だ。それに、"魔法鉱"には興味が唆られる。

 

「ふふ、お前の献身に再びの感謝を。さて、本題はこれにて終いだが──」

 

「....?他にも何か?」

 

我々(天狗)はお前の問題解決能力を高く評価している。けどね、()は強い奴が好きなの。狐か獅子か....お前はどっちかしら?」

 

飯綱丸はそう言って文に目配せする。文は肩を竦めて苦笑し、私の前に立ち塞がる。

 

「....戦えと?」

 

「御前試合のようなものよ。協力者の実力を計るのは当然の事でしょう?」

 

「ちなみにこれが"私欲による命令"の凡例でしょうね。飯綱丸様はケの日をハレの日に変えることを大層好んでいまして──」

 

「射命丸に勝ったのなら報酬を倍にすると約束するわ」

 

「か、金持ちの道楽....」

 

酷い理由だが、戦闘は避けられなさそうだ。私が仕方なしに文へと臨戦態勢を取る。

 

「こうなっては致し方ありません。私は獅子でも狐でもなくただの人間なのですが....」

 

「ご安心を。人間相手に本気は出しませんよ」

 

彼女は開戦を告げるように自然体のまま言い放つ。

 

「──さぁ、手加減してあげるから本気で掛かってきなさい」

 

 

 

・・・

 

 

 

傲岸不遜の発言に対して、私は奇跡論を起動する。それは対妖怪用に組み上げた破壊の魔法だ。しかし....

 

「綺麗な輝きですね、分かりやすくて結構」

 

ぱしゃり、この世界には不釣り合いな撮影音が響く。文はいつの間にかカメラをこちらに向け、そして魔法の影響はいつの間にか霧散していた。

 

「なっ──!?」

 

同時に、文は凄まじい速度でこちらへ飛来する。混乱した私は彼女の接近に対応出来ないまま掌底を打ち付けられ、吹き飛ばされる。

 

「っ....ぐ....」

 

防御術式がダメージを完全に無効化する。だがそれは拠り所としてはあまりにも不適格だ。

 

「この程度ではダメージを受ける素振りもないと....素晴らしい頑健さですね。()()()()()()

 

「私か、人間か、それとも文さん以外の全てか.....仔細は分かりませんが、舐められているのは分かりましたよ....!」

 

人体が辛うじて反応出来る速度で放たれた、人体が辛うじて耐えられるであろう威力の掌底....明らかに手加減を加えられていた。感情的な話をするのであればなんとかして鼻を明かしてやりたい所だが、実際の問題はもう少しばかり低次元だ。

 

「もう一度....」

 

魔法を展開する。神速の撮影によって力が霧散し、即座に飛来した文が私を吹き飛ばす──

 

「──まさか、正確に評価しているだけです」

 

つまる所、手加減されて尚、私は窮地へと陥っていた。立ち上がり、呼吸を整える。その間に文が追撃をしてくる様子はない。しかし行動を起こそうとすれば、彼女は機先を潰し無力感を植え付けてくるだろう。旧い時代、犬に行われた実験のように。

 

「さぁ、どうしますか? もう一度言いますが、人間としてはこれでも健闘した方です。降参は恥ではありませんよ」

 

()()()()()に負けるのは恥ですよ」

 

「ほほう?」

 

挑発するように文を手招く。彼女は好戦的な笑みを浮かべる。

 

「それならもう一度試してみましょうか──」

 

閃撃が私を襲う。回避不能の一撃を紙一重、見に徹する事で受け止める。手加減されたそれはそもそも直撃しようが私にさしたるダメージを与えない。しかしこの場合においては....

 

「おお、受け止めた。人間が反応出来る臨界点を攻めたのですが」

 

彼女の注目を集める点に価値がある。

 

「文句は受け付けませんよ、文さん」

 

「はて、なんの──」

 

その瞬間、光線が後方から放たれる。バックラッシュを地に埋めたままこの世の何よりも速く飛来したそれは的確に文が持つカメラに着弾し....粉々に破壊した。

 

「意識外からの攻撃は予測していませんでしたか?何にせよ....これであなたが私の魔法を霧散させる事は出来ません」

 

「....なるほど。勉強代としては手痛い出費ですねぇ....特にあなたと椛の熱愛写真が消えてしまったのは、とても」

 

「ですから別にいかがわしい事をしていた訳では....!」

 

彼女は焦る私を無視して腰を落とす。

 

「それでは八つ当たりを兼ねて....ギアを二つほど上げましょうか」

 

跳躍....目の前に居る。身体が動く。しかし遅い。苦痛と共に、既に身体は蹴り飛ばされていた。

 

「んなっ....」

 

脳が外界を認知し行動を指令するまでの微かな時間。彼女の一撃はその間隙にあった。それが示すのは物理法則上の必然。人間ではその一撃を避けることも受け止める事も不可能であるという残酷な真実だ。

 

「次」

 

体勢を整えるよりも速く、身体に衝撃が走る。どのような手段による攻撃か、回る景色の中に放り出された私には観測すら叶わない。咄嗟に奇跡論を起動しようとするが....

 

「──それはもう許しませんよ?」

 

それよりも遥か速く地面に叩き付けられる。衝撃のあまり、小さな宇宙に亀裂が走る。立ち上がろうとする間際、肉体が空に浮かぶ。地に触れる事を許されたのはそれで最後だった。

 

「ぐぅッ....!?」

 

身体の自由も効かないまま、数え切れない打撃が叩き付けられる。反作用は私を空へと留め続ける。どうしようもない状況の中で、私は全身の力を抜き嵐が収まるその時をただ待ち続けていた。

 

 

 

「──この辺りで止めにしましょうか。弱者を虐げるつもりはなかった」

 

「....」

 

地に伏せる私を見下したまま、文がそう言い放つ。連打はようやく止まった。全身がひどく痛む。しかし骨が折れている様子はない。その程度で済むように調整されたのだ。だからこそ....私は立ち上がる事が出来る。

 

「....天戸さん。その心意気は認めましょう。ですが、これ以上は試合では済まなくなる。それを理解していますか?」

 

「....」

 

これ以上の戦いは無駄だと、そう遠回しに言っているのだろう。しかし、それでも....こちらには明確な優位が存在していた。つまり私は、彼女が私に対して抱く興味よりも、遥かに大きな興味を彼女に抱いている。

 

「私の奇跡論を....()()()()()()()()()()割には大層な口振りですね」

 

激痛の中で、敢えて不敵な笑みを浮かべる。そうすれば、彼女はきっと食い付くだろう。慇懃の中に傲慢を隠して。

 

「........ふむ....確かに、全力を望んでおきながらそれを出させないよう立ち回るのは不誠実な行いだったかもしれません。ではこうしましょう──」

 

「天戸さん、あなたに全力の魔法を放つ猶予を与えます。それでこそ全力、でしょう?」

 

「....感謝します」

 

私は彼女に礼を言い、奇跡論を組み上げる。それは在る魔法使いを原型とする破壊の極光。時間を度外視して組み上げられた特大の魔法を前に、文はわざとらしく語る。

 

「おお、怖い怖い。それを前にしては私とて無事では済まないでしょうね....当たれば、ですが」

 

「それじゃ避けて下さい。避けられるものなら、ですが」

 

魔砲の照準を文から逸らす。射線に入るのは文ではない....飯綱丸だ。

 

「む....狙いは私か? 弱ったわね、流石にその火力は....」

 

「まあ、当たれば無事では済まないでしょうね」

 

「──」

 

文の表情から余裕が消えた。そして、姿さえも。人間の脆弱な認知器官は、彼女を捉える事すら許されず──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──まぁ、人間は飛ぶ鳥に追いつけないものです」

 

「だから....()()()()()

 

私は、()()()()()()()()彼女にそう語りかける。

 

「....これ....はッ....!?」

 

そう、あからさまなまでに"派手"で"極めて破壊的"な奇跡論は単なる見せ札。本命は反転したバックラッシュだ。大層な事はやっていない。ただ....私と文の射線上に不可視の網を張り巡らせただけ。それだけで危機に急いた鴉天狗は絡め取られ、動きを封じられていた。猟網に足を取られた鳥のように。

 

「さて....」

 

私は照準をもう一度文へと向ける。

 

「手加減してあげますので....全力で耐えて下さいね?」

 

「しまっ──」

 

昏い宇宙に極光が齎される。破壊の光輝は世界を鮮烈に照らし....烏天狗を呑み込んだ。

 

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