SCP財団:幻想部門   作:鮫肌猫

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カニス・クリームパイ

「....う....嘘でしょ?」

 

身体を破壊され、倒れ伏した筈の遺骸の再臨に、椛は信じ難いものを見たかのように呟く。私にも動揺はあったが....不死身という名の理不尽は、異常存在においては稀に見られるものだ。

 

「....最早この付近に木はありません。これ以上、彼女が攻撃するのは難しい筈....」

 

そう。椛の奮闘によって既に彼女が攻撃に使えそうな木は周囲から姿を消していた。状況は、寧ろ私達にとって有利になっている──

 

「いや....その....それだけじゃなくて....」

 

しかし椛は引き攣った顔を崩さない。彼女の視線が、指が、上り坂の先を指差す。漸く、人間の耳にも聞こえ始める。山林の先に、VERITASがそれを捉える。

 

「.....」

 

土が土砂崩れを起こすように、木々が坂を雪崩れ落ちていた。膨大な木の塊が下方の木を押し潰し、巻き込み、更に巨大な一塊として....こちらに向かっている。

 

「天戸....あれ、なんとか出来る?」

 

「....真正面から突破するのは....厳しいかと.....」

 

木という植物は、人間が想像するよりも遥かに頑強だ。大地に根を張ったそれらは、人間が吹き飛ばされるような台風を相手にしても露出した大質量を維持し続ける。根を張った大地ごと地滑りを起こすならとにかく、木だけを対象とした"木滑り"などというものは、対応する言葉が思い浮かばないほどに異質だった。

 

「あーっ....くそっ....仕方ないわね....!」

 

椛はそう吐露し、唐突に私を抱き締める。

 

「えっ?」

 

あまりにも状況にそぐわない抱擁に困惑が勝る。しかしその困惑は、突如の浮遊感によって上書きされる。

 

私達は空を飛んでいた。

 

「えっ椛さん飛べたんですか!?」

 

「私そこまで無能だと思われてたの!?」

 

奇跡論上においては飛行とはそう簡単に成せるものではない。自らを天狗の一兵卒と語る彼女でさえも容易に空を飛べるというのは.....幻想郷の摩訶不思議に慣れた今となっても衝撃的な事実だ。

 

「うー.....自信がなくなって来た....結局一発も殴れないままの敗走だし....」

 

「い、いえ、椛さんは充分に凄いですよ。私では逆立ちしても力で勝てませんし、剣術も体術も見事なものですし....」

 

「そ、そうかな....?」

 

椛を褒めながら、地上に立ち尽くす少女の姿を確認する。彼女は木々が生み出す轟音の渦中、その隙間にて虚ろな瞳でじっとこちらを見ていたが....追ってくる様子はない。

 

「それで...これからどうするの?またリベンジしたっていいけど──」

 

「私達だけでは有効打がありません。無為な戦いは避けた方が良いでしょう」

 

「それは....そうよね....あれを突破するのは、烏天狗どころか大天狗様だって....」

 

「....いえ」

 

妙な勇気に背中を押され、私は困り果てる椛を慰めるようにその頭に手を置く。必然的に触れた柔らかな獣耳に癒やされながら、思考を纏める。策と言えるかは怪しいが....可能性のある作戦であれば、一つ思い付いていた。

 

「安心して下さい、()()()()なら希望は幾らでも残っていますよ。まずは、河童のアジトに向かいましょう」

 

 

 

・・・

 

 

 

「うー....それでわざわざこんな深夜に叩き起こしに来たの?」

 

「すみません....私が"失敗"した時の後釜としても、河童の力が必要でしたので」

 

河童のアジト、落石の心配がない玄武の沢の上方にて。私達はにとりを起こし、連れ出し、事の経緯を説明していた。

 

「盟友は命の瀬戸際。私は深夜に押し掛けられて、瀬戸際から外れた時の尻拭いを要求される。ああいうのを捕まえる仕事ってこんなにハードなの?」

 

彼女は目を擦り、不機嫌そうに言い放つ。まあ、上司(天狗)の権力まで使って深夜の活動を強いられてはそうもなるだろう。

 

「面倒事が残る可能性は覚悟しておくべきでしょうね。まあ、対処が成功したとしてもその後の収容についてはにとりさんの仕事になってしまいますが、それは──」 

 

「....」

 

にとりの形相を見て、言葉を紡ぐ舌が硬直する。彼女は、じっとこちらを睨みつけていた。

 

「....一応言っておくけどさぁ....私は恩人が消え失せるのを"面倒事"で済ませるような恥知らずじゃないんだけど」

 

「あ...その...」

 

1歩。にとりが私へと迫る。普段とは様相を異にした威圧感が、咄嗟に二の句を継ぐ事を抑止する。

 

「覚悟しておけよ、盟友。我々の1日を辛気臭い葬式に使わせるような事があったら地獄の果てまで追っかけて弁償金を支払わせるからな」

 

そう言って、彼女はぷいとそっぽを向く。妖怪はその死生観から命をある種軽く見ていると思っていたが....その偏見に甘え、心配を掛けさせてしまったようだ。

 

「....今のは反省すべきね」

 

「うっ」

 

後ろで静観を貫いていた椛の一言が、チクリと胸を刺してくる。すぐ復活する妖怪とすぐ死んであまり復活しない人間では、命を落とした時の重みが違うのかもしれない。

 

「....少し、軽率な発言でしたね。ですがこれはあくまでも保険、私とて死にに行くつもりはありませんよ」

 

「その言葉を違えたら幻想郷中に"妖怪を侍らせて回る筋金入りのド変態"って吹聴するからね」

 

「必ず生きて帰ります」

 

「よろしい」

 

何故か増えた死ねない理由を抱える。ぽっと出にしては比重が重すぎる気がするが、気のせいだろう。うん。

 

「....ともかく、河童の皆さんをそう長くは待たせません」

 

「ふうん、というと?」

 

「次の晩には動いて貰う必要があるでしょう。それと、今必要な助けが一つ──」

 

保険は重要だが、にとりに会いに来た最たる理由ではない。河童のアジトには、かの異常存在に対応するに当たって必須の道具が存在していた。

 

「妖怪の山の地図をお願いします。可能な限り正確なものを」

 

 

 

・・・

 

 

 

未だ明ける事のない夜。河童のアジトにて"すべき事"を終えた私と椛は、山に残された貴重な平野にて語り合い、身を寄せ合っていた。

 

「──まさか天戸がああも河童に懐かれてるとはね」

 

「懐かれているというのは少し語弊があるかと....」

 

....つまる所、密着していた。夏の暑さが過ぎ去る頃合いにあって妖怪の山はどうにも肌寒い。周囲を囲む事なく安全に暖を取る為と彼女が提案したのがこの手法だ。

 

「....語弊と言う割にはあの河童、随分と親しげだったけど」

 

私を背後から抱き締めるその腕に、力が込められる。より強く、柔らかな感触が押し付けられる。最早彼女は、その肢体を誘惑の武器として使っている事を隠そうともしていない。

 

「....そりゃあ、友達ですからね....椛さんと同じように」

 

それは、私を深みへと誘う椛への一種の反抗でもあった。偽りである事を知りながら、関係性を留める為の。しかし彼女は、私の耳元で囁く。

 

「今更....."ともだち"に戻れる?」

 

「う....」

 

「....ね。"あの時"、何をしようとしてたの?私よりもずっと....獣みたいな目をして──」

 

牙が心奥に突き立てられる。椛を押し倒したあの時。脅威が迫っていなければ、戯れに耽り愛欲を満たしていただろう、という確信。あの激情を思い返すだけで、甘い毒がじわりと全身に広がるようだった。

 

「あれは....気の迷いです。忘れて下さい」

 

「むうう〜....」

 

その返答が気に入らなかったのか、腕に込もる力が一層強まる。快感と痛みの間に挟まれ、逃れたいのか、甘受したいのか、自分の中でさえ曖昧になってくる。

 

「私、最初は本当に意識してなかったんだからね?ただの友達のつもりだったのに....」

 

私を抱きしめる為に使われていた片腕が、下方に伸びる。微かとは呼べなくなってしまった異変に椛の指が触れる。

 

「出会いのない狼に雄を見せ付けて放置するのは....酷くない?」

 

「〜っ....」

 

首筋に掛かる吐息が、捕食者の圧力を本能的に思い起こさせる。健全な友人関係というのは、こうも容易く崩壊するものなのだろうか。急速に解けていく理性を、なんとかして結び直す。

 

「....少なくとも今は、異常存在の対処に目を向けるべきですよ。私ではなくて」

 

「あーっ、話逸らした。なにさ、本能に逆らってまで私を雌として見染めたくないの?」

 

「.........本能に逆らってこその人間ですよ」

 

「それなら妖怪は本能に従ってこそよ。つまり、今から天戸を押し倒したって良いって事に──」

 

「とりあえず我が家の話とかしません?」

 

「喧嘩売ってる?」

 

「よし」

 

 

.....あくまでも友として。語り明かしその時を待つ。そうして朝を迎え、幾つかの襲撃を逃げ果せ、人里に辿り着いた頃。既に周囲には次なる暗闇の帳が降りていた。

 

 

 

・・・

 

 

 

「....やっとここに帰ってこれましたね....」

 

暗闇に聳える我が家を見て、私は困憊の溜息を付く。幾度となく行われる襲撃を凌ぎ続けた疲労もあったが....正直、椛からの誘惑はそれ以上の困憊に値するものだった。

 

「へぇ、ここが天戸の家....」

 

当の本人は興味深そうに私の家の外観を見つめている.....まぁ、彼女が居なければ襲撃への対応は難化し、結局困憊していただろう。というより、私が事の発端なのだから、彼女に何の責もない。

 

「....入りましょうか」

 

微かな崩落の懸念を振り払い、扉を開く。室内は当然のように真っ暗だ。しかし、VERITASは暗闇の先にぼうっと立ち尽くすルーミアの姿を見つける。目的の見えない虚ろな瞳は、私と相対している時とは、乖離していた。

 

「....ルーミア?」

 

「あ」

 

私の声に反応し、ルーミアがこちらを向く。この暗闇では恐らく私の姿は見えていないだろうが、それでも彼女は普段通りの人懐っこい笑みを浮かべていた。

 

「もうお盆?」

 

「私って死んだものとして扱われてました?」

 

丸一日後の、それも深夜の帰宅。帰りとしてはかなり遅いが、死んだとするには流石にちょっと早過ぎる。

 

....それとも、それほど心配したという事なのだろうか。彼女はこちらに飛び寄り、そのまま抱き締めてくる。

 

「ちゃんとおいしそうな肉塊〜♪」

 

「言いたいことはありますが噛み千切って実体を確認しなかったのは偉いです」

 

褒めるようにルーミアの頭を撫でる。笑みを見て、ほっと息を付く。幻想郷にて常に隣に在った彼女の姿は私にとって安寧の象徴だ。優しい時間に浸っていると、ふと椛が呟く。

 

「....同居までしてたんだ」

 

「そういう約束を結んでいまして」

 

その言葉を肯定するように、ルーミアが懐いた小動物のようにスリスリと身体を擦り付けてくる。

 

「ずぅっと一緒」

 

「....」

 

「.....天戸の性癖って、もしかして妖怪だけじゃなくて幼──」

 

「なんだか非常に不味い誤解があるな」

 

ルーミアは確かに事実を語っているのに、語弊が過ぎる。別に私達はそのつもりで同居しているのではない....確かに彼女は魅力的だが。

 

「私達はそういった意味で親密な訳ではありませんよ」

 

「いつも夜は一緒なのに?」

 

「えっ」

 

ルーミアに不満げな表情のまま爆弾を投げ込まれ、空気が硬直する。誤解と言おうとしたが、毎夜同じベッドで密着したまま寝ているのは事実であって、否定できないような──

 

「呼び捨てなのってやっぱりそういう....」

 

「ああ、言葉に詰まってる間に着々と星座が描かれてる」

 

「仔犬座のお話?」

 

「分かってるならもう少し忖度が欲しかったなぁ」

 

非常に不本意だが椛の誤解を解くのは一旦諦めるしかなさそうだ。真面目な話、親交を深めるほどには時間に余裕がない。

 

「その....それで、ルーミア。早々に申し訳ないのですが面倒事を引き連れていまして。手を貸してくれますか?」

 

「なにするの?」

 

断る可能性を微塵も考えていないかのように、彼女は即答する。何やら良からぬ事に引っかかりやしないか心配だが、今はそれ以上に心強い。

 

「ふむ....」

 

ほんの少し、考え込む。今から行う作戦は財団の正道から些か外れている。職務を果たすというにはどうにも不適当だ。なんとも月並みな言葉だが....つまる所はこうなるだろう。

 

「.....一つ、社会貢献でも嗜もうかと」

 

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