SCP財団:幻想部門   作:鮫肌猫

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And Then There Were None

「あははっ!」

 

掻き消えたフランが姿を現す。後方から聞こえる蝙蝠の羽ばたきに反応し振り向いた時、既に彼女は凄まじい速度で私へと猛進していた。

 

「最後の一人が首を括って、それでおしまい」

 

収束した光芒が私を目掛けて放たれる。鞭にも似通ったそれは宣言の通りに首を括らんとするが、バックラッシュによって隆起した床が攻撃を阻む。

 

「フランさんこそ、随分と古い話を──」

 

「99年も経ってないのに?」

 

「その尺度ひとつが私達の一生ですよ」

 

地を踏み込み、距離を詰める。手加減は不要だろう。極端な前傾姿勢によって横薙ぎの鞭を避け、隙だらけの彼女に渾身の拳を叩きつける。

 

「....ちょっと痛い」

 

だが、効果はあまりにも微弱だ。少女は吹き飛ばされるべき衝撃を前に物理法則へ唾を吐きかけ、そこに立ち続けていた。

 

「....これで"ちょっと"か....」

 

「顔を真っ青にして蹲ったほうが嬉しかった?」

 

「それは、その、本格的に罪悪感が....」

 

「ふふ、へんな人間ね」

 

フランは徐ろに光の鞭を放り捨てると、私に反撃することもなく距離を取る。それが戦いを終える合図であるのなら良かったのだが...."次"を期待して輝くフランの瞳は、その可能性を明確に否定していた。

 

「だったら、罪悪感なんて感じられないようにしてあげる!」

 

彼女はそう言って、自らの羽根....枝にも似たそれを、自らの手で根本から圧し折った。

 

「なっ.....!?」

 

羽根の脱落と共に、宝石が零れ落ちる。用途不明のそれを、彼女は剣のように握り締める。

 

「"禁忌:レーヴァテイン"」

 

レーヴァテイン、世界を灼く終末兵器とも同一視された大魔剣。名が示す意味とは即ち、災厄の()──

 

「羽根が折れた私は、"かわいそう"?」

 

「....ここまで庇護心を擽られない欠損は初めてですね」

 

手折られた枝羽根が炎を纏う。光の柱が天井に触れる。紅魔館が焼かれる気配はない....しかし焔が纏う力の総量を見れば分かる。それが示すのは破壊力の欠如ではない。精密なエネルギーの制御能力だ。

 

「ていっ」

 

気の抜けた声が先陣を切り、思いきり緋剣が振るわれる。滲む汗は、上昇していく周囲の気温だけが要因ではないだろう。人外の膂力によって振るわれる、数十mに渡る超大剣。その切っ先は、最早視認する事すら適わず....

 

「あれ?」

 

「──まあ、避けられはするのですが」

 

緋剣が、私の直ぐ横を掠める。当たれば酷い結果が待っているだろうが、当たらなければ問題はない。

 

「....!」

 

横に、斜めに、下から。フランはあらゆる方法を試し軽々と緋剣を振り回す。その全てが致命的な結末を暗示するが、私に触れる事は出来ない。

 

「空を飛んでもないのに....全部避けられちゃった」

 

「恐ろしい力である事と不可避である事はイコールではありませんよ」

 

確かに緋剣の斬撃はあまりにも疾い。銃弾のようなものだ、見てから避けるのは物理的に不可能だろう。しかし、それは攻撃の瞬間のみに着目した話。大きく振りかぶる瞬間に斬撃の到達を予測し、その地点から身を引く事は決して不可能ではない。

 

彼女が熟練の戦士であれば、回避すら予測し、軌道を修正して来たかもしれない。だが....どういう訳なのか。彼女は戦闘に特化した極めて高度な技術を数多に所有しながら、明らかに戦闘の経験だけが致命的に欠損していた。

 

「むぅ....けれど、避けてばかりじゃ勝てないよ!」

 

「──いいえ、避けられるのであれば私の勝ちです」

 

回避の成功は、彼女のような怪物と相対している事を考えれば値千金の成果だ。この身一つでレーヴァテインを凌いで得た時間で、魔法の準備が漸く整った。

 

「あなたが吸血鬼である以上、この攻撃に耐える事は出来ない」

 

「....?」

 

光が、私の胸元に集まる。収束し、一つの形を成す。生み出されたのは、銀を圧縮した小さな十字架。少なからぬ血を消費して存在の"強度"を大きく高めた十字架を、フランへと掲げる。

 

「力はそのままに....小さな創造は、大きな破壊に」

 

「わっ──」

 

本命となるバックラッシュが即座に起動し、十字架を介して巨大な火球が放たれる。対策の猶予を与えるつもりはない。フランに着弾するよりも早く火球は爆散し、廊下を埋め尽くす。

 

火球の膨大な攻撃範囲は、威力を抑える事で実現したものだ。本来なら彼女に傷一つも与えないだろうが....魔法は十字架より放たれた。その見立てこそが幻想郷において大きな力となる。()()()()()()()()()()()()()()()、この炎こそが、最大の天敵だろう──

 

「少し、大人げない手法でしたかね....?」

 

煙が立ち込める中、超知覚によってフランの姿を探す。手加減はしたつもりだが、弱点を突かれた事には変わりない。早く治療を....

 

「....えッ」

 

フランが、そこに居た。倒れていない、傷の一つも付いていない。

 

「な、なぜ....?」

 

「それは私たちには効かないの。"日光や流水ならさておき、どうして十字架なんかにやられなきゃいけないんだ"って、お姉様も言ってたわ」

 

「いや....そうではなく....」

 

煙が晴れた先で、私は幻覚を疑う。十字架が効かないのは"それ"に比べればまぁ良いだろう。なにせ、目の前の光景はあまりにも....

 

「なんで増えてるんです?」

 

フランが四人居るのはどういう事なんだ?

 

「"禁忌:フォーオブアカインド"」

 

少女"たち"が笑う。悪戯の成功を心から楽しむように。四人が私を囲み、拳を鳴らす....見なかった事に出来ないだろうか。

 

「独りで駄目なら、仲間を呼ばないと」

 

「ラ、ラスボスがラスボスを呼ぶのはルール違反かと....」

 

「情けなく屍を晒しちゃう?」

 

前方からフランが突進してくる。身体能力に任せたインファイトはレーヴァテインを振り回されるよりも余程厄介だ。咄嗟に構えるが....無防備な横腹に衝撃が走る。

 

「あぐっ"....!?」

 

「隙だらけね」

 

衝撃の正体を掴む事もままならず吹き飛ばされ、視界が移り変わる。腹が痛む.....地面が、近い。

 

「ぐ....ぅ....」

 

横倒しの状態から起き上がろうとするが、その度、簡単に阻止され、地面を転がる。何度も、何度も、起き上がる瞬間だけを狙って、蹴られ、抉られ、切り刻まれる。

 

「4対1は、駄目そう?」

 

「っ....」

 

フランのうちの一人が目の前で屈む。彼女は悪戯っぽく微笑んで、問い掛ける。私は努めて無防備な少女から目を逸らしながらも、その言に頷く。

 

「まあ、駄目でしょうね....ですが....」

 

腕を天高く掲げる。その手の内で、奇跡論の産物たる赤石が輝きを放つ。

 

「ここからでも、逃げる事だけは「──それも駄目よ?」

 

持っていた筈の石が、姿を消す。フランを見れば、その手には輝く石が握られていた。

 

「....」

 

「逃げるってことは、これでおしまい?」

 

吸血鬼の眼が、じっとこちらを見つめてくる。私は匍匐し、可能な限り彼女から....危険から逃れようとする。フランが、失望したように呟く。

 

「....本当に、おしまい?」

 

「....」

 

「そこまでして、逃げたい?」

 

「....」

 

「....そんなに....私のことが怖い?」

 

「──ああ、いえ。思ったより()()()()ので」

 

「....え?」

 

そう、近過ぎては危険だ。()()()()()()()()()から。

 

「では」

 

硬直しているフランの手元で、赤い輝石が光を強める。それはすぐさま臨界に達し....爆発した。

 

「....」

 

唖然とする少女達を横目に、私はやっと自分の足で立ち上がる。

 

「転送石、とでも思いましたか?ただの爆弾ですよ、それ」

 

煙の先をじっと見つめる。爆発したフランは、その姿を消していた。

 

「そして....どうやら、分身は大した耐久力を持っていないらしい」

 

「まさか....」

 

誰かが声を発する。赤色に塗られた石。脱出を目的と見せかけるミスリード。動揺を重ねていたフランも遂に気付いたらしい。

 

燻製ニシンの虚偽(レッド・ヘリング).....?」

 

 

『小さな兵隊が4人。海に行ったら、1人が燻製ニシンに飲み込まれて、残りは3人──』

 

 

「役割を変えましょう」

 

「"U・N・オーエン"はあなたじゃない。私です」

 

「──」

 

少女の動揺が、狂喜に塗り潰される。これが遊びだというのならば、塩らしい顔は似合わない。全身の悲鳴から耳を塞ぎ、フランに不敵な笑みを返す。

 

「上等よMr.オーエン!そのトリック、打ち破ってやる!」

 

残った三人が私に突進してくる。一人減ったとはいえ、その程度で対応出来るほど彼女の身体能力は甘くない。しかしやりようはある。発言は物騒だが、彼女は私を殺すつもりがない。

 

分身時に行った攻撃が最大の証明だ。彼女は私をいたぶりながらも、1度たりとも急所を狙わなかった。そして....死なないというのなら、どんな無茶も無茶ではない。

 

「ここで死ね!」

 

爪が脇腹を抉る。放たれた蹴りが骨を折る。気紛れに投げられたナイフが耳を斬りつける。

 

だが、()()()()()()()()

 

「捕まえた」

 

骨を蹴り折ったフランを強引に掴む。

 

「うわっ、はなせっ!」

 

バックラッシュによって強化された肉体は、辛うじて分身に脅威を感じさせる域に達していたのだろう。或いは、"次の歌"の通りになる事を恐れたのか。彼女は拘束から抜け出そうと藻掻く。

 

「では離します」

 

「んえっ」

 

掌底が一切の備えをしていなかったフランを突き飛ばす。幾ら人外とはいえ、想定外の一撃を受ければ体勢は崩れ、そこに隙が生まれる。

 

「あの小説に、熊なんて出て来ませんよ」

 

紅魔館の広大な敷地は空間の拡張によって得たものだ。であれば空間を拡張する能力にほんの微かにでも罅が入ったらどうなるか。

 

「上....ここって──」

 

消去の奇跡論が答えを導く。ねじれた空間が物理的な組成をズタズタに引き裂き....."大理石の天井"は、突き飛ばした分身を圧し潰した。彼女が下から這い出してくる様子は、ない。

 

「忘れ物です」

 

バックラッシュのはけ口として生み出した熊の時計を、瓦礫の上に投げ捨てる。戦術的な意味はない、それでも遊びには余裕が必要だ。

 

 

『小さな兵隊が3人。動物園に行ったら、1人が熊に抱きしめられて、残りは2人──』

 

 

「それと....あなた達は、もう少し早くに寝るべきでしたね」

 

熊の時計が指し示すのは、朝の10時。当然ながら、天井の先には空が広がっている。そして、太陽も。

 

「っ....う....」

 

陽光に照らされ、一人の動きが止まった。元より偽物は耐久性に難がある。弱点へと曝されれば、その後に起こることは明白だろう。

 

「....これで....のこり....」

 

呆然と呟き、最後の分身が消えた。

 

 

『小さな兵隊が2人。日向に座ったら、1人が焼け焦げて──』

 

 

「残りが、1人」

 

「....すごい」

 

日陰にて羽根を休める最後のフランを見つめる。その瞳に映るのは驚愕と感嘆....もしくは、喜びだろうか。ともあれ、私のオーエンは、彼女のご期待に添えたらしい。

 

「それで、ここからどうするの?どうやって私の首を──」

 

「ふむ....」

 

私は大の字になって床に倒れる。陽光が差し込み、心地よい。苦痛を訴える全身は、まるで休息に歓喜しているようだった。

 

「....どういうつもり?」

 

「どうもこうもありません。首吊りに誘導するだなんて現実では無理がありますよ。それに、楽しくもない。完全犯罪はここで打ち止めです」

 

それは、十分に"遊んだ"だろうという意思表示だ。血液にはまだ余裕があるが、それにしてもこのまま遊び続けていては身体が持たない。

 

「.....そもそも、ここには少なからず日光が差し込んでいます。こんな所で戦い続けたら、フランさんの身が危ないでしょう」

 

「私が....危ない?」

 

「まるで考えてなかったような言い草だ....ぽっと出の私にあそこまで気を遣えるんですから、もう少し自分の身も案じてあげて下さいね?」

 

「....」

 

それっきり、フランが黙り込む。

 

 

 

................少し心配になって来た頃、漸く彼女が口を開く。

 

「.....それなら、本当の歌の通りにでもしてみようかしら」

 

「本当の歌?」

 

「She got married and then there were none…(少女は結婚し、そして誰もいなくなった)」

 

「....誰とです?」

 

「目の前で倒れている人間、とか」

 

「ん"ん"」

 

咳払いと共に立ち上がり、ファイティングポーズを取る。

 

「えっと、場所を変えてもう少し戦います?」

 

「あなたの遊び方が分かったわ。こうすれば良い声で鳴くのね」

 

「いや、あの、その....」

 

指の鳴る音が響く。迷路にも似た暗幕が私たちを包み、日光を遮断する。薄暗い迷宮の中央で、フランが私に触れる。

 

「また、遊びましょう?」

 

....私は、とんでもないものが潜む藪に手を出してしまったのかもしれない。

 

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