SCP財団:幻想部門   作:鮫肌猫

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不夜一夜物語

自宅崩壊の件からそう時間を経る事もなく。私を迎える新居は河童の手によって着工から完成までを一夜....そう、本当にたったの一夜で終えていた。秀吉の側近には河童が居たのだろうか。三度ほど幻覚と異常を疑い、私は漸く新居の存在を受け入れる事になった。

 

 

夕暮れ時、私は家の前に立つ。河童たちとの打ち合わせを終えて帰って来た所だが、気分は中々明るい。収容房は上手く機能しているらしく、少なくとも異常性が再活性する気配はない。このまま何も起こらない事を願うのは高望みかもしれないが、当面は異なる仕事に目を向けられるだろう。

 

一つ、問題があるとすれば.....

 

「わっ」

 

後方から、見知った声が響く。気配を消した椛が、背中に抱き着いている。

 

「天戸も今帰って来たとこ?ふふ、今日もお疲れ」

 

「その、ボディタッチはなるべく控えて貰えると....」

 

「御命令とあらばどんな事にも従いますよ?天戸"様"」

 

「.....いつも通りで良いです」

 

「はいはーい」

 

自分の欲求が妖怪の山の求めるものと合致する事を知ってか、共に暮らし始めてからの椛は以前にも増して積極的になっていた。

 

敬語で接してくる椛を前にしての第一声が"いつも通りで"だったお陰か。あからさまな誘惑は影を潜めていたが..... 無防備な格好で生活し、近付けば"友愛"を示すよう抱き寄せられ、マーキングの為に自分の匂いを擦り付けてくるような飾り気のない誘惑に長く抗うのはひどく難しい。微笑む彼女に少し手を伸ばせば。手招く彼女に一歩踏み込めば。その先には平坦な敷居しかないだろう。後は溺れるだけだ。

 

「あと少しだと思うんだけどなぁ」

 

「そう簡単に妖怪の山に取り込まれるつもりはありませんよ」

 

「む....いや、別にそういうつもりじゃ....」

 

過るアイデアと椛の軽微な拘束を振り払い、扉を開く。問題とは言うが、彼女との生活は当然に良いものだ。共通の趣味に投じる時間も増え、外に用事がある時は、料理すら用意してくれている──

 

 

「素朴だけれど良いお味ですわ。館でもメイドの賄いに出してみようかしら」

 

「紅い胃?」

 

「それが賄いになるのは妖怪だけよ」

 

「....」

 

扉の先ではルーミアがメイド服の少女と談笑しているようだった。あんまりにも堂々としているものだから何もおかしな事は無いような気がしてしまうが....はて、メイドらしき少女が口にしているのは私の食事のような....

 

「....あれっ、それって天戸の....」

 

私の食事だったらしい。

 

「....ええっと、どちら様ですか?」

 

「あら、あなたが噂に聞くこの人外魔境屋敷のご主人?」

 

「"如何にも"と言うには噂に聞き覚えが無さすぎるな」

 

瀟洒そのもののような風貌から放たれる風評被害に面食らってしまう。一体どんな噂を仕入れているんだ。

 

「住んでいるのは妖怪。その上妖怪の来客がひっきりなしに訪れ、博麗の巫女にも目を付けられる。挙句の果てには河童の手によって改築され、住民に白狼天狗が増える始末。巷では妖怪の山による人里進出計画の発端であると専らの噂よ」

 

「弱ったな、身には覚えしかない」

 

驚くべきほど簡単に妖怪の山に取り込まれかけている事が分かってしまった。もう少し風評には気を遣うべきかもしれない。

 

「あなたの事は妖怪を侍らせて回る筋金入りの数奇人とも聞いたかしら」

 

「そちらは本当に誤解です」

 

「誤解かなぁ?」

 

後方の疑義を知らん顔で無視する。今はまだ手を出していないのだがら、完全なる誤解だ。

 

「おっと、申し遅れましたわ。私は咲夜、紅魔館のメイド長をしていますの」

 

少女が席を立ち、一礼する。紅魔館なる館については浅学であるものの、彼女の所作は何よりも雄弁に従者としての立場を示していた。この調子だと勝手に入ってきた不審者ではなくルーミアが招いたお客なのかもしれない。

 

「私は天戸です。風評については一先ず置いておくとして、形式上私がこの家の主人である事は間違いありません。お初にお目にかかりますが....ルーミア、あなたの知り合いですか?」

 

「ううん、いつの間にかそこに居た」

 

「ルーミアはぬらりひょんとも親友になれそうですね」

 

「わははー」

 

どうやら完璧に瀟洒な不審者だったようだ。しかし彼女は凪いだ海のようにまるで動じている様子を見せない。

 

「さて、そんなあなたに是非とも依頼したい事柄が....」

 

「えっこの話もう流すんですか?」

 

「不法侵入の一つや二つ、幻想少女の嗜みですのよ?」

 

「いや──」

 

何か反論しようとしたが....魔理沙や博麗の巫女、そして何より立て札を無視して妖怪の山に登る自分の姿が思い浮かぶ。ううむ....

 

「確かにそうかも....」

 

「今あの時の事思い出したでしょ」

 

背中に突き刺さっているであろうジトっとした視線を努めて無視する。あれが親交の切っ掛けなのだから一寸だけ大目に見てほしい。

 

「それでは色好い返事が貰えたという事で、紅魔館へご案内致しますわ」

 

「返事も何もまだ依頼の内容を1片たりとも聞いてないですよ」

 

「あら、ついうっかり」

 

瀟洒なのか無法なのか。天然なのか愉快なだけか。まるで掴みの所のない奇術師はそう言って上品に微笑む。

 

「依頼というのは他でもない、最近の河童達が言う所の"異常存在"について。私達が所有する異常存在の研究と分析を、あなたにお願いしたいの」

 

彼女の語った依頼の内容は、財団職員として色好い返事をする他にないものだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「こちらが紅魔館ですわ」

 

人里から遠く離れた地に聳える紅い館をVERITASが眺める。直行を即断した私は、そのまま咲夜と共に紅魔館へ向かう手筈になったが....夕暮れは掻き消え、道には夜の帳が降りていた。

 

「ふむ、客として考えるとこの時間に訪れるのは些か礼を失しているような気もしますが....」

 

「まさか、人間がこの時間に尋ねて来たとなればお嬢様は喜ぶに違いないわ」

 

「夜に、ですか....」

 

目の前の館に、視界が歪みを見出す。それは異常存在の内包というにはあまりにも規模の大きな、館そのものへの超常の検出だった。ゴシック風の建築様式も人里のものとは遥かに乖離している。私の目は咲夜を人間として捉えているが....彼女の主も人の形を保っている保証は無さそうだ。

 

「妖怪はー?」

 

「本来なら串刺しよ」

 

「ひええ」

 

「妥当な判断だろう。一度侵入を許せば、外敵はすぐに付け上がる」

 

「....」

 

ルーミアと椛は、当然のように付いて来ている。ルーミアは、前回私と妖怪の山の面々だけで殆ど解決してしまったのが不服だったらしい。椛は....

 

「うーん、茨の冠は似合わなそう」

 

「妖怪なのに磔がお望み?」

 

「私のポーズ、"聖者は十字架に磔られました"って見えない?」

 

「両手足にナイフを刺せばそう見えるかも....」

 

「ひええ」

 

「あまり同胞(はらから)を怯えさせるなよ、人間」

 

「........椛さん」

 

堪らず椛に声を掛ける。こちらを向く彼女は、むっつりとした無表情を崩さない。

 

「あの、キャラ変しました?」

 

「....してないぞよ」

 

「今混じったなぁ」

 

「い、いや、今のはただの語尾ぞよ。何もおかしくないぞよ」

 

「おっと、足の生えた蛇が歩き出したぞ」

 

「ぐぅ」

 

ようやく観念したのか、椛は表情を崩し赤面する。

 

「い、一応対外的には無愛想で通してるのよ、私....」

 

「....なるべくいつも通りでお願いします。吃驚(びっくり)しちゃいますから」

 

「はらから〜」

 

「....少なくともこいつ(ルーミア)の前でやるのは止めるわ」

 

「ふむ」

 

談笑の様子を見てか、蚊帳の外の咲夜が頷く。

 

「なるほど、妖怪を侍らせる数奇者....」

 

「どれだけ納得したらしい空気を出しても私は異議を唱え続けますからね──」

 

 

好ましくも心労の多い少女達との雑談は、紅魔館への到着によって中断される。門前に立つ中国風のドレスを身に纏った少女は....番人だろうか。彼女は私達を見てニコリと笑い掛け、手を振ってくる。

 

「あれあれ、咲夜さん。誰かを連れて帰って来るなんて珍しいですね。お客様ですか?」

 

「正体を言い当てたら正体を教えてあげるわ」

 

「なんて無意味な報酬なんだ。ううん、よく分からない妖怪と、天狗と、普通の人以外....統一感がありませんねぇ」

 

「よく分からないぞ〜」

 

「....私、普通の人以外なんです?」

 

「ひょっこり妖怪に混じってる人間が普通なわけないじゃないですか〜。普通の人っていうのは私みたいなのを言うんですよ」

 

少女をじっと見つめる。VERITASは彼女の身体を虹色に輝かせていた。どう考えても普通の人間ではない。

 

「おお、疑いの視線が刺さってくる。咲夜さん、館に人間が自分しか居ないことはもう話してました?」

 

「えっ」

 

少女の姿を更にじっと見つめる。普通であるかは兎に角、人間ではあると思っていたが....的外れであるどころか、ここから先全ての住民が人外である事が判明してしまった。

 

「おっと、疑いは晴れたのに熱烈な視線を向けて来ますねぇ。ふふ、お客様に求められたら仕方ありません。この紅美鈴、一帯を極彩色に染め上げる大演武を──」

 

「これが紅魔館を守る門番ですの。それでは、中をご案内しますわ」

 

「うわぁん、バッサリ切られた〜」

 

肩を落とす少女を横目に、咲夜は紅魔館へと歩みを進める。なるほど。

 

「お二人は仲が良いんですね」

 

「....肝心な時に鼠を逃す不出来な門番よ。いつも通りに頑張ってくれれば良いのに」

 

「うう、もう昔の話じゃないですか〜」

 

美鈴は肩を竦めて持ち場に戻り、咲夜は私達を先導する....双方ともに、友好そのものを否定する様子はない。俯瞰していた椛が、こっそりと耳打ちしてくる。

 

「....ねぇ、あのふたりってもしかして....」

 

「ミームを汚染しようとしないでください。仲が良いだけですよ.....多分」

 

ともあれ、上司と部下が良好な関係を築いている辺り憂慮していたほどに危険な場所ではないのかもしれない。幾らかの警戒心を脇に置き、私はどう考えても私の家より人外魔境であろう館に足を踏み入れた。

 

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