SCP財団:幻想部門   作:鮫肌猫

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宵闇との邂逅

夜闇の中で、私は疎らな森を歩む。一見すれば、それは単なる危険行為でしかないが、超知覚(VERITAS)は停止するまで周囲の現実性(ヒューム値)の低下を示していた。現実性(ヒューム値)の低下はその領域の不安定化、異常現象の頻発に結びついている。つまりこれは"単なる危険行為"ではなく"凄まじい危険行為"だ。

 

「ここが幻想郷か──」

 

宇佐見上級研究員との戦闘を終えた(そして厳重注意を受けた)私は、数日の準備の後にSCP-1996-H、幻想郷へと向かった。内部の危険性を測定し、異常実体に捕捉されないように闇に紛れ....侵入には成功した。

 

しかし、ここは想定以上に危険だ。何処からか響く女性の歌声を聴いてからは、ただでさえ深い闇が更に深くなり、超知覚(VERITAS)が機能を喪失した。その上、歌声を聞いた時に感じた精神の高揚は、歌声が異常な精神影響さえも含んでいる事を示していた。認知抵抗訓練を受けた魔法使いにとってこちらは問題にはならないが....

 

「くそっ....人里は何処だ....?」

 

夜の幻想郷へと侵入したのは、失敗だったかもしれない。なんとかして休息が取れる場所に向かいたいが、この視界ではそれも難しい。気は進まないが、奇跡論を多用し、強引に突破するべきか....そんな考えが脳裏を過ぎる。ううむ....

 

「あなたは食べてもいい人類?」

 

女の声が、響く。

 

「──」

 

即座に未来への目算を停止する。居る、何者かが、そこに存在している。どう考えてもその言動は人類のものではない。防護術式を強化し、攻撃に備える....だが、予測した衝撃は来なかった。

 

「ねえ、あなたは食べてもいい人類?」

 

「....」

 

そこに居るであろう異常実体には、どうやら即座にこちらを殺そうとする意思は無いらしい。存在を悟られている以上、沈黙にはあまり意味がないだろう。会話が多少でも通じる手合ならば良いのだが──

 

「....いいえ、私を食べてはいけませんよ。それで止まって貰えるのなら助かりますが」

 

「そーなのかー」

 

声はそう言ったっきり黙り込む....え?ほんとにそれでお終いなの?

 

「....あの」

 

「んー?」

 

想定外の言動と沈黙に耐えかねて、ついこちらから声を掛けてしまう。どうやら彼女は、まだそこに居るようだ。どうしたものかと思案し、まさに今聞かなければならない事を思い出す。

 

「すいません、近くの人里を知っていますか?もし良ければ、案内して貰いたいのですが....」

 

「ええー、面倒くさーい」

 

....沈黙。なるほど、どうやら彼女は中々にものぐさな性格をしているようだ。しかし、良い事を知った。彼女はその言動から察するに、人里の場所自体は知っている。

 

ふむ。

 

「案内して貰えるのなら、私の指を1本だけ食べてしまっても構いません。如何ですか?」

 

「ええ〜?」

 

交渉は....どうやら、成功のようだ。彼女の声は、明らかに上機嫌だった。私としても、指の1本程度であれば、奇跡論によって問題なく回復させられる。

 

「分かった、いいよ。手、出して」

 

「お好きな指をどうぞ」

 

指の防護術式を解除し、手を前に出す....すぐに親指が根こそぎ抉り取られる。かなりの激痛を感じるが、気にしている場合ではない。すぐに魔法を起動し、親指の付け根から出血する血液を媒体として、新しい親指を生やす。

 

「わぁ!」

 

彼女は、生えてくる親指を恐らくは"見て"、感嘆の声を上げる。

 

「すっごーい!ご飯が増えちゃった」

 

「1本だけですからね」

 

完全に私の事を食事としてしか見ていない発言に薄っすらと恐怖を感じつつも、私は思案する。魔法のバックラッシュを何処に押し付けるべきか。

 

「....ああ、そうだ」

 

....その時、脳裏に過ぎったアイデアを、どうして私は採用したのか。正直言って、私自身にさえよく分からない。光明が見えた事を祝いたかったのかもしれないし、単に恩の押し売り気分だったのかもしれない。

 

「もう一つのお礼です」

 

「....?」

 

バックラッシュによって発生した炎を、空へと放り投げた。天高く打ち上がったそれは天頂にて、極彩色に彩られた大輪を咲かす。幻想の光。純粋な破壊を指向するが故に、"魔除けにさえ至らない"美しさのみを抜き出した造花。輝き、瞬き、極光が照らした大地に、私はようやく、今まで語り合っていた者の姿を見る。

 

天を見上げた可愛らしい"少女"の瞳は、虹の色彩を写し、キラキラと輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その....ルーミアさん」

 

「ん、ルーミアでいいよ。甘い人」

 

「天戸です。ええっと....では、ルーミア」

 

私はルーミアと名乗ったその少女と手を繋ぎ、深い森の中を歩み続けていた。少女にこうして先導される状況に置かれては、多少の羞恥心が湧いてくるが....殆ど盲目になっている私にとっては、ありがたい配慮だ。それに、最大の懸念点はそこにはない。

 

「この道、ほんとに人里に繋がってるんですか?」

 

「....多分?」

 

「多分かぁ....」

 

こう言ってはなんだが、ルーミアが思ったより役に立たない。非協力的という訳ではないのだ。接触状態を維持しながら友好的な会話を行っているこの状況。思い上がりでなければファーストコンタクトと比較して、彼女もそれなりに....多少は....ほんの少し....刺し身に乗っているタンポポくらいには、私の事を気に入っているように見える。つまりはとても単純な話で、彼女は方向音痴だった。

 

「うーん、こっちかな?」

 

「ルーミア、風の音を聴いて下さい。そちらは恐らく崖です」

 

「ううーん、じゃあこっちに....あいたっ」

 

「ルーミア....?」

 

「木にぶつかった〜」

 

「あぁ....ええと、大丈夫ですか?怪我をしているようなら、治療の心得はありますが....」

 

「大丈夫....ありがとー」

 

自分がこの異常な空間に孤立していないという認識は、それ自体が私の精神に安息を齎したが、それはそれとして私達の珍道中は万事がこの調子であり、正直私は、人里に辿り着く事を殆ど諦めていた──

 

 

 

・・・

 

 

 

だがしかし、そうして歩むこと半刻ほど。全てはルーミアの韜晦だったのか、或いはただの偶然なのか、小さな村が姿を現した。時間経過によって回復したらしく、盲目の影響も既に殆ど消えている。深夜なので当然暗いが、それでも私は、自らの目で村を見る事が出来た。

 

「おお、人里に辿り着けましたよ。案内をありがとうございます、ルーミア」

 

「えへへ〜♪」

 

....大層上機嫌なルーミアの様子を見るに韜晦の線は無さそうだ。

 

「それにしても....いえ、小さな疑問ではあるんですが....」

 

人里に辿り着いた安堵の中で、私はふと、視界が戻ってからずっと気になっていた事柄を思い出していた。今となっては労せずとも見れる可愛らしい少女の姿を眺める。彼女はずっと腕を横に伸ばし、右手だけを握っていた。

 

「ルーミアのそのポーズには何か意味が....?」

 

「んふふ、"聖者は十字架に磔にされました"って言ってるように見える?」

 

「うーん、どちらかというと"コンピューターは2進数を採用しました"のポーズに見えます」

 

「どういうこと?」

 

ルーミアから純粋な疑問がぶつけられる....あれ? もしかして今のは私がおかしかったか?

 

「....さ、さて、これで契約はお終いです。縁があれば、次もまたこうして語り合える事を祈っていますよ」

 

「うん、それは勿論。指と....あの綺麗な光も、また見せてね」

 

「ええ、約束します」

 

どうやら彼女は、あの花火を思っていた以上に気に入っているらしい。2度目があれば、更にディテールを凝っても良いかもしれない。そう思いながら人里に一歩、足を踏み入れる....一歩、ルーミアがこちらに近付く。足を進める....ルーミアも足を進める。同じ方角に。

 

「....あの、ルーミア?」

 

「なぁに?」

 

彼女は私に付いてきていた。どうやら、ここで別れるつもりはないようだ。

 

「無知ゆえの質問を許して貰いたいのですが、ルーミア。あなたは人里に居ても大丈夫なんでしょうか?」

 

「だめだよ?妖怪だもん」

 

「やっぱり駄目かぁ」

 

「でも、夜の人間はみんな寝てるから大丈夫」

 

「....」

 

灯りのない環境では、人間は殆どの作業を阻害される。電気のない旧い生活をする者は現代以上に夜を眠って過ごしており.....つまりは、前提の崩壊。夜に小さな村に着いても宿を借りる事は不可能であると示していた。困った事に、私の中の結論は一つに絞られる。

 

「野宿か....」

 

「野宿なのかー」

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