妖怪と妖精によって構成された屋敷にあって、人間の常識は通用するのか。
答えはNOだ。フランとの"遊戯"を終え、戦いの傷を癒やした私は今度こそ紅魔館の予測不能性をよく理解する事になった。単なる遊戯が疲労と負傷に繋がる可能性....ではなく、つまり、その....
「ねぇ旦那さま。子供は好き?」
「....その質問が誰に対するどのような意図のものなのか分かりかねますね」
「じゃあ天戸。子供は好き?」
「健全な意味でなら好きですよ」
「子供好きにどんな不健全な意味があるの?」
「黙秘します」
遊んでいたらこうなるなど、誰が予想出来ようか。フランは帰路に付く私の腕を抱き、ぴったりと密着していた....どうやら、着いてくるつもりらしい。
「あの、この光景って館の方に見られたら不味いのでは....?」
彼女はこの屋敷の頭首であろうレミリアの妹だ。そんな彼女がどこの誰とも知れぬ馬の骨に擦り寄っている現状は、なんというか、非常に宜しくない気がする。特に、その、私の評判的に。
「風評の話なら、館を破壊すれば解決ね」
「確かに風評どころじゃなくなるな....」
「名案って事かしら」
フランは無造作に遠くの扉に手を伸ばす。幼い細腕は当然ながら届かない。諦めたのか、伸ばしていた手が握られ.....刹那、扉が爆ぜた。
「....!?」
扉の先には誰も居ない。下手人は隠れている.....という訳ではないだろう。逃げも隠れもしていない。破壊の瞬間は、フランが手を握った瞬間と完璧に同調していた。
「.....私はありとあらゆるものを破壊する。勿論、紅魔館くらいなら簡単に........ねぇ、その反応。もしかして私の事を過小評価してた?」
突如として紅い瞳がこちらを貫く。捕食者の眼が。震えが再燃し、生命体としての格の違いが根源的な恐怖を呼び起こす。だが....
「....止めておいた方が無難でしょうね。生憎、日傘を持っていないので」
逆に言えば、それは単なる根源的な恐怖であって、フランドールという一人の少女への評価とは異なるものだ。どれだけ強大な力を持っていようと、彼女なら大丈夫だろう。
「....ちょっとした気紛れで紅魔館を壊そうとしてるのに、怖くないの?」
「出会ったばかりですが、フランさんが思慮深い事くらいは分かりますよ」
「....」
フランが以前のように黙り込む。ただ、僅かに抱き締める力が強くなったような.....
「紅魔館は式場として残しておくわ」
「私で遊ぶのがそんなに楽しいですか?」
「きっと、99年は退屈しないわね」
「その尺度ひとつが私達の一生ですよ....」
なぜだか非常に足が重い。二人に誤解されないと良いのだが....
・・・・・
「....浮気?」
「どこで覚えたんですかその言葉」
フランを連れている私を見たルーミアの第一声がこれである。誤解されている。なんというか、根底から誤解がある。道中で誰かに会う事もなく、椛も眠っていたが、それを幸運とするには現状が悪すぎる。
「彼女は、その、遊び相手ですよ」
「....つまり、浮気?」
「健全な意味の遊び相手です」
「あら、旦那さま。健全じゃない遊び相手って何かしら?」
「旦那.....!」
「駄目だ、とてもじゃないが対応しきれない」
「んぅ....?」
騒がしくし過ぎたのだろうか。三人用の大きなベッドがもぞもぞと動き出す。起き上がって来たのは椛だ。
「....うー....騒がしくしないでよ、ルーミ....ア....?」
彼女の視線がルーミアとフランを。そしてフランに抱き着かれている私を何度も行き来する。
「幼女に変化する妖術、覚えようかな....」
「あの」
「やっぱり金髪赤眼よね、うん」
「待ってください、この状況に私の性癖は一切介在していません。不可抗力です」
椛が本気で悩み始める。ルーミアはフランに対抗するように、もう片方の腕に抱き着く。フランはじっとルーミアを見て呟く。
「この身体で誘惑できる事が分かったのは収穫かしら」
「誘惑しないで下さい」
「"幼女の誘惑なんか興味ない"、じゃないの?」
「....」
少しずつ狭まっていた逃げ道が、急速に破壊されていくのを感じる。なんというか、本当に収拾が付かなくなってきたような....
「と、兎に角。私はもう休みます。フランさんも眠っていないのであれば、そろそろ寝た方が良いかと」
「....寝た方が....って....いいえ、そうね....旦那さまって言ったのは私だし....」
フランは面食らったように戸惑い、人差し指で髪をくるくると回す。何を勘違いしているのかは速やかに判明した。私は小箱でも運ぶかのように簡単に持ち上げられ、ベッドに放り出される。
「え....うわっ!?」
「わっ」
椛が私を受け止める。ルーミアは....驚いたことにこの状況でも私の腕を抱き続けている。視線を移した時、既にフランはベッドに入り込んでいた。
「あの、フランさん、私は自分の部屋で寝る事を前提条件としていまして、全員で寝ようとは、一言も」
「遊びに
「.....悪いんですがこのベッドは三人用でして」
「人間は一人だけに見えるわ」
「....外の世界には妖怪を人と数える文化が....フランさんがこの部屋を使うというのなら、私は床で眠りますよ」
「む....」
フランに向けた言葉だが、返事は後ろから帰ってきた....動けない。柔らかい感触がやけに強く感じられる。
「わざわざ一人で眠らなくても良いでしょ。疲れてるならベッドで休まないと」
「本当にこの状況で心身が休まると思います??」
身体をよじろうとするが、ピクリとも動かない。私を受け止めた椛は、既に私を拘束する体勢に移っていた。
「偶然"こう"なったなら、幼女二人に囲まれたって癒やされるだけよね?」
「........いや....椛さんが居ますし....」
「私の誘いは全部跳ね除けてるくせに」
嫉妬混じりの吐息が、耳を擽る。彼女はその仕草の一つ一つが粉砕した理性の総量を正しく理解しているのだろうか。というか、"は"とはなんだ、"は"とは。私は一度たりとも幻想少女らの誘いに乗った事はない。
....ふと、元気よく手を上げるルーミアの姿が視界の端に映る。
「私は天戸から誘われたよ〜」
「幼女趣味」
「私は2匹目?」
「弁明の機会を」
いったい私がどんな罪を犯したというのだろうか。そんなありふれた嘆きは、過去に押し潰されて簡単に消えてしまうが。それにしても、これは....
「私をその気にさせておいて、つまらない事ばかり言うのね。その口、縫ってしまおうかしら」
ぬいぐるみのように掴まれ、引き摺り込まれ。上に、前に、後ろに。抵抗も出来ないまま、温もりばかりが全身を伝う。甘ったるい天狗の吐息が。柔らかな宵闇の抱擁が。理解の及ばない吸血鬼の視線が。全てが此方に向けられている。幸とも不幸とも付かない受難の渦中にあって、私が布団の感触を知ることは無かった。
・・・・・
「....」
次に目覚めた時、心に去来したのは自らへの賞賛だった。目の前で寝息を立てている愛らしい吸血鬼の頭を撫でる。記憶は曖昧だが、少なくともその衣服に乱れはない。
「耐えた....」
「何を?」
「爆弾の暴発を、ですかね....」
「死なないで」
「すみません、ルーミア。今のは比喩です」
今度はルーミアの頭を撫でる。彼女はいつも通り私に抱き着いたまま、瞳を開けていた。多分、ずっとそうしていたのだろう。疲労が先んじていなければ、その愛情表現は劇毒になっていたに違いない。
「起きた?起きたよね?」
ベッドの外から、椛が覗き込んで来る。眠りに付くのが早かった分、起きるのも最も早かったようだ。しかし、やけに腰が引けているというか、ベッドから離れているような....
「この場合、挨拶は"おはよう"というより"こんばんは"ですかね....それで、ええっと、何かありました?」
「いや、何かあるっていうか....」
椛の視線が寝息を立てるフランへと動く。
「....その子、よく視たら最上級の妖怪じゃ....」
「最上級....かどうかは分かりませんけど....レミリアさんの妹....ですね」
「どうやって昨日の今日で誑かしてきたの??」
「人聞きの悪いことを言わないで下さい。現在進行系で弄ばれてるだけです」
彼女は私の事を玩具として扱っていた。少々身体を張りすぎなきらいはあるが、本質的には私が"良い声で鳴く"所を見物したいだけだろう。何しろ、私には本気で好意を向けられるような行いをした覚えはない。
「ふぅん....」
「へぇ....」
「私は今何を疑われているんです?」
なぜか二人から疑念の目が向けられるが、椛のそれはすぐ別の感情に取って代わられる。心配、不安だ。
「....どっちにしても、この状況って危なくない?百歩譲ってそのお嬢様が安全だったとして、ここのベッドで眠ってるなんてもし館の従者にバレたら──」
その時、狙い澄ましたかのようにノックの音が響く。椛が小さな悲鳴を上げ、ぴょんと跳ねる。
「失礼致しますわ」
響いたのは見知った声。咲夜、よりによって紅魔館のメイド長だ。声を掛けるよりも早く、扉が開かれる。
「....」
「....」
「....早過ぎないかしら」
「えっ?」
沈黙の末、彼女は一言呟いて、ベッドに眠るフランから視線を外す。異常事態への反応は、それでお終いだった。
「こちらのお話ですので、お気になさらず」
「その....この状況に負の意見の発露などは....ないです....?」
「ふむ....」
メイド長たる少女は、私の問いかけに対して頭を下げる....謝罪の姿勢だ。
「これから妹様が多大なご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願い致しますわ」
「そっちなんだ」
まるで紅魔館の側に否があるかのような全面的な謝罪だが、恐るべき事にその内容は未来を指向している。いったい彼女はどんな未来を見ているのだろう。ともあれそこは本筋ではないようで、彼女は軽く咳払いをする。
「それより、お嬢様からのご用命です」
「レミリアさんからの?」
「曰く、"本題に移る準備が整った"、と」
「....それは....」
「ええ、紅魔館の所有する超常を、ご覧に入れましょう」
瀟洒な笑みを前に安堵が湧き出る。どうやら、彼女の主は最悪の想像よりは話が早かったらしい。