SCP財団:幻想部門   作:鮫肌猫

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一線

結局の所、その後同様の話題が会話中に登らなかったのを良い事に、私は彼女の問い掛けを幻聴として処理する事にした。いくら友達とはいえ、まさか男女で褥を共にするなどはあり得ない。仮に布団が一つだったとしても、私は床で寝るだけだろう、と──

 

実際に彼女は"そんな様子"をまるで見せなかった。夕餉を食べながら談笑し、暇潰しに将棋を遊び、冗談半分に大将棋の駒を本将棋に適応して試戦(獅子は大将棋にも増して暴れ回っていた)し....思い返せば馬鹿馬鹿しくも楽しい遊戯の末。眠る段になって、私は安易な発想の代償を払う事になる。

 

「....山は涼しいんだから、もうちょっと寄らないと風邪に罹るわよ?」

 

「いえ、あの....」

 

「....仕方ないわね。ほら、ぎゅー....っと」

 

本気だった

 

私を布団へと引き込んだ椛は、そのまま、可能な限り離れようとしていた私をしっかりと抱き寄せる。混乱の間に行われた一連の流れに対して、私は抵抗する術を持たなかった。

 

「....う....」

 

状況自体はルーミアの時と変わらない。しかし、彼女とその布団が纏う芳しい香りに包まれた環境が、幻想に属す管狐の芳香よりも遥かに生々しく理性を取り払う。それは、炬燵の上に置かれた甘露のような、ほんの少しでも傾けば簡単に届いてしまう誘惑だ。

 

「....その、椛さん....これは少し....友達の範囲を逸脱しているのでは....」

 

「今更それ言う? だからあの時迷ってたんだけど?」

 

どうやら彼女はとうに覚悟を決めていたらしい。あの時の逡巡の理由が、私の中で重くのしかかる。しかし幻想郷の住民はもう少し相談というものを重視しても罰は当たらないのではないだろうか。

 

「けど、私以外のにおいがするのは....やっぱり落ち着かないし....」

 

あまつさえ、彼女はすりすりと身体を擦りつけてきた。決して小さくはない双峰が押し付けられ、微かな圧迫感と共に到来する柔らかな感触が欲望を煽る。逃れようと身をよじるが、私を抱く腕はびくともしない。

 

「も、椛さん....?」

 

「安眠の為にもマーキングしないとね?」

 

それは、彼女の匂いに染め上げられるまで"マーキング"を続けるという、理性への緩慢な死刑宣告だった。あまりにも刺激の強い現状に、あり得ない仮定が過ぎる。即ち、私を誘惑する任務を、彼女は典から引き継いだのではないか、と....

 

単なる妄想だ。彼女は異種族である事に油断し、極端な距離感で接しているだけだろう。しかし、"だとしたら"を仮定して....一瞬、それを受け容れてしまった。欲望の発露が、反応してしまった。

 

「あ──」

 

密着していた椛は、"それ"の変化に気付いたのだろう。動きを止めて、誤魔化すように笑う。

 

「あはは....反応、しちゃった?もしかしたらとは思ってたけど....天狗(わたし)で....」

 

「....す、すみません....」

 

「いやいや、これは私の責任だし....こうなる事を考えてないほどお気楽じゃないし........つ、つまりさ....」

 

抱擁が解かれる。身体は自由になった、筈だ。なのに、耳元で何かを囁こうとする椛から、離れられない。それが音に成ってしまえば、もう戻れない。第六感がなくても分かりきっている。なのに──

 

「私は"ともだち"じゃなくて...."つがい"でも良い....よ?」

 

「──」

 

本能が、先行する。自由になった身体が、何よりも早く、目の前の少女を、押し倒していた。

 

「ひゃうっ....」

 

可愛らしい悲鳴に、激しい慾望が掻き立てられる。抵抗はない、これから起こる全ての事を、彼女は受け容れていた。熱っぽい椛の瞳を見つめ、私は欲望と激情の発露を──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「危険な状況で行為に及ぶのは古来よりお決まりの死亡パターンでは?」

 

「....」

 

「....た、確かに....!」

 

──無理矢理に、ねじ伏せた。

 

心の中で自分に万雷の喝采を送る。なし崩しの一夜、吊り橋効果、etc.....事に及んで致し方ない状況だったとしても、それを不義理とする理由も明確に存在している。事ここに至って"ただの友達"に戻れる自信はないが、手を出すにはまだ早い。いつかは欲望に負けてしまうのだとしても、今は駄目だ。そんな結論によって私は正気を保っていた。

 

正直、今なら天から寿司桶の一つくらい差し入れとして降って来ても良いんじゃないかとすら──

 

 

『かわって』

 

「これが差し入れかぁ」

 

何かを希求するような声が響く。咄嗟に布団を放り、VERITASによって闇を見透す。窓の外に、見覚えのある死体が立っていた。

 

「っ....いつの間に!?というか天戸は渡さないわよ....!」

 

「いえその、確実にそういう意味ではないと思われます....」

 

当然ながら、閨に伏せていた椛は剣と盾を持っていない。椛はそれらを回収しようとするが....天井から、"パキリ"と嫌な音が響く。

 

「ちょっ....嘘でしょ、まさかっ....」

 

「危ない!」

 

その瞬間、天井が崩落する。材木が室内に降り注ぐ。私は唖然とする椛の手を取り、防壁の魔法を展開する──

 

「うあーっ"!?私の家がぁぁっ!?」

 

崩れ落ち、露出した天空に向けて、椛が慟哭する。彼女や私自身には傷一つない。しかし家の形を成していた木々は完全にバラバラになり、その機能を喪失していた。

 

「だ、大丈夫です、家は....後で建て直して貰えるよう直談判して来ますので....!」

 

「そ、そんな事出来るの!?やっぱり天戸様って呼んだ方が.....」

 

「たぶん呼び方に拘っている場合じゃないかなぁ....!」

 

窓から覗いていた少女は、いつの間にか真正面に立っている。直接的に危害を加えてくる様子はないが、崩落が彼女の攻撃である事は明白だ。敵....その認識を胸に、私は瓦礫を振り払い、立ち上がる。

 

「会話が可能ならば....インタビューを願います」

 

『....』

 

「なぜ私達を狙うのですか?」

 

『....』

 

「なぜ新聞に紛れ込むのですか?」

 

『....』

 

「....一体、何を求めて──」

 

『かわって』

 

「ッ!」

 

"パキリ"と、2度目の異音が後方より響く。咄嗟に振り向いた先では肥沃な栄養を吸い育った幾つかの巨木が倒木の瞬間を迎えていた。()()()()、全ての木は私達を巻き込むように倒れ込んでいる──

 

「生温い!」

 

しかし、臨戦態勢に入った椛の反応はこの場の誰よりも早い。私が状況を理解した時点で、彼女は拳を構え夜闇も厭わず突進していた....いや、拳を?拳で?

 

「流石にそれは──!」

 

今度こそ口から出た無謀を咎める言葉は、当然のように無視された。巨大な災害に対して、少女の細腕が振るわれる。

 

「あッ──」

 

押し止め(ジャブ)反らし(フック)叩き折る(ストレート)....私の心配は思い違いも甚だしかったようだ。かつて岩を砕いた豪腕は、純然たる膂力によって、全ての倒木を処理してしまった。

 

「ふーっ....」

 

軽く息を吐き、椛は立ち尽くす遺骸をピシャリと指差す。

 

「良い雰囲気どころか家までぶち壊しやがって!闘争をお望みなら見せてやるよ、本物の獣を!」

 

....どうやら、思っていた以上にしっかり怒っていたらしい。しかし憤激する椛を前にして、彼女は何の反応も返さない。三度目の異音と共に、木々が傾く。

 

「っ....私が本体に対処します、椛さんは倒木への対処を!」

 

「この前口上で露払い役なの!?天戸が言うならやるけどさぁ....!」

 

要請と共に奇跡論を起動する。理不尽なまでの暴力も、異常性によっては無為と化しかねない。直接的な接触は、あまりにも危険すぎる。

 

「....無論、これが安全な保証もありませんが──」

 

木々を叩き壊される轟音に混じり、魔術的に生み出された"質量"が風を切り死した少女へと迫る。小手調べだが、常人に直撃すれば致命は免れない....

 

『....』

 

結論としては、彼女は常人ではないという事だろう。私の手を離れた魔法は彼女に届く事すらなく....接触の直前、完全に消失してしまった。

 

....いや、()()()()()訳ではない。奇跡論の専門家として、VERITASが写したエーテルへの干渉経過は明らかに消失とは言えるものではなかった。

 

()()()....?」

 

魔法はその時間を逆行させられ、バックラッシュすら許されずほんの一瞬で"存在しなかった地点"にまで戻されているようだった。考察を深めたかったが、"パキリ"という聞き飽いた音がそれを邪魔する。

 

「椛さん──」

 

「分かってる、枝の一本だって触れさせてやらないわ」

 

素早い返答に頷き返す。性質の分析は後だ、まずは攻撃を通す方法を考える必要がある──

 

「実験に、お付き合い頂きます」

 

形骸的な"実験"の開始を宣言し、私は次なる奇跡論を組み上げる。彼女の後方を起点とした風の刃だ。不意打ちが効くのであれば、対処は容易になる。

 

『....』

 

放たれた刃は、巨木と剛拳の衝突音に紛れて、問題なく彼女の下へたどり着く。たどり着き....消え失せる。不意打ちですら、効果はないらしい。

 

「であれば....」

 

防御を完全に椛に任せる覚悟で、文に向けて放った極光を組み上げる。準備期間を度外視した最大級の魔法だ。"戻す"力に限界があるのか否か....単純だが、可能性はある。実際、彼女は私の魔砲を警戒しているのか、攻撃の手を止めていた。

 

『....』

 

準備を終え、極光があらゆる障害を排して少女へと迫る....しかし、直前で射出を継続する基幹魔法ごと存在が虚無へと戻される。彼女は、一切の傷を負っていない。

 

「....限界は....無いものとした方が良さそうですね....」

 

落胆をしている暇もない。木が軋む音に乗せて高速の礫を放つ。次は最小値だ。低出力の攻撃が攻撃と見做されないのであれば、時間の問題はあれど、勝機はある──

 

「──!」

 

本命とは言い難かった礫撃は、異常な遡及防御をすり抜け、初めて彼女を仰け反らせる。肌からの微かな出血は、明確なダメージを示すものだった。実験の再現性を担保する為、飛んで来た木片を避けながらもすかさず2度目の石礫を放つ。

 

....だが、条件を完全に同一とした攻撃は、少女の直前で容易にその姿を失う。

 

「対応された....?」

 

少し引っかかるが、奇跡論の条件は確かに同じだ。それが防がれたとなると、彼女が明確な防御意識によって能力を操った、という事に....

 

「....いや....」

 

整えられているのは内的な要因のみ。外的要因までがそうだったとは限らない。最初の礫撃にのみ該当する、攻撃を防げなかった要因となりうるものが....一つ、存在する。

 

私は確信を持って、質量弾を彼女へと放つ。それが着弾叶わず消え失せる瞬間、既に私は次なる魔法を起動させていた。

 

「──ここだ!」

 

質量弾が消えるよりも速く、雷霆が彼女を襲う。打ち消される筈の電撃は不可侵の防壁を通り抜け、彼女を貫く。死体に対して電気信号への攻撃が有効かは怪しいが、それでも開放された熱のエネルギーは全身を焼き、焦げた身体は転倒した。

 

『──』

 

理解すれば簡単な話だ。振り返ってみれば、最初の礫撃は倒木の瞬間に行われていた....つまり彼女は、自らの異常性を同時に発動させる事が出来ないという結論を導ける。

 

「はぁ....なんとかなったみたいね」

 

襲い来る木々の尽くを殴り飛ばしてきた椛が、死体の状態を見て気の抜けた溜息を吐く。最も負担の大きい仕事を丸投げする形になったのだが、彼女の身体には傷一つ付いていない。完璧な勝利と言って良いだろう....家が犠牲になった事を除けば。

 

 

 

 

『かわって』

 

「「....」」

 

声が、聞こえる。二人並んで、油の切れた機械のようなぎこちなさで死体への視線を動かす。彼女は焼け付いた全身を"戻し"ながら、立ち上がり、こちらを見ていた。

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